欲しい物があるか。ある。
何が何でも欲しいか。欲しい。
欲しい物があるという男は前へ前へ出て錬磨し貪るようにおのれの力を養って行く。秘めて秘めているのだが、闘志が漲っている。
では、欲しい物は得られたか。得られていない。得られていないどころかますます遠くなって行く。男を磨いて磨き抜くかのように。
見失わないでいるために、男はそれを見据えている。見据えながら近づくのだが、距離は空いたままだ。
ときおり欲しい物が欲しくない物になろうとするので、迷いが生じることがある。勢いが落ちることがある。
するとそれが今度は男の方へ寄って来て手招きをする。男はまたもやそのものの放つ魅力の虜になってじりじりする。
そして、それが男に語りかける。「欲しい物があるか」と。
男ははっきり「ある」と答える。真剣になって答える。
これを繰り返して男はとうとう老人になった。欲しい物と男との間の距離は以前として縮まっていない。