関西ISOシニアコンサルタントネットワーク代表村上和隆:(台東区立育英小学校⇒台東中学校⇒都立白鴎高校⇒東工大⇒大阪松下電器⇒京都エンゼル工業⇒ローム⇒テクノ経営⇒関西ISOシニアコンサルタントネットワーク代表)
※お知らせ:今後12~3月は京都市伏見区の本部事務所に常駐しています
●人生相談・会話相談・健康体操・パソコン相談・田舎暮らし相談にのっていますのでどうぞ⇒クリック
京都本部
4~11月は滋賀県高島市の滋賀支所に常駐しています
78.駄目夫さん駄目子さんへ、何でも一流にやろうとする心がけを持ち続ける
最近平和で便利で豊な時代になると、「一体進歩・発展というのは何なんだい」というように、想像しなかったほど、人間はどんどん横着になって堕落していくきます
現代人は若い人も含めて大人もだらしない人・尊敬できない人が多くなっていますが、昔不便で貧しい時代のほうが、むしろ今の何倍もきちんとしていたし、尊敬できる人が多かったように思います
昔の人がいみじくも言ったように「艱難辛苦、汝を玉にす」であって「楽は汝をカスにす」が実態なんですね」
一体世の中は本当に豊で進歩・発展しているんでしょうかね???多分答えはNO(違う)と断定してよいでしょうね
特に世界に類稀な高度な文化・文明を誇った日本も例外なくその堕落振り・崩壊は凄まじいものです
最近経済発展する中国やモンゴルや東南アジアの国も、経済発展が急なあまり、その堕落振りも高度成長のようです
経済発展の素晴らしい先輩でもある日本が経済発展を煽っているのかもしれませんが、精神荒廃という副作用も輸出していることが残念ですね
ここらへんで、人間は基本・原点に立ち返って自らを反省し、暮らし方・生き方を軌道修正していくべきであると思いませんか?
経済発展が意外にも反対の結果をもたらすことであったなんて悲しいことでし人類にとって危機であり大問題ですよ
素晴らしい衣服をまとって威張る見掛け倒しの裸の大様・お坊ちゃま・閑居して不善を成す・中身空っぽ・引き篭もり・・・・・は恥ずべきことですよ
ところが、物質文明・消費文明のぬるま湯に浸っている人間に、この場に至って、真面目なこと言っても聞き入れないものです
まあ、そういう多くの堕落する人のことはさておいて、自分だけでもきちんとしてみませんか?それとも豊かさや便利さによって自分を堕落するのにまかせますか?
自分だけでも、もっと、根本的な人類に対する強い危機意識・人間再生の強い願望を持つべきですね
ところで、本題に入って、私の最近ここ数年心がけていることは、暮らしや生き方において次の言葉をいつも声に出して言うことにしていることです
これは、習慣になってくると、たかが念仏ですが、すごい力・効果を発揮しますよ
「自分のやっていることは、一流の人間のするものか?」
こういう質問を何に対しても、してみるのです、それが私流の自己改革方式を身につける第一歩と言うべきものであります
この質問はあらゆる日常の生活・暮らし・生き方・仕事・人間関係・・・例外なく全てにおいて問いかけてみるのです
そうすると、当然なことですが、ほとんどの場合、NO(駄目)なんですね
そしてこの質問を毎日し続けていると、NO(駄目)という感覚は、どんどん多く・深くなって行きます
「駄目な自分」駄目夫・駄目子 という意識が根付いてくるというわけです
そしてそのNO(駄目)に対して愚直に思考や行いを直していくのです
「トヨタ自動車方式:徹底した無駄とり」みたいなもんです、トヨタでは現場でいつも「なぜ?」を3回以上徹底して問い続けることですね
村上流の自己改革でも、「一流か?」を3回以上問いかけるのです、その結果当然改善が促ながされ、より望ましい規則ができ、それが守れるようになるのです
次のことだけしかないということではありませんが、何をするのかわからないという人のために身近な例を紹介しましょう
① 靴を脱ぐときに脱いだまま揃え直さずにそのまま上がってしまう ⇒一流か? ⇒一流になるにはきちんと揃えるべきだ
② 家の中に多くの物が雑然とほったらかしになっている ⇒一流か? ⇒一流になるには毎日きちんと整理整頓し片付けるべきだ
③ 風呂や便所が汚れているが掃除はいい加減 ⇒一流か? ⇒一流になるには徹底して掃除し、続けるべきだ
④ 挨拶ができていない ⇒一流か? ⇒一流になるにきちんと笑顔で挨拶すべきだ
⑤ 虫歯や歯槽膿漏らしい ⇒一流か? ⇒一流になるには歯を毎日4回3分以上時間をかけてきちんと磨くべきだ
⑥ エアコン・自家用車・電気などをなどの無駄使いをしている ⇒一流か? ⇒一流になるには必要のないものは一切使わないでおくべきだ
⑦ 身体がどんどん老化していく ⇒一流か? ⇒一流になるには安易に歳のせいにするのではなく健康管理をきちんとすべきだ
⑧ 親子や地域や友人となんとなくうまくいかない ⇒一流か? ⇒一流になるにはまず自分自身の生き方を猛反省し謙虚・素直・真面目・・になるべきだ
⑨ すぐに怒る・心配する・落ち込む ⇒一流か? ⇒一流になるにはもっと大きく、おおらかになるべきだ
⑩ 若いのに家に閉じ篭っている ⇒一流か? ⇒一流になるにはもっと興味を持ち、あちこち出かけたり、いろいろな人とも付き合うべきだ
⑪ すぐに衝動買いする ⇒一流か? ⇒一流になるには買う前に1月待つようにすべきだ
⑫ すぐに飲み過ぎ・食べ過ぎ・間食してしまう ⇒一流か? ⇒一流になるには節食し間食は一切やらないようにすべきだ
その他、歩く・座る・掃除する・料理する・洗濯する・食べる・・・・全てにわたって一つづつ日々問いかけることです
まあ、ことごとく何に対しても徹底して問いかけてみるのです、最初から欲張ってはいけませんし、現実に最初からどんどん自己改革には結びつきはしませんがね
しかし、もしこんなことで簡単に、どんどん自己改革できるようでしたら、人生も簡単なもんですがね、そうはいきません
私のようにしつこく一つづつじっくり焦らずに、懲りずに何年も死ぬまで一生続けることですよ
そうすると、何年後かは保証できませんが、そのうちどんどん自己改革に実を結ぶような時期・開花する時期がやってくるのです
そうなんです。「一流か?」という質問も、ついには、素晴らしい道具・魔法のランプみたいに進化していくのです
どんな小さなことでもいいから「一流にしよう」「一流になろう」「一流でなければ恥ずかしい」「一流になれなければ生きる意味がない」と思って見て下さい
そして一つづつでいいから、コツコツと積み上げていって下さい、サプリメントみたいに、すぐに大きな効果は出ないにしても長い間にはどんどん効果が出てくることは折り紙つきです
但し、注意して欲しいのことは、「一流か?」一流にするにはこうしましょうとやっても、即一流になるのではありません、一流に半歩一歩近づくということですよ
最初から欲張ってはいけません、自分なりに考えて、自分なりに考えた”とりあえずの一流”でも構いません
大事なことはそういう改善を積み上げて、年齢や人生体験を踏むにつれて、そのレベルが徐々に上がってくればそれでいいのです
また気をつけるべきことは一流になるということはイチローやオリンピック選手のように、”他人を打ち負かす・他人に勝つというという意識”ではありません
”他人に勝つという意識”は、むしろ結果的に、自分を本物の一流にするにはマイナスです、大事なことは駄目な自分自身に勝つことですかね
「一流か?」と念仏のようにいつも問いかけること自体が大事なんです、仏教で{南無阿弥陀仏}と念仏をしなさいというのと似ているのです
「自分の行いは一流だろうか?南無阿弥陀仏」ですかね・・・?私としては単に”南無弥陀仏”の念仏だけよりずーっとご利益があると確信しています
安全衛生では「右よし左よしの指差呼称」というのが効果的と言われていますが、人生においても「一流か?」という問いかけは指差呼称みたいなもんです、やる人とやらない人の差は意外に大きいのですよ
まあ”一流か”という言葉はそれぞれ人によって他の言葉に置き換えて戴いてもよいのですが、今のところ私にとっては一流というのがしっくりしているのです
”一流か”の言葉に置き換える言葉の候補としては、次のようなものがあるかもしれません
① 真っ当な人間 がするものか?
② 立派な人間 がするものか?
③ 立派な大人 がするものか?
④ 素晴らしい人間 がするものか?
⑤ 強い人間 がするものか?
⑥ この世に生を受けた者 がするものか?
⑦ 親・先生・上司 がするものか?
⑧ 男・女 がするものか?
⑨ 日本人 がするものか?
⑩ 仏の子・神の子 がするものか?
自分がやらずに誰がやる
今すぐやらずに、いつやるのか
変わることを他人に要求する当の本人が全く変わらない、だから物事は良くならない
※お知らせ:今後12~3月は京都市伏見区の本部事務所に常駐しています
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4~11月は滋賀県高島市の滋賀支所に常駐しています
78.駄目夫さん駄目子さんへ、何でも一流にやろうとする心がけを持ち続ける
最近平和で便利で豊な時代になると、「一体進歩・発展というのは何なんだい」というように、想像しなかったほど、人間はどんどん横着になって堕落していくきます
現代人は若い人も含めて大人もだらしない人・尊敬できない人が多くなっていますが、昔不便で貧しい時代のほうが、むしろ今の何倍もきちんとしていたし、尊敬できる人が多かったように思います
昔の人がいみじくも言ったように「艱難辛苦、汝を玉にす」であって「楽は汝をカスにす」が実態なんですね」
一体世の中は本当に豊で進歩・発展しているんでしょうかね???多分答えはNO(違う)と断定してよいでしょうね
特に世界に類稀な高度な文化・文明を誇った日本も例外なくその堕落振り・崩壊は凄まじいものです
最近経済発展する中国やモンゴルや東南アジアの国も、経済発展が急なあまり、その堕落振りも高度成長のようです
経済発展の素晴らしい先輩でもある日本が経済発展を煽っているのかもしれませんが、精神荒廃という副作用も輸出していることが残念ですね
ここらへんで、人間は基本・原点に立ち返って自らを反省し、暮らし方・生き方を軌道修正していくべきであると思いませんか?
経済発展が意外にも反対の結果をもたらすことであったなんて悲しいことでし人類にとって危機であり大問題ですよ
素晴らしい衣服をまとって威張る見掛け倒しの裸の大様・お坊ちゃま・閑居して不善を成す・中身空っぽ・引き篭もり・・・・・は恥ずべきことですよ
ところが、物質文明・消費文明のぬるま湯に浸っている人間に、この場に至って、真面目なこと言っても聞き入れないものです
まあ、そういう多くの堕落する人のことはさておいて、自分だけでもきちんとしてみませんか?それとも豊かさや便利さによって自分を堕落するのにまかせますか?
自分だけでも、もっと、根本的な人類に対する強い危機意識・人間再生の強い願望を持つべきですね
ところで、本題に入って、私の最近ここ数年心がけていることは、暮らしや生き方において次の言葉をいつも声に出して言うことにしていることです
これは、習慣になってくると、たかが念仏ですが、すごい力・効果を発揮しますよ
「自分のやっていることは、一流の人間のするものか?」
こういう質問を何に対しても、してみるのです、それが私流の自己改革方式を身につける第一歩と言うべきものであります
この質問はあらゆる日常の生活・暮らし・生き方・仕事・人間関係・・・例外なく全てにおいて問いかけてみるのです
そうすると、当然なことですが、ほとんどの場合、NO(駄目)なんですね
そしてこの質問を毎日し続けていると、NO(駄目)という感覚は、どんどん多く・深くなって行きます
「駄目な自分」駄目夫・駄目子 という意識が根付いてくるというわけです
そしてそのNO(駄目)に対して愚直に思考や行いを直していくのです
「トヨタ自動車方式:徹底した無駄とり」みたいなもんです、トヨタでは現場でいつも「なぜ?」を3回以上徹底して問い続けることですね
村上流の自己改革でも、「一流か?」を3回以上問いかけるのです、その結果当然改善が促ながされ、より望ましい規則ができ、それが守れるようになるのです
次のことだけしかないということではありませんが、何をするのかわからないという人のために身近な例を紹介しましょう
① 靴を脱ぐときに脱いだまま揃え直さずにそのまま上がってしまう ⇒一流か? ⇒一流になるにはきちんと揃えるべきだ
② 家の中に多くの物が雑然とほったらかしになっている ⇒一流か? ⇒一流になるには毎日きちんと整理整頓し片付けるべきだ
③ 風呂や便所が汚れているが掃除はいい加減 ⇒一流か? ⇒一流になるには徹底して掃除し、続けるべきだ
④ 挨拶ができていない ⇒一流か? ⇒一流になるにきちんと笑顔で挨拶すべきだ
⑤ 虫歯や歯槽膿漏らしい ⇒一流か? ⇒一流になるには歯を毎日4回3分以上時間をかけてきちんと磨くべきだ
⑥ エアコン・自家用車・電気などをなどの無駄使いをしている ⇒一流か? ⇒一流になるには必要のないものは一切使わないでおくべきだ
⑦ 身体がどんどん老化していく ⇒一流か? ⇒一流になるには安易に歳のせいにするのではなく健康管理をきちんとすべきだ
⑧ 親子や地域や友人となんとなくうまくいかない ⇒一流か? ⇒一流になるにはまず自分自身の生き方を猛反省し謙虚・素直・真面目・・になるべきだ
⑨ すぐに怒る・心配する・落ち込む ⇒一流か? ⇒一流になるにはもっと大きく、おおらかになるべきだ
⑩ 若いのに家に閉じ篭っている ⇒一流か? ⇒一流になるにはもっと興味を持ち、あちこち出かけたり、いろいろな人とも付き合うべきだ
⑪ すぐに衝動買いする ⇒一流か? ⇒一流になるには買う前に1月待つようにすべきだ
⑫ すぐに飲み過ぎ・食べ過ぎ・間食してしまう ⇒一流か? ⇒一流になるには節食し間食は一切やらないようにすべきだ
その他、歩く・座る・掃除する・料理する・洗濯する・食べる・・・・全てにわたって一つづつ日々問いかけることです
まあ、ことごとく何に対しても徹底して問いかけてみるのです、最初から欲張ってはいけませんし、現実に最初からどんどん自己改革には結びつきはしませんがね
しかし、もしこんなことで簡単に、どんどん自己改革できるようでしたら、人生も簡単なもんですがね、そうはいきません
私のようにしつこく一つづつじっくり焦らずに、懲りずに何年も死ぬまで一生続けることですよ
そうすると、何年後かは保証できませんが、そのうちどんどん自己改革に実を結ぶような時期・開花する時期がやってくるのです
そうなんです。「一流か?」という質問も、ついには、素晴らしい道具・魔法のランプみたいに進化していくのです
どんな小さなことでもいいから「一流にしよう」「一流になろう」「一流でなければ恥ずかしい」「一流になれなければ生きる意味がない」と思って見て下さい
そして一つづつでいいから、コツコツと積み上げていって下さい、サプリメントみたいに、すぐに大きな効果は出ないにしても長い間にはどんどん効果が出てくることは折り紙つきです
但し、注意して欲しいのことは、「一流か?」一流にするにはこうしましょうとやっても、即一流になるのではありません、一流に半歩一歩近づくということですよ
最初から欲張ってはいけません、自分なりに考えて、自分なりに考えた”とりあえずの一流”でも構いません
大事なことはそういう改善を積み上げて、年齢や人生体験を踏むにつれて、そのレベルが徐々に上がってくればそれでいいのです
また気をつけるべきことは一流になるということはイチローやオリンピック選手のように、”他人を打ち負かす・他人に勝つというという意識”ではありません
”他人に勝つという意識”は、むしろ結果的に、自分を本物の一流にするにはマイナスです、大事なことは駄目な自分自身に勝つことですかね
「一流か?」と念仏のようにいつも問いかけること自体が大事なんです、仏教で{南無阿弥陀仏}と念仏をしなさいというのと似ているのです
「自分の行いは一流だろうか?南無阿弥陀仏」ですかね・・・?私としては単に”南無弥陀仏”の念仏だけよりずーっとご利益があると確信しています
安全衛生では「右よし左よしの指差呼称」というのが効果的と言われていますが、人生においても「一流か?」という問いかけは指差呼称みたいなもんです、やる人とやらない人の差は意外に大きいのですよ
まあ”一流か”という言葉はそれぞれ人によって他の言葉に置き換えて戴いてもよいのですが、今のところ私にとっては一流というのがしっくりしているのです
”一流か”の言葉に置き換える言葉の候補としては、次のようなものがあるかもしれません
① 真っ当な人間 がするものか?
② 立派な人間 がするものか?
③ 立派な大人 がするものか?
④ 素晴らしい人間 がするものか?
⑤ 強い人間 がするものか?
⑥ この世に生を受けた者 がするものか?
⑦ 親・先生・上司 がするものか?
⑧ 男・女 がするものか?
⑨ 日本人 がするものか?
⑩ 仏の子・神の子 がするものか?
自分がやらずに誰がやる
今すぐやらずに、いつやるのか
変わることを他人に要求する当の本人が全く変わらない、だから物事は良くならない