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帯締め、気を染め、往きましょか・・・  ~part 2~   

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仏教の話≪釈迦≫

2009年10月10日 22時42分00秒 | 神・仏教・民俗の話

昔、手塚治氏の「ブッダ」という本を読んだことがあります。

その時に、仏教の開祖、釈迦の話だと知ったのですが、

なんだか苦行が修行のような話だったので、しかも

苦痛を伴うもの=体を傷つけることが修行というようなところ

もあり、それ以上読みたいと思いませんでした。

日本の仏教との違和感を感じていたのです。

 

しかし、今回インド発祥の仏教が伝来してきたものの、

もともとあった日本の神信仰との融合により、

独自の仏教になっていったことがわかってきました。

まずは、仏教を勉強するにあたり、やはり

仏教の開祖(=釈迦)のことから始めねばなりません。

 

 


釈迦はインド人。

紀元前566年~486年。

北インドのヒマラヤ山麓の釈迦国の太子として生まれ、

80歳で入滅。

(生没年に関しては、前463年から前383年までとする異説あり)

 


釈迦の生誕の地ルンビニーは、現在はネパール国に属している

が、昔はそうした国境はなかったし、釈迦の活躍の地がインドで

あったから釈迦はインド人として考えるのが妥当。

釈迦国の太子と生れ太子として育った釈迦だが、29歳のとき出家。

 

≪動機≫ ~老・病・死~

 人間存在のうちに内包されている根源的な「苦」を解決するため。

≪苦行≫

 6年間苦行に打ち込むが、真理に至る大道ではないことに気づく。

     ↓

≪中道を歩む決心≫

 中道=苦行でもない快楽でもない極端を避けた、ゆったりとした歩み。

 「中道」・・・釈迦の発明

        仏教の最大の特色

    (中道によらずに仏教はあり得ない言われる所以)

     ↓

≪仏陀(ブッダ)≫

 35歳のときインドのブッダガヤーにて悟りを開く。
 
 "ブッダ(Buddha)"

     =サンスクリット語で、「目(=真理)が覚めた人」の意。

     漢字に音訳して“仏陀(ぶっだ)”とし、省略して

     “仏”の教えだから、「仏教」

 

 釈迦以前には宗教の修行といえば、苦行しかなかったのです。

苦行を経た彼らは「聖仙(リシ)」=「仙人」になり、自分の満足の

ために聖仙となった人物だから、自分が到達した安楽の境地を、

自分ひとりで楽しんでいるだけでした。中には弟子を養成する

聖仙もいましたが、あくまで教える対象は自分の弟子だけでした。

悟りを開いた釈迦も初めはそういう「聖仙」になったと思い、弟子

をとって養成しようとしたようです。仏陀となったのは釈迦が初めて

なので、自分で気がついていなかったのでしょう。

しかし、弟子たちを教育しているうちに、徐々に釈迦の心の中に、

大勢の人々・世の中のすべての人を救いたいという願いが

出てきたようです。  

 

 

 

 

仏陀というのは基本的には利他の存在です。

他人が苦しんでいる、そういう他人を何とかして救ってやろうと

いう心があってこそ、初めて仏陀たり得るのです。


一切衆生(生きとし生けるものすべて)に教えを伝えたいとする

「仏陀」の願いにもとづいて形成されたのが、

仏教という世界宗教であると、『仏教と儒教』の著者である、

ひろさちや氏は考えておられるようです。

 

 

 

 『仏教と儒教』 ひろ さちや著:参考


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