本の読み方の設計図。

本の構造を明らかにしていく。
論拠・主張

論証=事例、引用。

小説028 : reProfesional#101

2008-10-19 21:57:43 | reProfesional
chapter#28 疑問と欲望

疑問とは、おそらく行動の源泉となるものではないだろうか。行動の源泉ということは、なにも疑問がわくからといって、それがそく行動に結びつくといった類のものでもない。
欲望とは、疑問が昇華して、行動そのものへ移す原動力ではないだろうか?
ボクは、ここで敢えて、前章での議論を緻密に再度見直してみようとは思わない。
なぜなら、これこそが次の章でボクが、回答を試みようと思っている倒錯状態をまさに物語っている状態だからである。

疑問、ソレ単体でも、あまり良質のものであるといいづらいが、欲望がソレ単体で、湧き出た状態というのは、いわゆる直情的で、性欲に近いものといえる。愛情から消化された性欲であればいいが、ボクには、たとえソレが愛情から昇華されたものであったとしても、決して、純粋なというか、その言葉が引きずる印象も大きく影響しているのであろうが、よいものであるように感じない。
セックスをしたいという願望が、美しいものによって、自分に快感を得たいという、どこか男性的なものに感じていしまう。もちろん、女性で強欲なものがいるというのも承知ではあるが、どうしてもそういう印象を受けてしまう。
疑問から、いわば高等な行動の源泉として作用する欲望、そういうものが、社会的なというか、自己を実現していく上での欲望となるのであろう。

さて、この欲望と疑問の議論というのは、裏返して、ボクが小説を読まない理由、読む理由というところにつながっていくだろう。かといって、この欲望の理論を構築してみようとしたところで、直接的に、その理由へと回答は試みられるわけではないが・・・
ボクが逆の観点から、小説以外の書物をようやく再度読み始めようと思えた理由というのは、世界をgrasp(把握)するためだといえる。英語のこの言葉が、ボクがたとえば、世界をつかむためとか、把握するためというよりボクの欲望をよく言い表しているように感じる。
世界をgraspするということは、どいうことだろうか?

おそらく、ボクをはじめとした、多くの人が、世界をgraspできているとはいえない状態からは程遠いのではないだろうか?たとえば、今日のニュースを騒がせている、トピックに対して、周囲の人間関係で起こった事象に対して、それがなぜ起こり、その原因は何で、はたまたソレを解決するには、どういう解決策が妥当か?そういうことを正確に理解できている状態、それがボクの思うgrasoであるといえる。何も、天才的な頭脳を持ったロジカルシンキングの達人にだけの得意技ではなく、ボクをはじめとした凡人にも、書物を正確に紐解こうとする姿勢があれば、世界をgraspすることは可能なのではないだろうか?そう思うから、ボクは、書物を新聞を読むという行為が現段階で重要であると思っているし、腐った化石にならないために、継続していきたいと思う。

ボクが小説を読めない理由というのは、どうもいまだに、小説と世界の接点というのを理解しかねているからだといえる。
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