世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

「やる気が湧き出る飲み会」 開催!

2006年06月19日 | Weblog
6/7(金)

砂糖菓子
カスミ草
ガラス細工
そんな可憐なものたちが一つの集合体になったら…きっとこんな風になるんだろうな…と思わせるような女性が、私の周囲にいる。
彼女は私の1歳年下であるが、1期先輩である。
昔はよく合コンへ行く仲だった。

今日はそんな彼女とサシ飲み。
お互い精神的に不安定な時期、トイレで会う度に、「最近どうですか?」という会話をしていた。「今度一杯飲みましょうか」という運びになっていたのだ。

場所は会社近くのイタ飯屋。
この近辺にこんな洒落た店があったとは。
しかし、店内をよく見て気付いたのだが、ここは5年前に私の歓迎会が開催された場所ではないか…。

サラダとパスタ、ピザ、そしてお酒。
どれも美味しかったが、サラダのドレッシングが今まで口にしたことがない風味だった。

「あのう。私、煙草吸うんですよ。良いですか?」
お嬢さまっぽい彼女はきっと煙草なんて吸わないはず。
彼女の愛らしい洋服に臭いが着いてしまわないか、私は心配だった。

「ううん。気にしないで。私も吸うから。」
可憐に笑う彼女。
いきなりスパスパ吸い始めた。
そのギャップにまず驚いた。
でもそんな驚きも序の口。
次から次へと出てくる話が普段の彼女のイメージからかけ離れているものだった。

仕事のこと、これからのこと、今打ち込んでいること。
就業時間内では知ることができない、彼女の違う顔を見ることができた。
私も自分自身を曝け出し、色々聞いてもらった。

「ねぇ、〇〇さん(私のこと)。一歩踏み出すとね、世界観って変わるんだよ。」

開けっぱなしの店内のドアから夜風が流れ込む。
風に揺れる風鈴の音のように、彼女は優しく微笑んだ。
お互い、目指すべきビジョンは多少異なるものの、25過ぎの女子に共通するモヤモヤを語り合えた。
アッという間の三時間。
トイレで上司達の目を盗んで話すのもスリリングで面白いのだが、やはり美味しい食べ物とお酒と豊かな時間があると、会話にコクが生まれる。

この会。月イチ恒例行事になることが、決定!

その名も「やる気が湧き出る飲み会」!

★今月の議事録★
・「好きなもの」を増やそう。
・仕事上の悩みは躊躇わずに上司に報告連絡相談しよう。
・挨拶をきちんとしよう。
・するべき仕事をちゃんとしてれば文句は言われない。
・相手のミスを指摘するときは、順序を追って説明する。そうすれば途中で凄い剣幕で逆ギレ&突っ込まれることを回避できるんでは?

以上


露点

2006年06月15日 | Weblog
緊急事態!
吉熊上司、風邪でダウン!

どーしよ!オォ!
どーしよ!オォ!
オパキャラド パキャマラド パオパオ パンパンパンオ
パキャマラド パキャマラド パオパオパ
(「オパキャラド」はフランス語で「Au Pas Camarades」と綴り、「友だちよ、さぁ行こう!」という意味だそうだ。クラリネットを壊して「友だちよ、さぁ行こう!」って…あんたの方が崩壊してるってば…。)


クラリネットを壊して自らも崩壊させている場合ではない。
マジで、緊急事態である。

案の定、午前中はバタバタし、ゆっくり自分の仕事に取り組めたのは夕方近くだった。
普段、いかに彼に頼りきっているか、よーくわかった…。

しかし、頼る人がいないなりに、度胸が据わったのか、はたまた図々しくなったのか、なんとか自分で解決の糸口を見い出すことができた。

今日は、退社後、父の日のプレゼントを買いに池袋へ。
読書好きな父には栞を贈呈しようと前々から思っていたのだ。

帰りに寄った飲み屋で、ちょいと一杯♪
銅製コップに注がれたジントニックは冷たく、美味しかった。

「うんめぇ~」

一人なのにドラゴンボールの悟空みたいな素っ頓狂な声を出してしまう。
そのぐらい美味しい。

ガラス張りの店内。
シャンソンが流れる店内から、傘を差しながら道行く人々を眺める。

梅雨の湿度のせいだろうか。
すぐに露を纏う銅製のコップ。
それをぼんやり眺め、指先で拭う。
ふいに指先から冷たさが全身に伝わり、身震いする。

昔は、今日みたいにうまくいかなかった。

露点が低かったのか、少しの外気の変化にも対応できず、あたふたしていた。
コップに水滴が付着するように、額や脇の下に汗がじんわり吹き出していた。

今だって完璧とは言い難い。

外気の変化は不可抗力。
だったら自分が変わるしかない。

露点を上げたい。
いつでも表面が乾いたままのコップでありたい。

少し酔った私は、そんなことを考えていた。
コメント (5)

勝負リング

2006年06月14日 | Weblog
噂のあの会社が臨時株主総会を開催したらしい。
あれは臨時だが、そろそろ3月期決算の会社は、定時株主総会シーズンを迎える。
今年の集中日はやはり29日。

私の年間予定に「株主総会」という文字が出てくるようになってから5年が経つ。

経営者の背後に付き、ことの流れを見守る影武者…通称「キツツキ」…なわけだが、毎回けっこう気が重い…。

後ろから経営者の背中を見上げる。
どうか、あんなことやこんなことが起こりませんように、無事に終りますように、私は彼の背後でただただ祈るのである。

あれはいつだっただろうか。
一度、想定外のことが起こったことがある。

演台の縁に両手をつき、社員を守るように堂々と、そして冷静に対応する経営者。
その広い背中は威風堂々としていて、かっこよかった。

その時、私は「この人のためなら頑張れる」と思った。

毎日彼と話しているのに、いまだに緊張する。
やんわり怒られることもあるが、経営者が会社を大切に思うのは当然なことなので、割りきった上、「次、どうしたらいいか」と考えさせられる。
きちんと話せばちゃんとわかってもらえるし、見てくれている。
そう信じている。
彼が苦労して育ててきた会社を守りたい、その力の一部になりたい…いつもあの背中を思い出す度に、誓う。

総会には毎年、同じリングを嵌めて挑む。
名付けて「勝負リング」

中石…アクアマリン
脇石…ムーンストーン

決して高価な品ではない。
しかし、初めての冬のボーナスで購入した思い入れのあるリングだ。

「異議アリ」発言を回避できる効能がある…はず…。

コメント (3)

ウエハース

2006年06月13日 | Weblog
昨日、芋子と銀座でお茶したときの様子。
(指は芋子のもの)

ウエハースの味に酔いしれる吉熊。
美味しいかい?

アロハ服を着てお出掛け♪
芋子に思いっきり
「どうしちゃったの?似合わないよ」
と言われ、吉熊は少し凹んでいた。

コメント (4)

「突撃せよ!あさま山荘事件」

2006年06月13日 | Weblog
サッカーではなく、「突撃せよ!あさま山荘事件」を観ていた私。
非国民だろうか…。しかも、今朝まで対戦国を知らなかったりする。

あさま山荘事件が個人的にあまり遠くない事件だということを知ったのは、つい最近だ。

この映画。
ある思いから、どうしても直視できないシーンがある…。

殉職した二人の機動隊の方。
どんな気持ちだったのだろう。


コメント (3)

久石譲 「PRINCIPLE OF LOVE やさしさの芽生え」

2006年06月13日 | Weblog
「NHKスペシャル 驚異の小宇宙人体Ⅱ 脳と心」を観たのは高校生の時。
人間の脳と心を多角的な観点から切り込んだ番組だった。
脳の緻密さがCGでうまく表現されていて、そして樹木希林と養老毅の司会進行も絶妙だった。
昨日、好きな音楽についてブログに書いた。
この番組のサントラにもビビビッときたことを思いだした。
ジブリ作品や北野武監督作品で有名な久石譲が手掛けた。
(新・尾道三部作「ふたり」のサントラも久石氏が手掛けた。このアルバムは思い入れがあり、私は尾道旅行に必ず携える。)

たしかその回の内容は、ネアンデルタール人の心についてがテーマだった。

ネアンデルタール人の遺骨の周囲からは花粉がたくさん出土した。
あの時代、ネアンデルタール人の心に、死者を埋葬する心があった。
遺骨の周囲から出土した花粉は、その心の証になる…みたいな内容だった。

ネアンデルタール人が死者に手向けた花から花粉が空中に舞い上がる。
そのアニメ映像と共にこの曲が流れたのだ。
美しく壮大な旋律にメロメロになったが、その後、この曲が「PRINCIPLE OF LOVE やさしさの芽生え」という名前だということを知り、メロメロはハイパーメロメロになった。

ネアンデルタール人に「優しさ」があった驚き、感動。
その意外性とネアンデルタール人の崇高さが、この曲の脈と非常によくマッチングしたことの奇跡…。


私は、曲の名前というものに不思議な感情を抱くことがある。
もしも、この曲の名前が「月の光」だったら、私は月を見る度にこの曲を思い出すだろう。
優しい音色が月光を上手く表現している…とか思いながら。
その点、歌は歌詞がある分、曲の主張というか、曲が聴く側に「こういうシチュエーションのために作られた曲ですよ」と強くアピールすることができる。
逆をいえば、歌よりも歌詞がない曲は、聴く側に思い入れの余地を与えることが可能である。

この曲を聴くと、曲調に酔いしれると共に、ネアンデルタール人の優しさに感動したりする。
死者に花を手向ける優しい心。
それらが遺伝子の旅路の果てに私の心にも受け継がれているのだと、…自覚は無いけれど信じたくなる。

羽毛田丈史 「PRESENTSⅡ」

2006年06月12日 | Weblog
キレイなものを見たり聴いたりすると、昔から涙が出てくる。

音楽に関しては、その出逢いによる涙の頻度が高いと思われる。
最初の涙は「となりのトトロ」の劇中で流れていた曲「風のとおり道」であった。
美しい旋律が胸の中に響き、映画鑑賞時から耳に残っていた。
父に強請ってTSUTAYAでサントラ盤をレンタルしてもらい、家で聴いた時、涙が出たのである。忘れもしない小学5年生の時だ。

去年、NHK番組「日本の、これから」を観たとき、まさにあの時と同じ、ビビビッときた。このテーマソングに胸が高鳴ったのである。
曲が流れたのは冒頭のほんの30秒ぐらいだった。
でも私のハートを射止めるには充分であった。
ネットで調べても販売されていない様子。
嗚呼、続きが聴きたい…そう思いながら日々を過ごした。
去年のGW、東京国際フォーラムで行われた「Live image」。
羽毛田氏がこの曲をピアノで弾いているのを聴き、涙が出た。
やっと全部聴くことができた。
今度は家でじっくり聴きたい…!!
私の場合、音楽への欲求は満たされないと強靭なスピードで膨張する。
他の欲求より、強く激しく。

「日本の、これから」はNHKの単発番組のため、あまり頻繁に放送されない。
そのため、番組を録画したビデオのこの曲の部分を繰り返し聴くという日々が続いた。
先日、やっとCD発売に至り、今日、我が家でやっと聴くことができるようになった。
そのアルバムタイトルは…「PRESENTSⅡ」。

良い。
良すぎる!!
羽毛田丈史、凄すぎ!!

旋律は和風。
「日本の、これから」という番組タイトルと曲のタイトルを意識したのだろう。
実直で真面目な曲の流れは、まさに勤勉な日本人を象徴している。
しかし、純和風というでもない。出だしの低く奏でられているベースの音は現代風であり、中間部分のサックスは現代人の哀愁を醸し出している。
和風と現代風という相反するものがうまくミックスされていて、非常に神秘的である。
雨が降る森林で、ふと流れてきてほしい曲。
聴きながらウルウルしてしまった。
長年、想いを寄せていた人に、やっと出会えた感じ。
雑誌の対談で中山美穂に再会したとき、「やっと逢えたね」と言った辻仁成の気持ちがよく分かった。

嗚呼、暫くはこの曲の虜になるだろう私。
ワンピースといい、音楽といい、今日は運命的な買い物デーであった。

週末の買い物は明日への栄養剤である。
明日からも一週間、ガンバルンバ~♪
コメント (2)

早とちりは三文の得

2006年06月11日 | Weblog
芋子と有楽町駅で待ち合わせした。
しかし、なんと一時間も早く待合せ場所に来てしまった私。
仕方がないのでプランタンなどをブラブラした。
まさしく銀ブラ。
午前中の銀座なんて久々である。
雨のせいか、人も少ない。
そういえば、私が銀座に来るときは大抵雨だ。
アンジェリーナでモンブランを食べ、ふと窓の外を見るといつも雨が降っている。
そんなことをぼんやり思いながら歩いていた。

クリアインプレッションの前を通過する。
ふと、ウィンドウのマネキンが着ている洋服に目が止まった。
たしかJJの今月号に載っていたワンピースだ。
「かわいいな」とは思ったものの、「どうせこういうのって、早く売れちゃうんでしょ」という諦めがあって、メモっていなかった。でも覚えていた。

偶然!!
運命を感じてしまった。

しかし衝動買いはしない。
気持ちを落ち着けて、冷静に「本当に欲しいの?」と自らを問うたり、服の着回しを考えたりするのも、洋服を買う際の楽しみだと思うからである。同時にお財布との相談も始まるわけだが。

芝居を観た後、芋子とカフェでお茶をして2時間ぐらい語る。
帰り際、もう一度あのワンピースを見てみる。

あれ、無い!!
売れちゃったのかな。

無いとなると余計に買いたくなるのも人の常。
必死に店内を探し、ようやく見つけた。
試着して芋子に相談する。
普段、買い物は一人でするので、こうして第三者の意見を聞くのは何年ぶりだろうか。

なかなか可愛い。

私の好きな紺色。
Aラインで袖あり。
フワリと広がる絶妙なスカートのライン。
ウエスト辺り(前)にサテンの太いリボン付き。
首の淵に小さな人工パールが施されていて、私のハートは狙い撃ちされたも同然。
「この服を着るために私は生まれてきた。そして、私に着られるためにこの服は生まれてきた。」
興奮しつつ、脳の片隅でそんなことを思ったりした。
丸井のコピーで「恋するために 生まれて 着た」というのがあったが、同じ。

お買い上げ♪
早とちりして時間を間違えたお陰で、運命的買い物が出来た。
コメント (2)

(劇)レインボウ城! 「鯉の嵐!」

2006年06月11日 | Weblog
芋子と銀座小劇場へ。
(劇)レインボウ城!の芝居「鯉の嵐!」を観に行く。

以下、パンフレットから抜粋。
日本を席巻した感があるキャラクターの世界。キャラクターは、解決不能に思えるストレス社会で生きるための偉大な発明品だが、麻薬と同じように、痛み止めは感覚をマヒさせ、やがて依存症になる。まさしく根源的な解決をストップさせるから、更なる大きな不安やストレスを生む。(中略)
欲しいのは無償の愛。エゴを斬らなきゃ愛は生まれない。自らを斬って繋ぐ絆、主張することを喜び、その結果の摩擦を喜び、自ら折れたり、視点を変えることを喜ぶ。それが大人の喜びであり、風の中に立つ喜びでもある。

劇中では、トロやリラックマをはじめとする多くのキャラクターが、村にやってきた女子刀たちによって滅多切りにされる。
悲しむ農民たち。農民たちは其々、それらのキャラクターによって癒されながら、毎日生きていたのだから。

自己主張しないキャラクターたちは、たしかにお手軽だ。
向き合っていても、何らアドバイスをくれない。
そんなの分かっている。

私は吉熊のことを愛している。

実際の人間社会の柵を乗り越えるのが苦痛でたまらないとき、ぎゅっと抱きしめる。
そう、私は劇中の農民そのものだ。
今の私には、視野狭窄よりも、リアルな世界観を広めたり深めたりし、その結果、悩んだり傷ついたりする方を辛く感じる。
それが逃げであることは、自身が一番良く悟っている。
世界との融合で起こる「喜び」を知りたくないわけではない。
しかし、前向きな打開策もないまま、私には熊を抱きしめるしか術がない。
今までそうやって生きてきたのだから仕方がない。
「このままではいけない。」そう自分を奮起できるほど、素直でも大人でもない。

しかし、…でも…。

私の心の中…静かな湖畔に落ちた雫は、波紋の如く広がり、まだ揺れている。

こんな風に、レインボウ城!の芝居のあとは色々考えさせられるのである。
お土産というか宿題というか…。

月亭可朝になった吉熊

2006年06月11日 | Weblog
アロハな吉熊。

なんだか、月亭可朝みたいだぞ。
「ボインはぁ~」と歌いだしそう…。

とげぬき地蔵

2006年06月11日 | Weblog
都電で飛鳥山から庚申塚へ。
宇都宮市で育った私。
道路を走る電車を初めて目撃した時は、本当に魂消た。

庚申塚で下車し、とげぬき地蔵にお参り。
勿論、左目を熱心に拭きまくった。
これで近々完治するだろう。間違いない。

商店街にて塩大福を購入。
吉熊への土産。(今日、吉熊はお家でお留守番)

さすがおばあちゃんの原宿・巣鴨。
健康グッズを扱う店や甘味処がたくさんあった。
「懐かしいカラオケ」と銘打った歌声喫茶も気になった。

数十年後、青山界隈も「おばあちゃんの原宿」と呼ばれるのだろうか。

飛鳥山 ~LOVE北区~

2006年06月11日 | Weblog
飛鳥山公園内にある紙の博物館、飛鳥山博物館を堪能した。
紙の博物館を初めて知ったのは小学5年生の時。
たしか東京書籍の国語の教科書に載っていた。
教科書の内容は忘れてしまったが、「いつか行きたい」とは思っていた。
あれから数回訪れたが、今日はいつもよりゆっくり観ることが出来た。

木片みたいなパルプチップが、紙になる劇的なる過程がよくわかった。
会社で普段使用するコピー用紙…月曜日からはもっと大切に使用しようと思った。
飛鳥山博物館は、初めて訪れた。
宇都宮市以外の地域の歴史を学ぶとき、「どうせ私はここの人間ではないし」と勝手に卑屈になる私だが、北区に住み始めて6年。
少しづつ、この地域と和解しつつある自分を感じる。
館内の荒川河川敷を模したジオラマはやけにリアルだった。
鳥などの剥製もリアルだったが、背後に聳える風景画が、まさに北区から川口方面を望んだ景色宛らで、面白かった。
反対に飛鳥山劇場の人形劇は、…なんだかね…という感じ。
機械仕掛けの人形の、ぎこちない動きに飽き飽きの25分だった。
しかし、江戸時代の飛鳥山での花見の様子が何となく分かった。

北区の歴史をゆっくりじっくり触れた今日、北区への愛が深まった気がする。



紫陽花の花の色~♪

2006年06月10日 | Weblog
眼科を出て、会社近くの藍屋で食事をした。
このまま帰るのはもったい気がしたので、同じ京浜東北線上にある王子に行くことにした。
紫陽花が見頃らしいので飛鳥山公園に行く。
ここは桜の名所であるが、紫陽花も負けないぐらい綺麗だ。
線路脇の道沿いに、ぽこぽこと無数の紫陽花が咲き乱れ、ずっと向こうまで続いている。

毎年、ここを訪れる。
紫陽花といえば「kimono beat」である。
小室氏が松田聖子に楽曲を提供し、また自身も歌詞を変えて歌っている名曲中の名曲。
「紫陽花」や「お見合い」という単語が身に降りかかると、この曲で頭がいっぱいになる。

…あっ。
去年の日記にも紫陽花を見ながら「kimono beat」を思い出しているではないか。自分。
http://blog.goo.ne.jp/ryoko-davidoff/d/20050619

紫陽花の花言葉はたくさんある。
その中で、「色の変化」というこの花の特性に一番絡んでいると思われるのは、やはり「移り気」だろう。

やっぱり、私の小室氏への想いは変わらない。

「移り気」なんていう言葉は、小室氏を想う私の中の辞書には存在しないのだ。

眼科へ

2006年06月10日 | Weblog
会社近くの眼科へ。
休日なのに、会社の最寄駅に立つ午前中。
6年間会社員をやっていて、こんなことは初めてだ。

出勤途中、私はその日にやらなくてはならない仕事メニューを考えている。
今日はそんなことをしなくて良い。
毎日、当たり前と化している風景が、今日は違って見えた。

眼科の待合室は激混み。
子供がたくさんいた。
小さな子供でも、呼ばれれば元気良くお母さんの膝の上から飛び下り、診察室に一人で入っていく。
幼い頃の私ができなかったことだ。

「最近の子供って大人だわ」
そんなことを考えたりしていたが、とにかく混んでいるので、待ち時間が長い。
本を持ってくるのを忘れた。
携帯を取りだし、mixiを閲覧。
マイミクの方の日記に心が溶かされて、なんだか涙が出てきた。
シンプルな文章に、その方の思われたことが乗せられていた。
その文章に、自分の今まで経験した似たような事象を重ね合わせたりしていたら、泣けてきたのだ。

涙が乾いた頃、診察室に呼ばれる。
私の左目の回復は素晴らしく早いようで、先生もびっくりしていた。
「早めに来たから良かったけれど、下手すりゃ、本当に失明していたかもしれなかったよ。」彼は厳かにそう言った。

眼帯も取れ、久々に顔がすっきりした。

~汚れちまった角膜に~ (め、目がぁぁぁぁ~!!!! )

2006年06月09日 | Weblog
思えば昨日の朝から左目の様子がおかしかった。
一昨日の晩、コンタクトレンズを装着したままうたた寝→マジ寝をしてしまって、朝「あっ、やべぇ」と思いつつも「たまにやっちゃうんだよね!ゴロゴロするけれど、まあいいか」と、全く意に介していなかったのだ。

夕方から次第に充血し、昨日はブログも更新できないぐらいに痛みがひどくなった。
左側の鼻の穴からも鼻水が止まらず、本当に困った。
引き続き今朝も兎のように血走った目で鏡にオハヨウ。
そのあまりにもグロい目玉の様子に、思わず眼帯をして出勤した。
到着するなりさっそく注目を浴びる。
部長に「今から医者に行きなさい!」と彼が描いた眼科までの地図まで渡された。
今日は株価の乱気流が激しかったので、板から目を離したくなかったのだが、やむを得ず眼科へ行くことにした。
お医者様は、普通の人だった。
隣の部署の部長(ジモティ)おすすめ、ということもあり、安心して病状を説明した。
この眼科は最新の医療設備が整っているらしい。
デジカメで目玉を撮影された。

お医者様は、写真を一目見るなり「ありゃ~、こりゃひどい。角膜潰瘍だよ。コンタクトレンズが原因だね。さては、装着したまま寝ましたね?」と、地を這うような低い声、鋭い眼差しで語られた。
怖くてつい「いやあ、う、うたた寝を…はい、その、いやはや…しかし…」と逃げ腰で答えてしまった。
私がもし、「嫌われ松子の一生」の松子なら、きっとあの変な顔をしていたに違いない。

たしかに、黒目に白い粒が見える。これが潰瘍らしい。
え?潰瘍って胃腸にしかできないんじゃないの?
あまりピンとこない…。

電子カルテで問診内容を打ち込みながら「コンタクトレンズは怖いんですよ。気を付けてくださいね!」と念を押された。
膀胱炎のときもそうだったが、どうやら私の体には抵抗力がないので、すぐに菌たちの餌食になるらしい。この潰瘍もコンタクトレンズに付着した雑菌が目で繁殖したもよう。
ぶっちゃけ、不潔。
汚れちまった悲しみ(BY 中原中也)、汚れちまった角膜だわ…。

除菌の軟膏を目玉の中に入れられた。
なんとなく快感。
ぬるぬるした液体が目玉に入る、今まで味わったことがない不思議な感覚に恍惚としている間もなく、ガーゼと眼帯を装着してもらう。
明日も来るように言われた。
土曜日の午前中なんて寝てるよっ!
め、めんどくせー。
しかし、ネットで角膜潰瘍をぐぐったら、どうやら失明や視力低下も起こり得る病気らしい。ガクブル…。頑張って早起きしよう…。

フロモックスをまた飲むはめになった。
この前、膀胱炎を患ったときも世話になった抗生物質である。
胃を荒らすので、あんまり飲みたくない。
しかし、失明&視力低下が怖いので、やはりおとなしく飲むことにしよう…。あと点眼薬と軟膏を処方された。

前場終了前に会社に戻った。
吉熊上司に「お前、大丈夫なのか?」と心配される。不在で吉熊上司をはじめ、多くの人々に迷惑をかけてしまった。

一日中、眼帯をして思ったことは、疲れるということである。
片目だけに頼り、しかも顔に何かを付けて生きるということが、こんなにも辛いことだったなんて…。
視界が狭くなるということだけでなく、二次元の世界では階段を降りるのも恐怖を感じる。
慣れないので、乗り物酔いみたいにフラフラするし胸がムカムカする。
ものを食べればぼろぼろ溢す。
気のせいか、何を食べても美味しくない。
書類に文字が書けない。
すぐに曲がってしまう。
アイメイクも暫くお預け。
…もう、いや!

ありがちな言葉だが、普段の生活がどんなに便利で幸せなことだったか、よく分かった。だから、早く治ってくれ!
頑張れ、私の治癒力。

★写真は私の目。
グロいというか、新鋭アートのようでけっこう気に入っている。
部屋に貼ろうっと♪(因みに胃カメラのときにもらった胃写真も部屋に貼付してある。自分大好き!?めざせ!「人体の不思議展」!?)
コメント (4)