梟の独り言

色々考える、しかし直ぐ忘れてしまう、書き留めておくには重過ぎる、徒然に思い付きを書いて置こうとはじめる

報道機関は

2013-01-31 12:05:10 | 雑記
「政権与党」と言う報道が有るがこの言い方には不快感がある、政権と言うと政治権力と言う意味になる、政治は権利、権力ではなく責任の筈だろう、「政権与党」ではなく「責任与党」と言うのが正しい言い方だと思う、
有権者が政治家に託した物は権利ではなく責任ある国の舵取りである、ましてや間力などでは有るはずも無い、しかしマスコミは全て「政権与党」「自民党政権・民主党政権」と表記する、
報道機関として「政治は権力である」様な表記は避ける様に願いたい、この事で有権者と政治家に与える認識の影響は大きい、
「政権を担う」と言う文面も有ったが「権利を担う」と言う言葉は違和感があるというより間違っているだろう、
使える権利と同量の責任があるのは社会通念である、此れが通らない世界は政界と官界だけである、
「官庁の判断が誤っていたからと官僚に責任をと言われるならその影響は大きすぎる」と言うかもしれないが其れだけ官庁の下す判断は大きな影響力を持っている、せめて「自分の判断が間違っていたらその損害を全て負わなければならないかもしれない」と言う程度の覚悟が無くて国政を担うとは言えないだろう
血液製剤の問題も大変な被害者を出した、しかし厚生省はその責任を一切認めていない、
しかし厚生省は日本の薬承認の絶対的な権限を持っている、許認可の権限が有ると言う事はその判断力は絶対だと言う事だ、其れが間違っていても「厚生省の責任ではない」と言い切れるのはやはり官僚と言う特殊な人間だからだといえる
一般社会のルールでは「大丈夫だから」と発売した機械に欠陥があって犠牲者が出れば全て会社が責任を取らなければならない、PL法では消費者は「政策会社に判断のミスが有った事を証明する責任は無い」のだ、起きた被害は全面的に補償しなければならない、
国を運営するのに其処まで責任を負わせるのは厳しいかも知れないがその位の覚悟が無くて1億2千万人国民の舵取りは出来まい

宮古そばからラム酒の話

2013-01-29 17:41:48 | 雑記
半月ほど前に女房の友人から沖縄旅行の土産だと言って「宮古そば」と言う物を貰った、
沖縄のそばだからいわゆる「ソーキそば」だろう、何となくそのままになって居たのだがふと気になって賞味期限を見たら1月末になっている、
自分は夕飯を取らないので休みの日昼飯代わりに食べようと思っていたのだが次の休日では期限を越えてしまう、
そうかといって晩酌のあてに沖縄そばというのもいただけない、そう言えば死んだ友人がラーメン屋をやっている時に普通の麺を少し硬めに茹でて其れを焼きそばにすると毛功いけるぞと言っていたのを思い出してやってみる事にする。
最近は野菜炒め様にカットした野菜やきのこの入った物を売っているので都合が良い、
豚コマもほんの少々で売っているので都合が良い、自分としてはバラ肉が良いのだが女房は脂身が大嫌いだ、残念だが仕方が無い、土曜に煮込みを作った時に大量に買った大蒜が残っている、その煮込みに追加しようと韮もある、少量のサラダ油で細かく切った大蒜を炒めて匂いが出た所で豚コマをいれ、火が通ったら野菜を入れる、
完全に炒めあがる前に一旦取り出すと少し油を足して茹でて置いた麺を炒める、味は折角なので一緒に入ってきたスープのコンクを其のまま使う、麺は3人前だがスープは1人前で仕上げ胡椒を強めに振った、
此れが結構いける、もう少し欲しい位だった、一緒に貰った宮古とうがらしがオイルに浸かった物も貰ったので振りかけたがこの効果は余り無かった気がする、
焼酎が合うがこれはやはり泡盛が良い、といってもそんなものは無いので何時もの焼酎である、
誰かに泡盛の古酒を貰った事が有るがそいつは上手かったな、この辺りの店で手に入るのは「久米仙」か「菊水」だが他の泡盛も飲んで見たい物だ、
話が脇に逸れるが八丈島の焼酎で黒砂糖を原料にしている物が有ったが此れは「ラム酒」になるんだろうが飲んでみると殆ど米焼酎の様な大人しい味だった、自分はラムの独特のにおいが好きなので余り買わない
ホワイト・ゴールド・ダークと各々好きなのだがやはり自分としてはダークラムの「マイヤーズ」が好きだ、強い酒なので(と言っても40度なんだが)女房殿が余り良い顔をしないので時々しか飲まないのだが砂糖の香は女房も好きだと言うが「強すぎる」と言う事で飲む事は殆ど無い、
バカルディのゴールドを炭酸で割った物も結構いけるのだが女房は炭酸が苦手で結局ラムは殆ど飲まない、ホットラムも寒い時には結構いける、レモンスライスを入れて熱い湯を入れ咽ながら飲むのだが大抵2杯目はストレートになってしまう
なんて書いていたら飲みたくなって来た、買って帰るか

電力業界はおぞましい人間の巣窟か

2013-01-28 17:59:17 | 雑記
国の原子力規制委員会の専門家会議は、福井県の敦賀原発について「安全側の判断として活断層である可能性が否定できない」という報告書の案を、28日の会合で示すことになった、この報告書に対して電力会社が「科学的に疑問がある」と反発していると言う、
国の選定した専門家に対して「科学的に疑問が有る」と言うのはどう言う事なんだろう、電力会社には国に認められた地質学の専門家に対して「其れはおかしい」と言えるだけの専門家が居るのだろうか?
「科学的根拠を示して欲しい」と言うなら未だ解る、だが「疑問が有る」と言うからには相当の知識を持って「科学的に活断層ではありえない」と言う論拠を持っていると言う事なんだろうか、
「活断層である」と言う報告書では無い「活断層ではないと言う確たる証拠が無い」と言う報告である、絶対に活断層では無いと言う事で無い限り断層が動く可能性が有ると言う事であり、元からその恐れのある場所に重要施設は置く事は出来ないと言う法律になっている筈だ、
今まで何故其処に設置できたのかと言う事に関しては電力会社と監督官庁の設定した御用学者が曖昧のまま「活断層であると言う確たる証拠は無いから」と言う様な事で進んで来た事が今回の福島災害で表面化し規制委員会が原発推進グループに有るのは根本的におかしいと言う事で曲がりなりにも独立機関として動き出した為に今までの欺瞞が僅かずつだが出て来たと言う事だ、
次回の会合で「科学的に疑問が有る」と言うのなら「絶対に活断層では無い」と言う事を照明し無い限り我々国民は納得の出来る話ではない、
福島の被災地域に戻る事が出来る時期と言うのは全く解らない、今まで原発は「絶対に安全だ、想定出来得る災害には絶対に耐えられる」と言っていたが今回の災害には危惧した以上の被害を蒙ってしまった訳だ、
「想定出来得る」災害は必ず「想定外の災害」に遭う、水害や地震、噴火等の災害は幾ら大きくても必ず数年で元通りかそれ以上に復旧できる、今までも大地震や津波の被害は数多くあったが何時か記憶から薄れてしまう位に人間の営みは力強い、
しかし放射線の影響は遺伝子レベルで影響が残る、此れは子々孫々にまで影響し若しかしたら人類の将来にまで影を落す、放射性物質その物の影響も完全に無くなるのには数千年も掛かる、「万が一」どころか「億が一」にも有ってはいけないはずでは無いか、
電力業界と言う輩は金の為にか今の地位の保全の為にか、己の子孫にも影響があるかもしれないと言う事を想像できないのだろうか


教師の生活と生徒の未来

2013-01-27 09:25:48 | 雑記
教員の退職金が引き下げられると言う法律が決まったら大量に依願退職者が出たと言う、今年3月末の施行なので卒業式まで務めると人によっては150万も下がるらしい、
今退職すれば150万も違うという事が解ったら当然そうするのも分かる、
元々教員の所得が一般と比べて高額だという事と自治体の財政が厳しいという事から出て決まった事だから当然の事だが個人レベルで言えば十分に分かる中には担当教員も含まれると言う、後3ヶ月で卒業か進級の子供達はどう言う気持ちになるのだろうと懸念する、
人をモノに例えるのはあまり感心できないがあえてするとあと数ヶ月で収穫出来る、あるいはあと数が月で家が完成するという時期に「完成するまで働いてもらったら賃金は少々下がる」と言われたとして「完成しなくても今辞めたら約束通り貰えるのか?」と聞いたら「そうだ」と言われたという事だ、
普通はその逆だろう、あと少しで完成するが完成前に仕事を辞めると言う社員が居れば会社は「何とか完成させてから辞めてくれ」と言うはずだしそれでもやめると言うなら「引き継ぎや次の人の手配に掛かる費用は退職金から引かせて貰う」と言うのが普通である、
そのような事は当然起こる事は想定できただろう、現実に東京都は対応済みだという、
自治体の役人と言うのは一般社会の常識も解らない連中が如何に多いかという事だ。
それでも中には減額を承知で残る教師も居るという、教職は聖職だとはとても言えない現代の教師だがこう言う方もいる、
元々は教職員の年収が一般社会の所得水準からかけ離れているせいで平均年収が1200万んと言うのは信じがたい金額である、それが全て税金から出ている、いや社会の未来を担う子供達に掛かるコストは当然必要で安い給料で優秀な人材は維持できないだろうし受験産業の教師の様に大学に受かるための知識を効率よく教えれば良いと言う物ではない、
しかしこの高額なコストは国の財政に大きな負担をかけている
今回の公務員費用の削減は拍手を送りたい、しかしもう少しやり方があるだろう、もっともこれをやっている連中も「公務員」なんだが次は我が身と言う事も十分ある、影響は極力避けなければなるまい

席を譲られた、

2013-01-24 16:17:17 | 雑記
最近はだんだん口数が少なくなって来た様な気がする、ふいっと口に出してしまって後で(言わなくても良い事を)と言う思いが頻々と起きる、その為に人と話していても妙に間が空いてしまう事が多くなった、
(ああ、こんな風に歳を取ってゆくのか)と思う事も有るが未だ老け込む歳でも有るまい、しかし若いうちは勢いの失言も仕方ないだろうが還暦も過ぎればそうも行くまいと思うと中々思うがままに口に出すのも憚られるようになる、
そうなるとだんだん人と話をするのが億劫になって来る、特に酒なんぞ入ったら何を言い出すかわからない、誰もが持っている不満なんかはそれなりに盛り上がるのだがそれでも枝葉になれば少しづつ異論は有る、そんなに人間が出来ている訳ではない、思い違うのに「いや、その通り」「御説御尤も」と持ち上げられる程人間が練れては居ない、
となればやはりそんな所に顔を引っ張り込まないが無難と結局他人と酒を飲むのを回避するようになってくる、尤もこの傾向は結構若い時からあったが若い時は侃々諤々、口角泡を飛ばして深夜まで言い合った事があっても後には残らなかったが最近ではそんな相手も居ないし体力も精神力も衰えて来た、
あの頃は未だ皆夢があった、「今はこんなもんだが絶対にこうなってやる」と本気で信じていたし、時間は無限に有った筈だったが流石にこの歳になると時間はそろそろ先が見えて来た、
無論自分は未だ々出来ると思っているのだが電車で席を譲られる事が何回か有ると流石に心配になってくる、譲って頂いた時は素直に頭を下げて座らせてもらうのだが電車を降りるとついショーウィンドに写る我が身を見てみるようになる、
少ないとは言え年金を夫婦で貰い、運良く公営の住居に入る事が出来たので正直借金が終えれば何とか生活は維持出来るだろう、しかしそれでは余りに情けない、有り難い事に仕事上の付き合いがある人達は自分の事を全く年寄り扱いしないし10年先の事業をどうしようかと話してくれる、彼らと話している時は年齢を忘れていられるのが嬉しいのだが「今度一杯やりましょうよ」という奴だけは色々理由をつけて断っている、いわゆるノミニュケーションと言う奴だがずっと頑なに断り続けるのも上手くない、寄って馬脚を現すのが心配だが案ずるより生むが安しか、今度の仕事が纏まったらやってくるか