ぼくは本屋さんが好きです。
何か読書欲をそそるような本はないものか、と思って、しょっちゅう本屋さんに行くのですが、先日見つけたのが、「新耳袋 第十夜」です。
この「第十夜」が最終集になるらしいんですが、これで無事に全巻揃いました。
最近はこの本を原作に、映画化された作品もあるそうですが、ぼくは本を読むほうが好きだなぁ~。
ほんとうに怖い物語を読むと、怖さのあまり自分で勝手に怖いイメージを膨らませてしまうところがあります。それが怖さをさらに増進させるんですが、これは一種のマゾヒズム?(笑)
怪談ギライの人から見ると、なんでわざわざ自分から怖い目に遭いにゆくのか理解できないみたいです。
たしかに、たまに夜中にこの本を読んでしまって、少し後悔することがあります。やっぱり平気ではいられないんですね。いい年してトイレに行けなくなってる。
地道に取材を続けただけあって、この本にはいろんな種類の怖い話が詰まってます。民俗学的にたんねんに話を分析してゆけば、おそらく十巻千話の中のかなりの数の話が、勘違いとか、思い込みとか、単なる伝聞とか、そういう根拠のないものに分類されてしまうのかもしれません。
でもぼくの場合、実話かどうかよりも、こちらがゾッとするような怪談を読むことができれば満足なので、その基準からゆけばこの本は、充分すぎるくらい期待に応えてくれました。
一巻百話構成で、一冊1200円と手ごろだし(文庫化もされている)、一夜で一冊読み終えると自動的に「百物語」に加わったことにもなるという、シャレた構成になってます。実際、一夜で完読した人の身に、ささやかな怪異が起きた例がいくつか報告されています。
ぼくは、本を買ったその日に読み終えてしまうことがほとんどでしたが、とくに怪異は起きませんでした。残念? いやいや、そんなもん起きないほうが良かったに決まってます。
ちなみにタイトルは、18世紀後半から19世紀前半にかけて書き継がれた随筆「耳嚢」をもじったものです。
「耳嚢」の著者・根岸鎮衛は、下級旗本の出身ながら、のちには江戸南町奉行まで務めた人物です。彼は生涯の中で数多くの人に出会っていますが、それらの人々から聞いた膨大な話を個人的にまとめたものが「耳嚢」というわけです。もちろん怪異な話も多数収録されています。
こちらも、今読んでもとても面白い随筆だと思います。
カバーをよく見てみると、小さな文字でびっしり本文が印刷されていたり、カバーを外した表紙には奇妙な写真を使っていたりと、小さな仕掛けがほどこしてあって、ほどよく怖さを演出しているところも好きだなあ。
◆新耳袋 (全10巻)
■著者
木原浩勝・中山市朗(共著)
■第1巻初版発行
1998年4月12日
■発行
メディアファクトリー