11月20日 国際報道2018
中東や北アフリカからの移民に揺れるヨーロッパ。
2017年11月の選挙で難民・移民の受け入れに否定的な政権となったオーストリアでは
いまイスラム教徒が増えていくことへの危機感が
かつてのハプスブルグ家の栄光によりどころを求める動きにつながっている。
ハプスブルグ家は
中世から20世紀初頭まで600年以上にわたってヨーロッパに君臨した一族である。
最盛期にはスペインやハンガリー
さらにはアジアやアメリカ大陸にまで勢力を拡大し
“太陽の沈まぬ帝国”とも呼ばれた。
歴代の当主は“キリスト教に根差した文化・価値観を守る皇帝”として
オスマントルコのヨーロッパへの侵入を防ぐなど
イスラム教徒との攻防の最前線に立ってきた。
ウィーンにあるシュテファン大聖堂の壁には
オスマン帝国軍が撃ち込んだ弾が埋まっていて
かつてのヨーロッパとイスラムの攻防を今に伝える象徴的な場所である。
しかし100年前の第1次世界大戦の終結とともに帝国は消滅。
ハプスブルグ家も帝位を失った。
ところが今そのハプスブルグ家の名ももとに団結し
キリスト教に根ざしたヨーロッパの伝統的な文化を守ろうと
活発な動きを見せているのが騎士団の人たちである。
オーストリアの首都ウィーンの街を練り歩く男たち。
自らを「ハプスブルグ家の騎士団」と名乗る人々である。
この日 大聖堂で厳かに行われたのは新たな騎士の入団式。
忠誠を誓うのは今の当主 カール・ハプスブルグ=ロートリンゲン氏である。
入団できるのは騎士団がエリートと認めるキリスト教徒に限られる。
メンバーには
中・東欧を中心に14か国の現職閣僚や有力な政治家
それに企業経営者などが名を連ねている。
(医師)
「騎士団には入れて光栄です。
私の人生そのものなんです。」
(オーストリア第2の都市 グラーツ市長)
「本当に光栄です。
より良い世界のために頑張らねば。」
騎士団が目指すのは
ヨーロッパの伝統であるキリスト教を中心とした文化を守ることである。
(ハプスブルグ家当主 カール・ハプスブルグ=ロートリンゲン氏)
「ヨーロッパはまさにキリスト教の価値観に基づき成り立っている。
それは我々の社会を象徴するもので
我々の歴史と切り離せないものだ。」
騎士団は貴族の子孫たちが2008年に創設したものである。
当初は社交の場として政財界での人脈を広げることが主な目的だった。
転機となったのは3年前の難民・移民問題である。
それまでは140人だったメンバーが
3年で5倍の700人に膨れ上がった。
言葉も文化も違う大勢のイスラム教徒を目の当たりにした
キリスト教徒のエリートたちが
こぞって入団を希望するようになったのである。
今年入団したオーストリア軍の現役の大佐
クリスチャン・オルトナー氏。
イスラム教徒の移民を受け入れ続ければ
ヨーロッパは崩壊しかねないと考えている。
(オーストリア軍 クリスチャン・オルトナー大佐)
「信じられないほどの大勢のイスラム教徒が入ってきている。
短期間に大勢が流入すれば
社会が壊れかねない。」
オルトナー氏はハプスブルグ家の歴史を伝える軍事史博物館を案内した。
母子像はハプスブルグ家の帝国の本質を象徴するものだという。
「オーストリアが母で
母が守っている子どもは領内の国々を表しています。
つまり寛容と自由の象徴です。
それぞれの国をそのまま受け入れたのです。」
言葉や文化が違う国々も帝国の1員として受け入れてきたハプスブルグ家。
しかし現在の移民や難民の流入は
その寛容さを失わせるほどの勢いで迫ってきているとオルトナー氏たちは考えている。
(オーストリア軍 クリスチャン・オルトナー大佐)
「キリスト教徒は困っている人を助けたいとは考えている。
しかしあまりにも人数が多すぎて対応ができなくなっているんです。」
騎士団への入団者が増えたもう1つの理由が
EUの現状に対する不満である。
騎士団のメンバーは
ドイツとフランスがEUを主導しほかの加盟国は軽視されていると感じている。
騎士団の創設者 ノルベルト・ハンデル氏。
ハプスブルグ家というシンボルをいただき
ドイツやフランスに対抗できる新たな勢力を作りたいという。
(騎士団の創設者 ノルベルト・ハンデル氏)
「オーストリアやスロベニアが単独で主張しても何も変わらない。
中小国ばかりだからこそ
共闘して初めて
自分たちの主張を取り合ってもらえる。」
今年9月
騎士団のメンバーはイタリア トリエステで第1次世界大戦の追悼式典を開催した。
オーストリアとイタリアの閣僚を引き合わせ
ドイツやフランスに対抗して
協力していく方針を確認した。
(イタリア ファンターナ家族相)
「EUに望むのは
各国の文化や伝統を尊重することだ。
そうなればEUも真に団結できる。」
(オーストリア クナセク防衛相)
「同じ問題を抱えるオーストリアとイタリアは行動を起こす必要がある。」
式典にはカール・ハプスブルグ=ロートリンゲン氏の姿も。
「ヨーロッパの文化を守るためにも移民の流入を制限すべきだ」と訴えた。
(ハプスブルグ家 当主 カール・ハプスブルグ=ロートリンゲン氏)
「ヨーロッパはオープンであるべきだが
あらゆる人を受け入れる義務はない。
我々ヨーロッパの文化を守るため
どこかで線引きしなければならない。」
騎士団の活動を市民が広く知っているわけではなく
表舞台にも出てこないが
階級社会のなごりがいまもなお
政治や経済が人脈で動いていると言われるヨーロッパの
ひとつの象徴的な例だと思われる。
オーストリアは移民の受け入れを支援するための国際的な合意から離脱することを表明した。
オーストリアが自国第1主義を掲げるトランプ大統領に追随し離脱したことに
各国から驚きと批判の声が上がったが
実はこの決定には騎士団のメンバーが関わっていたと言われている。
オーストリアに続きチェコとブルガリアも離脱を表明したほか
ポーランドも合意文書に署名しない方針を明らかにしている。
騎士団と同じような思想を共有する人々のつながりが
こうした動きに影響を及ぼしていると思われる。
騎士団の思想に共鳴する人が増えているということは
全ての宗教が平等だとする今のヨーロッパの価値観そのものが揺らいでいることを物語っている。
キリスト教に基づく文化を優先して守るべきだという主張は
宗教に順列をつけることにもつながり
EUの考え方と相いれないものである。
ヨーロッパでは自国第1主義を掲げる政治家も増えているが
人々が新たなよりどころを求めた結果が
自国第1主義の広がりや
キリスト教の優位性を主張する動きにつながっているのではないかと考じられる。
3年前に中東などから100万人以上の難民や移民が流入したことが
ヨーロッパにとってその思想の根幹を揺さぶるほどの大きな衝撃だったことを痛感する。