梅雨が明け、先月末から今月に入って日増しに酷暑が続いている。工房のある千葉北東部でも野外で39℃を記録した日もあった。公称されている数字は日陰でのものらしく実際は日向で40℃を越えている時もあるようだ。さすがに、ここまで暑い日が続くと頭は朦朧として、集中力がなくなってくる。
先月からこの酷暑の中、大判の板目木版画の制作をしている。今回の画題は『コタンクルカムイ』。北海道アイヌの人々が昔から「村を守る神」として大切にしてきた大型のフクロウである。和名はシマフクロウ。日本の北海道東部、サハリン、ロシアの極東地域の森林に留鳥として生息するが数は少なく、森林開発などの影響による絶滅が危惧されている種である。森林の大きな樹洞に営巣し、夜間、水辺で魚を採る習性が知られている。雌雄が2羽で鳴き交わし、ホッ、とホッホー、と鳴き合うのだが、ホッ、ホッホーとつながって聞こえることが多い。深い森林の中で低くてよく通る声で鳴く。枝などにとまった姿勢で頭から尾羽まで71㎝というのだから、フクロウ類の中でもかなり大型のグループの中に入る。いずれにしても繁殖する環境は自然環境が豊かで、広い面積を必要としている。
この偉大な神としてのフクロウの神秘性や大きさを表現するために今回の板目木版画では肖像画風に顔をアップにトリミングし、さらに実物大よりも大きく表してみた。日本の野鳥を木版画で彫り始めてから10年ほどの年月がたった。鳥の羽というのは繊細なものが多く、ザクザクと彫っていくことが味わいとなる板目木版画では、なかなか表現するのに苦労する。だんだんと細かい刃先の彫刻刀を使用することが増えてきた。けっこう大きな版木に彫っているのに、削りカスはほんのわずかな量にしかならない。今回ためしに削りカスを最初からとっておいてみた。結果は添付画像のとおりである。おそらく数多い木版画家の中でもこれだけカスが少ない人はそんなにいないんじゃないかなぁ…妙なことを自慢してもしょうがない。選んだ画題に対して自分なりの表現や彫り方を探究してきた結果である。
ここまで、彫っては摺ってを繰り返し、4回の試し摺りを重ねてきた。そろそろ彫りの作業は終了。あとは薄口の和紙に黒1色で丁寧に摺りあげるだけとなった。まだまだ猛暑が続きそうなので摺りの作業を想うと辛くなるが、ここは奮起して最後まで完成させよう。技術的、作業的なことよりも、このフクロウが持っている深い神秘性が表現できたかどうかが一番気がかりになっている。画像はトップが彫りの作業中の版木。下が向かって左から木版画の削りカス、彫り途中の羽のアップ、今回制作に使用した彫刻刀類。