5月22日、全国新酒鑑評会製造技術研究会の当日は真夏に近いお天気でした。いつもは独立行政法人酒類総合研究所がある東広島市の体育館で開かれ、開場前は屋外で行列を作ります。過去数回参加した年はいずれも晴天で、汗だくで長時間ジ~ッと並ぶというのは、体調万全で試飲に臨みたい身としては苦痛でしたが、今年は東広島市体育館が耐震工事中で会場変更となり、屋内の広々とした玄関ホールで待つことに。日焼けを気にせずに待てるのは、数少ない女子参加者としては救われました。
前日の講演会で発表者だった研究所の職員やスタッフが会場整理役にあたっています。全国から夜行列車等でやってくる人が、そのまま会場に直行して朝6時とか7時ぐらいから列を作るというのがこの会の定番風景で、新人職員や会場整理のアルバイトさんが「なんでこんな早くから並ぶんだろう」と不思議そうな顔をしていたのが面白かった…!
10時の開場予定を繰り上げ、9時25分に入場開始。会場はおおよそ国税局別に長テーブルが配置され、出品された957点すべてが並んでいます。人気の新潟県、山形県の酒が並ぶテーブル前はあっという間に長蛇の列。わが静岡県を含む名古屋国税局管内の東海4県テーブルは、残念ながらスキスキです(撮影するには好都合でしたけど)。それでも4県の中では静岡県の前に一番たくさん人がいて、金賞受賞の開運・土井社長や波瀬杜氏が来場した10時30分ごろには、お2人を目当てに業者や地酒ファンがたくさん集まってきました。
会場ではほかに若竹の副杜氏・日比野さん、杉錦の杉井社長、葵天下の山中社長父子の姿を見かけました。金賞受賞の山中さんは鼻高々の様子。「県の鑑評会はアマチュア試合、全国こそがプロの勝負の場だ」と息巻いていました…。優劣を付ける筋合いの話ではないような気もしますが、県は出品数が50点程度、全国は1000点近いわけですから、日比野さんは「今、うちの蔵の酒質が全国ではどの程度のレベルかを確認する意味で出品しています。金賞を狙ってそのために特別に手を加えるようなことはしません」と真摯に語ります。
全国新酒鑑評会というコンテストは、明治44年(1911)から始まり、今年で96回目。毎回1000点近い出品があり、1点あたり同じ酒が3~4本出品されるので公開時には3000点以上もの出品酒が並びます。100年近い歴史があり、これだけの量が一堂に集まるというのは世界のアルコール品評会の中でも例がなく、出品する意義はそれなりに大きいと思います。ちなみに入賞酒は957点中487点。うち金賞は255点。静岡県では出品は21点で金賞は3(萩錦、葵天下、開運)、銀賞2(初亀、磯自慢)という結果でした。
今年、絶好調だったのは東北勢で、岩手県(出品18、金11、銀1)、宮城県(出品24、金10、銀8)、山形県(出品44、金16、銀13)、福島県(出品38、金17、銀12)等など。新潟県は出品79、金25、銀27。関西勢で調子の良かった京都府は出品26、金11、銀5でした(詳しくは酒類総研のホームページでご確認を)。
静岡県は昭和61年の鑑評会で出品21、金10、銀7で入賞率80.9%=日本一になりました。当時、京都は入賞率41%、山形・福島はいずれも16%、新潟は9.7%でした。この年の静岡の快挙が、各県ごとのオリジナル酵母開発や吟醸造りの地域ぐるみでの技術競争に火をつけ、この20年余の間、入賞率上位県がくるくる変わったりしました。もともと酒造業が基幹産業だった東北、北陸あたりの酒どころは、その気になればコワいものなし、といわんばかりに、県の指導機関はじめ、地域一丸となって金賞狙いに照準を合わせます。
静岡県は河村傳兵衛先生の「金賞受賞が市販酒に反映されなければ意味がない」というきわめて真っ当な指導の下、この時期の審査に合わせるのではなく、市販酒として流通される時期に、もっとも飲み頃になるような造り方を真っ正直に守る蔵が多かったのです。
大吟醸クラスを何本も仕込む余裕のある蔵は、1本ぐらいは鑑評会向けに、早くピークが来るような造りをしているようですが、小さな蔵ではそうはいきません。年間を通して、いつでも飲み頃の安定酒質を保つには、出品酒も市販酒も分け隔てなく造って瓶詰めするわけです。そもそも静岡酵母という酵母が、そういうタイプの酒に向いていた。ですから、ここ数年は、全国の鑑評会では特筆すべき成績は上げていません。
鑑評会では静岡を尻目に、審査員の印象に残るような、高い香りを出す酵母を開発する県が増え、素人の舌でも、「一口呑んだらもう十分、この酒が秋口になったらどうなっちゃうんだろう??」と首をかしげるような酒がポンポンと金賞を取るようになりました。
静岡酵母の生みの蔵である開運の土井社長は、会場で、「恣意的に香りが出るように作られた酵母で造るやり方と、静岡のように自然の酵母を培養し、麹の力で香りを引き出す純粋な造り方ではおのずと違う。静岡にはその自信があるから、受賞点数が少ないなどと心配することはありません」と明言してくれました。
あえて出品をしなかった喜久酔の青島孝さんは、前夜、ホテルでのインタビューでその理由を、「ある意味、全国で評価をもらう段階は卒業したと思っています。今は、全国での経験をもとに、市販酒で市場のお客様に評価してもらう段階。かといって全国新酒鑑評会が無意味だというつもりはなく、この先、何か新しい試みをする時期が来たら、再び全国で評価してもらう必要性が出てくるかもしれません」と丁寧に説明してくれました。
全国新酒鑑評会の出品点数は年々減ってきているそうです。出品したくてもできない蔵もあるでしょうが、青島さんのような意思を持つ蔵は全国に着実に増えているようです。
審査には山田錦部門と、それ以外の米部門の2つありますが、それ以外の米部門は出品が増えているとのこと。それ以外の米は24品種ほどあり、一番多かったのが美山錦。新品種では富の香(富山県)が出品デビューを果たしたそうです。静岡でも誉富士で出品する蔵が登場しませんかね…?
また出品酒はほとんどが醸造アルコールを添加した大吟醸クラスですが、あえて純米で出品する蔵が山田錦部門では47点、それ以外の米部門で25点あり、各部門とも金賞が3点ずつありました。
カメラマンの成岡正之さんは、1000人以上の人々が列を作りながら黙々と呑んで吐いて、の動作を繰り返す姿に、目がテン!状態。「世の中にはすごい世界があるもんだねぇ」と感心しながら、会場内を走り回っていました。私は私で、土井さんと青島さんの言葉に、静岡吟醸の20年の確かな成長を感じ取ることができ、賞をいくつ取った、どこが取った云々とは違う次元で、強く印象に残った鑑評会となりました。
印象的といえば、前日、ホテルから歩いてすぐの平和記念公園で、戦没学徒出身校という記念碑を見て驚きました。広島県に次いで、静岡県が2番目に多かったのです。この2県がダントツに多いのです。この史実とその理由を今までまったく知らなかったことが、少し恥ずかしくなりました。こういう順位が刻まれた不幸が、酒の順位を競う広島の地に残っている・・・いまだに強烈な残像として、瞼に焼き付いて離れません。