長島充-工房通信-THE STUDIO DIARY OF Mitsuru NAGASHIMA

画家・版画家、長島充のブログです。日々の創作活動や工房周辺でのできごとなどを中心に更新していきます。

223. 追悼 エルンスト・フックス画伯

2015-12-26 20:19:14 | 幻想絵画

もう少し早くブログに更新したかった。先月、9日。幻想絵画の巨匠、画家のエルンスト・フックス氏(1930-2015)が老衰のためウィーンで死去、84才の生涯を閉じた。

エルンスト・フックス氏と言えば先の大戦後、混乱のウィーンに彗星のごとく登場した芸術家のグループである『ウィーン幻想派』の画家である。幻想派の中心となる画家はフックス氏の他にエーリッヒ・ブラウアー、ルドルフ・ハウズナー、ヴォルフガング・フッター、アントン・レームデンの5名で、すでにハウズナーが亡くなっているので残るのは3名となってしまった。その後、世界中の幻想画家にも影響力を持ち、代表的なところでは映画『エイリアン』のデザイナーとして名高いH.Rギーガー氏(2014年没)などもその一人である。日本でも僕の記憶では1970年代と1990年代の2回、ウィーン幻想派の大きな展覧会が開催されている。

フックス氏は僕にとっても20代から30代にかけて、とても強い影響を受けた画家の一人である。マニエリスム的で錬金術的なその強烈に個性的な画風は怪しく謎めいた魅力に満ち溢れていた。当時、古本屋で幻想派について記事が書かれた美術雑誌や和訳された幻想芸術の評論書を探してきては夜中まで読みふけっていたのを思い出す。フックス氏にのめり込むように傾倒していくと、それだけでは飽き足らず、この画家が影響された画家や美術が気にかかるようになり、ボッシュやブリューゲルなどのフランドル絵画、アルチンボルド、ウイリアム・ブレイク、ギュスターブ・モロー、グスタフ・クリムトとウイーン分離派などまで興味の範囲は広がっていった。

それから、アルバイトをして高額だった絵画と版画のドイツ語版の画集を購入し表現主題やテクニックを独習で研究した。特にドイツ語の作品のデータを翻訳していて驚いたのはその技法の豊富さである。版画では銅版画を中心に木版画やリトグラフ。素描では羊皮紙に銀筆、鉛筆、ペンにインク、パステルなど、タブローはテンペラと油彩の混合技法が多いが、水彩画や近年ではアクリル画も数多く制作している。さらに平面だけにとどまらずブロンズ彫刻も制作している。ヨーロッパではピカソやダリもそうだったが、こうして表現の可能性と幅を広げていくのが造形芸術の王道なのだろう。

強烈な個性と細部まで再現されたイメージにより鑑賞者の心を掴んで離さない、そして多彩なテクニックを錬金術師のように自由自在に操る、フックス氏のような画家になりたいと夢を描いていた。フックス氏について書きだすとスペースがいくらあっても足りない。最後に「芸術は最高度に文学であり、文字記号である」と画家自身が断言する有名な言葉をあげることにしよう。

「くりかえし申さなければならないが、芸術は最高度に文学である!文字記号である。タブロー絵画の作画法はとりわけ、心的-精神的内容をそれに適わしい記号の中に注ぎ込む行為である。この意味で絵画は常に人類の警告の声であった。それゆえに芸術は意味深く、実用的かつ無際限に合目的的なのであり(預言という意味でそうである)、したがって絶対に『純粋絵画』やアブストラクトであることはない。芸術家自身は、一切のものは形象の中にしか見られないということを悟らなくてはならない。」(『芸術は文学である』 エルンスト・フックス)

創作上多くの影響を与えていただいたエルンスト・フックス氏に謹んでご冥福をお祈りいたします。

画像はトップが1980年代頃のフックス氏の肖像。下が1950年代ウィーンのアトリエでの若きフックス氏、絵画作品の部分図3点、素描作品の部分図1点、銅版画作品の部分図1点、以上、ドイツ語版、画集より複写転載。