さむいですね~。新年も明けてはや鏡開き。みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
庭主、すっかり着膨れのぷくぷくで歩いております。え、中身もぷくぷく?こまっちゃうのよね~。
さて。先日、NHKのクローズアップ現代で、「時代劇 危機一髪 ~伝承の技は守れるか~」というのをやっていました。↓
http://cgi4.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail.cgi?content_id=3139&html=2
京都太秦(うずまさ)は、庭主が数年前の2年間を過ごした大好きな町。嵐電の帷子ノ辻(かたびらのつじ)で降りて、大映商店街を横切って路地へ入ると、その向こうは松竹の撮影所。
体育館のような建物の外側にはぐるりと棚が巡らされ、そこに江戸時代の物か様々な提灯やら火鉢やら看板、桶、その他よくわからない小道具がいっぱい積み上げられていました。
撮影所の高いコンクリ塀の脇をウチへと歩くと、塀の向こうに古いお堂やらハリボテの裏側やらが見える。夜には照明がこぼれてきたり、時おり意味の聞き取れないざわめきがしたり。
もしかして、話題のあの映画の撮影かしら?この向こうであの女優さんや俳優さんが演技してるのかしら~! な~んて、伸び上がってみるけど、とーぜん塀の向こうは見えない。
でも、ぞーえんやさんでいろいろ教えてくださった庭師のおじさまが、昔撮影所で小道具をやってたそうで、お昼休みにはいろんな話を聞かせてくださるのがいつも楽しみでした。
おじさまはそのお父さんの頃からの映画の職人さんだったそうで、昔の映画の隆盛期をよくご存知なだけに時代劇が減ってしまったのを大変残念に思っていらっしゃったようです。
結構なお年なのに!身の軽いこと軽いこと。梯子を竹馬のように操り、屋根でも何でもたちまち修理し。お客様からの信頼も厚く、手が遅くてオヤカタにすぐ怒られる私に、いつもにこっとほほえんで、「ほら、こうしいや。」と、掃除のコツやらきれいな剪定の仕上げ方やら、そつなく丁寧に技を教えてくださいました。
「わしらは図面いらんねん。場所見たら頭の中にぱぱっとできてまう。撮影の時は30分でちゃちゃっと庭こしらえんとあかんさかいな。」
「姿勢は大事や。背中曲げとったらみっともないでえ。枝を束ねる時はこう力を入れるんや。」
「松ヤニ付くでな、先に手にワセリン塗っとき。」
な~どと教えてくださるかと思えば、事務所の打ち上げでバーテンダーのように実に優雅な手つきで上手に焼きそばを焼いてくださったりする。
ダンディで、ウィットもあって、腕もあって、でも出しゃばることなく、どこか目がキラキラしていて。映画人の矜持っていうのでしょうか。昔太秦を歩いていたのはこんな人たちだったのかな~、と、ちょっとうらやましいような気がしたものでした。
先日の番組を見ていて、京都で教わった沢山の事柄や、おじさまをはじめ出会った沢山の人々のことを思い出しました。
映画づくりの中に残されている、作法、手法、美意識。
舞台装置はもちろん、細工やら、エイジングやら、演出の仕方、本物に見せるための厳しいこだわり。庭師の仕事ともずいぶん通じる物があります。というより、映画は昔の暮らしのすべてを含んでいるんですものね。
たくさんの技。たくさんの心意気。
日本のアイデンティティの根底にあったものが消えていってしまうのは、実に寂しいものです。
技術の再発見、というか、もはや身近に触れることのできないそれらの技術がどんなに素敵で、どんなに魅力にあふれているか、ということを、もうそれらを知らない私たちの世代が知る機会がもっといっぱい増えれば、と思います。
夢中で工夫して、夢中で作り上げてゆく、その楽しさ。ものづくりには、楽しさがあふれている。
お客さんがお金を払って業者が提供して終わり、ではなく、あらゆる人に、つくることも楽しんでほしい。当然シロウトが手を出せないところはありますが、だからといって全部秘密のベールに包んでしまっては、職人の苦労の跡すら知る由もない。気がつけば、その本当の価値に気づかれないまま忘れ去られてしまう。
海外を旅行して、楽しい、と思うのは、やはりその国の古い文化に触れたとき。それが連綿と残ってきたことに感動し、その国の独自のキャラクターを形作ってきたものに心ひかれるのです。
お金がない、と言うけれど。もしかしたら、宝の山かもしれないんですよ~。
…と言うだけはいえる。さて、ど~しよっか、ねえ。さあ、よ~く考えてみよ~!!!
☆今日のちび庭気温:1~4℃ さむいですね~。やっぱり氷点下になりそうな日は家の中でも冷えますね~。ネットで見かけた「フィンランド式切り株ストーブ」というのをいたく気に入ってしまった庭主でした。http://karapaia.livedoor.biz/archives/52060546.html (^^;)