日暮しの種 

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春山登山の惨事

2017-04-02 08:00:00 | 編集手帳

3月29日 編集手帳

 

 『存在』という川崎洋さんの詩は魚の名前から始まる。
〈「魚」と言うな
 シビレエイと言えブリと言え〉。
「樹木」と言うな。
「鳥」と言うな。
「花」と言うな…。

終わりの二行が重い。
〈「二人死亡」と言うな
 太郎と花子が死んだと言え〉。
一人ひとりに、
歩んできた人生があり、
これから歩むはずだった人生がある。
この二行を伝えるために、
川崎さんは筆をとったのだろう。

思い出を語る父親がいる。
交わした最後の会話をつぶやく母親がいる。
胸がつぶれて言葉にならぬはずなのに、
丁寧に取材に答えてくれたのは、
青春の入り口で人生を終えた息子が不憫(ふびん)でならないからに違いない。

栃木県高校体育連盟の主催で、
春山登山の講習会がひらかれていた。
那須町のスキー場で、
高校生7人と教諭1人が死亡した雪崩の事故である。
冬山登山を「原則禁止」とするよう、
スポーツ庁は通知していた。
大雪、
なだれ注意報も出ていた。
惨事を避ける手だてはなかったか。

淳生(あつき)さん。
譲さん。
宏祐(こうすけ)さん。
公輝(まさき)さん。
秀知さん。
実さん。
悠輔さん。
優甫(ゆうすけ)さん。
花も実もある春は、
これからだろう。
無情の雪を恨む。

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一歩を踏み出す人へ

2017-04-02 07:15:00 | 編集手帳

3月31日 編集手帳

 

 都電の乗り場に立っていた。
この電車は池袋に行きますか? 
やって来る電車の乗務員に尋ねたいのだが、
そんな言い方はしたことがない。
「池袋さ、ングか?」ならば言える。
でも、
言いたくない。

僧侶で教育者の無(む)着成恭(ちゃくせいきょう)さんが以前、
山形から上京した当時のほろ苦い思い出をラジオで語っていた。
結局、
5台の電車を見送ったという。
のちにラジオ番組「全国こども電話相談室」の回答者を務め、
人気を博した話術の名手にして、
そうである。

お国なまりに限るまい。
未知の土地で生活をはじめる人に、
戸惑いの種は尽きないだろう。

きょうで3月が終わる。
なじみのない都会を下調べしていたのかも知れない。
朝の駅で、
網の目のような地下鉄の路線図を真剣に目でたどっている青年を見かけた。
故郷を離れて、
週明けには慣れない街で勇躍、
夢多き一歩を踏み出す人は多かろう。

いいことずくめとはいかないのが会社勤めだが、
失意も困惑も、
やがては上がる通り雨である。
濡(ぬ)れていけばいい。
〈人はみな悲しみの器(うつは)。
頭(づ)を垂りて心ただよふ夜の電車に〉(岡野弘彦)。
ときには、
そういう夜もあるだろう。


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