世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

配偶者の風邪について

2006年02月10日 23時59分04秒 | Weblog
「配偶者が風邪引いて寝込んでいても、飲み会に行くか?」
という話題が喫煙所で出た。

「行きますよー」と、何の疑いもなく答えた私。

いくら婚姻関係にあっても、互いの予定を尊重させて優先させることは、当たり前の行為であると私の脳内にはインプットされていた。

行きたいものは行きたい。
飲みたいものは飲みたい。

不注意で感染した他人の風邪の為に、どうして私が我慢しなくてはいけないのだろうか。

殿方社員に「俺だったら、そんな嫁、離婚だ」と言われた。

へぇ。そういうもんなんだ!驚き。

そのシチュエーションの場合、風邪引いたのは私ではないし。
引いたのが私で、
①参加して体が辛い状況に陥ることが予見できる
②飲み仲間への感染が懸念される
という予想がなされるのならば、飲み会に参加するのを躊躇するだろうが。

だいたい、風邪を引いた旦那の側で私が佇んだとしても、
私は医者ではないし、まして加持祈祷もできないので、無意味なのではないだろうか。

仮に、我慢して飲み会に行かなかったとしても、
「私は飲みに行きたかったのに…あなたのせいで行けなかった。あなたのせいで…」と旦那を呪うに違いない。
挙げ句、旦那の氷嚢に針で穴を開けてしまうんだろう。
また、「摩り下ろし林檎ですよ。お召し上がりください。」と偽って、大根おろしを食べさせ、陰で「食べてるよ!…ぷっ」と笑うぐらいのことはするだろう。


私自身、風邪を引いたとき、他人とは接触したくない。
化粧をしながら病魔と戦うのは単に嫌だと思うし、
そうかと言ってノーメイクを旦那に晒すことは、恐怖に値する。

それに「風邪を感染させてしまったら申し訳ない」とも思う。
他人に迷惑を掛けることは、借りを作ることだと私は思う。
だから風邪ごときで、相手に看病してもらおうという期待もしないし、逆に私に看病を期待されても困る。

とにかく、私は他人に自由を奪われたくはないのである。
これからも、そのポリシーを死守する生き方を選択するつもりである。

喫煙所で別の殿方が
「じゃあ…吉熊君の腕がもぎれそうだったら?行く?」
と尋ねた。

…。

うぅ…。

す、鋭い…。

躊躇う私。

でも、行きますとも。
吉熊同伴で。
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笑って話せる今夜は いいね

2006年02月10日 23時49分34秒 | Weblog
昨日は大学時代の友達(ハナ殿、駿殿、タグチ殿)そして、
ようぺい殿、吉熊と池袋「東山庵」で飲んだ。

ハナ殿、駿殿、タグチ殿は、1年生と2年生の時、同じゼミ(哲学)だった。
土曜日の一限目という過酷な時間帯に行われていたゼミ。

土曜日のお昼はよく4人でご飯した。

眩しい、愛しい「あの時代」
よく笑い、よく喋った「あの時代」
世の中が急に開けて見えた「あの時代」
悩みなんて全然なくて、「明日という日は明るい日」だと信じて疑わなかった「あの時代」

そんな珠玉の時代には、大切な彼等との想い出が深く刻印されている。

あの頃と変わらぬ話の流れ方とテンポが、薄暗い店内に充満していた。
みんなの笑顔が、あの頃と全然変わっていなかった。…そして、下ネタも。

なかなか会える機会が無いので、喋りたいこと、訊いておきたいことが山ほどあるのに、興奮して口から出なかった…。
「この飲み会、終わらなければいいのに」と何度も思い、時計を見るのが怖かった。

結局、終電間際まで飲んだ。
赤羽駅のホームで、みんなを乗せた電車が見えなくなるまで、私は手を振り続けた。

また会えるよね?
また会おうね。
淋しい。
楽しかった。
ありがとう。

色々な想いが胸を交錯する帰り道。

見上げた月が震えている。
どうやら涙が溢れてきたようだ。

小学校時代の友達と飲むと、「小学生時代が一番楽しかった」と思う。
中学校時代の友達と飲むと、「中学生時代が一番楽しかった」と思う。
大学時代の友達と飲むと、「大学時代が一番楽しかった」と思う。

今…?
そんな風に思いながら美味しくお酒を飲める「今」も、きっと満更でもないんだろう。

だから、大丈夫。
思い出に浸ることなく、明日からも一歩一歩前進していけるよ。

みんな、大好きだよ。
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