秋田新幹線に乗って、大曲駅に向かっている。
今回は、打ち合わせ等ではなく、前JA秋田おばこ組合長の葬儀に出席するため。
辛い秋田行きである。
前組合長さんと初めて会ったのは、旧JA神代の組合長であった時。
秋田弁が強く、慣れるまでは、何を言っているのか判らなかった。
前組合長さんの考え方の根底にあったのは、産地のため、地域のため。
その為には、消費地に神代米のファンを沢山作る必要がある。
ファンになってもらうためには、安全・安心なお米は当たり前だ。
自分が作ったお米に、自信と責任を持たなければならない。
消費者に求められるお米になれば、神代米は黙っていても売れるお米になる。
今でこそ当たり前となり、誰もが口にしているこの言葉を、20年前から、誰も真剣に考えていなかった時から、当然の事として言っていた人だった。
自信家で、ヤル気満々で、自分が先に動いて、何にでも向かっていって、いつも先の話していて、右を左に強引に曲げる力を持っていて、常に結果を出す人だった。
環境保全・地域活性化・担い手・ブランド作り・6次化等を、お米を通してやって行こうと考えていたが、その考えが理解されず、回りから変人扱いされていて、自分の考えに自信を失いかけていた時に、「頼むぞ!」って真っ直ぐ自分を見て、言ってくれた人だった。
しかし、JA合併以降は、雲の上の人となってしまい、顔を合わせる事は出来なくなってしまっていた。
数年前にJA秋田おばこに呼ばれて講演した事を切っ掛けに、神代米の復活と、JA秋田おばこブランド米を作る約束をした。
その第1段が、昨年、日本テレビの「満点☆青空レストラン」で紹介した「箱入り娘 ゆめおばこ」である。
約束だからといって、簡単にテレビで紹介する事は出来ないし、そんな事は許されない。
紹介するためには、全国の人が認める、お米の食味が必要で、そのための品質のグレードアップが絶対条件となる。
自分の「確実に出来ますか」という問に、「言われればヤル。その位の技術は全員が持っている。任せろ」って、以前と変わらず、笑って回答してくれた。
そして昨年、約束通りに、今までで最高の「ゆめおばこ」を作ってきた。
再会した時に、体調が悪いのは明らかだった。
でも、もう1期は、組合長でいてくれると思っていた。
だから、まだ、JA秋田おばこブランド米は、お披露目しかしていない。
神代米の復活は、計画すらしていない。
JA秋田おばこブランド米は、どこに進ませたかったのか?
ついに、聞けず終いになってしまった。