3月29日 編集手帳
『存在』という川崎洋さんの詩は魚の名前から始まる。
〈「魚」と言うな
シビレエイと言えブリと言え〉。
「樹木」と言うな。
「鳥」と言うな。
「花」と言うな…。
終わりの二行が重い。
〈「二人死亡」と言うな
太郎と花子が死んだと言え〉。
一人ひとりに、
歩んできた人生があり、
これから歩むはずだった人生がある。
この二行を伝えるために、
川崎さんは筆をとったのだろう。
思い出を語る父親がいる。
交わした最後の会話をつぶやく母親がいる。
胸がつぶれて言葉にならぬはずなのに、
丁寧に取材に答えてくれたのは、
青春の入り口で人生を終えた息子が不憫(ふびん)でならないからに違いない。
栃木県高校体育連盟の主催で、
春山登山の講習会がひらかれていた。
那須町のスキー場で、
高校生7人と教諭1人が死亡した雪崩の事故である。
冬山登山を「原則禁止」とするよう、
スポーツ庁は通知していた。
大雪、
なだれ注意報も出ていた。
惨事を避ける手だてはなかったか。
淳生(あつき)さん。
譲さん。
宏祐(こうすけ)さん。
公輝(まさき)さん。
秀知さん。
実さん。
悠輔さん。
優甫(ゆうすけ)さん。
花も実もある春は、
これからだろう。
無情の雪を恨む。