Bergkristall. Grossdruck. | |
Adalbert Stifter | |
DTV Deutscher Taschenbuch |
水晶 他三篇―石さまざま (岩波文庫) | |
手塚 富雄,藤村 宏 | |
岩波書店 |
スイスから帰って来られた宣教師のジグリストさんんから、お土産のチョコ
レートをいただいて、その連想からか、久しぶりにアーダルベルト・シュティ
フターの「水晶」を読んでみたくなりました。もっとも、シュティフィターはス
イス人ではなく、オーストリアの人ですが、彼の小説の舞台となる雪に閉
ざされた小さな村々の日々の営みは、きっとスイスとよく似ているでしょう。
高い山に囲まれた小さな村クシャイトの靴屋の息子は、若いころ放蕩をつく
したが、山一つ超えた町の名家の一人娘を見初め、彼女を娶るために心機一
転家業に精を出し、商売は徐々に上向き、ついには彼女をクシャイトに迎え
入れる。やがてコンラートとザンナという二人の子供に恵まれる。ある年のク
リスマスの前の日、二人は母親の実家の祖父母を訪ねた。山越えの難儀
な道だが、それ以外に道はなく、二人はもう幾度となく自分たちだけで行き
来していた。祖父母の家からの帰り道、峠のあたりで雪が降りだした。二人は
道を間違え、進んで行った先はただ一面氷に囲まれた不思議な所、高い山を
上へ上へと登ってしまったのだ。兄のコンラートは必死で妹を守り、眠らない
ように励まし、妹のザンナは兄を信頼しきって素直に従い、ついには雪の中
で一夜を明かす。夜が明け、村人総出の捜索隊が二人を無事に救い出す。
優れた画家でもあったシュティフターの山々や村の、そしてまた登場人物
の描写は静かに美しく、読んでいると穏やかな、妙な言い方ですが「敬虔」
な気持ちなります。生存中は一定の評価を得たものの、小さい取るに足り
ないものばかりを題材にすると、非難されることが多く、この「水晶」が入っ
た短編集「石さまざま」に、それに反論する序文を書いています。
小さいもの、ささやかな仕事の中に実は大きな宇宙につながる深い真理
が潜んでいるのだと。山間の村に住む人々の慎ましやかな暮らし、温かい
愛情、深い信仰を何のてらいもなく美しく描いたこの物語を読めば、それ
がよく理解できます。
後にニーチェやトーマス・マンが、シュティフターを絶賛し、指揮者のフル
トヴェングラーは、シュティフターを読まずにはヴェートーヴェンの「田園」
は振れないとまで言ったそうです。
そのあたり、松岡正剛の千夜千冊の「水晶」にうまく解説されています。