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長い旅を終えた馬

2013-11-10 07:06:49 | 編集手帳
11月7日 読売新聞編集手帳

絵画はときに理不尽な扱いを受ける。
マティスの抽象画『舟』は米国の美術館に展示されたとき、
間違って上下を逆に飾られて、
誰も気がつかなかったという。

まあ、
この程度はかわいいもので、
ナチス・ドイツの理不尽には比べるべくもない。
ユダヤ人から美術品を略奪し、
ドイツ精神に反するとみなした作品を「退廃芸術」と名づけて押収した。
若い頃に画家志望であったヒトラーは写実主義を好み、
抽象絵画を嫌悪したと伝えられる。

ドイツ南部のミュンヘンでナチスの略奪した大量の絵画が見つかったなかに、
いままで存在の知られていなかったシャガールの作品が含まれていたという。

夜空にいくつかの三日月と星屑ほしくずがちりばめられ、
倒れた椅子があり…いかにもその人らしい幻想的な絵である。
〈シャガール展閑散として会場に馬の臭いの充満したり〉
(岡部桂一郎)。
この作品にも馬の顔が見える。

シャガールの絵にいつも思うことだが、
静かで、
悲しげで、
秋の夜に眠りのなかで出会ってみたいような馬である。
独裁者にしいられた無理無体な長い旅を終えて、
きっと安堵(あんど)の吐息をもらしていよう。
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