ヒロヒコの "My Treasure Box"

宅録、DAW、ギター、プログレ、ビートルズ、映画音楽など趣味の四方山話

古いものシリーズ・その2~マイ・カメラ:Canonet

2014年10月19日 | 写真
 私は中学生の頃、写真部に所属していた。写真を撮るだけではなく、フィルムの現像や暗室での焼き付けも行っていた。その作業がとても楽しかった。その時、私のカメラとして活躍してくれたのがこのキャノンのCanonetである。これは父が買ったものだったので調べてみると、1961年(昭和36年)発売とある。当時で2万円程度の価格だからかなり高級だったと思う。そして1週間分の台数がわずか2時間で完売しCanonetブームを引き起こした、ともある。かなりの人気商品だったのだろう。同じ部活にいた友人は、やはり父親から借りていたニコンの一眼レフを使っていたので少しうらやましい気がしたが、私はこのカメラで十分満足だった。

 これを片手にいろいろな場所に撮影に行ったものだ。一番覚えているのは、近くにあった丘珠空港に部員と行って飛行機を撮影したことだ。空港ビルの外から中の飛行機を撮っていたら、パイロットらしい人が寄ってきて、飛行機を撮るならあっちの方に行ったらいいよ、飛んでる下の方から撮れるよと自衛隊の方を指さした。札幌の丘珠空港は自衛隊の管轄であるが、行って頼めば撮影可能だと教えられた。その言葉を信じて正門に行って申し出たら、内部とやり取りし始めなかなか入れてもらえない。何のために撮影するのかなど根掘り葉掘り聞かれ、何だか悪いことをしている気がして結局退散した。そんな重苦しい経験をしたのが初めてだったのでよく覚えている。

 今もこのカメラはシャッターもきれるし、フィルムの巻き取り部分もスムーズに動く。だが一部ねじが外れているところもあり何とか修理したいと思う。父なき今、大切な形見のひとつである。

古いものシリーズ・その1~マイ・ラジオ:ナショナル・ワールド・ボーイNational world boy RF858

2014年10月15日 | 音響製品
 私の手元にずっとあるラジオ。ナショナル製通称「GXワールドボーイ」。日常的に使っていない時期もあったが子供の頃から所有していたので、いつも見慣れていた。つまり特別なものという感覚がなかったのだが、調べてみると昭和43年(1968年)発売のものだという。自分の身の回りのものとしては先日購入したヤマハのギターFG-150に匹敵する古さなので、この度私の持つ「宝物」のひとつと認定しようと思う。また、当時の定価は15,500円。十分宝物に匹敵する価格だ。どのようにして手に入れたのか全く覚えていないが、多分親に買ってもらったものだ。

 ということでラジオとしてはかなり古いものだが、今もいい音で聴くことが出来る。特徴としては全体を覆うカバーと外付けのタイマーが付いている。また、FMと中波と短波放送が受信できる。実は高校生の頃日本短波放送のTokyo Forum Get Togetherという深夜番組をよく聴いていて、このラジオをとても重宝していた。(その番組は外国人が日本語と英語でトークする番組で、後年リスナーの代表として出演したこともあった。そして、この番組のおかげで私は英語を好きになったのである。) 後にラジカセを手に入れるまで私にとってメインの情報ツールであった。

 写真のようにカバーを取って改めて眺めると、洗練されたデザインである。操作スイッチ類はチューニングダイヤル以外はすべて上面にまとめられている。そしてWorld boyという名のとおり、短波のダイヤルを回すと日本語以外の放送が何となく聞こえてきて、インターナショナルな気分に浸ることもできた。

 現在に至るまでアンテナが折れて付け替えたのと、電源コードを紛失してしまい電池で鳴らしているのだけれど、全く問題ない状況である。

NHK-FM「今日は一日フレンチ・ポップス三昧」~パリの思い出3(ラベック姉妹とパリ管弦楽団)

2014年10月08日 | フランス
 さすがは芸術の街パリである。ルーブルやオルセー美術館は言うに及ばず、音楽関係でもその充実度はすごい。現地に入ってから情報誌(日本の「ぴあ」のようなもの)を見たら、ちょうどピアニストのラベック姉妹とパリ管弦楽団のコンサートが開催されるのを知った。当時ラベック姉妹は日本でも売り出し中で有名な存在だった。で、ツアーで一緒だった人達も行きたいと言うので引き連れて出向いたのだが、その入場料の安さに驚いた。正確には覚えていないのだが日本の相場の三分の一くらいではなかったろうか。とにかく安いなと感じたことを覚えている。

 会場はSalle Pleyel(サル・プリュイエル)というホールで、題目はモーツアルトの「二台のピアノのための協奏曲」「三台のピアノのための協奏曲」そしてメンデルスゾーンだった(写真)。当時の記録には「隣の席にいたマドモアゼルからミカンをもらったのでロンドンで買ったガムをあげた。」とある。というわけで聴衆は会場にびっしりだったが、気軽にクラシック音楽を楽しんでいる雰囲気だった。こんな体験も私がさらにフランス好きになった一因だろうと思う。

 そういえば思い出したが、パリでも気さくで親切な人が多かった。初訪問の時ルーブル美術館に行こうと乗ったメトロ(地下鉄)の中で地図を広げて友人とチェックしていたら隣の女性が声をかけてきて、自分も少し日本語を勉強している、もし良かったらルーブルまで案内するわ、と言ってくれた。数年後、妻とモネの家のあるジヴェルニーに列車で行こうとして駅で迷っていたら、現地の女の子が自分もその列車に乗るからついてこい、と言って下車駅まで付き添ってくれた。また、その帰りの列車はとても混んでいて座れず、仕方なくデッキに二人でいたら車掌が来て手招きしている、ついて行くと離れた席ではあったが二人分の席を確保してくれていたのだ。パリに仕事で住んでいた友人からはスリの集団に出会った怖い話も聞いたし、ツアーのガイドからも観光地での治安の悪さについてさんざん注意されたが、私が行った時はこのような良い経験ばかりである。フランス人の親切さに改めて感謝。今回のNHK-FMの番組はそんな昔の体験を思い出させてくれた。

 最後に番組の感想を。後半での大貫妙子氏出演部分を興味深く聴いた。フランスで録音したアルバムはLPで私も持っているのだが、その時のエピソードやミシェル・ルグランとの交流もあるという司会の濱田高志氏とのやり取りがとても面白かった。その時かかったLilicubというグループもとても良かった。また、前半部分ではパトリック・ヌジェ氏の生演奏には耳を引きつけられたし、司会の加藤紀子さんが本格的フランス語で曲を録音していることにも驚いた。とどめはミシェル・ルグランVSフランシス・レイのコーナーはまさに私のためにやってくれた企画だとも思った。祝日のNHK-FMは、プログレ三昧、ボサノヴァ三昧など本当に素晴らしい番組作りをしてくれる。今後も期待している。

NHK-FM「今日は一日フレンチ・ポップス三昧」~パリの思い出2(CDショップ)

2014年10月07日 | フランス
  旅行に行けば当然現地のCDを漁ることとなる。パリにも何件かCDショップがあるがシャンゼリゼ大通りを歩くと、ヴァージン・メガストア(写真)に出くわす。その後札幌にもこのショップは進出する(しかし2005年閉店)が、当時パリでも前年に突然現れた店舗らしく、堂々と英語表記しているのに驚きつつ入店(入店時に荷物チェックがあった)。この時の記録を見ると、「店に客として居合わせた某マダムに話しかけて推薦してもらったフランス・ヒットチャート第6位のCDを購入した。」とある。それは多分、Jean Jacques Goldman のCDである。全然知らないアーティストだったが、帰国後聴いてみると、歌のうまいお兄さんの良質のポップスで結構気に入った。
 また、当時泊まったホテルのテレビでたまたまフランソワーズ・アルディのPVが放送され、それがとても良い曲だったので再度メガストアに出向き買い求めた。その曲はla siesta、アルバムは彼女のベスト盤でvingt ans vingt titres(20年20曲)。かつて日本でも大ヒットした「さよならを教えて」も収録されており、これは確かにパリで購入した思い出深いCDである。

 さて、3度目くらいのパリ訪問の時だったと思うが、小学生の頃のヒットチャート番組を賑わせていた懐かしさと日本では売っていないだろうという気持ちから探し求めた歌手がいる。その名はダニエル・ビダル。しかし、あの大きな店舗であるヴァージン・メガストアでも結局見つからなかった。名前の正確なスペルもわからなかったが、最終的に店員に聞いて探してもらったが、だめだった。その店員さんも名前を言っただけでは心当たりがないようであった。今回のフレンチ・ポップス三昧では何曲も彼女の曲がかかった(カトリーヌ、ピノキオ、天使のらくがき、オー・シャンゼリゼなど名曲ばかり!)が、日本での人気が本国よりも大きかったみたいなことを言っていた。全盛期から20年くらい過ぎていたからなおさら難しかったかもしれない。時代の変化で今手元に日本編集のベスト盤CDがある。

 趣味で集めている映画音楽のサントラも探した。FNACというショップ(電気製品を主としたチェーン店で中にCDや本なども取り扱っている)に行った時に見つけたのが、フランシス・レイの「男と女」と「パリのめぐり逢い」の2作品が一緒になったCDとミシェル・ルグランの「ロシュフォールの恋人達」であった。これらはもう即買いであった。フランス盤だったので絶対に日本では買えない!と判断していた。が、そのわずか数年後、札幌の玉光堂で前者が輸入盤として販売されていたのを見た。また後者も今はアマゾンで普通に購入することができる。併せて「シェルブールの雨傘」舞台版のライブ録音CDも購入。さすがにこれは他ではあまり見ることがないのだが、ヴィトンも本店で買った、サントラもパリで買ったということで自分のプライドを何とか維持している(笑)。
(CD写真:上段左から「男と女/パリのめぐり逢い」「ロシュフォールの恋人達」「シュルブールの雨傘(パリ・モンパルナス劇場’79版)」下段左から「Jean Jacques Goldman」「vingt ans vingt titres」そしてパリでは買えなかった「ベスト・オブ・ダニエル・ビダル(日本盤)」)

NHK-FM「今日は一日フレンチ・ポップス三昧」~パリの思い出1(ルイ・ヴィトン)

2014年10月06日 | フランス
 先日NHK-FM恒例の祝日特番で、「今日は一日フレンチ・ポップス三昧」という番組を放送していた。フランス大好き人間の私としては大変うれしい番組であった。この番組では曲のリクエストと共に、フランスにまつわる体験談も募集していた。実際に投稿はしなかったが、この場を借りて私の体験を述べてみよう。

 最初に、なぜ私はフランス好きなのだろうか。
 小学生の頃クラシック音楽をよく聴いていた私は、その後ラジオの番組で映画音楽に惹かれるようになる。その代表的なものがフランシス・レイ、ミシェル・ルグラン、モーリス・ジャールなどフランスの音楽であった。その後にクラシックのラヴェルやドビュッシーも大好きになり、まずは音楽における影響が私のフランス好きのバックボーンである。
 また、当時民放ラジオのヒットチャート番組で、初めて電話リクエストしたのもミッシェル・ポルナレフの「シェリーにくちづけ」だった。この曲を最初に聴いたときの衝撃は忘れられない。中学生の頃はイギリスのプログレッシブ・ロックに目覚めたが、キング・クリムズンの難解な詩の影響か、高校時代はフランスの詩人マラルメの存在を知りかじり読むようになった。であるから初めての海外旅行の時にはビートルズの国であるイギリスとフランスの両国を外すわけにはいかず、当然のごとくパリを訪問した。その後フランスへは4回出向いている。

 89年、初めてのパリ旅行。良くある話だが知人にブランド物の購入を頼まれ、ルイ・ヴィトン本店に行ったことがある(写真)。私はそれまでその手の物には全く興味関心がなかったのだが、本店のシンプルだが高級感あるたたずまいには何か違う雰囲気を感じた。しかし案の定、日本人の買い物客が多く来店しておりさっさと頼まれた物を買って終わりにしたいと思ったが、当地の店では一組の客に店員が一人ついて、その対応が終わるまで他の客は待たねばならない制度?になっていた。従って店内でしばらく商品を見て歩いた。私はヴィトンを間近に見たのは初めてであったが、いろいろ見ているうちに何となく惹かれるものがあった。それで最終的に父への土産として二つ折りの財布も買うことにした。
 さすがにそこでは英語が通じるので、挨拶はフランス語、その他の会話は英語で行ったところ、私を担当してくれた若い女性店員がとても愛想が良く、にこやかに対応してくれた。「どちらからいらしたの?」「日本の北海道というところです。わかります?」「雪の多い所よね?」などのやりとりをしたことを覚えている。同行していた友人から後に「お前、随分気に入れられていたみたいだぞ。」と言われ、確かにその彼女からヴィトンの製品カタログである厚い冊子を渡されたのだが、他の客にはそんな対応がなされていなかったそうだ。というわけで、今その財布は私が使い、ルイ・ヴィトンだけは私のお気に入りのブランドとなっている。