小学生ぐらいの時に父に教えられたこと。
「毎日何をやっているか書いて(記録)してごらん。
実施表を作るんだよ。」
起床から就寝まで、何をしているか一日をタイムテーブルに見立てて書いていくのだ。
当時を振り返ると、
7:00 起床
8:00 学校
16:00 帰宅
17:00 塾
18:00 晩ごはん、お風呂
19:30 TV
22:00 寝る
などと書かれており、
それに同じカテゴリーを色分けしたりして遊んでいた。
色分けすると子供なりに、
「TVを見る時間が多いなぁ~。」
とか「なんだこのその他は?」など、自分の動きが見えてくる。
そうすると、
「何もしていない時間があることに気が付くのだ。」
この“中途半端”な時間を何かに使おう!
という次のアクションへつながり始めたのだ。
子供だから、そんなに大袈裟に考えてもいないし、
悲壮感もない。
ゲームをやっているようなものだ。
これは、大人になってからむしろ必要なルーティンかもしれない。
子供の頃は時間の感覚がほとんどない。
今はタイムマネジメントという考えもどこかにあって
上手に時間を過ごしたいという願望も強い。
時間そのものは有限だが、使い方は無限だ。
その時間を自分の思い通りにするためには、
自分の“時間の使い方”を現状分析するのだ。
そのためにはこの実施表が威力を発揮する。
そして1週間記録してみると、ある程度のパターンが読める。
自分のライフスタイルと密接に関係しているのだ、
改善の方向性もよく見えてくる。
まずは1週間記録することだ。
それができなければ、きっと時間を有効に使うことなんてできない。
今使っている手帳を活用しても記録はできるはずだ。
「15分単位」で記録をしてみると、実はまとまった時間が
“たれ流し”になっていることを発見したりする。
今年は、あと「117日」
今年は、あと「2,808時間」。
その数字そのものに特に意味はないが、
毎日がアッという間に過ぎてしまうと考えて、
なんとかしてみたいと思っているできるビジネスマンはやってみるはずだ。
もう、やっている人も多いかっ!?
雨@午後から駒ヶ根へ。
秋がスタートして、来てくれてありがとうございます。
「毎日何をやっているか書いて(記録)してごらん。
実施表を作るんだよ。」
起床から就寝まで、何をしているか一日をタイムテーブルに見立てて書いていくのだ。
当時を振り返ると、
7:00 起床
8:00 学校
16:00 帰宅
17:00 塾
18:00 晩ごはん、お風呂
19:30 TV
22:00 寝る
などと書かれており、
それに同じカテゴリーを色分けしたりして遊んでいた。
色分けすると子供なりに、
「TVを見る時間が多いなぁ~。」
とか「なんだこのその他は?」など、自分の動きが見えてくる。
そうすると、
「何もしていない時間があることに気が付くのだ。」
この“中途半端”な時間を何かに使おう!
という次のアクションへつながり始めたのだ。
子供だから、そんなに大袈裟に考えてもいないし、
悲壮感もない。
ゲームをやっているようなものだ。
これは、大人になってからむしろ必要なルーティンかもしれない。
子供の頃は時間の感覚がほとんどない。
今はタイムマネジメントという考えもどこかにあって
上手に時間を過ごしたいという願望も強い。
時間そのものは有限だが、使い方は無限だ。
その時間を自分の思い通りにするためには、
自分の“時間の使い方”を現状分析するのだ。
そのためにはこの実施表が威力を発揮する。
そして1週間記録してみると、ある程度のパターンが読める。
自分のライフスタイルと密接に関係しているのだ、
改善の方向性もよく見えてくる。
まずは1週間記録することだ。
それができなければ、きっと時間を有効に使うことなんてできない。
今使っている手帳を活用しても記録はできるはずだ。
「15分単位」で記録をしてみると、実はまとまった時間が
“たれ流し”になっていることを発見したりする。
今年は、あと「117日」
今年は、あと「2,808時間」。
その数字そのものに特に意味はないが、
毎日がアッという間に過ぎてしまうと考えて、
なんとかしてみたいと思っているできるビジネスマンはやってみるはずだ。
もう、やっている人も多いかっ!?
雨@午後から駒ヶ根へ。
秋がスタートして、来てくれてありがとうございます。