45回、5月13日
松浪先生を巡り、おっさんの争い勃発!
おりんは、初めて仙台に来た母の八重を歓迎して、知り合いの店で叔父、源造と4人で食事をすることになった。
そこに居合わせた酔客が
「東北女学校で騒ぎがあったんだと、悪い先生がいて、そいつが女学生をそそのかして、騒ぎをおこさせたという噂だ。」
「校長にでもなりたかったんだろう。」
「何ていう奴だ、そいつは。」
「新聞にも出てた、松浪って奴だ。」
「嘘だ!」と酔客に食って掛かるおりんを止めた源造
「誰がそんなデタラメを言ってるんだ。松浪って人はそんなくだらない人間じゃねーぞ。自分が損な立ち場になろうと、やらなきゃいけないのが男ってもんだ!松浪って人はそういう男なんだ。いい加減な事を言うと承知しねーぞ!」
「松浪先生の悪口をいう奴、わたしだって絶対に許さないからね!」二人は怒りが収まらない。
松浪先生宅
中河鶴次が松浪先生の旅支度の用意、鞄に荷物を詰めている。
(中)東京には何日ご滞在ですか?
(松)東京での滞在の予定は3日の予定だが、行き帰りを見ると1週間はみないといけないな。
(先生、お茶を入れながら)
(中)それでは足袋はこれくらいで
(松)あ、それだけあれば。全国ミッションスクールの関係者が集まって、貧困児童の為の資金集めをすることになっているんだ。
(中)大変なお仕事ですね。今度のボイコット事件も報告なさるんですか?
(松)いや、あれはもう少しキチンと決着がついてから。私の東京行はその決着の方にも目的があるんでね。
(中)やはりあの3人は東京の女学校に?
(松)うん、あの3人が昼間やってきてよく話し合ったんだが、できれば明和女学校に入りたいと強く希望している。現在、もっとも新しい女子教育を実践しているのが東京の明和女学校だ。できたら彼女たちの希望をかなえてやりたいと思ってね。
(中)でもああいった事件を引き起こした生徒たちを、すんなり受け入れてくれますかね、明和の方で。
(松)彼女たちの物の考え方や人間としての優秀さを正直に話して、理解してもらうより手はないだろう。しかし彼女たちを追放した学校側の人間として、それを頼むのは、はなはだ矛盾した話だがね。辛い交渉になるな。
(中)でも先生お1人で何もかもなさって、少しお疲れじゃないですか?お顔の色がちょっと冴えませんが。
(松)いや、別に。でも久しぶりに君が来てくれたと言うのに、ゆっくり話す暇もなくて悪いね。
(中)私は教会の用事で来たんですから、それに先生の旅立ちの支度を手伝わせていただくことで、何だか昔に戻ったようで、とっても嬉しんですよ。
(松)そうだね、二人で旅支度をしては日本中を伝導で歩いたね。
(中)わ~、この髭剃りの道具。あの頃のをまだお使いなんですね。
よく使いこんでるでしょ。
(中)いや懐かしいな、あの頃は先生も私も若かった。よく伝導しながら二人で歌を歌って歩きましたね。(讃美歌を歌い出す)
悩みまどい また 苦しむことも
望みは違えず 主にこそ祈れ♪
(二人のいる部屋を覗き込んでいる、梅沢先生)
(松)梅沢先生!
(梅)今晩は、お客様とは知らなくて。
(松)客と言っても、私のごくごく親しい友人ですから。どうぞ お上がりください。
(梅)じゃあ 失礼
(松)どうぞこちらへ。梅沢先生、こちら宣教師をなさっている、中河鶴治先生。1年前まで東北女学校で教師をなさっていました。
(梅)じゃあ、私と入れ違いに。
(松)こちら君の後にいらして、西洋歴史を担当なさっている梅沢先生です。
(中)中河ですよろしく
(梅)梅沢です。ばあやさんがいなくて旅の支度が大変だと思って、お手伝いにきたんですよ。あのこれね、私 編んだんですけど(紺色の毛糸のチョッキ)もう朝晩冷えますから。どうかこれ、お召しになって下さい。
(松)それはどうも、恐れ入ります。
(梅)いやいや 楽しみでやってるんですから、鞄に入れときましょう。
(中)いやあの、もう一杯で入りますかね。
(梅)もうそんな一杯なんですか?何詰めたんです?ちょっと拝見。
(鞄の中を見る梅沢)
(中)ちょっと 詰めたんですから
(梅)旅慣れない方は詰め過ぎますからね。
(中)旅慣れない?!松浪先生と私は、昔は旅から旅へ、旅のオーソリティを自認してまして。
(梅)昔の旅と今の旅は違いますからねぇ。
(中)昔の旅と言ったって、お駕籠に揺られてエッサカホイと違いますから。結構ですから、松浪先生の旅支度、私が一番承知してますから。
(梅)とにかく私がやりますから。
(中)いいです、あなたはお構いなく。
(鞄を取り合う二人)
あんたこそ!
ダメ~!
(中)猿股をそんなに握りしめないで下さい!
(二人の争いに、真ん中で無表情の松浪先生)
※この回は一番笑える回で、昔に見たまま今でも忘れていません。松浪先生の世話を焼きたいオッサンたち。その争いを前にして、内心は困り切っているのに全く表情を崩さない松浪先生の表情にも笑います。女学生にもオッサンにもモテモテです
それにしても松浪先生、旅支度はご自分でやらないんですか?
夜、母の八重と二人で部屋にいるおりん。松浪先生が女生徒をそそのかしたという噂に怒りが収まらない。
「そんな事いう奴は、首根っ子捕まえて、あの松浪先生の青い顔を見せてやりたいわ!
二宮さんや里見さんみたいに、自分のことキチンと考えられる人は立派だけんど、おくにさんはほんとに偉いと思う。自分が正しいと思ったとうりに、自分の筋を通してキッパリとしてるもの。ああいう風に生きられたらいいね。ああいう風に生きようと思ったら人の世話になってちゃダメだね。自分の力で生きなくては。給費生になって辛いと思った事は一度もないけんど、まかないとか働くことは辛いと思わなかったけんど、今度は辛かったぁ。お金を貰っていることで、何も小さくなっていることはないと、そう思っていたけんど、見えない紐で自分が縛られてるみたいで、自分が思っていることを きっぱり言ったりすることができなくて、自分が情けなくて、母ちゃん。私辛かった。」
(隣で眠っていると思っていた母が)
「それだけわかっただけ、給費制になって良かったな、おりん。きっぱりしてる人も偉いけど、どうしたいけど出来なくて、じーっと我慢してる人も偉いんだよ。一生懸命 生きてる人は、みんな偉いんだ。さあ、もう眼をつむって眠んな、あしたから一生懸命やんな。」
「おやすみ母ちゃん。」
おっさんたちの争いから一転、おりんと母。おりんの長い独白を、隣りで眠っているのかと思っていたら聴いていた母の八重。
おりんの給費生だから何もできないのかという、やるせなさ焦燥感に「きっぱりしてる人も偉いけど、どうしたいけど出来なくて、じーっと我慢してる人も偉いんだよ。」という言葉に救われます。殆どの人は、きっぱりと生きたくても、やりたくても、出来ないんだと思うわ。きっぱりした人は、きっぱりしたなりに生き難い。私は長いものには巻かれろで、へらへらと何もできずに生きています。