音が読めるようになるには、五線のどこに丸があるかを見ることができなければいけません。
習い始めの子供には、線と間(かん)に丸を書いてもらったり、ドレミの順番を覚えてもらったりします。これらは小さなお子さんには少し難しいことです。音楽が頭の中に流れないと、たいへん抽象的だからです。
これが、小学校に上がると五線の仕組みを理解することがグンと楽になります。
ところが、小学2年生、3年生になっても音が読めない子供がいます。
1小節目の2拍目を過ぎると目が泳ぎ始めてどこを見てよいかわからなくなり、文字や絵が書かれている所を真剣に見つめたり、眼球がものすごいスピードで左右に動き後ろに倒れそうになったり・・
この子供たちに何が起きているかもわからず、私はひたすら線や間に丸を書いてもらったり、色をつけてもらったり、ドレミの順番を逆から、途中から、そして一つ飛びでも言えるようにしたりと思い付くものをあれこれと試していました。
しかし思うような成果は得られず、時が解決してくれるのだろうかと考えたりもしました。
私がこのような生徒に出会うようになったのは、実は7年程前からです。それ以前は出会った記憶がないのです。気付いていなかっただけかもしれませんが・・
同じ頃に自閉症の生徒にも出会っていました。
自閉症の生徒は初めてでした。彼女に会うまで私は発達障害のことを全く知りませんでした。
そこで、図書館から本を借りて勉強し始めました。初めの内は自閉症のことで頭がいっぱいでした。
彼女のレッスンでは,どんなことをどのようにしたら受け入れてくれるのか、そしてできるようになるのか。それを知るまでに2年程かかりました。さらに、彼女が成長する時間を待つ必要もあったように思います。
私の成長もでしょうか・・
自分の力のなさに打ちのめされ、やり直しの連続に虚しくもなりましたが、じきに彼女に会うことが楽しくなり、私の方が元気にさせてもらうようになりました。
彼女のレッスンが落ち着いてきた頃、次第にLDにも目が行くようになりました。
色々と本を読む内に、目を上下左右に動かすことが器用にできない子供がいることを知りました。
これはあることを行うだけで案外簡単にできるようになります。
「音が読めるようにならない」子供たち2へ 続きます。
習い始めの子供には、線と間(かん)に丸を書いてもらったり、ドレミの順番を覚えてもらったりします。これらは小さなお子さんには少し難しいことです。音楽が頭の中に流れないと、たいへん抽象的だからです。
これが、小学校に上がると五線の仕組みを理解することがグンと楽になります。
ところが、小学2年生、3年生になっても音が読めない子供がいます。
1小節目の2拍目を過ぎると目が泳ぎ始めてどこを見てよいかわからなくなり、文字や絵が書かれている所を真剣に見つめたり、眼球がものすごいスピードで左右に動き後ろに倒れそうになったり・・
この子供たちに何が起きているかもわからず、私はひたすら線や間に丸を書いてもらったり、色をつけてもらったり、ドレミの順番を逆から、途中から、そして一つ飛びでも言えるようにしたりと思い付くものをあれこれと試していました。
しかし思うような成果は得られず、時が解決してくれるのだろうかと考えたりもしました。
私がこのような生徒に出会うようになったのは、実は7年程前からです。それ以前は出会った記憶がないのです。気付いていなかっただけかもしれませんが・・
同じ頃に自閉症の生徒にも出会っていました。
自閉症の生徒は初めてでした。彼女に会うまで私は発達障害のことを全く知りませんでした。
そこで、図書館から本を借りて勉強し始めました。初めの内は自閉症のことで頭がいっぱいでした。
彼女のレッスンでは,どんなことをどのようにしたら受け入れてくれるのか、そしてできるようになるのか。それを知るまでに2年程かかりました。さらに、彼女が成長する時間を待つ必要もあったように思います。
私の成長もでしょうか・・
自分の力のなさに打ちのめされ、やり直しの連続に虚しくもなりましたが、じきに彼女に会うことが楽しくなり、私の方が元気にさせてもらうようになりました。
彼女のレッスンが落ち着いてきた頃、次第にLDにも目が行くようになりました。
色々と本を読む内に、目を上下左右に動かすことが器用にできない子供がいることを知りました。
これはあることを行うだけで案外簡単にできるようになります。
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