単純に考えれば、表現することはアウトプット(OUTPUT)であり、学習したり、研修したりすることはインプット(INPUT)になります。
アーティスト、俳優や芸術家は表現する機会が多く、アウトプットが多くなります。
しかし、アウトプットばかりを続けていると中身への注入がないので、からっぽになってしまいます。
このことは表現家だけでなく、どんな仕事にも多かれ少なかれ通じることだと思います。
学校の教師も授業をやっていても、たえず研修を積まなければ中身のない授業になっていきます。
そのため、法では「自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない』(教育基本法第9条)と定めています。
「教師は多忙」という報道は、近年になってよく目にするようになりました。
その「多忙」な業務に日々直面している教師であっても、授業の準備や研究をあとまわしにしたり、おろそかにする子とは避けなければならないのです。
わたしはしばしば中学校の教師の授業を参観しますが、「準備不足だ」と感じる授業が散見されます。
教師は、他のクラスでも同じ授業をするし、また何年か後には同じ単元の授業をする機会があるでしょう。
でも、一人の生徒にとって、その学年、その教科の、その単元の授業は、ふつう一生に一回です。
教師はこのことを自覚して、日々研究・研修を積み、インプットを増やし、豊かなアウトプットとしての授業を実践してほしいものです。