~カメルーンに出発した息子と家族の回顧録~
多くの準備を慌ただしく整え、最後の方になってくると何がなんだかわけがわからなくなってきたといいながら大きなスーツケースふたつにパッキングをしている息子をみながら、いよいよかと寂しい気持ちになってきました。
以前から思っていたことですが、当たり前のようにあった賑やかな家族との団欒はそう長く続くわけでもなく、年月が経つとともに形は変わり、望むと望まないに関わらず、個へとなっていくのだと思うと、今一瞬一瞬を本当に大事にしないといけないのだなぁと。
さて、そんなことを思いつつ、何も知らないカメルーンについて何か知っておきたいということもあり、カメルーン人のAさんを我が家に招待して食事をしながら話をいろいろと聞く機会を設けました。
実は、息子がたまたまトリエンナーレのボランティアをした縁で知り合ったボランティアの方とAさんが知り合いで、カメルーンから来ているひとがいるから一度会ってみてはということで紹介してもらい、そのときから桜や花火を見に行ったりとお付き合いが続いています。
なんとカメルーンのひとは、自由に日本に旅行に来ることができないみたいで、Aさんの場合は大学から研究のために日本に留学中というということなので、たぶん国費(招待?)で日本に来ているのではないかと思われます。
そんなすごいAさんから気楽に話をいろいろと聞いてしまいましたが、全般的にとても楽観的というか、心配ない、ということでした
行けばきっと好きになる、そんな話もしてましたし…
特に印象的な話だったのが、カメルーンでは誰しもが家族になれる、ということでした。要するにとても人懐こく親切だということなのでしょう。
Aさんをみていたら、確かにそう思えてしまいます
さらにカメルーンに行けば食事などしたらあなたはお金を一切払わなくても大丈夫、みんなが払ってくれるから…とまで
いや、これはたぶん絶対違う気がします。旅したひとのブログでは現地のひとに払ってくれと要求されたとありますので。
真実のところは行ってからでないと何がなんだかわかりませんが、それでもAさんを通じていろいろな知り合いができたことは確かです。
有り難いです
冗談で、何かあったらAさんの写真を見せて水戸黄門の印籠のように使おう、なんてことも考えたりして。
いい人もいれば悪いひともいるのはどこの国も同じで、そのなかでもいいひとたちといかにたくさん巡り合えるかで、ストレスのたまらない生活を送ることができるのかなと思います。
まっ、ストレスがあったとしてもそれをいかにうまく回避できるか、ということももちろんあるのでしょうけど。
そういえば、在外公館派遣員の試験で心理テストがあったようですが、やはりそれは合否の中で案外大きなウェイトを占めるのではないかと思えてきました。(関係ないのかもしれませんが…)
かなり精神的なタフさというか、いい意味で楽観的なものが必要でしょうから。
仕事の方もいいチームの下で働けたら本当に有り難いことでしょうね。
息子を送り出す1日前も相変わらずバタバタしながら過ごしてしまい、また当日も母をディに送り出してから家を出て、出たかと思ったらあれを忘れた!といって慌てて家に戻ったり、と落ち着きがなく名古屋駅の新幹線口まで送っていきました。早くいかないと間に合わないから、などと言いながらアッサリと見送ったあとは大須でちょっと買い物して帰宅。
その当日息子は外務省内にある派遣元でもある国際交流サービス協会に寄って東京で一泊。
協会では3人の派遣員の子に出会ったみたいですが、みんなとは出発する空港も違えば時間も違うので、そこでなかなか濃い話ができてよかったとあとで話していました。
翌日は我が家を代表して?Hくん(息子の友)が羽田国際空港まで見送ってくれました。(寂しいというわりには東京まで行く気力がない家族です)
夜中に発ち、およそ12時間かけてパリのシャルルドゴール空港へ。さらにそこでトランジットのため5~6時間ほど待機したのち、カメルーンへ6時間で到着。いわば一日かけてのフライト行程ということだったみたいです。
たぶんいろいろな意味で緊張する時間が続いているかと思いますが、インターネット環境が整ったら連絡があるということなので、それを楽しみにしていたいと思います。
それと、息子がカメルーン生活についてのブログを立ち上げるみたいなので、どんなブログネタになるのか興味津々。ネット環境が日本のようにそれほど快適ではないみたいなので、果たしてうまく更新されるかどうか、というところでしょうけどね。
カメルーン生活、多くを望まず、小さな福をたくさん見つけて呼び込んで、笑顔と楽しいユーモアで過ごせる日々にしてほしいものです。