今年の合唱団の定期演奏会で歌う曲が「心の四季」と決定し、練習が始まっている。歌っていて、いい詩、いい曲と感じる。
図書館で、「吉野弘詩集」を借りて読んでいる。(現代詩文庫12「吉野弘詩集」思潮社1968.8.1第1刷1985.6.1第19刷)
第2曲の「みずすまし」は、最初に作った詩を「心の四季」の1曲にするにあたって変えている。元の詩の方がわかりやすいが、合唱としては、新しい方がわかりやすい。
<元の詩>
みずすまし
一滴の水銀のように やや重く
水の面を凹ませて 浮いている
泳ぎまわっている
そして時折 ついと水にもぐる。
あれは 暗示的な行為
浮くだけでなく もぐること。
ぼくらがその上で生きている
日常という名の水面を考えるだけで
思い半ばにすぎよう――日常はぶ厚い。
水にもぐった みずすまし。
その深さはわずかでも
なにほどか 水の阻止に出会う筈。
身体を締めつけ 押し返す
水の力を知っていよう。
してみれば みずすましが
水の表裏を往来し出没していることは
感嘆していいこと。
みずすましが死ぬと
水はその力をゆるめ
むくろを黙って水底へ抱きとってくれる。
それはみずすましには知らせない水の好意。
<「心の四季」の詩>
みずすまし
一滴の水銀のような みずすまし
やや重く 水の面(おもて)を凹ませて(くぼませて)
浮いている 泳いでいる
そして 時折 水にもぐる
あれは 暗示的なこと
浮くだけでなく もぐること
わたしたちは
日常という名の 水の面(おもて)に生きている
浮いている だが もぐらない
もぐれない ----日常は分厚い
水にもぐった みずすまし
その深さは わずかでも
水の阻み(はばみ)に出会う筈
身体を締めつけ 押し返す
水の力に出会う筈
生きる力を さりげなく
水の中から持ち帰る
つぶらな可憐な みずすまし
水の面(おもて)に したためる
不思議な文字は 何と読むのか?
みずすまし----
あなたが死ぬと
水はその力をゆるめ
むくろを黙って抱きとってくれる
静かな静かな 水底へ
それは 水のやさしさ
みずすましには知らせない
水の やさしさ