大学病院で診察を待っていたときのこと。向かいのソファーに、80歳ぐらいの女性と、50歳半ばと見られる女性が座っていました。二人は母と娘。娘が、母親を受診に連れてきたのでした。娘さんには、疲労の色が濃かったです。
母親は大声で娘に問いかけました。
「あれぇ!父さん…どうしたぁ?」
娘は聞こえないふり。
母親は、さらに大声で、
「父さんは、どうしたぁ?」
放っておくと、いつまでも繰り返しそう。娘はあたりを見回して、自分たちを注目している人がいないかチェック。
内科外来は、12の診察室が並んでおり、それぞれの前に、10~20人の患者が診察を待っていました。つまり、およそ200人が聞き耳を立てていました。皆さんお暇の様子なので。
もちろん私は、メモは用意しませんでしたが、しっかり聞き耳を立ておりました。盗み聴きではありません。聞こえるんだからしょうがない。
娘は声を抑えて、
「お父さんは、ディサービスゥ」
と、言いました。2人の会話は断続的に続きました。
認知症になり、その上耳が遠い母親は、一緒にいない父親のことが気になるらしく、しつこく父親の所在を追及しておりました。
耳が遠い人は、話し声が大声になりますね。「自分の声が、自分に聞こえる音量」で話すから。
しつこく大声を出す母親に、娘がとうとうキレました。
「お父さんは、ホームに入れたでしょう!」
トタンを爪で引っ掻くような声でした。もう、恥も外聞もない。聴衆が、200人でも2,000人でも怖いものなし。お父さんがいない理由は、デイサービスへ行ったからではなかった…。
娘は父親を、ホーム(どんなホームなのかは不明)へ入れたことに、後ろめたさがあるらしい。キレる前は、見栄をはってデイサービスへ行ったと言ったのでしょう。
母親:「(詰問調で)どうして(ホームへ)入れたのさ?」
娘:「歩けなくなったでしょ!」
母親:「車椅子あったべさ」…認知症の母親ではあるが、こういうときにはしっかり会話がつながっていました。長年連れ添ったお父さん(夫)が、急にいなくなり寂しくてしょうがないのでしょう。
娘:「(車椅子を)誰が押すの…。2人の世話を私一人でやってきたんだよ!限界になったから、ホームへ入れたでしょ。ホームへ入れるまでに、何か月待ったの!夜、満足に寝たことなんて何年もなかったっしょ。私、もう疲れた…」
待合室がシーンと静まりかえりました…。医大付属病院の待合室にいるということは、皆さん重い病気をかかえておられる。それだけに、この母娘の会話が痛いほどよく分かるのでしょう。できるだけ、人に迷惑をかけずに死にたい。
母親は、しばらくすると、また同じ話を持ちだす。
「どうして(ホームへ)入れたのさ?」
ドクターのアナウンスで、私の名前が呼ばれました。私は、母と娘の話で金縛りになっておりましたので、すぐには動き出せませんでした。認知症になる前に死にたいが…人は、生きるのも大変ですが、良い形で死ぬのも大変なのです。
母親は大声で娘に問いかけました。
「あれぇ!父さん…どうしたぁ?」
娘は聞こえないふり。
母親は、さらに大声で、
「父さんは、どうしたぁ?」
放っておくと、いつまでも繰り返しそう。娘はあたりを見回して、自分たちを注目している人がいないかチェック。
内科外来は、12の診察室が並んでおり、それぞれの前に、10~20人の患者が診察を待っていました。つまり、およそ200人が聞き耳を立てていました。皆さんお暇の様子なので。
もちろん私は、メモは用意しませんでしたが、しっかり聞き耳を立ておりました。盗み聴きではありません。聞こえるんだからしょうがない。
娘は声を抑えて、
「お父さんは、ディサービスゥ」
と、言いました。2人の会話は断続的に続きました。
認知症になり、その上耳が遠い母親は、一緒にいない父親のことが気になるらしく、しつこく父親の所在を追及しておりました。
耳が遠い人は、話し声が大声になりますね。「自分の声が、自分に聞こえる音量」で話すから。
しつこく大声を出す母親に、娘がとうとうキレました。
「お父さんは、ホームに入れたでしょう!」
トタンを爪で引っ掻くような声でした。もう、恥も外聞もない。聴衆が、200人でも2,000人でも怖いものなし。お父さんがいない理由は、デイサービスへ行ったからではなかった…。
娘は父親を、ホーム(どんなホームなのかは不明)へ入れたことに、後ろめたさがあるらしい。キレる前は、見栄をはってデイサービスへ行ったと言ったのでしょう。
母親:「(詰問調で)どうして(ホームへ)入れたのさ?」
娘:「歩けなくなったでしょ!」
母親:「車椅子あったべさ」…認知症の母親ではあるが、こういうときにはしっかり会話がつながっていました。長年連れ添ったお父さん(夫)が、急にいなくなり寂しくてしょうがないのでしょう。
娘:「(車椅子を)誰が押すの…。2人の世話を私一人でやってきたんだよ!限界になったから、ホームへ入れたでしょ。ホームへ入れるまでに、何か月待ったの!夜、満足に寝たことなんて何年もなかったっしょ。私、もう疲れた…」
待合室がシーンと静まりかえりました…。医大付属病院の待合室にいるということは、皆さん重い病気をかかえておられる。それだけに、この母娘の会話が痛いほどよく分かるのでしょう。できるだけ、人に迷惑をかけずに死にたい。
母親は、しばらくすると、また同じ話を持ちだす。
「どうして(ホームへ)入れたのさ?」
ドクターのアナウンスで、私の名前が呼ばれました。私は、母と娘の話で金縛りになっておりましたので、すぐには動き出せませんでした。認知症になる前に死にたいが…人は、生きるのも大変ですが、良い形で死ぬのも大変なのです。
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