わが家の小さな庭には数鉢のバラがある。梅雨に入り春先きに咲いた美しい花はみんな散ってしまい寂しい限りだった。ところが今朝庭を眺めると黄色いバラが開いているではないか。その名は「トーマスグラハム」。甲子園では高校球児の熱い戦いが繰り広げられている。
8月15日は69回目の終戦の日。政府主催の全国戦没者追悼式が天皇皇后両陛下ご臨席のもと日本武道館で開かれた。12時の時報とともにかすかに聞こえるサイレンに合わせ静かに黙祷した。あの日は真夏の太陽が照りつけていた。
終戦の日、私は10歳。国民学校の4年生だった。戦争のことはよく覚えていない。だが、恐ろしいものだとは十分理解できていたようだ。その日は真夏の太陽が照りつける暑い日だった。周囲には一つの花も見当たらない。
午前12時丁度にラジオから陛下のお声(玉音)が流れてきた。そのお声は、雑音がひどくよく聞きとれない。低くなったり高くなったりまるで海辺に打ち寄せる波のようだった。父が「戦争に負けた。戦争は終わった。」と押し殺したような声でつぶやいた。子ども心にその時を忘れない。
終戦から69年、平和な日が続いている。幸せなことだ。 庭のバラの花を見て一喜一憂できるのも平和だからと毎日が感謝の連続だ。
ところが安倍政権が集団的自衛権の行使容認を閣議で決めた。忘れてしまった戦争の恐怖がいつかまた現実とならないかと不安になった。
沖縄名護市辺野古の埋め立て地域周辺で、立ち入り禁止区域を示すためのブイの設置が、その前日に始まった。沖縄県民の声を総理はどのように受け止められているのか、大いに疑問がわく。数の力に奢る総理の姿勢には疑問がつきない。
被爆地長崎の「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」で田上市長は「今進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です」と強烈な表現で政府を批判した。 被爆者代表の女性から「日本が戦争が出来る国になり、日本の平和を守ろうというのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争がはじまると、戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではありませんか」と即席の言葉が飛び出した。
原発の再稼働についても総理は意に介しない。批判のための批判と受け流す。この年、まさに総理の暴走が始まった。
大部分の人は戦争を望んでいない。平和を大切にしなければならないと頑張っている。この日改めて気づいた。小さな声であっても自分の言葉で平和を語ろうと。