おとのくに♪♪

生徒さんのピアノレッスンで感じたこと、考えたこと、コンサートの感想などポツポツ綴っています。

気質

2024年05月31日 | 書籍紹介

以前から習い事は性格による、と思っていました。


お子さんにピアノを習わせる時に、

好きそうだ、興味がありそうだ、やりたいと言った

と習わせるご家庭は多いと思います。


それが一番良いと思います。


ただ長続きするかは、性格とご家庭での協力体制によると思っています。

細かいことを面倒に思う、すぐに出来ないとイライラして投げ出す、派手なことが好きですぐにそうなりたい、

このような所が目立つと、根気や細かいことが必要なピアノは長くは続きません。結果が出るまでに時間が必要な習い事で、今日やって明日完成することは絶対にないのが楽器演奏です。


ただ、年齢が小さいと細かいことに集中する力はまだないので、そこは大目に見る必要があります。

続かないかなと思っても、予想外に長く続けられる生徒さんは何人もいます。
これはご家庭での声掛けが大きいです。講師一人の力でどうにかできることではありません。人間を相手にしているのですから。


逆に、続きそうなタイプに見えていたのに予想外に短期間で辞めてしまう生徒さんもいます。


実は今読んでいる本にそのようなことが書かれています。

習い事は、素質、才能で決めるのではなく、「気質」に合うものを優先して決めた方が良いことが書かれています。

私が「性格」と思っていたものは、正しくは「気質」なのだそうです。
「性格」は環境によって変化しますが、「気質」は生まれ持って備わったもので一生変わらないのだそうです。

その「気質」は5つのタイプがあり、その見極めが必要。

5つの気質とは、
・開放性
・誠実性
・メンタルの強さ
・外向性
・協調性

この5つの組み合わせで、さらに5つのタイプに分かれ、どのような分野が向いているか分かるそうです。

子どもの気質に合わない環境に入れても、精神的なストレスを与えるだけと。


ここまで詳しいことは知りませんでしたが、ピアノを習うことは合わないと感じる生徒さんを引き止めることは私はしないようにしています。

習うことは苦手でも好きに弾きたいお子さんもいますし、ピアノは苦手でも他の楽器なら合うお子さんもいます。音楽に合う合わないでも単純には区切れませんので、ピアノのレッスンという視点で見た時の判断で私は決めています。



習うか習わないかの決定権は親と子とどちらが持つべきかも書かれています。

時々、就学前のお子さんに決めさせる保護者の方がいらっしゃいますが、その姿を見る度に、親御さんの気が進まないからだろうと思います。

そんな小さなお子さんに決めさせるのは無理があります。中には何でもやってみたいお子さんもいるので、考えずにやる!と言いますが、壁にぶつかった時にあっという間に辞めてしまうのもこのパターンです。

子どもが決めたことだからと、親御さんが手助けすることもなくあっさり辞めさせる。これは最も良くないことだと思っています。

子育て上手な親は、子どもの適性を見極めた上で、「自分で決めていいよ」と言っているそうで、見極めるための下地を作って選択させているようです。

そこをやらずに、漠然と子どもに決めさせても上手くはいきません。


本を読みながら、何となくそうではないかと思っていたことを確認できている気がします。

初版は昨年12月のようで、比較的新しい本です。
まだ読んでいる途中ですが、おもしろく読んでいるところです。

「強み」を生み出す育て方(ダイヤモンド社) 船津徹 著

 
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プア・ジャパンという本

2024年02月04日 | 書籍紹介

常に小さなお子さんと接する職業なので、日本は将来どんな国になっているのだろうと思います。


経済には全く詳しくなく、興味もありませんでしたが、「プア・ジャパン」を読みながら今の日本の状況が少し理解出来てきました。


異次元の金融緩和策が延々と続き、ぬるま湯に漬かりっ放しの輸出企業は新しい技術を開発しなくとも円安により潤い続ける。生産性が上がって潤っているわけではない。

新しい技術開発をしなければ、技術者は育たない。もしくは、高度な技術者は日本にいても役に立たないので海外に流出する。それによりさらに発展は望めない。衰退していく。

円安により、輸入品の価格は上がるわけで物価は上がる。
日本は生産性が低いので企業はコストを掛けられず、賃金が上げられない。

つまり、人件費、設備、原材料などのコストを投入しても大した生産量が上げられなければコスト削減するわけで、そうすると更に微々たる生産性しか上げられないので、その結果賃金が上がらない。

日本はデジタルで大きく後れを取ってしまっているのに、社会構造がそれをスムーズに改善できない構造にある。縦割りというもの。

身近なところでなるほどなと思ったのが、電子マネーカード。
日本は種類が多すぎて情報が共有できない。ひとつにまとまっていたら、様々な店で購買の情報が共有でき在庫管理や発注に活かせる。商品開発にも活かせる。その情報を企業に売れば小売店の収入も増す。

各企業、各役所窓口がそれぞれ独自のシステムを作っているので共有できない。つまり、縦割り。

クラウド上でデータを共有出来たら、海外との仕事も進められるものを日本は縦割り+クラウドに不安を持っていて活用できない。

デジタルの遅れを誤魔化すために、マイナンバーカードを保険証にするとか言っている政府。

日本は未だに製造業に頼っているが、世界は既に情報を大きな産業としていて、時代遅れな日本。


このようなことが書かれていると理解しました。
日本の未来は深刻だろうと思われます。

アメリカと同水準になるには、1ドルが33円位にならないといけないそうで、それだけ差がついているということ。賃金が同水準だった頃もあるのにです。
この数字は1ドル130円だった頃の計算なので、今はもっとあり得ない数字になると思います。



ピアノのメソッドのことを考えても、日本人は「そっちが良いとは思うんですけど」と言って何十年も変わらないので、きっとこの国はこのままなのだと思います。

私は本は電車に乗っている時に読むのですが、スマホを見たりゲームをしている若者たちを見て、そんなことしてる場合かな?と思いました。

今年見た姿で、駅の長い階段を横にした画面から一切目を離さず駈け下りる女の子がいました。朝からたいへんなスピードで通り過ぎた時には、何かの修行かと思いました。忍者のようで滑稽でさえありました。

考える時間をいつ持つのだろうとよく思います。

個人的に、ゆとり教育も問題があったと思っているので、現状を変えようというスピリットは育っていない気がします。


子どもたちには、チャレンジして上手く行かなくとも、またチャレンジできる精神を育てて行けたらと思います。ピアノレッスンはそのような場のひとつになる可能性のある所です。

上手く行かないことは悪いことでも何でもありません。
失敗して恥ずかしいとか悔しいという感情が、次こそはという気持ちになるのです。

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指先から旅をするより

2024年01月05日 | 書籍紹介

藤田真央さんの「指先から旅をする」

音が客席後方に飛ばないとか、リハーサルと本番でホールの響きが変わるとか、そんな時にいつもと弾き方を変えて対応されている姿に素人のように感心しながら読んでおります。

ピアニストが本番で咄嗟にその時の最善の演奏を選択していることがよくわかります。


さて以前、真央さんがジャズ風の自作のパガニーニを演奏されていて、意外性に驚きました。
その事も本には軽く触れられていて、音楽祭でジャズピアニストと交流する機会が増えていてジャズに興味を持ち始めたのだそうです。

持ち始めてこのような曲が作れてしまうとは、異次元


モーツァルトのコンチェルトの自作カデンツァの話も本にあります。けっこうな長さのようで··

アンコールで即興演奏をしたこともあったそうです。

なんでもできる




追記
なんと! パガニーニの曲は真央さんが高校生の時に作曲の授業で書いたものだそうです。
あさイチに出演され、この曲を演奏されるときにそのお話をされていました。
異次元さ、増し増しです !!
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指先から旅をする

2024年01月03日 | 書籍紹介

藤田真央さんの「指先から旅をする」を年末から読んでおります。

面白いのでどんどん読めてしまうのですが、味わいながらゆっくりと読み進めております。


指揮者との共演の話が興味深く、それぞれの指揮者の音楽家としての姿を少しだけ知ることができます。
そこに直にいたご本人にしか知り得ないことは山ほどあると思いますが、ほんのちょっとだけでもプロフェッショナルな世界を教えていただけ、面白く拝読いたしました。


2023年のヴェルビエ音楽祭の10人のピアニストがラフマニノフのOp.23のプレリュードを1曲ずつ演奏する話もありました。
真央君は1か月前に降板したババヤンに代わって3番を演奏したそうです。
リハーサルやゲネプロの話が面白いです。

こちらの演奏はyoutube で見られます。
ただ、リンク先は貼り付けられないようになっているようで、下の画面のYouTube で見るをタッチしていただくと見ることができます。

裏話を知ってから聴くとまた一味違います。

SERGEI RACHMANINOFF 10 Preludes Op. 23, Played by 10 Pianist / 30th anniversary gala, 2023 Verbier


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「発達障害」と間違われる子どもたち

2023年12月10日 | 書籍紹介

ピアノ講師は、多くの子どもや保護者の方と接する職業です。

小学校1年生から電車で塾通いで帰宅ラッシュの中を帰るお子さん、
毎日たくさんの習い事に追われるお子さん。

内心、それは本当に身になることなのだろうかと思っていました。


前回ご紹介した「発達障害と間違われる子どもたち」という本。

それには、十分な睡眠時間の必要性が書かれていました。

親が最初にやるべき事は、子どもがこの世を生き延びるための脳=からだの脳をつくること。それが立派に育っていれば、その後に発達するおりこうさん脳、こころの脳もしっかり育ち、人間として社会の中で生き延びることが出来ると。

からだの脳をつくる大切な時期に、夜を徹して勉強させたり、習い事をいくつもやらせたりして、十分な睡眠時間を取らせないと、いずれ社会生活が出来なくなると。


また、家庭での親子関係についても書かれています。
自分のことが分かる力は、自ら試行錯誤を繰り返すことで成長しますが、親が先回りして失敗させないでいると、子どもが自分で感じて考え、行動する機会を奪ってしまうと。


多くのお子さんや保護者の方と接していて、これらのことはよく感じます。


発達障害に関しては、10年位前と違い、保護者の方も知っています。
以前は学校教師もよくわかっていないことが珍しくありませんでした。

しかし現在は、親御さんも言葉はご存知です。
そして、本にもありますが、その言葉に振り回されて困っているご家庭があまりに多いと。

私の所でも、お一人だけですがそのような保護者の方がいらっしゃいました。
音符の読み方がなかなかわからず、そうのような発想になってしまっていました。音符を読むことは大人が考えるほど単純なことではありません。

線と間の違い、ステップとスキップの見分け、上行下行のドレミの順番など、大人なら考えるまでもなく理解できることが、就学前のお子さんにとってはたいへん難しいことなのです。

文字を覚える方が楽だと思うほどです。

楽譜が右に進むことも就学前のお子さんにとっては混乱のひとつです。
音は、ドレミの順番には進みません。あちこち行ったり来たりします。
それをひたすら右方向に書き留めるのが楽譜です。

小さなお子さんは、ド ミの次にレを書くとなったら、ミの右隣ではなくドとミの間に書こうとします。右に進まず、戻ってドレミの順番になるように書こうとするのです。

これはよくあることです。
それをすぐに、もしかしてと考えるのは早計です。
初めはわからなかったことでも、経験を積むうちにわかってくることは沢山あります。

また、反復して練習する、書くなどの作業も必要です。
それを飛ばし、やるべきことをまだしていない内に、この子もしかしてと考えるべきではありません。

先回りしてしまう親と同様、兄弟、姉妹でも、いつも手伝ってあげる面倒見の良い兄、姉がいると、それも自分で考えたり失敗する機会を大幅に減らしてしまう原因になります。


夜更かしせず、睡眠時間をたっぷりとって、ちゃんと失敗させる。


ピアノレッスンでは、手伝い過ぎないことを心掛けようと改めて思いました。

私は生徒が分からなくて練習できなかった、どうしよう とならないようにある程度分かるようにして帰すようにしていました。

しかし、そうしたにも関わらず、忙しくて弾けなかった、ヒマがなくてピアノが弾けなかったと言われることが少なくありませんでした。

イリーナ先生のレッスンを拝見して、思ったより予習の手伝いがあっさりしているので、私も参考にすることにしました。

不思議な音の国を弾いている生徒さんに対して、新しい曲は1回音を読んだらあとは自分で弾けるようにして来て、と言ってお終い。
どう練習すると良いかとういう話もしないことにしました。

レッスンで困っていたら手伝うことに路線変更。


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脳が育つ順番

2023年12月07日 | 書籍紹介

人間の脳は育つ順番があるそうです。

からだ脳→おりこうさん脳→こころ脳

全ての人間がこの順番なのだそうです。


5歳まではからだ脳をしっかりと育てること。
からだ脳というのは、生きるために必要な機能です。

体を動かすこと、呼吸をする事、姿勢を保つこと、体温調整、起きること・寝ること、食べること、感情を生むこと。


からだ脳がしっかり育ってくれると、おりこうさん脳とこころの脳もうまく育ってくれるそうです。

おりこうさん脳は18歳くらいまでの間に時間をかけ発達し、最も育ち、使われるようになるのは6歳以降で、小中学生の時期に大きく伸びるそうです。

こころの脳は10~15歳にかけてつくられ、18歳前後まで発達し続けるそうです。


からだ脳が育つ前に早期教育でおりこうさん脳ばかり刺激すると、土台がうまく育たないことがあると。どこかでバランスが崩れ、発達障がいと勘違いされてしまうことが往々にしてあるのだそうです。

5歳まではからだ脳をしっかり育て、こころの脳は10歳以降に完成。

ピアノを教えている先生方は、このような知識がなくともその事に気付いていらっしゃると思います。


実は今、「発達障害と間違われる子どもたち」という本を読んでいます。

昔と違い、保護者の方の間にもこの言葉は広がっています。
それにより、やるべきことをやる前にそうではないかと心配されるお母様がいらっしゃいます。

ピアノ講師という職業は、クラス単位で見る学校教師と違い、お子さん、保護者の方一人一人と接しています。そして、様々な年齢層のお子さん、大人の方を見ています。

すると分かってくることが色々とあり、特にお子さんの場合、どこに問題があるか気付くことがあります。

本当に認知機能に関わることでしたら、レッスンで対応できる手段があります。
しかしご家庭にある場合、口出ししにくいのが現状です。
大人の夜型生活に子どもを巻き込んでいる場合です。

都心で見かける度に気の毒に思ってしまうのですが、夜の9時過ぎに電車に乗っているお子さん。
塾帰りの小学生もいれば、遊園地帰りの未就学と思われるお子さんもいます。遊びに行くのなら、お子さんが寝る時間を考えて帰らなければ。


この本にもありますが、発達障害もどきの原因は生活にあると。

小学生の内は夜10時には布団に入るようにした方が脳の育ちが良いそうです。

人間は昼行動物で、明るい時間に活動するようにできています。
人間の体内時計は24時間ではなく少し長く設定されているそうで、朝に太陽の光を目に入れることで朝であることを脳に知らせ、体内時計をリセットするそうです。

朝日を浴びることで幸せホルモンであるセロトニン量を増やし、セロトニン神経を育てることが大事と。

リセットしないと体内時計は、どんどんズレて行きます。


忘れ物が多い、ボンヤリしている、ケンカが多い、などで困っている時は、まず朝早く起きること。
早く起きると黙っていても夜8時には眠くなるので、睡眠時間がしっかり取れます。
3日続けるとこのサイクルになるそうです。

ノンレム睡眠とレム睡眠のサイクル(合わせて90分)を4回は繰り返さないと、人間は正常な機能が保てないと様々な研究からわかっているそうです。

夜遅くまで勉強なんて偉いね、ではなくサッサと寝て朝に勉強した方が効率が良いとのこと。


私も早く寝て、早く起きる習慣をつけた方が良さそうです・・
でも、夜10時には寝れないなぁ



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恋愛哲学者モーツァルトという本

2023年05月18日 | 書籍紹介

岡田暁生氏著「恋愛哲学者モーツァルト」

岡田氏と言えば、あの「シャンドールピアノ教本」を翻訳された方です。

「恋愛哲学者モーツァルト」は、モーツァルトの
後宮からの誘拐、フィガロの結婚、ドン・ジョヴァンニ、コジファン・トゥッテ、魔笛の5つの傑作群をひとつのチクルスとして読み解くという内容です。


まだ読んでいる途中ですが、モーツァルトの立ち位置がわかり興味深いです。伝記を読むよりずっと時代背景やその中のモーツァルトがどのような存在であったかがわかります。

オペラのことを知らなければ、と思いながらなかなか聴けずにいる身ですが、この本を読んでいてこの場面だけでもまずは聴いてみたい!と思う所が色々とあります。


モーツァルトのオペラが、近代オペラの始まりだったのではというのが著者のお考えです。

私はオペラの種類にも疎いので、かなり勉強になっています。


アリアがただただ並べられていて二重唱・三重唱は滅多になく、大半が高音の超絶技巧のオンパレード、対話によって変化する情感は一切なし、カストラートのための一種のショーというオペラ・セリア(バロック時代のオペラ)。

イタリア語で歌われレチタティーヴォを持ち、大規模なアンサンブルやセリア的コロラトゥーラが入るオペラ・ブッファ(喜劇オペラ)。

ドイツ語で歌われ、レチタティーヴォの代わりにドイツ語の台詞のあるジングシュピール。


モーツァルトがオペラの創作に本格的に乗り出したのが、オペラ・セリアが斜陽になってきた頃。

モーツァルトのオペラが他と決定的に異なることは、登場人物の心情が他者との関係の中で心の色合いを変化させ、そうしてドラマが進んでいくことだそうです。


オペラというのはそういうものだと思っていましたが、これを最初に始めたのがモーツァルトではないかと。著者によるとこの感情の相互浸透は若きモーツァルトが書いた1770年に初演された「ミトリダーデ」が最初ではないかと。なんと14歳の時の作品。


詳しくは、是非本を読んで頂きたいです。
オペラ以外のことでも、そういうことだったのかと納得できたことがありました。父親の存在やウィーンに脱出できた経緯など。


ひとつ面白いと思ったことを書き残しておきます。

オペラの序曲は予告編のようなもので、フィガロの結婚は破格に多い登場人物と予想外の事件の連続を表すような恐ろしく速いテンポで表現される。

この熱狂と疾走は尋常ではなく衝動の破片とでも呼んだ方が良いと。主題の異様さが速いテンポにより気付かれない。

そして2つの録音を紹介されています。
ひとつはクレメンス・クラウスによる演奏。コーダを猛烈な加速で途轍もない熱狂で演奏していると。聴いているだけで目が回りそうだと。

もうひとつはクレンペラーのもの。極端に遅いテンポで演奏され、きらめくフィガロ序曲が実はシャンデリアが崩れた瓦礫の山のような断片でできていることが生々しくわかる、と。(ピアノでゆっくり弾いてみると、モチーフの断片が並べられているだけだとわかるそうです)






こちらムーティ。割と速い気がしますがコーダはクレメンス・クラウスの方がやはり目が回りそうです。


伝記を読むより、このような本の方が作曲家の人物像や時代背景がつかめる気がします。
リストが書いたショパンの本や、ブラームスの知り合いとクララの娘が書いた本もそうでした。

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ブラームスの言葉

2023年03月30日 | 書籍紹介

「ブラームスは語る」という本があります。

ホイベルガーという作曲家で音楽評論家であるブラームスの知人が、ブラームスとの会話をメモに書き留めていたのだそうです。

会話は出来るだけその日の内にメモするように努めたと。
会話をメモしていたことを知ったブラームスは真っ赤になって怒ったそうですが、何とかなだめ、怒りを鎮めてもらったとのこと。


これを読むと、ブラームスはけっこう毒舌家だったのかなと・・
芸術に対しては厳しい人だったことがわかります。

当時の音楽界やブラームスの作曲家評も少しわかります。

ベートーヴェンのことは、モーツァルトやハイドンに比べると形式では大胆と言えないとか、ベートーヴェンでモーツァルトやバッハより弱いのは、不協和音の使用法だ。モーツァルトのようなすごい不協和音がないんだ、とか。

現代ではブラームスはベートーヴェンの後を継ぐ人物のように言われているので、ベートーヴェンをこのように言っていたとは少々驚きました。

ベートーヴェンのピアノ協奏曲、交響曲、室内楽についても言っています。

例えば、モーツァルトの協奏曲ハ短調こそ天才的ひらめきのある芸術の中の芸術。ベートーヴェンのハ短調だって、モーツァルトに比べればはるかに小物で弱々しい。斬新さゆえの刺激と内なる価値は区別されなくては、と。

ハイドンのことは、今の自分の年齢になって凄い量の作品を生み出している。この時期からさらに偉大なものへと発展している。ものすごい人物だ、と。


あと、皮肉ですが、「みんなわかっちゃいない。でも幸せなことじゃないか。だから僕らは食べていける。僕の音楽にしても、みんな本当に大切な所は理解されていない。」と言っていて、ムーティ氏が仰っていた言葉を思い出しました。

「ソプラノやテノールが高い音で長く伸ばすだけでブラボー。客はそれを聴きたいと思ってしまっている。」


昔も今も同じようなものなのかと思いました。


クララについてはほぼ書かれていなく、クララが亡くなった時にドイツに向かった時の話と、自分の新しい曲をクララに送って見てもらうと、彼女は手書きの楽譜を隅から隅までちゃんと目を通して、暗譜して何度でも情熱的に試し弾きしてくれると。
それから、お互い送った手紙を交換して自分たちで手紙は処分したと。


ブラームスは写真が結構残っています。どれも同じ感じで、あの髭のブラームス。

このような会話や写真、録音が残されていると後期ロマン派でもさほど遠くない気がしてしまいます。


この本は、3巻ある「ブラームス回想録集」の第2巻です。
第1,3巻は現在入手可能のようですが、この第2巻は絶版のようです。
私は図書館で借りることが出来たので読めました。2019年2月に第7刷発行とあるのですが、数が少なかったのでしょうか・・

音楽之友社のサイトです。
フリーワード「ブラームスは語る」を含む - 音楽之友社


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バッハインヴェンション こころの旅

2023年01月31日 | 書籍紹介

興味深い本に出合いました。

「バッハ インヴェンション こころの旅」杉浦日出夫 著 音楽之友社


テーマやモチーフの分析といった内容ではありません。

音型(フィグーラ)からバッハのメッセージを読み解くのです。


2016年出版ですので既にお読みになられた方もいらっしゃると思います。


人間の罪を表す減7度、死を表す音型、十字架の音型、天使の音型、神の声、etc.


このような暗号から受難の調といわれるf-mollのシンフォニア(9番)を弾くと、辛すぎて弾けなくなってきます。

シンフォニアの9番は、このような話を知らなくとも辛い曲ですが、知ってしまうとあまりにリアル。


こじつけかな、と時々思う所もありましたが、このような楽譜の読み方を知っていて損はありません。

なぜそう感じるのだろう、これをどう言葉で言い表したらよいのだろう、と思うようなところが、音型の解釈から正体が判明した感じがあります。


楽譜の読み解き方が変わる本です。


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アルド・チッコリーニ わが人生

2023年01月13日 | 書籍紹介

「アルド・チッコリーニ わが人生 ピアノ演奏の秘密」

全音から2008年に出版された本です。
翻訳はお弟子さんの海老彰子さん。


チッコリーニは小さい時から歌に魅了されていたそうです。

歌手の叔父が言っていた、「自分の音をまるで見えるもののように、聴いていなくちゃいけないよ」は後にシュワルツコップからもさんざん聞いたとか。

はじめてのピアノの先生からはいつもこう言われていたそうです。
「綺麗な音を出して頂戴!私に美しい音を下さい!とても表現力に富んだ麗しい音の調べがほしいの」


初級の生徒を育てる時に、教育者がまず気付かせなければならない第一のことは、音に対する感覚と述べています。

最初の練習の時から先生の第一の関心事は、生徒に音の美意識の感覚を養わせることにあるべきと。



読んでいて驚いたことがあります。

初めて弾く曲も、既に前から知っている曲も2年前から勉強を始めると。
旧知の曲でも以前とは感じ方が違うので、ゼロから勉強を始めるのだそうです。その間に年を取ったのだから、演奏は自分の年齢と共にしなければならないと。



私は運よくチッコリーニの最後の来日の演奏を聞くことが出来、あの演奏を思い出しながらこの本を読みました。

とても納得のいくお話。


歌に魅了されていたこと。
だからあのような演奏ができたのかと思いました。本当に歌を聴いているような様々な音のニュアンス、フレージング。

思い返すと、歌だけではなく台詞のようなところもありました。

本を読んでそうだったのかと。これをピアノという楽器で再現しようと演奏されていたのかと今頃知りました。


必ず暗譜で演奏する話も書かれています。

最後の来日コンサートも、もちろんそうでした。
お歳だし楽譜を見られると思っていたので、全曲暗譜で演奏されていたことに少し驚きながら聴いておりました。

準備に2年かけること、旧知の曲もゼロから勉強すること。


お年を召してから、弾き慣れた感じで演奏されない姿をyoutubeで見かけ、昔は全く好きではなかったチッコリーニが気になるようになり、来日コンサートへ出かけました。

本を読んで、あのお姿がくっきりと思い出されました。



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言葉から来るリズム感

2022年11月10日 | 書籍紹介

少し前に読んだ「日本人とリズム感」


そこに書いてあった、日本語は冠詞がないのでアウフタクトのリズム感がない。それで、呼吸をせずにいきなり拍の頭を目掛けて突っ込む、という話。

それから、言葉の音と音の間の粘着的なつながりがない、という話。


とても納得。

生徒さんたちの演奏を聞いていると、それがとても多いです。
もちろん私もそうです。

音と音の間の意識は持っているつもりでしたが、もっと強くそれを意識すると音楽の呼吸、フレーズの持つエネルギーの流れがはっきりと実感できます。


日本人の特性であろう、ひとつひとつ音を捉えてしまう癖。

次がどんな音の動きであるかによって、その音をどう弾くかが決まって来ると思いますが、それは練習によって曲の流れがわかれば体も動いてくると思って来ました。しかし、暗譜もし、長い期間弾いているにもかかわらず、呼吸と動きが循環していない様子を見ると、日本語から来る感覚というものを考えてしまいます。


音の前のほんの少しの呼吸と、音と音の間に着眼するだけで演奏がガラリと変わる可能性があります。

実際に、70代の大人の生徒さんがそうでした。
この生徒さんは結構難しい曲も弾いてきました。さらに、アメリカに住んでいらしたことがあるので英語が話せます。

冠詞があることによるリズム感と、音と音の間の発音が外国語は変化していくのでは、という話をし、その頃を思い出して!とやってみましたら、私があれこれ口を挟まなくとも演奏が変わりました。


小学生でも英会話を習っている生徒さんは少なくありません。
外国語がピアノレッスンで活かせるかもしれません。


気付かせてあげるだけで、変われることがまだまだあるものだと思いました。

私もやっているつもりで足りていませんでした。

思いがけなく出会った本のお陰で、またピアノを弾く楽しみができました。


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日本人とリズム感

2022年11月02日 | 書籍紹介

「日本人とリズム感(樋口桂子著)」という本があります。

著者は音楽家ではありません。文学と美学を学んだ方のようです。
言葉にお詳しい様子。美術にもお詳しいです。

そのような方がなぜリズムのことを‥、と思いましたら、ご本人が大人になってからチェロを習い、その時の出来事がきっかけになったと。


あとがきにそのことが書かれておりました。
あとがきが一番面白っかった、と言っては失礼ですが、これは楽器を教えている先生方は必ず経験されているだろうと思い、そういう意味でたいへんリアルなお話でした。

大人になってから何となく習い始めたチェロ。
それなりに順調に進んでいたレッスンである時突然先生が、「あなたはリズム感が悪い、悪い、悪すぎる」と。

ここまでならもう少し穏やかな言い方で言うこはあるなと思いましたが、その先生はさらに「あなたの音を聞いていると腹が立つ」と。

先生の言葉はどんどんエスカレートしていったらしく、それ以来、1本の開放弦を先生の数える拍に合わせプープーと弾くだけの地獄のレッスンが始まったと。

先生の様子が他にも本には書かれています・・

著者の方は、「弾く前にすべき準備のリズムがなく、最初の拍をめがけて突進していくように弾いているらしい」けれど、本人にはその自覚がないとあります。

弾く前に瞬間的に息を止めてしまうようで、その度に先生は怒り狂うと。

身体の動作全体から見直すことを学ばなければならず、歳を重ねてからでは脳の経路全体を改造して行くのは、想像以上の気力と体力が必要と。

その内レッスンから脚が遠のいてしまったが、リズムへの興味はむしろ広がり何か書けるのでは、と思ったそうです。


この光景、ここまでではなくともあると思います。

著者の方が次のように上手くまとめられています。
「弾く前の準備の呼吸は、それから始まる音楽の全てをつくっていくものなので、それを大切にしなければ、全てが無駄である・・中略・・循環するリズムを感じさせるものでなければならない。・・中略・・プツンプツンと切れてしまうのではない、粘りを持った音の連続しかチェロから出してはならないし、そういう音しか正しいリズムと音楽をつくってくれない」


まさに‼
そしてピアノも同様です。

今日も小学生のレッスンで、以前から何度言っても弾き始めの呼吸なしでいきなり弾き始める生徒さんがいるのですが、”ピアノは手首が口”と何度言ったか・・

せっかく手首で呼吸したと思っても必ず一度止めて、結局呼吸なし状態に戻して弾き始めます。

謎の動き・・

その生徒さんにとっては、呼吸はただの作業で音楽に結び付くものではないのだと思います。


この本を読んでいたので、日本人の特性だ、と思ったら腹も立ちませんでした。
私自身も自分で気付いていないことがあると思います。今日は自分のことは思いっきり高い棚に上げさせて頂きます。


日本の武術を思い浮かべると、息を殺し、気配を殺し隙を突く。
忍者も字のごとく、忍びの者。

さぁ、行きますぞ、などどわかってしまってはいけないわけです。

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速度標語の由来

2022年10月26日 | 書籍紹介

前回ご紹介した「日本人とリズム感」の本に、これ知りたかった!ということが書かれています。

速度標語の意味はご存知かと思いますが、元々の意味を教えて下さっています。

そのいくつかを自分のためにも書き残しておこうと思います。


Allegroには陽気な、という意味があることはご存知の方もいらっしゃると思いますが、アレグロの陽気さには深い所から湧いてくるような感情が見られるそうです。

Vivaceには心や精神が活性化している、覚醒している、といった感覚で弾むような軽さがあると。

Largoは幅広くゆったりという意味ですが、歩幅を広く取ると人の動きは自然と遅くなる、というところからこの意味が出てきたそう。

Lentoの由来lenireは柔らかいという意味があるので、柔らかさをもって演奏することを指示していると。


この他に、Grave、Andante、Presto、serioso、aperito、spiritoso、anima、agitato、con fuoco、についても書かれています。


舞踊の付属的なものとして音楽が使われていた時には、舞踊の身体的な動きで何が表現されているかを伝えることが出来ましたが、舞踊から独立し器楽のみの演奏に移行した時に、言葉を持つことのできない音を如何にして表現するかを模索し、人間の精神状態の中から言葉を探り出してくることになった、とあります。


日本とヨーロッパの呼吸の違いも書かれています。
日本人の演奏がなぜそうなるのか、そのことを書いている本ではありませんが、読んでいると納得できることが随所にあり、面白いです。


ご興味がございましたら、是非。
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この表紙、何度見ても牛に見える・・
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リズム感と日本人の関係

2022年10月24日 | 書籍紹介

大人の生徒さんにこのような本を教えて頂きました。



その生徒さんの話では、頷き方が日本人は下だけれど西欧人は上だと。


ちょうど、鈴木雅明さんのフーガの技法を聴いた時に、譜めくりの合図の出し方がよくある下ではなく、鈴木さんは上だったので珍しいな、と思っておりました。

しかも、タイミングがアウフタクト的だったので指揮をされているからかな、と思ったりしておりました。

ついでに、私の隣の席の方が拍子を頷きながら取っていらして、「縦かぁ、日本人だなぁ」などと思いながら聴いていたのでした。


そんなことがあった後にこの本の話。
これは興味深いと思い、読んでみることに。


まだ全部は読んでおりませんが、既に生徒のレッスンで思い当たるものがあり、もしかしたら日本人の特性なのか、と思ったのでそのことを書いておこうと思います。


日本は水田を耕します。
地形的に、足腰を安定させて作業しなければならず、それにより下に意識が向きます。また、稲を植える時に一列に並び、他の人とタイミングを合わせて植える習慣がある、と。

1拍目に合わせて皆で手を叩き歌う、そして揉み手をする人もいるように身体の内側に向けて手を打ち付ける。

内側向きの動作は、数える時の指の折り方、のこぎりを手前に引くことにも表れている。

和楽器を見ると、尺八は息を下方に向かわせ、時にかがみ込んで体を折るように内向きに吹く。三味線や琴は音を止める時に弦の上で動きを下にしてバチなどで止める。

これはリズムの流れをいったん途切れさせることである、と。
ヨーロッパのリズムは上向きに加え、リズムは連続性を蓄えエネルギーを途切れさせないよう次へ次へと持続させている、と。

これは敏速に動く狩猟生活に起因しているのであろう、と。
いつ飛び出してくるかわからない獲物を瞬時に見つけ追いかけるために、筋肉を使い大地を蹴り上げ、縦、垂直方向、上方へと伸び上がる運動方向を蓄えていなければならなかった。


足は踏み出す前から既に次の運動を予測し、身体を備えておかなければならない。常に次の行動への体勢をとるようにしていなければならない。


また、ヨーロッパの言語は基本的に冠詞を持っている。
それが運動の前の呼吸、発声という運動のタイミングを取る働きをしている。それが上向きの相槌に表れる。冠詞は次の運動、発音の準備を身体に意識させる。




生徒さんのレッスンをしていて、腕の重さを使ってしっかりと下におろすことをしておりますが、その前に必ず上にあげる動きが必要です。

それが腕や手をリラックスさせる事と同時に、音を出す前の呼吸でもあるわけです。

これがなかなか身に付かず、下ろすことに意識が向きすぎて、私の生徒の場合は手首が必要以上に低くなることを生んでいます。
肩と指の付け根の支えの問題かと思っておりましたが、もっと日本人の性質的なものと関係しているのかもしれない、と思いました。


それからもうひとつ。次の動きを予測して弾いていかなければ、ピアノの場合は、プツ・プツと途切れた演奏になってしまいます。
一音終わってから次のことを考えていては全く間に合いません。

これは練習量の問題かと思っておりましたが、時々それだけでは説明がつかないものを感じておりました。
稲作で皆と歩調を合わせ作業することで効率が上がる民族と、常に次の行動の体勢に備える必要があった狩猟民族の違いが関係しているのかもしれない、とこの本で認識しました。


パンデミックや経済状況により、国外に行ける日本人が限られてくる可能性があり、これまで以上に私自身も気付かず教えてしまっていることが増えないことを祈るばかりです。

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アンデルセン「楽園の庭」

2022年10月19日 | 書籍紹介

ドビュッシーの前奏曲集第1集に「西風の見たもの」という曲があります。

アンデルセンの「楽園の庭」から着想を得た曲です。

この童話にピンと来る方は結構な読書家さんかもしれません。
西風の見たものを演奏するにあたり、楽園の庭のことは調べるとは思うのですが、大抵荒くれ者の西風、程度なので「楽園の庭」がどのような物語か書いておきたいと思います。




ある一人の王子がいました。彼はたくさんの美しい書物で何でも知ることが出来ました。しかし、最も知りたかった「楽園の庭」について書かれた書物はひとつもありませんでした。

そこに咲く花はどれも美味しいお菓子、おしべやめしべは上質な葡萄酒。ひとつの花には、歴史、地理、九九、など食べるだけで勉強ができてしまう花が咲いている、とおばあさまに教えられました。

ある大雨の日、真っ暗な中、風のほら穴に迷い込みます。
そこには男のようななりをした、年取ったいかつい大女がシカの丸焼きを焼いていました。
風のせがれ達がこれから帰ってくるところだと。

最初に帰って来たのは北風。
氷のような寒気と共にほら穴に入って来て、熊皮のズボンと上着を着て、アザラシ皮の帽子を深く被っています。髭には長いつららがさがり、雪のかけらがまわりを舞っています。

セイウチ猟のロシア人と北極のベーレン島に行っていました。
風を起こし船を氷山に挟み込むいじわるをし、人間たちをあわてふためかせてやったと。

北風が兄弟の中で一番好きな弟が西から戻って来た、と言います。海のにおいがして、気持ちのいい涼しさを運んでくる西風がと。


西風は荒くれ男のように見えました。ころんでもケガをしないようにか、ワタの入った帽子を被り、手にはアフリカの森で切って来たマホガニーのこん棒を持っていました。

西風は原始林から戻って来たと言いました。
トゲのあるツル植物が木の間に生け垣を作り、じめじめした草地には水ヘビがのたっていたと。
深い川を見下ろし、滝が岩から激しく流れ落ち、水けむりをあげて雲までのぼって、空に虹がかかるのを見ていた。川を泳いでいる水牛は流れが速く滝つぼに落ちて行った。川を泳いでいたカモたちはパッと飛び立ち逃げた。その様子に自分は気を良くし、嵐のように吹き荒れてやった。古い大木は帆掛け舟のように走り出し、木っ端みじんに。
熱帯の草原で宙返りしたり、野生の馬の背中をなでたり、ヤシの実をゆすって落としたりして来たと。


そこへ頭にターバンを巻き、砂漠の民ベドウィンのマントをひるがえした南風が戻ってきました。

ホッテントットの民とライオン狩りに出かけたと。
砂漠でキャラバンに会い、砂を柱のように巻き上げてやったと。

悪さばかりしてきたのかと、母親に袋に入れられます。
そこへ中国人のような衣装を着た東風が帰ってきました。
中国から戻り、塔の周りで踊ってみせ塔の鐘が残らず鳴ったと。

明日は、100年に1度行く「楽園の庭」に飛ぶと。

アダムとイブが追放された時に楽園の庭は土の中に埋まってしまったが、楽園の庭のあたたかい日差し、優しい風と美しさはそのまま。
妖精の女王が暮らし、死神が決して訪れることのない幸福の島があり、楽しく暮らせると。

東風が王子を背中に乗せて連れて行ってくれることに。

楽園の庭に着き、素晴らしい景色に「いつまでここにいられますか」と妖精にきくと、「あなたの心がけ次第」と。「アダムのように誘惑されて禁じられていることをしなければ、いつまでもいられます」と言われます。

妖精は「自分を試してごらんなさい。強さが足りなければ東風と一緒に帰るのです。東風は今帰ってしまうと100年後にならないと帰ってこない。この楽園では100年は100時間程度にしか感じられないかもしれないけれど、誘惑に負けまいと戦うと長い時間に感じるかもしれない。毎晩私はお別れする際に、『わたしについていらっしゃい』と言います。けれど我慢して一緒に来てはなりません」と言います。

「ここに残りたいです!」と王子。
東風は100年後にまたここで会えるように王子に別れを告げます。


「さあ、私たちの舞踏会が始まります。踊りの最後にあなたを手招きして『一緒にいらして』と誘うでしょう。でも、ついてきてはいけません。100年の間、それを繰り返さなければなりません。それを乗り越えればあなたは一段と強くなります」

しかし、最初の晩に王子は約束を忘れ、
手招きをする妖精に駆けよります。
ここまではまだ罪ではないと王子は自分に言いきかせながら。

約束を破りすさまじい雷鳴がとどろきます。美しい妖精も花咲く楽園も暗闇に深く沈んで行きます。
目を覚ますと風のほら穴の近くの森の中に。風の母親が怒ったような顔をしています。

そばに立っていた死神が、「今すぐに棺桶には入れないが、しばらくは世の中をめぐり、罪の償いをさせ、少しずつよい人間になってもらう。いつかまた、私は戻って来る。こいつが死ぬなんて考えてもいない時に。もし、こいつが信心深いよき人になっていたら楽園に。よこしまな考えのままで、罪深い心のままであれば、かつて沈んだ楽園よりも深く沈んで行くことだろう」



このようなお話です。
この話の中の西風の部分だけを切り取ったドビュッシー。

変わっている・・



コメント (2)
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