ART COMMUNICATION IN SHIMANE みるみるの会の活動報告

島根の美術教育関係者が集まって立ち上げた対話型鑑賞の普及に努める「みるみるの会」の活動情報をお知らせするブログです。

浜田市世界こども美術館「橋本弘安展」対話型鑑賞会レポート④です(2019.6.29開催)

2019-07-15 23:16:26 | 対話型鑑賞
例会レポート
浜田市世界こども美術館 『橋本弘安展』 【2019年6月1日(土)~7月7日(日)】
対話型鑑賞会 2019年6月29日(土)
作品:「夏の日の出会い」橋本弘安 (162cm×200cm) 2009年 日本画  
鑑賞者:一般 3名   会員3名
ナビゲーター:津室和彦

<作品選択の理由>
 岩絵の具で水の表現ができるのか,という驚きが最初にこの作品を見たときにまずありました。「自作の絵の具」を用いたという注釈がキャプションとして付されています。なんと,自作の絵の具だけで描いた作品だというのです。この展示室(展覧会最後ブース)の作品には,「自作」「既製」の表記があります。本作は,自作絵の具の作品の中でも,特にきめが細かく,ナノ粒子と作者が呼んだ絵の具で描かれているということにも惹かれました。
 一見したところ,ジュゴンらしき動物と二人の人物が中心の作品です。モチーフは比較的少なく抽象的な感じもあり,様々な解釈ができそうだという予感もありました。

<トークの大まかな流れ>
 A~F・・・参加者の発言
 ナ・・・ナビの発言 
 ☆・・・ナビの見解やみるみるメンバーの振り返りを踏まえての解説

A:水族館とか自然の情景がごっちゃにかいてある。テーマがある。基本的には水族館。二人の子は,ガラスに映っている。上の方に水平線があり,右の方に島がある。ジュゴンが戻りたいのは,本当は自然の海なんだろうということを示しながら,もうどうせ戻れないよなという脱力感が,ジュゴンに表れている。男の子と女の子もかわいそうだなと見ている。
ナ:水族館かと思いきやそればかりでもない。水族館とジュゴンのふるさとが組み合わさって表されている。
A:今,この絵を見ている自分たちも額装のガラスに映り込んでいる。この絵に参加しているようだ。
B:これは,ジュゴンの視線。ジュゴンを主と考えると,水槽の中から,あくせく歩いている人間を眺めている。
ナ:水槽のガラスを隔てて,先ほどと真反対の意見。みなさんは,この二つの意見についてどう思いますか。
 ☆:水族館と自然の世界が混在しているということと,人間の視点とジュゴンの視点が考えられることという対立項が出てきたので,全員に問い返してみました。
C:沖縄の普天間の基地移設で,ジュゴンの生息地の埋め立て問題が10年くらい前からある。(作者が)そういう気持ちの時にかかれたのではないか。
ナ:先ほどは,ジュゴンが自分たちの世界から水族館に連れてこられたという意見もあったが,作者は,この沖縄のような現実的な社会の問題も心にとめながら描いたということか。(Cさんは,)自然の世界もこの絵では融合してあるという意見には賛成ですか。
C:私もそう思っている。こちら(右)側は青いけれど,こちら(左)側は人工物の中に入れられている。
ナ:こちら,とは?
C:左側は水族館で,ブルーの方は,自然。
ナ:新しい見方。色のことも出てきた。
D:なんで ブルーとピンクなんだろう。まるで,ゼリーに浮かんでいるよう。ジュゴンなのかトドなのか・・・浮遊感があるけど,色が違うから不思議。右には泡があるが,左にはない。光の筋がある。
ナ:「光の筋」と言われたが,みなさんは,わかるか?海面に当たった日の光が水中に網目のように映っている。そのような光の様子も表されている。ゼリーのようとは,普通の水よりちょっと固いということか?
D:いや,柔らかい。柔らかいゼリーの中に脱力して浮かんでいる感じ。とどまりたい。ナ:普通私たちが感じている水のイメージと少し違う。ジュゴンの様子と色の組み合わせ,光の筋から。光の筋は,新しく出たが,そこからどんな感じを受けるか?
D:上に横たわっているジュゴンは,生きているのか死んでいるのかわからない。お腹が上だし,動きがないから。静かな世界,音がないような世界だと,光から感じた。右の底の方にいるジュゴンは,あぶくも出ていて動きを感じる。
E:私は,死んでいるとは感じない。タイトルも「夏の日の出会い」だし,子どもたちにとっては社会的な意味合いはない。ジュゴンは人魚に間違われた生き物ですよね。ちょっとファンタジーなものに出会って,見とれている?画面が左右で割れているけれど,男の子の方が寒色系で女の子の方が暖色系になっているのも,何か意味があるかなあと思う。水族館なのに海を想起させるように,自然の光景も描き込まれている。そこが構成的につくられているところ。
 ☆:最初の人間の視点?ジュゴンの視点?という意見とも関連して,ジュゴンの立場とふたりの子どもの立場で,感覚的・感情的な考えが示されました。

ナ:子どもたちの表情についても考えていけるかもしれない。浮かんでいるジュゴンは,死というよりかは,ふんわり穏やかに漂っている。子どもたちの感情に近しいような擬人化された描きがされているのではないか。
A:展示の高さが低い。作中の子どもたちの目の高さで鑑賞者も見られるようになればよい。そうすると,イメージが変わってくる。
ナ:子どもたちの目の高さで見ると,見上げるような視線になる。子どもたちの表情は?
F:ふたりは兄妹。男の子は,ジュゴンが『でかいなあ』というようなびっくりしたような表情。女の子はにこっと笑っていて,ジュゴンはもう見たことがある。兄は初めて。兄に,ジュゴンはすごいというようなことを言っている。
ナ:お兄ちゃん,すごいでしょ。私はもう知っているよ。それは,色の違いも関係があるか。
F:女の子の側の赤味と,笑顔が重なっているのかも。兄の側の青は寒色系なので,びっくりしたとか初めてというか感嘆の感情と色を合わせているのかも。
B:女の子はにこっと笑っている。ジュゴンを初めてみて,大きいなあすごいなあというシンプルな喜びを表している。だが,男の子の方は,青みがかっていて自然の様子がオーバーラップしている。「こんな大きな動物なのに,ふるさとの海からこんなところに連れてこられてかわいそうかなぁ。」みたいに,もうすこし視野を拡げている。このジュゴンがいたであろう自然にも思いを馳せている。左側のピンクの方には,そのような自然に関するような具体的なモチーフは見受けられない。右の方に,砂底・泡・島・空・水平線だとかがはっきり見える。吹き出しでいうと,右側にお兄ちゃんの思い,左側に女の子の思い,という感じなのかな。
ナ:お兄ちゃんは歳も上だし,もしかしたら社会的状況とかジュゴンが置かれている環境とかにも思いを馳せるだけの年齢に達していて,知的に考えている部分が男の子,右側の青い部分に具体的に表されている。かかれているモチーフもより具体的である。
みなさんの話を聞いていると,画面全体に大きなジュゴンと出会った子どもたち,どうやら二人それぞれの思い・考えなどは,青っぽい色とピンクの色の中に,具体的にかいてあるモチーフの中に,込められているのではないかということだった。
E:すごく色調が淡い,厚さも薄い。だから,より水の中だというのが伝わってくる。粒子の細かさ。作者は学術的に,顔料で岩絵の具をつくっていくという研究をした成果も反映させる画題を選んで,挑戦して描いたものかなと思う。水の中を描くことについて,自分の開発した岩絵の具でどれだけ表現できるかということも別の側面から見て取れる。この(展示室の)中では,いちばん透明感があると思う。
 ☆:視点の話から,二分割されているかのような色面へと話が広がっていきました。前半に出てきた,自然に手を加える人間←→自然の象徴であるジュゴンという二項が,知的に考え始めている兄←→無邪気な妹という考えと重なってきます。さらに寒色←→暖色とも重なり,トークのスタートと比べ,鑑賞者の見方もかなり変化してきたように思います。

<振り返り>
 常連の方,初めての方,会員という鑑賞者のメンバー構成だったので,ナビとしては,初めての方の表情や発言に特に注意を払い,鑑賞に参加してよかったという気持ちになってもらえるようすべきだとの話になりました。初めて参加することにはずいぶん抵抗もあるだろうに,勇気を出して参加していただいたのですから,ウェルカムとおもてなしのこころをもってナビしなければいけないというのは,その通りだと思いました。
 水という特徴的なテクスチャーについて,ナビ自身は意識していてもよいけれど,鑑賞者の意見として出てこなければ触れなくてもよいのではないかという話になりました。あくまで鑑賞者主体でトークを進めるという基本を外さないことが大切だということです。
 参加者の発言について,ナビは“ものわかりが悪い”くらいの方がよい。丁寧に聴き,“わかったつもり”にならない方がよい,ということも話題になりました。わからないことは悪いことや恥ずかしいことではないので,正直に「今の発言は,どういう意味ですか?」「よければ,もう少し詳しく話してもらえませんか。」と投げ返すことがあってもよい,ということです。このことは,ナビとその発言者だけの問題ではなく,周りの鑑賞者の理解や解釈を深めることにつながります。鑑賞者・ナビ全員のコミュニケーションの質を高めるということです。発言者に安心感を持ってもらおうと,ついオーバーに相づちを打ってしまう私は,気をつけなければいけないと思いました。発言をとにかく慎重に聴き,しかも瞬時に真意をくみ取る,そして,発言者の言いたいことが汲めないときにはためらわず問い返す,といういわば誠実な姿勢が大切なのだと反省させられます。
 また,最初に,画面を詳細にみていくという行為をもっと意識的にやっていくことが大切。そうすれば,同じ1頭のジュゴンの動きの違いを描いたものなのか,別の個体,つまり複数体のジュゴンが描かれているのかについても話し合うことができ,また違った作品の見方もできたのではないかと考えられるという意見もいただきました。ナビとして,「みえているもの」についてもっと詳細な発言を促すことが大切だということに気づかされました。
 
 岩絵の具とジュゴンというユニークな材料・モチーフの組み合わせから,様々な考えが生まれた楽しいトークとなりました。個人的には浜田市世界こども美術館の展示作品で行った,初めてのナビだったのも心に残りました。


【みるみるの会からのお知らせ】
〇対話型鑑賞会のお知らせ
 「山光会創立70周年事業 第85回記念東光展巡回島根展」(7/31~8/5)
 島根県立美術館(ギャラリー全室)、料金800円

 東光展の巡回島根展にて、対話型鑑賞会をさせていただきます。
・8/3(土)14:00~15:00頃まで 
・島根県立美術館ギャラリーにて
・参加は無料ですが、東光展巡回島根展の入室料が必要です。

 共にみることで、深く考えたり、味わったりと楽しい時間をすごしてみませんか?

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 浜田市世界こども美術館「橋... | トップ | 85回記念東光展 巡回島根展... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

対話型鑑賞」カテゴリの最新記事