懐かしい昭和の情景を追って

過去に撮影したネガをフィルムスキャナーで電子化しています。蒸気機関車、古い町並み、茅葺民家を投稿します。

リメンバー茅の里  岩手県九戸、葛巻

2016年06月04日 | 茅葺き民家
今回の東北の撮影の旅の最後は岩手県の北部の草棟を求めて走る。
岩手県を初めて訪れたのは21世紀になってから、まだ現役で勤めていたので五日の短い行程だった。盛岡まで新幹線で行きレンタカーで青森まで行った。

三陸の観光もあり茅葺の撮影はわずかであった。青森で茅葺民家を撮っている人に茅葺の所在を教えてもらった。その時の印象は茅葺はまだ沢山残っていた。
その後、歩行障害になり手術や治療で五年以上訪れる事はなかった。

この間に岩手の草棟の環境は厳しいものだった。
このエリアは酪農中心の地域などで離職する人が多かった。
集落が消えているところもあった。

以前から撮っていた人は草棟の素朴な民家を残しているが時すでに遅しの感は否めない。
それでも今も残る民家は貴重である。廃屋になった民家もコツコツ拾っていくことにした。
九戸インターから九戸葛巻を国道に沿って走った。あとは旧山形村を走り一日の行程終わり。

葛巻町は国道沿いに沢山あったがすくなくなっている。
山形村は枝道に入ればのこっていそうだ。

茅葺民家を通して人々の暮らす集落を訪れるのが旅の目的。
温泉も観光地もなく、こんな目的がないと決して行かない土地である。








今回は牛も民家も見掛けなかった


リメンバー茅の里 青森県津軽半島

2016年06月03日 | 茅葺き民家
津軽半島には茅葺民家がまだ沢山残っている。
沢山とはどの程度の数であろうか今の時代なら百軒以上であろうか。
津軽には数百軒残っているかもしれない。
津軽は広範囲に点在している。南北は東北自動車道から13湖まで
東西は日本海から津軽鉄道までであろうか

細かく回ると最低で三日かかる。
私は三日も同じところを走ると運転する家内のストレスがピークに達するとおもう。
自分で運転しても次第にあほらしくなりやる気がなくなると思う。

その津軽も急速に茅葺は姿を消している。
あと10年で残りわずかになりそうだ
板柳の国道わきに四軒並んで撮れるところがあった茅が二棟崩落していた。
空き家から放置民家が多い。以前トタン掛けで姿を消していたが住む人がいなく解体か崩落のケースが多い。





リメンバー茅の里 一関市藤沢町

2016年06月02日 | 茅葺き民家
藤沢町の茅葺民家は写真集にも紹介され茅葺民家を撮っている人はだれでも知っている場所である。藤沢町の大籠に立派な煙出しの民家が残っている。
大籠はもう少し走れば宮城県である、ここに10棟ほどの民家が残るが二軒は茅が壊れている。以前はいくらあったか思い出せないがもう少しあったように思う。
ここの民家は芸実品である。茅葺民家マニアとしては是非残したい民家である。

藤沢町には他にも点々と茅葺が残っていたが上から見渡しても姿を消している。その後は室根に行ってみたがあれだけあった民家がなくなっている。茅の落ちている家や撤去がおおくなっている。。室根は維持が難しいと思った。







以前撮っった室根の民家




リメンバー茅の里 山形県白鷹町中山

2016年06月01日 | 茅葺き民家
白鷹町は各地に茅葺民家が点在していた。
中でも中山地区周辺には残っていた。
茅葺民家の写真集にも取り上げられる。

役場のホームぺージに白鷹21景というのがあり、それにもとりあげられている。
山辺町に向かい小さな峠を越えると中山。
大きく開けた階段状の集落が見える。田も棚田である。遠くには雪山の朝日岳。
東北にしては厳しい環境である。
素晴らしいロケーションだ。
10軒は茅葺民家はあった。今は人の住んでいる民家三軒田に廃屋一軒

手前の荻野集落に三軒あっが今は人が住むのは一軒になった。