子供の頃見た映画はやはり東映のチャンバラと日活の時代も全く解らない暗黒街物(?)と言った映画が中心だったがその頃小学校、中学校で「映画鑑賞会」と言う授業が有った、
小学校で見たのは覚えているのは「千羽鶴」だけでしかも内容は殆ど覚えていない、女子生徒が皆泣いていた事位で其れをからかった男子生徒が板の間に正座させられた事を良く覚えている、
この時私はからかった仲間に入らなかったが叱られた同級生から「あいつも言ってた」と名指しされたのだが私が言った事は私の直ぐ後ろの女子が本格的に声を上げて泣き出してしまい映画の台詞が聞こえないので「泣くなよ」と言ったのだが彼らには同じダと言う事になったらしい、
しかし此れは偶々直ぐ近くに担任の先生が居て女子に「静かに」と言った事を覚えていて外されたのだが暫くは「えこひいきだ」と陰口を言われた事も映画の思い出の一部でだ、
自分には6歳上に姉が居るのだが姉の見た映画は「オズの魔法使い」「ノンちゃん雲に乗る」「黄色い烏」、どう言うわけだかこの姉が「見てきた」と言う映画の題名の方が多く覚えている、見たかった(内容ではなく映画を)と言う思いが強かったのかもしれない
小学校には毎年2回巡回してくる劇団が有った、講堂で公演するのだが其れが随分楽しみだった、
今考えるとあの狭い講堂の舞台でやるのだから本当に小規模だったのだと思うが窓を遮光カーテンで覆い真っ暗になった所に照明を浴びてやる舞台はやはり子供にとっては別世界だったのだろう、
劇団の名前は未だ覚えている「タンポポ劇団」と言う、掛かった物は当然全く覚えていないがフィナーレを終えるとカーテンコールのように全員が舞台に並んで「たんぽぽ、タンポポ私のたんぽぽ」と合唱した歌も覚えているのが面白い。
学校とは別に村に時々芝居が掛かる、此れも公民館を借りて3日間位やるのだが椅子は無く板敷きに直に座って見る、此れは家族総出である、特に爺婆の大変な楽しみだ、
芝居と歌、漫談、手品、軽業とてんこ盛りだが時間は4時間程度だったろう、良く話しに聴くように旅回りの芝居には子役が居て数日だけだが学校に来る、準備や仕舞いで一週間くらい登校するのだが今考えると地域によって進み具合は違うからどうなっていたんだろうな、
小学校の間に恐らく4~5回見たと思う、妙に覚えているのは当てぶりをつけた歌謡曲を歌うのだが恐らく爺婆対応で少し昔の歌が多い、「芸者ワルツ」や「愛染かつら」も有ったが勢いがいいからだろう、「買物ブギ」や「東京行進曲」なんだが一番覚えているのが「ああ、其れなのに其れなのに」と言う曲(曲名は違うかも知れない)エプロン姿の女性が箒を使いながら「空にゃ今~日もアドバ~ルン、さぞかし会社で今頃はお忙しいと思うたに、あ~あ其れなのに其れなのに、怒るのは、怒るのはあったり前でしょう」と言う歌詞がメロディつきで覚えている、
手品はオーソドックスの帽子から鳩、大きなリングを外したり組み込んだり、そして観客席に来てステッキで触ると硬貨が出てくる奴、腹話術、皿回しとテレビの無い時代には子供のみならず大変な娯楽だった、
考えると今こう言う独特の雰囲気を味わう事はなくなってしまったのは少し残念かも知れない
小学校で見たのは覚えているのは「千羽鶴」だけでしかも内容は殆ど覚えていない、女子生徒が皆泣いていた事位で其れをからかった男子生徒が板の間に正座させられた事を良く覚えている、
この時私はからかった仲間に入らなかったが叱られた同級生から「あいつも言ってた」と名指しされたのだが私が言った事は私の直ぐ後ろの女子が本格的に声を上げて泣き出してしまい映画の台詞が聞こえないので「泣くなよ」と言ったのだが彼らには同じダと言う事になったらしい、
しかし此れは偶々直ぐ近くに担任の先生が居て女子に「静かに」と言った事を覚えていて外されたのだが暫くは「えこひいきだ」と陰口を言われた事も映画の思い出の一部でだ、
自分には6歳上に姉が居るのだが姉の見た映画は「オズの魔法使い」「ノンちゃん雲に乗る」「黄色い烏」、どう言うわけだかこの姉が「見てきた」と言う映画の題名の方が多く覚えている、見たかった(内容ではなく映画を)と言う思いが強かったのかもしれない
小学校には毎年2回巡回してくる劇団が有った、講堂で公演するのだが其れが随分楽しみだった、
今考えるとあの狭い講堂の舞台でやるのだから本当に小規模だったのだと思うが窓を遮光カーテンで覆い真っ暗になった所に照明を浴びてやる舞台はやはり子供にとっては別世界だったのだろう、
劇団の名前は未だ覚えている「タンポポ劇団」と言う、掛かった物は当然全く覚えていないがフィナーレを終えるとカーテンコールのように全員が舞台に並んで「たんぽぽ、タンポポ私のたんぽぽ」と合唱した歌も覚えているのが面白い。
学校とは別に村に時々芝居が掛かる、此れも公民館を借りて3日間位やるのだが椅子は無く板敷きに直に座って見る、此れは家族総出である、特に爺婆の大変な楽しみだ、
芝居と歌、漫談、手品、軽業とてんこ盛りだが時間は4時間程度だったろう、良く話しに聴くように旅回りの芝居には子役が居て数日だけだが学校に来る、準備や仕舞いで一週間くらい登校するのだが今考えると地域によって進み具合は違うからどうなっていたんだろうな、
小学校の間に恐らく4~5回見たと思う、妙に覚えているのは当てぶりをつけた歌謡曲を歌うのだが恐らく爺婆対応で少し昔の歌が多い、「芸者ワルツ」や「愛染かつら」も有ったが勢いがいいからだろう、「買物ブギ」や「東京行進曲」なんだが一番覚えているのが「ああ、其れなのに其れなのに」と言う曲(曲名は違うかも知れない)エプロン姿の女性が箒を使いながら「空にゃ今~日もアドバ~ルン、さぞかし会社で今頃はお忙しいと思うたに、あ~あ其れなのに其れなのに、怒るのは、怒るのはあったり前でしょう」と言う歌詞がメロディつきで覚えている、
手品はオーソドックスの帽子から鳩、大きなリングを外したり組み込んだり、そして観客席に来てステッキで触ると硬貨が出てくる奴、腹話術、皿回しとテレビの無い時代には子供のみならず大変な娯楽だった、
考えると今こう言う独特の雰囲気を味わう事はなくなってしまったのは少し残念かも知れない