ピアノを購入した楽器店から電話がかかってきました。もう10年以上調律もお願いしていなかったので、「使われていませんか?」と…「使われていないようでしたら引き取ることが出来ます」とのこと…断捨離を考えていたのでどんな具合かチェックしていただきました。もう42年になるピアノです。
このピアノ、長女が習い始めて購入し、続いて長男、次女と3人の子供たちがそれぞれ10年近くずつ教室に通っていて、このピアノのお世話になりました。3人一緒にピアノを習っていた時期は、友人のお子さん2人も含めて、先生が我が家にやって来て教室をしてくださっていました。ですので、本当にたくさんこのピアノの世話になったことでした。いつも交代でピアノの音が聞こえていた時期もあったような…懐かしい昔の話です。
子ども達が巣立ってからは夫が弾いていた時期もあったり、お隣の子が来て弾いていた時期もあったのですが、このところ帰省した孫が使うくらいで蓋が閉まったままでした。孫が使うという選択肢もあったのですが、搬送とメンテナンスにかかる費用を考えると地元で新しいものを手に入れた方が良いかということになり、これは楽器店に引き取ってもらうことにしました。長年この位置にあったピアノ…なくなるのは淋しいものでした。
いよいよ搬出の日…名残惜しくて運搬業者さんに写真撮影の許可をいただいて、カメラを構えながら送り出しました。さすが専門家、棒を使って動かしたり、肩掛けのロープを使って持ち上げて運んでいました。
リフト付きのトラックに載せ、背部のホコリもきれいにお掃除してから積み込みました。お二人で素早い動きで車まで運ばれ、あっという間に終了でした。
長いことありがとうと感謝を込めて送り出しました。部屋のぽっかり空いた空間が何とも淋しいもの…そんな時に出会ったのがこのバラの花です。なんと100本のバラ!とりどりの色も嬉しい花束でしたので思わず買ってしまいました。原村へ行く途中で買ったので、まずは山の家で撮った写真です。
それぞれの花は小さめでしたが、素敵な色合いの花たちでした。
ぽっかり空いたピアノのあった場所にも飾ってみました…
ピアノの断捨離と100本のバラの花のお話でした…
来られたのですね!
ピアノって古くても調律してあちこり細かい
修正もして再販すると利益が出るんだなぁ、
きっと。関連会社さんがソーラーパネルの
買い取りもしています。すごい。。。
寂しいですね。ずっとあった大きなものが
なくなった悲しさってありますね。長年乗った
クルマと似たようなものかな。思い出が浸み
こんでいますから。
ピアノも薔薇もすごいのですが、
もうひとつ発見がありました。
ピアノが置いてあった部屋の壁と壁の間の濃い
茶色の木製の部材です。これ、珍しい。
天井と壁の間(廻り縁)、床と壁の間(巾木
または幅木)としては、細い板状の長い材が、
貼り付けてあるのが普通です。扉の周りも
同じようなものがよくあります。我が家にも
あります。しかし壁と壁が直角に交わる部分
に、画像に写る廻り縁と同じような材が垂直に
貼ってありますね。これは珍しい。
・・・と、すぐ建築に目が行ってしまうの
でした(笑)。
これが珍しい。
まあ、ピアノ教室をしていたんですもんね。
そして我が子達・・・
くちこは、もう自分も弾かないくせに、手放せないなあ。
楽譜もかなり処分はしましたが、それでも、数十冊は残しています。
まあ、なくなるとリビングは広くなるとは思いますが。
昔は、エレクトーンもピアノと並べていました。
もう、遠い昔になりました。
これが長く生きるということでしょうか?
我が家でも、孫達が大学を卒業して・・・・
使わなくなってしばらくして家を改装する事になり、思い切ってピアノの断捨離をしましたヨ。
ピアノ搬入の時には調律師さんや運搬の方々が見えて大変でしたが、
引き取られて行く時は、一瞬でした。
沢山の思い出が持ち去られて行く時には、一抹の寂しさが在りましたが・・・
当時、私は忙しく現役の時でしたから救われたと・・・
後になって振り返りました。
100本の薔薇をお買いになったタッジ―マッジー様の心の空洞が良く理解出来ますヨ。
私はバラの花から遠のいて久しいですが、やはり薔薇は花の女王だと・・・
今でも思って居ます!
沢山の薔薇に囲まれ、過ごした時間は、人生の中でも、最も癒され、充実して居た気がしています。
それにしても、薔薇のブーケを売っておいでの花屋さん。洒落ていますネ。
最近は花があまり流通しなくなって、胡蝶蘭の鉢植えばかりが目立っていますネ。
かくいう私も活花をする『ズク』が無くなり、花屋さんにはご無沙汰して居ますが・・・・。
お彼岸で、お墓参りのお供えの花をかって来ました。
わが家にピアノがやって来た時もそうだったと思うのですが、
その時の記憶は彼方に行ってしまい、改めて見直しました。
ピアノは常時調律やメンテナンスをしていれば
長く使えるもののようです。
このピアノ、生まれ変わってどこへ行くと思いますか?
なんと中国に送られて使ってもらうようです。
中国では中古ピアノの需要があるとのお話でした…
長年連れ添った(?)ピアノが無くなって淋しい限りです。
何か部屋の中でぽっかり穴が開いてしまったような…
部屋にいても落ち着きません(笑)
確かに長年乗った車を手放した時と
同じような感覚かもしれません。
いつも車と別れる時もそうですが、
写真をいっぱい撮ってさよならしました…
部屋の壁と壁の間の木製の部材が珍しいですか、
これは見慣れているのでそういうものかと…
あまり他の家と比較したこともなかったものですから(笑)
気になって我が家の他の部屋も見てみましたが、
どこの部屋もこんな感じになっていました(笑)
さすがおちゃさん、こうした建築にすぐ目が行くのですね。
我が家はもう築40年近くになります。
途中で内装も外壁や屋根もリニューアルしましたが
まだまだ現役で使えています…
見ておりまして驚きました。初めて聞く名前
だったもんですから。輸出が主なんですね。
それも輸出を開始したのは相当昔です。
だから、ソーラーパネルの買い取りまでやって
いる。これがまた輸出なんですね。ソーラー
の製造元は中国が多いので、アジア各国で
中古ソーラーのメーカー名に親しみがあること
でしょう。
こういう構造になっているとは。驚きました。
建築材ではこちらをごらんください。
https://www.mihasi-pro.jp/html/page148.html
下の方に説明図があります。
窓枠、ドア枠、幅木、廻り縁などは説明があるん
ですが、壁と壁が垂直にぶつかるところに
同様な薄い木製の部材(モールディング)を
貼り付ける例は説明がありませんでしょ。
貴重です。かなり珍しい仕上げだと言えると
思いますよ。
3人の子供たちが交代で使い、
友人の子も含めて先生が来て教室もしていただき、
何とも賑やかな時期がありました。
くちこさんはご自身が教室をされていたのですもの、
それは多くの生徒さんが使われたピアノ…
大活躍のピアノだったのですね。
たくさんの楽譜や教本もそのままあるので、
処分せねばと思っているところです。
ピアノがなくなって確かに部屋は広くなりましたが、
なんだか寂しくてなりません…
私はピアノの搬入の時の記憶があまりなくて、
今回の搬出は記録に残そうと写真を撮りました。
送り出しながら、当時の思い出がいろいろ浮かんで来て
本当に淋しくなってしまいました。
ぽっかり空いたその場所と共に
心の空洞も埋めたくてバラを手に入れました。
そんな気持ちを理解していただけて嬉しいです。
やはりバラの花は良いですね。
確かに花の女王にふさわしい花かと思います。
今回は小さな花でしたが100本集まるとそれは見事で
気持ちも華やぐような気がしましたから不思議です。
鉢植えの花はそれもまた嬉しいものですが、
溢れんばかりの花を抱える気持ちもまた良いものです。
メンテナンスの末に中国へ送られるとのことでした。
またどこかで大事に使ってくださるのだと聞いて
ちょっとほっとしているところです。
建築材のことは知らないことばかり…
リンクを貼っていただいたところで確認しましたが、
確かに壁と壁が垂直にぶつかるところの部材は
どこにも出てきませんね。
ということは我が家のこの方法が珍しい!
それは驚きです…
今度、建てていただいた会社の方に
お会いする機会がありますので、
この場所に木の部材を付けた意味を
お聞きしてきたいと思います。
当時の担当の方が居るかどうかわかりませんが…
加藤登紀子さんが出てきそうなタイトルだと思うのは
私の想像力の貧弱さ・・
ピアノの断捨離、ですか。
断捨離最高の「思い切り」ではないでしょうか。
こうして丁寧に記録を取り、見慣れた場所の空間にバラを飾る・・
TVで「ピアノ買います」のCMを見るたびに 今さら買ってどうするのだろうと思っていたのですが
中国では需要があるですか~、中国なら納得です。
我が家のピアノも断捨離を考えなければいけない状態ですが
まだ先延ばししています。
ちょうど 私のまわりでもピアノのことが話題になっていたところです。
友は60歳からレッスンを受け 今年も「ピアノ発表会」が無事済んだ、とか
実家では 叔父のピアノの「お古」を処分したけれど「白鍵は象牙だったので2つや3つ取っておけばよかった、など。
私は叔父にピアノを教わったのですが あのピアノはとても固く 子どもの指には音を出すにはかなり指の力が必要ことだったと記憶しています。
・・ここまで書いて別のことを思い出しました!!
書いてしまいますね。
小学校のピアノも固かった。
山梨県出身の実業家「根津嘉一郎」さん(根津美術館や根津記念館にいらしたタッジーマッジーさんはご存じですですね)
昭和の初め、まだピアノが珍しい時代に山梨県全部の小学校にピアノを贈った偉い人、小学校にには「根津さんのピアノ」がありました。(根津さん、他の「社会貢献」は東京へ出てから知りました)
あのピアノも象牙の白鍵なのでしょうと このことが頭に浮かんできたのです。
(そっち?とお思いでしょうね 笑)
根津記念館に行ったら展示されている「根津ピアノ」をよく見てこようと思います。
ピアノの断捨離とは、大きな決断をされましたね。
アルバムなどとはまた違った意味で、手放せないものだと思います。
タッジーマッジーさん宅のピアノは、長年みんなに使ってもらって、
もう家族のような存在でしたね♪
それを手放すのですから・・・本当によく思い切ったと思います。
「調律」というその響きが懐かしいですよ(笑)
子供の頃はピアノなんて夢のお話、でも憧れでした・・・
バイエルはどこまでやったかなぁ〜(笑)
そんな想いは、やはり子供には叶えてあげたかった!
たまたまお隣の家に、先生が来られてピアノ教室をやることになって、
娘はまだ「お母さん指、お父さん指」でしたけど、
楽しそうにピアノを習っていました。
そういえば、初めての発表会はあがたの森でしたが、
最年少でしたから、先生への花束贈呈なんかやらされてましたね(笑)
誰も引かなくなったピアノですが、
2階に置いてありましたからなかなか処分もできず、
こちらへの引っ越しを機に処分をお願いしました。
がら〜んとしたお部屋は、寂しいですよね・・・
そこにバラの花とは! 心が和まされますね。
ところで、100本のバラなんてどこで入手されたのですか?
お花屋さんでもなかなか買えないような気がしますが・・・
「100本のバラ」という、その言葉だけでワクワクします♪
それぞれに色も素敵だし、開花具合が最高ですね!
このような贅沢なお買い物も、こんな時でなきゃあできないですよ(笑)
自分や娘の子供時代やら、引っ越しのことやら、
あれこれ思い出しながら拝見しました・・・
寂しいお話の後に100本のバラで締めくくっていただいて、
とっても素敵なお話でした・・・