5月11日(土)は、2019年4月「真鶴・湯河原をぶらり」のリベンジを兼ねて「城山ハイキング」に行ってみました。
今回のルートは、湯河原駅(10:20発)から「箱根町港」行の箱根登山バスに乗れば、日帰り出来ることが分かったので、「城山ハイキンコース - 足柄下郡 - 神奈川県」を参考に次のようにしました。
湯河原駅-(バス)-バス停「しとどの窟」 → しとどの窟 → 展望台 → 城山山頂 → ピクニックランド → 浅間神社 → 成願寺 → 湯河原駅
<湯河原駅>
JR湯河原駅の改札口に着くと、ご覧のような記念撮影用パネルがあったのでアップ撮ってみました。
又、いつものように狸も撮ってみました。
「ゆがわらの手湯」に浸かってバス停に向かいました。
「バス乗り場」4番で時間を確認すると、「箱根町港」行の箱根登山バスは9:35と10:20にあることが分かりました。
尚、伊豆箱根バスの「バス乗り場(9:55)」は見つけられませんでした。
暫く待っていると、バスが来たので乗り込みましたが、他に乗客はいませんでした。
<椿台>
バス停「しとどの窟」に着いた(10:50)ので、停留所のポールを撮ってみました。
このポールは、ご覧のように箱根登山バスと伊豆箱根バスが一緒になっていました。
尚、バス停名「しとどのいわや」は、箱根登山バスでは「しとどのいわや」、伊豆箱根バスでは「シトドの窟」となっていました。
バス停から、これから行ってみる「椿台」の方を撮ってみました。
右側に、ご覧のような柵があったので上ってみました。
上から眺望を撮ってみましたが、新緑で木々が生い茂っているので見晴らしはあまり良くありません。
バス停「しとどのいわや」がある「かながわの景勝50選」の「椿台」に行ってみました。
尚、停留所のポールは伊豆箱根バス(湯河原駅行14:47、16:07)だけでした。
見晴らしがあまり良くなかったので、代わりに碑を撮ってみました。
反対側に、「しとどの窟」の説明案内板が出ていたので撮ってみました。
説明案内板には、『治承4年(1180)8月23日、石橋山の合戦に敗れた源頼朝は、郷土の英雄・土肥実平に導かれて、椙山(湯河原町の山中)に隠れ、この窟へ隠れた。この付近は、地域信仰の霊地で、窟に至る急な道沿いにも、数多くの石仏地蔵が安置されている。』と書いてありました。
近くに、「土肥郷椙山鵐ノ窟之碑」があったので撮ってみました。
ご覧のような展望台(?)の下を通って「しとどの窟」に向かいました。
<参道入口>
ご覧のような道路を通って、「しとどの窟」に向かいます。
途中に、ご覧のような城山隧道があったので撮ってみました。
隧道を抜けると、ご覧のような碑のある参道入口に行きました(展望台下から約5分)。
ベンチに老夫婦(?)が休んでいて、御親切に『九十九折りの山道を、ずうーーと下ると「しとどの窟」に着けます。』と教えてくれました。
尚、奥さんが「ずっと」を長音で話したので、しんどい山道の様子が伝わって来ました。
左側に、ご覧のような石碑群があったのでアップで撮ってみました。
石碑群の右手に参道があったので、ここから下りることにしました。
<参道(下り)>
ご覧のような山道を下って「しとどの窟」に向かいました。
献灯の他に、ご覧のような石仏地蔵があったので撮ってみました。
ご覧のような九十九折りの山道を下ります。
山道に、石仏地蔵が2つ並んでいたのでアップで撮ってみました。
「しとどの窟」まで三00百米(300米の間違い?)の所に遣って来ました。
更に、山道を下ると、「しとどの窟」まで250米の所に遣って来ましたが、字は間違っていませんでした。
更に、九十九折りの山道を下ると、先の方に道標が見えてきました。
ご覧のような道標<椿台バス停・城山方面 しとどの窟>が出ている所に遣って来ました。
山道を暫く進むと、今度はご覧のような道標<しとどの窟50m しとどの窟バス停600m 湯河原梅林2,200m>が出ていました。
傍に、横筋が入っている大木があったので撮ってみました。
石段の左側にあった巨岩の下に、ご覧のような石仏群があったので撮ってみました。
石段の先にも、ご覧のような巨岩がありました。
この巨岩の下にも、石仏群があったので撮ってみました。
巨岩の左側にあった、石段を更に上りますが、左側には先程の巨岩がありました。
順路に従って、ご覧のような石段を更に上ります。
<しとどの窟>
「しとどの窟」に着きましたが、展望台の下からは略時間通り(約20分)に着きました。
取り敢えず、説明案内板「源頼朝としとどの岩屋と由来」を撮ってみました。
ついでに、湯河原町指定文化財の「史跡土肥椙山厳窟内観音像群」と神奈川県指定史跡の「土肥椙山厳窟」の説明案内板も撮ってみました(いずれも内容は省略)。
反対側に、桜郷史跡保存会の古びたベンチがあったので撮ってみました。
「しとどの窟」は、ご覧のような石段を上った先にありました。
「しとどの窟」は、湧水(?)が流れ落ちていて、ご覧のような石仏群が祀られていました。
厳窟内の石仏群をアップで撮ってみました。
「南無阿弥陀仏」と彫られている石碑があったのでアップで撮ってみました。
厳窟内に流れ落ちている湧水を撮ってみました。
横から、流れ落ちている湧水を撮って「しとどの窟」を後にしました。
<参道(上り)>
途中で一休みしながら、九十九折りの山道を登ります。
<参道入口>
山道を登り始めて、15分程で参道入口に戻って来ました。
左側に、ご覧のような石仏群があったので撮ってみました。
折角なので、母子観音像と子安地蔵尊をアップで撮ってみました。
帰り掛けに、参道入口を撮ってみましたが、灯籠に杖が立て掛けられていました。
参道入口の正面に、「鳥獣之碑」があって素晴らしい躑躅が咲いていたので撮ってみました。
花弁の周りのグラデーションが素晴らしかったのでアップで撮ってみました。
<朽ちた展望台(?)>
ご覧のような展望台の下に戻って来ましたが、往復で約45分も掛かってしまいました。
階段を上って、展望台の1階に行ってみましたが、手前にトイレがあるだけでした。
2階は、ご覧のような場所になっていて、奥には売店の跡らしきスペースもありました。
取り敢えず、下の方に見えた景色を撮ってみました。
又、12時近くになっていたので、ここで昼食を取ることにしました。
昼食を食べてから階段を下りると、ペンキが剥げていますが、緑色<城山山頂>と茶色<しとどの窟>の矢印案内板が出ていました。
どうやら、上に見える山道が城山山頂に行くルートみたいです。
<城山山頂(土肥城址)に向かう>
展望台の横の坂道を上ると、「城山・幕山ハイキングコース案内図」があったので現在地を確認しました。
又、案内図には、城山のルートには「ゆるやかな道」と記されていました。
歩き易い山道を進んでいると、所々に、ご覧のような花が咲いていたので撮ってみました。
山道を10分程歩くと、ベンチのあるご覧のような広場に着きました。
取り敢えず、道標<しとどの窟 土肥城址>があったので撮ってみました。
ここからも、ご覧のような歩き易い山道を進みます。
又、道標<城山500m しとどの窟・バス停1km>があったので撮ってみましたが、地名が「城山」になっていました。
山道には平らな石が敷かれているので、歩くのは苦になりません。
若しかしたら、元々、山にあった平らな石を敷いたのかも知れませんね!?
日当たりが悪くなさそうな山道に、蕾の躑躅があったのでアップで撮ってみました。
こちらの山道には、ご覧のような躑躅が咲いたので撮ってみました。
近くに、ご覧のような道標<しとどの窟 土肥城址>があったので撮ってみました。
山頂近くになったのか(?)、山道は少し上りになって来ました。
山道の両側に、2種類の躑躅が咲いていたので撮ってみました。
ご覧のような岩がゴロゴロしている山道を上ります。
山道の途中に、ご覧のような躑躅が咲いていたので撮ってみました。
白色と濃いピンク色の花が同じ木に咲いていたのでアップで撮ってみました。
別角度から撮ってみましたが、確かに、1つの枝から2種類の花が咲いているようでした。
山道を更に上ると、ご覧のような躑躅が咲いていたので撮ってみました。
<城山山頂>
展望台からは40分程で、ご覧のような広場のある「城山山頂」に着きました。
左側にあった案内図で現在地を確認しました。
山頂には、山頂標識(標高563m)の他に、ご覧のような「土肥城址」の石碑がありました。
取り敢えず、石碑をアップで撮ってみました。
山頂に、ご覧のような躑躅が咲いていたのでアップで撮ってみました。
山頂から初島(?)が見えたのでアップで撮ってみました。
ご覧のような朽ちた休憩所(?)があったので中に入ってみました。
休憩所の奥には、道標<城山入口バス停1,500m>がありました。
尚、バス停「城山入口」で降りた20人位のハイカーは、ここに到着したのですね!
又、休憩所の左側に、道標<湯河原駅3,000m>があったので撮ってみました。
「湯河原:城山ハイキング(城山下り編)」に続く。
今回のルートは、湯河原駅(10:20発)から「箱根町港」行の箱根登山バスに乗れば、日帰り出来ることが分かったので、「城山ハイキンコース - 足柄下郡 - 神奈川県」を参考に次のようにしました。
湯河原駅-(バス)-バス停「しとどの窟」 → しとどの窟 → 展望台 → 城山山頂 → ピクニックランド → 浅間神社 → 成願寺 → 湯河原駅
<湯河原駅>
JR湯河原駅の改札口に着くと、ご覧のような記念撮影用パネルがあったのでアップ撮ってみました。
又、いつものように狸も撮ってみました。
「ゆがわらの手湯」に浸かってバス停に向かいました。
「バス乗り場」4番で時間を確認すると、「箱根町港」行の箱根登山バスは9:35と10:20にあることが分かりました。
尚、伊豆箱根バスの「バス乗り場(9:55)」は見つけられませんでした。
暫く待っていると、バスが来たので乗り込みましたが、他に乗客はいませんでした。
<椿台>
バス停「しとどの窟」に着いた(10:50)ので、停留所のポールを撮ってみました。
このポールは、ご覧のように箱根登山バスと伊豆箱根バスが一緒になっていました。
尚、バス停名「しとどのいわや」は、箱根登山バスでは「しとどのいわや」、伊豆箱根バスでは「シトドの窟」となっていました。
バス停から、これから行ってみる「椿台」の方を撮ってみました。
右側に、ご覧のような柵があったので上ってみました。
上から眺望を撮ってみましたが、新緑で木々が生い茂っているので見晴らしはあまり良くありません。
バス停「しとどのいわや」がある「かながわの景勝50選」の「椿台」に行ってみました。
尚、停留所のポールは伊豆箱根バス(湯河原駅行14:47、16:07)だけでした。
見晴らしがあまり良くなかったので、代わりに碑を撮ってみました。
反対側に、「しとどの窟」の説明案内板が出ていたので撮ってみました。
説明案内板には、『治承4年(1180)8月23日、石橋山の合戦に敗れた源頼朝は、郷土の英雄・土肥実平に導かれて、椙山(湯河原町の山中)に隠れ、この窟へ隠れた。この付近は、地域信仰の霊地で、窟に至る急な道沿いにも、数多くの石仏地蔵が安置されている。』と書いてありました。
近くに、「土肥郷椙山鵐ノ窟之碑」があったので撮ってみました。
ご覧のような展望台(?)の下を通って「しとどの窟」に向かいました。
<参道入口>
ご覧のような道路を通って、「しとどの窟」に向かいます。
途中に、ご覧のような城山隧道があったので撮ってみました。
隧道を抜けると、ご覧のような碑のある参道入口に行きました(展望台下から約5分)。
ベンチに老夫婦(?)が休んでいて、御親切に『九十九折りの山道を、ずうーーと下ると「しとどの窟」に着けます。』と教えてくれました。
尚、奥さんが「ずっと」を長音で話したので、しんどい山道の様子が伝わって来ました。
左側に、ご覧のような石碑群があったのでアップで撮ってみました。
石碑群の右手に参道があったので、ここから下りることにしました。
<参道(下り)>
ご覧のような山道を下って「しとどの窟」に向かいました。
献灯の他に、ご覧のような石仏地蔵があったので撮ってみました。
ご覧のような九十九折りの山道を下ります。
山道に、石仏地蔵が2つ並んでいたのでアップで撮ってみました。
「しとどの窟」まで三00百米(300米の間違い?)の所に遣って来ました。
更に、山道を下ると、「しとどの窟」まで250米の所に遣って来ましたが、字は間違っていませんでした。
更に、九十九折りの山道を下ると、先の方に道標が見えてきました。
ご覧のような道標<椿台バス停・城山方面 しとどの窟>が出ている所に遣って来ました。
山道を暫く進むと、今度はご覧のような道標<しとどの窟50m しとどの窟バス停600m 湯河原梅林2,200m>が出ていました。
傍に、横筋が入っている大木があったので撮ってみました。
石段の左側にあった巨岩の下に、ご覧のような石仏群があったので撮ってみました。
石段の先にも、ご覧のような巨岩がありました。
この巨岩の下にも、石仏群があったので撮ってみました。
巨岩の左側にあった、石段を更に上りますが、左側には先程の巨岩がありました。
順路に従って、ご覧のような石段を更に上ります。
<しとどの窟>
「しとどの窟」に着きましたが、展望台の下からは略時間通り(約20分)に着きました。
取り敢えず、説明案内板「源頼朝としとどの岩屋と由来」を撮ってみました。
ついでに、湯河原町指定文化財の「史跡土肥椙山厳窟内観音像群」と神奈川県指定史跡の「土肥椙山厳窟」の説明案内板も撮ってみました(いずれも内容は省略)。
反対側に、桜郷史跡保存会の古びたベンチがあったので撮ってみました。
「しとどの窟」は、ご覧のような石段を上った先にありました。
「しとどの窟」は、湧水(?)が流れ落ちていて、ご覧のような石仏群が祀られていました。
厳窟内の石仏群をアップで撮ってみました。
「南無阿弥陀仏」と彫られている石碑があったのでアップで撮ってみました。
厳窟内に流れ落ちている湧水を撮ってみました。
横から、流れ落ちている湧水を撮って「しとどの窟」を後にしました。
<参道(上り)>
途中で一休みしながら、九十九折りの山道を登ります。
<参道入口>
山道を登り始めて、15分程で参道入口に戻って来ました。
左側に、ご覧のような石仏群があったので撮ってみました。
折角なので、母子観音像と子安地蔵尊をアップで撮ってみました。
帰り掛けに、参道入口を撮ってみましたが、灯籠に杖が立て掛けられていました。
参道入口の正面に、「鳥獣之碑」があって素晴らしい躑躅が咲いていたので撮ってみました。
花弁の周りのグラデーションが素晴らしかったのでアップで撮ってみました。
<朽ちた展望台(?)>
ご覧のような展望台の下に戻って来ましたが、往復で約45分も掛かってしまいました。
階段を上って、展望台の1階に行ってみましたが、手前にトイレがあるだけでした。
2階は、ご覧のような場所になっていて、奥には売店の跡らしきスペースもありました。
取り敢えず、下の方に見えた景色を撮ってみました。
又、12時近くになっていたので、ここで昼食を取ることにしました。
昼食を食べてから階段を下りると、ペンキが剥げていますが、緑色<城山山頂>と茶色<しとどの窟>の矢印案内板が出ていました。
どうやら、上に見える山道が城山山頂に行くルートみたいです。
<城山山頂(土肥城址)に向かう>
展望台の横の坂道を上ると、「城山・幕山ハイキングコース案内図」があったので現在地を確認しました。
又、案内図には、城山のルートには「ゆるやかな道」と記されていました。
歩き易い山道を進んでいると、所々に、ご覧のような花が咲いていたので撮ってみました。
山道を10分程歩くと、ベンチのあるご覧のような広場に着きました。
取り敢えず、道標<しとどの窟 土肥城址>があったので撮ってみました。
ここからも、ご覧のような歩き易い山道を進みます。
又、道標<城山500m しとどの窟・バス停1km>があったので撮ってみましたが、地名が「城山」になっていました。
山道には平らな石が敷かれているので、歩くのは苦になりません。
若しかしたら、元々、山にあった平らな石を敷いたのかも知れませんね!?
日当たりが悪くなさそうな山道に、蕾の躑躅があったのでアップで撮ってみました。
こちらの山道には、ご覧のような躑躅が咲いたので撮ってみました。
近くに、ご覧のような道標<しとどの窟 土肥城址>があったので撮ってみました。
山頂近くになったのか(?)、山道は少し上りになって来ました。
山道の両側に、2種類の躑躅が咲いていたので撮ってみました。
ご覧のような岩がゴロゴロしている山道を上ります。
山道の途中に、ご覧のような躑躅が咲いていたので撮ってみました。
白色と濃いピンク色の花が同じ木に咲いていたのでアップで撮ってみました。
別角度から撮ってみましたが、確かに、1つの枝から2種類の花が咲いているようでした。
山道を更に上ると、ご覧のような躑躅が咲いていたので撮ってみました。
<城山山頂>
展望台からは40分程で、ご覧のような広場のある「城山山頂」に着きました。
左側にあった案内図で現在地を確認しました。
山頂には、山頂標識(標高563m)の他に、ご覧のような「土肥城址」の石碑がありました。
取り敢えず、石碑をアップで撮ってみました。
山頂に、ご覧のような躑躅が咲いていたのでアップで撮ってみました。
山頂から初島(?)が見えたのでアップで撮ってみました。
ご覧のような朽ちた休憩所(?)があったので中に入ってみました。
休憩所の奥には、道標<城山入口バス停1,500m>がありました。
尚、バス停「城山入口」で降りた20人位のハイカーは、ここに到着したのですね!
又、休憩所の左側に、道標<湯河原駅3,000m>があったので撮ってみました。
「湯河原:城山ハイキング(城山下り編)」に続く。
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