4月6日 編集手帳
詩人の大岡信(まこと)さんに『銀座運河』という一編がある。
〈西銀座三丁目
そこにあった新聞社で
十年間ロクを食(は)んだ〉。
いまの大手町に社屋が移る前の読売新聞東京本社である。
国際ニュースを扱う外報部員として若き日を過ごしている。
締め切りの迫る深夜、
社内は殺気立つ。
〈…ザラ紙の
原稿用紙と駆けっこした
それが性(しょう)に合ってゐた〉。
およそ詩的でない職場で、
詩人の感性がよくぞ無事でいてくれたものである。
大岡さんが86歳で死去した。
朝日新聞『折々のうた』などの名解説者としてもおなじみだろう。
映画の世界で言うならば、
黒沢明、
淀川長治の両氏を一人二役で演じた人である。
ある年の歌会始に詠んだ歌も忘れがたい。
〈いとけなき日のマドンナの幸(さつ)ちやんも孫三(み)たりとぞe(イー)メイル来る〉。
詩人という枠に納まらない表現者だった。
雨に愛された人だという。
俳人の加藤楸邨(しゅうそん)いわく、
〈行くところかならず雨ふるとて雨男と呼ばるるは大岡信大人なり〉
(岩波文庫『加藤楸邨句集』)。
訃報(ふほう)が届いたきのう、
東京は終日、
暖かな光に包まれた。
詩ごころと春の雨雲を連れて旅立ったのだろう。