飲んでもブログ

飲んでいる時に付けたタイトルで間違いではありません。
趣味は山登りやハイキングとDVD映画の収集です。

山行:筑波山

2015年03月15日 | Weblog
 3月14日(土)は昔の仕事仲間6人で筑波山に行ってきました。
 筑波山は大昔(学生時代)に筑波山ユースホステル(2012年12月閉館)があった時に登ったことがありますが、どんな山だったのか殆ど覚えていません。

 筑波山へは、「つくばエクスプレス」で「秋葉原駅」から「つくば駅」まで行って、そこから登山口の「つつじヶ丘」までは直行の「筑波山シャトルバス」(0:50)で行きます。

 尚、帰りは、男体山からケーブルカーを利用する予定だったのですが、3月20日までケーブルカーが運休なので、男体山からはロープウェイの「女体山駅」に行って「つつじヶ丘」に戻ることになりました。

 従って、山行のルートは次のようになりました。
 つつじヶ丘-0:40-弁慶茶屋跡-0:30-女体山-0:15-御幸原-0:15-男体山-0:30-女体山駅-ロープウェイ(0:06)-つつじヶ丘駅

<つつじヶ丘>



 シャトルバスが「つつじヶ丘バス停」に着いたので登山口をアップで撮ってみました。


 登山口の鳥居と巨大なガマ大明神のガマガエルが見えたのでアップで撮ってみました。
 ガマガエルの後にいる登山客と比べるとガマガエルの大きさが判りますね!


 登山口の手前にあった案内図で現在地とルートを確認します。
 「弁慶茶屋跡」までは「おたつ石コース」、「弁慶茶屋跡」から「女体山頂」までは「白雲橋コース(一部)」になります。


 『水郷筑波国定公園「筑波」』の碑があったので取り敢えず撮ってみました。


 巨大ガマガエルを下から撮ってみましたが、大き過ぎてガマガエルには見えませんね!
 鳥居は「家内安全」となっていたのです、「登山安全」を祈願してお参りをしました。

<つつじヶ丘から弁慶茶屋跡へ>

 登山道は一挙にご覧のような急な岩場の山道になります。


 途中で小休止しながら眼下に見えた「つつじヶ丘」を撮ってみました。
 



 ご覧のような岩場の登山道を注意しながらひたすら登ります。




 途中、若干なだらかな登山道もありますが、基本的にはご覧のような岩場の登山道です。


 途中で、女体山に何回も登っている犬を連れた登山客と一緒になりました。

 ひたすら登山道を登っている犬と一緒に眼下の「つつじヶ丘」を撮ってみました。
 「つつじヶ丘」の後に霞ヶ浦が見えたのですが、曇っていて残念ながらハッキリ撮れていませんでした。


 「女体山頂」まで900mのところまで登ってきました。
 いくらか登り易くなりましたが登山道の急こう配は相変わらずです。

<弁慶茶屋跡>

 登山口からほぼ予定通り(45分)に「女体山頂」まで800mの「弁慶茶屋跡」に着きました。
 

 ここにはベンチもあるので小休憩することにしました。


 「弁慶茶屋跡」の奥に小さな「聖天神社」があったのでアップで撮ってみました。


 晴れていれば見晴らしは良さそうなのですが、残念ながら今日はご覧の通りでした。


 「弁慶茶屋跡」で小休憩してから「白雲橋コース(一部)」を通って「女体山頂」に向かいます。

<弁慶茶屋跡から女体山頂へ>

 歩き始めると登山道は、大きな木の切株がゴロゴロしている山道になっていました。
 ⇒ 岩だと危険なので木の切株にしたのですかね!?


 登山道の左側にはご覧のような大きな岩がそそり立っていたのでアップで撮ってみました。


 登山道の先に岩の裂け目があって、「弁慶七戻り」の案内板が出ていました。
 案内板には、『古来「石門」といい、聖と俗を分ける門。頭上の岩が落ちそうで弁慶も七戻りしたといわれています。』と書いてありました。


 正面に行ってみると、確かに頭上の岩が落ちそうな岩のトンネルになっていました。
 

 頭上の岩と下の岩の間に白いものが見えたのでアップで撮ってみました。
 ⇒ 岩の重みの汗なのか涙なのか判りませんが、寒くて凍ってしまったようです。


 反対側からも「弁慶七戻り」を撮ってみました。


 次に、岩と岩の間に石積みの階段があって、「高天原(たかまがはま)」の案内板が出ていました。
 案内板には、『「神様の世界」を意味し、天照大神(あまてらすおおみかみ)を祀る稲村神社があります。』とありました。


 石積みの階段はご覧のように人が一人通れるかどうかの狭さでした。


 石積みの階段を昇ると右側に稲村神社があったので取り敢えずお参りをしました。


 稲村神社にお参りしてから急な階段を降りて登山道に戻ります。
 今度は登山道にあるかなり急な鉄階段を昇ると、正面に「母の胎内くぐり」の案内板がありました。
 案内板には、『筑波山禅定(修験の行)の行場の一つ。岩を抜けることで、生まれた姿に立ち返ることを意味しています。』と書いてありました。


 案内板の細い柱で大きな岩を支えているようで、危ないのでくくることはしませんでした。
 少し離れて別の角度から「母の胎内くぐり」を撮ってみました。


 「母の胎内くぐり」の次は、2つの巨大な石が寄り添っているようにみえる「陰陽石(いんようせき)」がありました。
 案内板には、『高さ十メートルを越える巨大な石が二つそびえ立ち、陰陽寄り添っているように見えることから呼ばれています。』と書いてありました。


 標高750mの「女体山頂」まで600mのところまで遣ってきました。
 「弁慶茶屋跡」からの登山道にはいろんな奇石(岩)があったので結構楽しめました。


 更に、名もない巨大な岩を見ながら登山道を登ります。


 途中、ご覧のような鉄の鎖のあるかなり険しい登山道もありますよ!


 今度はご覧のような平べったい「国割り石」がありました。
 案内板には、『往古諸神が集い、この石の上に線を引き、神々の行くべき地方を割り振ったといわれています。』と書いてありました。


 次に、「出船入船(でふねいりふね)」の石がありました。
 案内板には、『元来、「熊野の鳥居石」といわれ船玉神を祀り、石の姿が出船と入船に並んでいるように見えることから呼ばれています。』と書いてありました。
 ⇒ 私には大きい方が頭で相手の胸を押している「石取り(関取)石」のように見えますが・・・


 今度は、ご覧のような「裏面大黒(りめんだいこく)」の岩群がありました。
 案内板には、『大きな袋を背負った大黒様の後ろ姿のように見えることから呼ばれています。』と書いてありました。
 ⇒ 確かに中央の上の方にある岩は、大黒様が背負っている袋のように見ますが、私には物を一杯詰め込んだ登山用リュックにみえますが・・・


 「弁慶茶屋跡」から登山道を20分位登ると「女体山頂」がやっと見えてきましたが、山頂までは未だかなりありそうです。


 今度は、ご覧のような「北斗岩(ほくといわ)」がありましたが、大き過ぎて全体は撮れませんでした。
 案内板には、『天にそびえたつ岩で、天空に輝く北斗星のように、決して動かないことを意味しています。』とありました。


 「北斗岩」の下を通ると何か良いことがありそうなので通ってみましたが・・・


 通り抜けてから離れて「北斗岩」を撮ってみましたが、確かにでかいですね!


 ここからは、再びご覧のような岩場の登山道を登りますが、皆さん大分しんどそうですね!
 尚、奥に見えるのが「女体山頂」ですかね!?


 「女体山頂」まで200mのところまで登ってきました。


 今度はご覧のような「大仏岩」があったので撮ってみました。
 案内板には、『高さ15メートルもあり、下から見上げた形が大仏が座っているように見えることから呼ばれています。』とありました。
 ⇒ ところで、この大仏は「鎌倉の大仏」、「奈良の大仏」のどちらですかね!?


 「大仏岩」を後に、暫く進むと登山道はご覧のようなかなり急な岩場になりました。
 ⇒ 「女体山頂」に近づいた証拠ですね!


 又、登山道の脇には未だ雪が残っていました。

<女体山頂(標高:877m)>

 「弁慶茶屋跡」からは50分近くかかってやっと「女体山頂」に着きました。


 山頂にはかなりの人がいて記念写真を撮る人でごった返していましたが、どうにか写真を撮ることが出来ました。


 少し怖かったのですが、山頂の先の方に行って眼下に広がる景色を撮ってみました。


 曇っていたので残念ながら富士山は拝めませんでした。




 登山口の「つつじヶ丘」が見えたのでアップで撮ってみました。


 遠くに見えたこれから登る男体山をアップで撮ってみました。


 「女体山御本殿」を撮ってから山頂下にある小さな広場で昼食を取ることにしました。


 広場に行くにも社務所の脇からご覧のような岩場の登山道を下ることになります。


 日陰なので動かないと体が冷えてしまい早々に昼食を切り上げて「男体山頂」に向かいことにしました。

 「男体山頂」に登ってからは、再び、ここに戻って来て右後ろの矢印の方に行ってロープウェイに乗ります。
 
<女体山頂下から御幸原へ>

 「女体山頂下」から「御幸原」の登山道は下りになりますが、凍結で登山道が泥かんでいて足元が悪く岩に乗ると滑りそうで写真を撮るどころではありませんでした。

 それでもこの道にも奇石(岩)の「ガマ石」があったので撮ってみました。
 案内板には、『元来、「雄龍石」といい傍らに「雌龍石」もあり、この場所で永井兵助が「ガマの油売りの口上」を考え出したことでガマ石と呼ばれています。』とありました。
 「石を投げてガマの口に入れば良いことがある」と言って石を投げていた人がいたので私も遣ってみました。
 ⇒ 1回目は入りませんでしたが、2回目に入ったので何か良いことがあるかも知れませんね!?
 

 今度はご覧のような「セキレイ石」がありました。
 案内板には、『この石の上に鶺鴒(せきれい)が留まり、男女の道を教えたといわれています。』と書いてありました。
 ⇒ 男女の道て何ですかね?


 登山道を滑らないように慎重に降りたせいか、30分(予定は15分)以上もかかって「御幸原」に着きました。
 正面に、これから登る男体山が見えたので撮ってみました。


 小休憩してから「男体山頂」に向かいました。
 今日は、ケーブルカーが運休しているせいか(?)「男体山頂」に登る人は少ない感じがしました。

<御幸原から男体山頂へ>

 ご覧のような登山道を登って「男体山頂」に向かいますが、「女体山頂」に登るよりは楽な感じがしますが・・・




 それでも「男体山頂」近くになると、登山道はご覧のような岩場になります。
 
<男体山頂(標高:871m)>

 登山道が登り易かったせいか「御幸原」からは15分かからないで「男体山頂」に着きました。


 取り敢えず、「男体山御本殿」でここまで無事に登って来れたお礼を兼ねたお参りをしました。




 「男体山頂」からの景色も曇りなので見晴らしは良くありませんが、女体山が見えたのでアップで撮ってみました。
 「男体山頂」は「女体山頂」に比べると”何だー”と言う感じがしまますが、男と女の違いで止むを得ないですかね!?
 山頂にあまり長居しても仕方がないないので早々に下山することにしました。

<男体山頂からロープウエイ女体山駅へ>

 「男体山頂」からは15分位で「御幸原」に着いてしまい予定通りでした。
 「御幸原」の左側には柵があって晴れていれば見晴が良さそうですが今日はダメでした。
 これから向かう女体山方面を撮ってから、苦労して下った登山道を登って「女体山頂下」の広場に向かいました。


 「御幸原」からは滑りやすい登山道が心配だったのですが、15分位で「女体山頂下」の広場に着いてしまいました。岩場の登山道は下るより登る方が楽ですね!
 未だ15時前だったのですが、寒いのか昼時と違って人は殆どいませんでした。
 

 15時前に「ロープウエイ女体山駅」に着いたのですが、ご覧のようにロープウエイ待ちの人が結構並んでいました。
 大分並ぶのを覚悟したのですが、ロープウエイの定員は70人で今日は風があるので重りを付けているので定員は50人になると云われましたが少しホッとしました。

 結果的に、15時出発のロープウエイに山行の全員が最後に乗り込むことが出来て助かりました。
 ロープウエイは6分程で登山口のある「つつじヶ丘」に着いてしまいますが、登る時の苦労に比べるとあっけないですね!

 「つつじヶ丘」からは「筑波山シャトルバス」で「つくば駅」まで戻り、そこから「つくばエクスプレス」に乗って「秋葉原駅」まで行き、秋葉原でいつものように反省会を遣って解散となりました。

 今回の「山行:筑波山」は、岩場の登山道を登ったり下ったりするので苦労しましたが、いろんな奇石(岩)があって楽しめたので満足しています。
 それにしても、岩場のある登山道を登らなけれならない山を誰が”女体山”と名付けたのでしょうね!?
 尚、万歩計は16,000歩を越えていました。
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