ねこ庭の独り言

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共産党と宮本委員長 - 4 ( 中国共産党との会談情報、2つ)

2022-08-24 22:57:11 | 徒然の記

 ソ連との対立に続き、今回は中国との対立を紹介します。昭和28年にスターリンが死去した後、日本共産党内で対立していた国際派と所感派を和解させたのは、平和共存路線に変更したソ連共産党でした。これを受け昭和30年に日本共産党は、中国の革命方式「武装闘争路線」放棄を決議していますから、今回説明する中国共産党との対立は、2度目ということになります。

 宮本氏が共産党内で主導権を握ったのが昭和33年以降ですから、最初の対立時には当事者でなかったことになります。その後中ソが対立し、中国とソ連のどちらかを選ぶように迫ってきた昭和38年に、〈中国寄りの中立〉で党内の意見をまとめたのは氏でした。

 きっかけになったのが、米英ソ三国以外は原爆実験をできなくする「部分的核実験禁止条約」で、氏は三国による「核兵器の独占」に反対しました。このためソ連共産党は氏が親中国になったと警戒し、オルグを派遣してきたというのが前回まででした。

 ここまでの情報で、宮本氏の考えが見えたのは次の2点でした。

  1.  日本で革命を成功させるために、「中国式武装闘争路線」は取らない

  2.  核兵器を米英ソ三国だけで独占することは、認められない

 1. の方針から言えることは、広島原爆忌を妨害している左翼過激派集団を氏は認めていないということです。激しい火炎瓶闘争など暴力と流血が、国民に受け入れられないと知った氏は、議会政治を通じての革命を志向します。40年間も共産党の独裁者だった氏が、党の方針の邪魔をする中核派や革労協をなぜ放置していたのか。忙しくて、小者の相手をする暇がなかったのでしょうか。

 2. の方針から言えることは、氏が単なる理想主義者でなく、現実論者だという事実です。日本の核保有まで考えていたかは不明ですが、「核兵器全廃」を主張していません。「米英ソだけに、核兵器を独占させるなどとんでもない。」と言い、次には五大国だけの核兵器所有を認める「核拡散防止条約」にも反対しています。

 全世界の核兵器を無くそうという考えなら、「部分的核実験停止条約」と「核拡散防止条約」を無視し、最初から「核兵器全廃」を主張していたはずです。

 話がまた横道へ逸れましたので、今回のテーマである「中国との対立」を紹介します。宮本氏が毛沢東と会談した情報ですが、二種類ありましたので、A・Bと区別して双方を紹介します。ニュアンスが違うので、どちらも私たちには参考になります。

  〈 毛沢東との会談 A  〉

    ・宮本は1966(昭和41 ) 年、北ベトナムと、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国の三国を訪問

    ・2番目の訪問先となった中国で毛沢東と会談。席上毛は日本共産党の活動を「修正主義だ」批判

    ・始まったばかりの文化大革命の路線に、日本共産党も従うよう要請

    ・宮本は毛の発言を、第7回党大会で自身の手で否定した、武装闘争路線の復活につながると警戒

    ・中国、ソ連への追従により壊滅的打撃を受けた過去の反省から、党としての関係を断つべきと宮本は判断

  これがAの情報ですが、毛沢東が、文化大革命の実行を日本に求めていたとは知りませんでした。次にBの情報を紹介します。
 
   〈 毛沢東との会談 B  〉

    ・1966年2月、日本共産党中央委員会は、ベトナム侵略反対の国際統一戦線の結成を願い、ベトナム、中国、北朝鮮の三カ国と会談するために、大型の代表団を送った。

    ・2月9日福岡の若松港から、中国の貨物船で上海に向かい、上海で予備会談を行った

    ・2月17日にハノイに入り、10日間滞在し共同コミュニケに調印し、2月28日に北京に到着

    ・北京に1週間滞在し4回中国側と会談したが、「アメリカのベトナム侵略に反対する国際統一戦線」か、「反米反ソの統一戦線」かで双方の主張の隔たりが埋まらず

    ・共同コミュニケを出せないまま、一行は朝鮮に向かう。3月11日平壌に着き、21日に共同声明を発表

    ・同日北京を経由し帰国予定だったが、中国側から共同コミュニケを発表するという提案あり

    ・会談で中国側がソ連を名指しで批判するよう提案したが、日本側は同意せず、双方の一致点を三千字のコミュニケにまとめた。

    ・一行は上海にいる毛沢東を訪れ、最終的会談。宮本らは会談は形式的なもので、コミュニケが了承されると予測

    ・宮本らを迎えた毛沢東は、コミュニケの内容が軟弱だと批判し、コミュニケは発表されず

    ・毛沢東は「この会談はなかったことにしよう」と言い、宮本らはそのまま帰国

 以上、コメント無しでAB二つの情報を紹介しました。会談に関する宮本氏の帰国後の談話と、私のコメントはスペースの都合で次回といたします。興味のある方だけ、「ねこ庭」へお越しください。

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