「ヨルガオ殺人事件/アンソニー・ホロヴィッツ」(山田 蘭・訳)創元推理文庫
21年9月に文庫版で出版された本作品をようやく読んだ。一粒で3度おいしい、探偵小説としては極上の作品であった。
ホロヴィッツの「カササギ殺人事件」は出版と同時に購入し、すぐに読み始めたものだが本作品については遅れを取ってしまった。スーザン・ライランドが主役の本シリーズは本格推理小説として読み応えがあると思っているが、もう一つ創元社から出版されている元刑事ホーソーンとアンソニー・ホロヴィッツが登場するシリーズ(「メインテーマは殺人」など)の方は自分の感性に合わず好き嫌いがはっきりしてしまった。そんな経緯で「ヨルガオ〜」も手にするのが遅くなってしまったのだが、もっと早くに読むべきであった。それほど面白い作品だった。
冒頭でも言ったように、ひとつの作品だが3回の謎解きが楽しめる。前作同様、本編(現実世界)のストーリーの中に名探偵アティカス・ピントが登場する作中劇が盛り込まれ、それは本編と大きく関連性がある。しかし、独立した作品として読むこともでき、私はその作中劇の意外な犯人には衝撃を覚えた。
また、この作中劇には冒頭のアティカス・ピント登場のシーンにおいて、宝石盗難事件のエピソードが語られるのだが、ちゃんとした長編小説にしても良いほどの不可能犯罪とそのトリック解明であった。
ということで、本編と合わせて3つの謎解きが用意されている(帯には「謎解きが2度も味わえる」とあるが)。それが「一粒で3度おいしい」の意味である。ただひとつ難点を上げるなら、2つの作品がミックスされているため登場人物が多すぎて名前を覚えられないことである。(ただ、この名前にもトリックが隠されているのだが、、、。)
ところで、前作「カササギ殺人事件」は6話のドラマ形式で映像化された。脚本にはアンソニー・ホロヴィッツ自身が関わっているという。WOWOWで見ることができ、私も視聴した。原作では劇中作が独立して語られていたが、この映像作品では本編と劇中作が交互に、時にはオーバーラップして進行する。その意味では原作を知っていてもストーリーに引き込まれた。そして、イギリスの風景や登場人物達のイメージがより明確になり、大変見応えのある作品だった。
まずは今日から「さっぽろ雪まつり」が開催。会場を設けての実施は3年ぶりとのことで札幌市中央区の大通公園とすすきのの2カ所で始まった。写真は大通り会場昨日の準備の模様。札幌駅から大通公園まで歩いてみたが、とてもたくさんの人が。今年は賑わいを見せてくれるだろう。
さて、本日のお題。エラリイ・クイーンのシリーズ物と言えば、「国名シリーズ」と「ドルリー・レーン4部作」となるだろう。だが、実際にはもう一つのシリーズ物が存在する。それは架空の町ライツヴィルを舞台とした「ライツヴィル4部作」である。
クイーン・ミステリが大好きな私も、このことを認識したのは最近のことである。それはハヤカワ文庫から越前敏弥氏による新訳版の作品が次々と刊行されているおかげだ。2014年の暮れに「災厄の町」が出て本ブログでも触れた(ここ)。その後「九尾の猫」(2015年、この作品はライツヴィルとは関係なし)、「フォックス家の殺人」(2020年)、「十日間の不思議」(2021年)、そして昨年2022年「ダブル・ダブル」と新訳が刊行され「災厄」「フォックス家」「十日間」「ダブル」の4作がライツヴィル作品となる。
殺人事件を論理的に解決する「国名シリーズ」のパズル性と違って、「災厄の町」は人間ドラマが重視され、より「文学」的要素が加味されたとエラリイ・クイーン研究家飯城勇三氏はその解説で述べている。私は現在「ダブル・ダブル」のみ未読なのだが、確かに3作とも密室、首なし殺人、アリバイ・トリックなど本格推理ものでは定番の「謎」は登場せず、人物達の動きや言葉、環境などの描写に重きがなされている。その中でもスリルやサスペンスはあるし、最後に大逆転的構成も整えられているから、パズル的要素も皆無ではない。だが、明らかに国名シリーズとは趣が違う。そして、「十日間」は、いわゆる「後期クイーン的問題」が話題となった作品である。この言葉は聞いたことがあったが、どのような意味なのかはこの本の解説を読んでわかった次第である。これを詳しく論ずるのはネタバレ的になるので控えておくが、このような視点が生じることも後期のクイーン作品が従来とは違うことの証なのであろう。
ということで、4部作最後の「ダブル・ダブル」を読むのが楽しみだ。その中、昨年12月にさらにハヤカワ文庫から「靴に住む老婆」(新訳版)が刊行された。これは、あかね書房少年少女世界推理文学全集No.8「エジプト十字架の秘密」の中で「十四のピストルのなぞ」という題名で併載された作品だ。はっきり言って内容はすっかり忘れている。従ってこちらも早く読みたい。飯城氏によると、この作品は「災厄の町」に続いての発表だったが、「ファンが期待する内容」、つまりパズル的作品に戻っているとのこと。たしかマザーグースが引き合いに出されていたはず。
ちなみに、「災厄の町」は「配達されない三通の手紙」として79年に野村芳太郎監督により、舞台を日本に置き換えた設定で映画化されている。(松竹映画)
<追記>
「ダブル・ダブル」読了。飯城勇三氏による解説を読んで知ったのだが、架空の町「ライツヴィル」はこの後刊行された「帝王死す」「最後の女」そしていくつかの短編作品にも登場するそうだ。従って「ライツヴィル4部作」という表現は間違いなのかも。未読なので断定できないが、ネットでの検索ではこれら6作をライツヴィル作品とされている向きもある。自ら確かめるためにも今後の新訳刊行に期待したい。
「密室大図鑑」掲載の海外ものとして前回紹介したクリスチアナ・ブランド意外に購入したのがエドワード・D・ホック「サム・ホーソーンの事件簿Ⅰ」(創元推理文庫)より「投票ブースの謎」、そしてジョン・スラデックの「見えないグリーン」(ハヤカワ文庫)である。2冊とも本当に興味をそそる密室の謎を持つ作品なのだが現在未読。最近私の読書法が国内作品と海外作品を交互に読む傾向になっていて、別の海外物を読んでから日本の今邑 彩(いまむらあや)氏の小説に目を通したらハマってしまい、何とホックもスラデックも忘れてしまったのである。
それくらい今邑氏の作品は面白かった。最初に読んだのが「金雀枝荘の殺人」(中公文庫)。実はこれも密室ものであり見取り図もある。加えて幽霊?も登場するというオカルティックな風味が私の好みを刺激した。何より今邑氏の物語はとても読みやすい。ストーリーがスッと入ってくるので途中でやめることができないのだ。そして、推理小説としては定番の「意外」な犯人!そうなると一番怪しくない人物を犯人と仮定して読むことになるのだが、それにしてもこの人はあり得ないよな、と思わせておいて何と!いう展開もある。どの作品もプロットとトリックがよく出来ている。
今邑作品の中で特にハマったのは警視庁捜査一課・貴島柊志が登場するシリーズである。密室状態となった部屋にある鏡の前で途絶える足跡の血痕など、怪奇現象が絡まる「i(アイ)鏡に消えた殺人者」など4作品がある。これらはどれも密室事件。他に北川景子、深田恭子で映画化された「ルームメイト」やクリスティを思わせる「そして誰もいなくなる」、背筋が寒くなる「赤いべべ着せよ…」などを読了(以上すべて中公文庫)。どれも素晴らしい。繰り返しになるが作品の構成が見事で、どんどん読ませる。そして謎の解明と意外な犯人。推理小説としては申し分なし。他にも未読の作品がいくつかあるが、作者が若くして亡くなってしまったのは本当に残念。もっとたくさん今邑ワールドに浸りたかった、、、。
「密室大図鑑」で紹介されている作品の中には既読のものもいくつかある。例えばルルーの「黄色い部屋の謎」、カー「三つの棺」「妖魔の森の家」、横溝正史「本陣殺人事件」、高木彬光「刺青殺人事件」など。推理ものが好きな人にはおなじみだ。だが、大方は全く未知の作品である。それらの密室状況を知ると、そんな状況はありえない!と思わせる内容が多い。まるで良質のマジックを見るのと同じ気持ちになる。ただ、マジックではネタばらしはないが、小説の世界では必ず解明される。密室ものの醍醐味はまさにそこにあると思う。
今回はそうした新たに知った未知の作者の海外作品から一冊。クリスチアナ・ブランドの「ジェミニ−・クリケット事件」。これは短編集「招かれざる客たちのビュッフェ」(創元推理文庫)の中の一編で、有栖川氏によると「密室ものの傑作である」。
建物4階の一室に被害者は椅子に縛り付けられ刺されている。警察が内側からかんぬきがかかった部屋に入った時にはその傷は新しかったにもかかわらず被害者以外誰も人はいなかった、という謎が提示されるが、その解明は見事であった。さらにブランドの作品には、言うならば「怪異」の雰囲気が盛り込まれる特徴があるそうだが、この作品にも不可解な状況が別途加味されている。短編で読み切ってしまうのがもったいないと思わせる作品であった。
新たに知ったクリスチアナ・ブランド。「招かれざる客たちのビュッフェ」はフルコースの食事をするようにたくさんの短編が構成されている。今のところ読了していないので、それらを食するのが楽しみである。
「密室大図鑑」掲載の国内作品から、今回は笹沢佐保の「求婚の密室」を。笹沢佐保の名前はよく見て知っていたが一度も読んだことがなかったのは前回の山村美紗と同じ。実は「木枯らし紋次郎」シリーズの作者なのだそうだ。しかし有栖川氏によると「本格の傑作・佳作が目白押し」で密室ものにおいても「トリックメーカーぶりを遺憾なく発揮している」作者だと紹介されている。そして「これまで見たことも聞いたこともない独創的なトリック」「どうしてこの手があると気がつかなかったのだ」と有栖川氏を言わせるこの作品を読まずにはいられなかった。結果として、その独創的なトリックは後味が少し悪かったのだが推理小説としては申し分なかった。事件に対する複数の登場人物による異なった解明も描かれ、とにかく作者の筆力にどんどん引き込まれてしまった。
有栖川氏が文中で名作と紹介している「霧に溶ける」も併せて読んでみた。こちらはミス・コンテストの最終選考に残った5人の女性が次々と死傷する。その中に密室が存在するという設定。今とは違う昭和の雰囲気が濃く反映されて、ある意味懐かしさも感じたのだが、密室の謎に加えてアリバイ崩しもありの内容をとても堪能した。
両作品とも見取り図があるのは言うまでもない。特に「霧に溶ける」の密室の解明についてはこの図を見て、それはそうだよなと唸ること必至である。
有栖川有栖氏の「密室大図鑑」(創元推理文庫)という書がある。前書きによると「ビギナーにもマニアにも楽しめる密室のガイドブックで、読んでも見ても楽しい本」がコンセプトである。「見ても」というのは磯田和一氏による密室の見取り図中心のイラストが載っていること。国内外から厳選された40作品が紹介された、まさに図鑑と呼べる一冊だ。
推理小説、特に密室ものが大好きな私はかつて「完全版密室ミステリの迷宮」監修・有栖川有栖(洋泉社)をここで紹介したことがあるが、同じ有栖川氏による本書に掲載されている作品も魅力にあふれた面白そうなものばかりである。その中で特に読んでみたい作品をいくつか入手してみた。軽く読後感を記載しようと思う。
まず国内からは山村美紗の「花の棺」(光文社文庫)。作者は女優の山村紅葉さんの母上で、よく2時間サスペンス・ドラマの原作者になっていることは知っていた。しかし、これほど本格的な推理小説を書く人だとは知らず新たな発見であった。本作品は後にシリーズ化するアメリカ副大統領の娘キャサリンとそのエスコート役の浜口一郎のコンビが探偵役である。そして京都と華道界という純日本的な世界が舞台となる。この「日本的」というのが、茶室内で起きる密室殺人謎解きのキーワードともなっている。
この作品を読んで山村美紗という作家はトリックメーカーだと知ることとなった。そのため他の作品にも興味がわき読んだのが「京都・十二単殺人事件」(講談社文庫)である。これはキャサリン&浜口が活躍する短編集だが、冒頭の「女富豪密室殺人」が文字どおり密室もの。どちらかというと心理的トリックの作品かもしれないが、キャサリンの解決は鮮やかであった。
そして両作品には私の大好物の見取り図が挿入されている。「密室大図鑑」では二次元に加えて三次元の図も描写されている。あくまでも磯田氏の想像を具現化したものと言うが、作品のさらなる理解の助けとなる。明るいキャサリンと実直な浜口のコンビも捨てがたいキャラで、作品が愛される要素になっていると思う。
一番面白いトリックの内容に触れることができないので、言葉足らずではあるのだが「密室大図鑑」掲載の作品を今後何点か紹介したい。
ハヤカワ・ポケミス版のポール・アルテ「狂人の部屋」を読んだ。訳者である平岡 敦氏の後書きによると、「プロローグ冒頭の第1行目から怪奇ムードが漂う本書は、まさにフランスのジョン・ディクスン・カーたるアルテの面目躍如たる作品」であり、「19世紀末に怪事件が起きた屋敷で、…あかずの間、解明できない死因、不気味な予言、よみがえる死者など、まさにカーばりの道具立て」が並んでいる。さらに登場する若者達の「複数のロマンス」も絡んできて確かにこれはカーが描く世界と共通。探偵役は犯罪学者のアラン・ツイスト博士で最後には事件の真相を解明してくれる。ついでに言うと、カーあるいはカーター・ディクスン作品でおなじみのハドリー警部やマスターズ警部の役を担うハースト警部も相棒役として存在。多くの謎と真犯人を暴く本格推理小説としてこの作品はなかなか楽しめた。(そうそう、私の好きな屋敷の見取り図も載っている!)
ポール・アルテといえば、「第4の扉」(ハヤカワミステリ文庫)を以前読んだことがあった。確か、密室殺人・幽霊屋敷・交霊術などカー好きを楽しませる趣向があったかと思う。手元にあるカーの作品には未読のものもあるのだが、アルテ作も平岡氏の訳でかなりの数出版されてきている。2年前の「あやかしの裏通り」はずっとカートに入れたまま。ちょっと脇道にそれてもいいかなと思うこの頃である。
新訳の2冊はそれぞれヘンリー・メリヴェール卿とフェル博士が探偵役。どちらも船が舞台の物語だが、当時の客船や輸送船の予備知識があるともっと内容が理解しやすいのかなと思う。新訳はさすがに読みやすい。
トリックを知りながら改めて読んだのが2冊。「連続殺人事件」は不可解な飛び降りのトリックを覚えていたが、物語としてはそこがメインではないので意外な犯人に堪能。「爬虫類館の殺人」も同様。密室のトリックは知っていたが、それでも面白い。両作とも主人公とヒロインのロマンス的要素があるのも作者らしい。「帽子収集狂事件」は江戸川乱歩の一押し作品である。当時男性がシルクハットを身につけるという背景を理解しておいた方が良さそう。ロンドン塔は現存の場所で一度行ったことがあるが、読んだだけではイメージがわきづらかった。ある程度予備知識があると理解が深まるだろう。
ポケミスの3冊。「五つの箱の死」は日本語の訳文が今一である。例えばひとつのセリフの中に「〜なのです。〜なのです。」と続いたりする。あまりにも直訳すぎる表現も多い。見ると初版が1957年なので、現在の新訳版と比べるのは酷か。主人公ジョン・サンダース博士が「読者よ欺かるるなかれ」にも引き続き登場する。「五つの…」で出会った女性との仲も気になる「読者よ…」である。「パンチとジュディ」は昔アメリカのテレビ番組「白バイ野郎ジョン&パンチ」を思い出すタイトルだったが、パンチもジュディも登場しない。実はイギリスの人形劇のキャラクターでドタバタ劇の象徴らしい。元諜報部員の主人公「僕」が語る物語はサスペンスに満ちており、途中でやめられなくなった。そして、まさに「意外な犯人」である。ちなみに、この「僕」ことケン・ブレイクは「黒死荘の殺人」で初登場後、今回のヒロインのイブリンと「一角獣殺人事件」(私は未読)で出会い、本作で結婚?(なぜ?がつくのかは本作のドタバタラストに注目を)し、「ユダの窓」にも登場する。
カー「読冊」はその後も続いており、今は「死者はよみがえる(ポケミス版では「死者を起こす」)」を両方見比べながら再読中である。他に「弓弦城殺人事件」「血に飢えた悪鬼」「第三の銃弾(完全版)」「死の時計」「嘲(あざけ)るものの座」「剣の八」が待機中。その中、12月20日に創元推理文庫から「四つの凶器」が発行された。アンリ・バンコラン登場の最終作60年ぶりの新訳で、即購入である。至福の時が当分続きそうだ。
この記事によると、「暗号好きの売れっ子ミステリー作家が『最後の作品』としてアガサ・クリスティにオマージュを捧げ、黄金期風謎解きミステリーの傑作をものしたのだ。しかし、『謎は解けた.犯人は…』と探偵が言いかけたところで原稿が途切れている。肝心の結末が紛失しているのだ。」との展開から編集者のスーザンが失われた原稿を探そうとするのだが…、というストーリーらしい。できればこうした事前情報は知りたくなかったが、やはり面白そうではないか。書店で目にした衝動買いの本だったが買って良かったと単純に思う。まだ上巻の探偵が捜査を始めたばかりのところなのでこれからが楽しみだ。
そして「元年春之祭」。これはこの記事を読んで知った作品。「謎解きに純化している。旧家で起こる連続殺人、密室状況、読者への挑戦(2回ある!),意外な犯人、意外な動機」との大森氏の言葉には読まずにはいられない。書店で探したが見つからなかったのでネットで注文し先日届いたばかりである。「カササギ殺人事件」と同時進行で読んでいる。外国人のカタカナ氏名はなかなか覚えられないのだが、「カササギ〜」の登場人物の名前はほとんどが鳥の名前であるとのことで、割とわかりやすい。一方「元年〜」は前漢時代の中国が舞台なので名前を把握するのに少し時間がかかる。しかし、本作の帯には「ミステリ史上に残る前代未聞の動機。この事件は刀城言耶に解かせたかった。」とあの三津田信三氏が寄せた推薦文と「二度の読者への挑戦が挟まれた、華文本格推理の傑作」と謳っていることでもう期待感が一杯である。中国ミステリに触れるのも初めてなので、とても新鮮な感覚で読み進めている。
クイーンの国名シリーズやカーの作品紹介以降、本ブログでミステリーについて記す機会がなかったが、実は色々読んでいて、また買ったけれど未読の作品も多い。その中真っ先に読んでみたい作品に出会ったことに感謝しつつ、冬の夜を過ごしていこう。
・「カササギ殺人事件」アンソニー・ホロヴィッツ、山田 欄・訳(創元推理文庫)
・「元年春之祭」陸 秋槎、稲村文吾・訳(ハヤカワ・ミステリ)
二階堂黎人氏の「名探偵の肖像」(講談社文庫)という一冊がある。有名ミステリ作家へのオマージュというか贋作が並んでいるのだが、「赤死荘の殺人」というディクスン・カーの雰囲気で一杯の作品も収録されている。カー・ファンには一読の価値があるとお薦めしたいが、見逃せないのが「地上最大のカー問答」という二階堂氏と芦辺拓氏による対談、そして「ジョン・ディクスン・カーの全作品を論じる」という二編である。
前回にブックバードで購入したカーのハヤカワ・ポケミスについて紹介したが、それについて触れている箇所がある。それらをまとめると、カーの多くの作品はポケミスで訳されたが早い時期に絶版になっていたこと、特に悪名高い幾人かの訳者がいること、そのため全訳ではなく抄訳となっているものがあること、あるいは直訳調すぎる訳者もいて非常に読みづらい印象を与えること、など。つまり、こうした状況が不幸にも初期の日本にカー作品の面白さが浸透しなかった要因なのではという指摘である。もしそうなら、先日私が購入したポケミスの中に、まさにそうした訳者のものもあるので、これは心して読まねばならないようだ。
本問答では、その他カー作品の魅力について両作家が白熱したトークを展開しており、もう一編の「…の全作品を論じる」と併せ読めばますますカーが好きになること間違いなし。そして何よりもうれしいのは、この文庫本が発行された2002年から後、カーの新訳が次々刊行されていることだ。ありがたい時代になったものである。
ハヤカワ文庫、創元推理文庫の作品が予想以上にたくさん並んでおり、全く知らないものも多く、目移りしてしまった。まずは、その中でかねてから手にしたいと思っていた文庫本6冊をセレクト。「白い僧院の殺人」「赤後家の殺人」「死者はよみがえる」「弓弦城殺人事件」などである。
特記すべきは、この書店ではハヤカワ・ポケット・ミステリ(通称ポケミス)が充実していることである。色々な作家のポケミスが並んでいるのだが、今回カーの作品も多くあり、結局6冊のディクスン・カー、カーター・ディクスンを購入。これらの中で、「剣の八」と「死人を起す」(この作品は「「死者はよみがえる」と同作※)は、1600番突破記念と記された箱製のカバーに収納されていて、とても驚いたことに本自体も新刊本と同じくらいに綺麗な状態なのであった。どちらも再版として93年に発行されているのだが。いや、他の4冊もほとんど汚れのない美品で、これから読むのがとても楽しみとなった。ブックバードさんはこれらの本をどこで入手したのかと思うほど素晴らしい品揃えであった。
ちなみにこちらのお店には日本版ビートルズ・ファンクラブの会報も置いており、かなり面白い古書店なのである。
※あかね書房の少年少女世界推理文学全集No.6「魔女のかくれ家」において、「二つの腕輪」とのタイトルでも紹介されている。
まず、これらの作品に共通するのは「ラブロマンスの要素あり」ということ。その展開は下手をするとメロドラマ的になってしまうかもしれないのだが、推理小説だけに大体は事件と大きく関係する。「テニスコートの殺人」で体験したドキドキ感と同じで、いったい次がどうなるのかやめられなくなる。
次に共通するのは「意外な犯人」。これには参った。特に「貴婦人として死す」の犯人にはあっ!と驚いた。久しぶりに声を上げてしまうほど。登場人物が限られているので真犯人の予想はつきそうなものだが、まんまと作者にしてやられた。「ユダの窓」「皇帝のかぎ煙草入れ」も同じ。カーのミス・ディレクションに読者は誘導され、そして最後に驚きの声を上げてしまうのだ。これは新訳による軽妙でテンポの良い文体によるところも大きいかと思う。読みやすいが故にだまされてしまうのだ。
これらの作品の中で唯一「緑のカプセルの謎」は中学生くらいの頃に旧文庫版で読んだはず。だが、全く印象が違った。チョコレート・ボンボン殺人の解決に時間が費やされたのではと思っていたのだが、長年の歳月に記憶も曖昧になっている。即ち、新訳で読み直すことの楽しみを再発見した。この作品では特に事件を記録したフィルムを見る場面は何ともスリリングであった。
カーター・ディクスン名義で登場するヘンリ・メリヴェール卿も真相を見抜く鋭い頭脳を持っている割には傲慢でわがままな人のようで、昔持っていた印象がまるで変わった。そんな理解の仕方も再読による面白さのひとつなのだと思う。これら新訳版カー作品、心からお薦めしたい。