Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

戯曲 戦場イラクからのメール(下)

2015-07-29 | Weblog
Wattan バグダッドを出てすぐ、米軍の戦車が並ぶチェックポイントがありました。前を走っていた車両は次々とUターンしてきます。
安田 こりゃ正攻法じゃダメだ。

         クルマはUターンし、あらためて横道に入る様子。 

Wattan 農道に出ました。やはりそこも米兵が装甲車を並べて阻止線を張っています。何しろ私たちは日帰り予定で取材に来ているのです。なるべく午後三時頃までには取材を開始しなくてはなりません。時計は既に二時近くを指しています。
通訳 アブ・グレイブまで来ました。
安田 突き当たった大通りを右へ進む。すると左手に長い壁が続いて、所々に土嚢を積んだ見張り台がある。
Wattan 大きさは小菅くらいだね。
安田 これが噂のアブグレイブ刑務所か。サダム政権の恐怖政治の象徴といわれていたこの場所に、今は米軍が掃討作戦で拘束したアラブ人が収容されています。
Wattan すれ違う車に道を聞いてみました。

         対向車が止まって運転手が顔を出す。

対向車の運転手 この先はアリババがいるから戻った方がいい。

         後ろから追い越しざまに普通車のドライバーが声を掛けてくる。

ドライバー どこまで行く。
通訳 じつはですね……。
ドライバー (あっというまに訳を聞き)近くに俺の家があるから寄っていけ。
通訳 いえいえ。……(Wattanと安田に)この先、もし誰かに国籍を尋ねられたら中国人であると答えてください。
安田 パスポートを見せたらばれますよ。
Wattan イラク人に嘘をつくのは良くないと思う。
通訳 それがベター。大丈夫。
安田・Wattan ……。
ドライバー 案内しよう。

         しばらく走る二台。
         Wattanはパスポートを前のシートの背に隠す。
         突然、さらに違う車が追い越しざまに前に出てくる。
         停止するよう促し、三、四人の男たちが降りてくる。

男A どこから来た。IDを見せろ。
Wattan 中国人だ。
安田 ジャーナリストだ。(運転免許証とかを見せる)
男A それでは、この近くに墜落した米軍のヘリコプターがあるので、我々が案内しよう。
安田 すごい。地元の住民から取材許可が取れた。
通訳 マジデ!
Wattan いやー良かった! やっぱり現地取材には来てみるものだなあ。

         クルマ、進んでいく。

安田 でもちょっと変わってますね。
Wattan ああ。ふつうだったら米軍にやられたところを取材しくれって言うはずだ。
安田 墜落したヘリコプター、わざわざメディアに見せてメリットありますか。
Wattan おかしいなあ。
安田 ですよね。

         突然、前方で停車している車から自動小銃を持った男たちが4人ほど降り、銃口を向けて何か叫ぶ。

男B 外に出ろ。出ないと撃つぞ!

         ドライバーと通訳が両手を上げながら車から出て何か説明しようとする。
         Wattanと安田は後部座席に動かずじっとしている。
         後部ドアを男たちが開け、銃口を向けながら外に引っ張り出す。

Wattan (引っ張り出されながら)イラクの子どもたちの遊びに「チェックポイントごっこ」があります。たいていはアメリカ兵役の子が「止まれ!」。他の子は従います。
安田 やってしまった。……家族がたいへんなことになるな。拉致、拘束、処刑。最悪の場面が目に浮かんだ。

         男たち、あっという間に荷物を検査し、車の中を隈なく検索すると、隠しておいたパスポートを見つけ出す。

Wattan 私たちは日本人です。
男B (やっぱりね!という感じ)日本人! ふーん。
男C (カラシニコフを手に)ノー・プロブレム。ごめんなさい。心配要りません。
         
         男たち、一通り手荷物を回収すると銃口で促し、目隠しをさせてから自分たちの車の後部座席に押し込んで発進させる。
         見送る運転手と通訳。

Wattan 対抗車線を通過する車両の途切れたわずかの時間を利用した素早い動きは、とても素人とは思えません。さすがプロは仕事の手際がいいなあ。
男B (運転しつつ)ジャパン・プロブレム!
Wattan 目隠しをされて車に揺られること三十分。
安田 何度か方角を変えられたので正確にはつかみきれなかったが、まだアブグレイブの市内だろう。
男C シット・ダウン。

         Wattanと安田、その場に腰を下ろす。

安田 目隠しをとると、赤い絨毯を敷き詰めた十畳ほどの部屋だった。
Wattan アラブ民家の一般的な大広間のようでした。

         アラブ式の「ハッタ」という布をすっぽりと顔に巻きつけて目だけが見えるようにした「ミイラ男」みたいな覆面の男たち。
         自動小銃を持ち、見張りについている。
         覆面の男に所持品検査をされる。
         他の男たちも入ってくる。

Wattan 手帳もパスポートも押収されてしまいました。
男A (電子辞書を示しWattanに)これは何?何に使うの?
安田 (男Bに指さされたものについて)カメラ。……レンズ。
男B ジャーナリスト? 
安田 二人ともそうだ。
老人 イラクに来た目的は?
安田 米軍によるファルージャ攻撃の実態を確かめるために来た。連日の攻撃で罪もない女性や子供たちが殺されている実態を日本の人々に知らせたい。
老人 (ただ頷く)
Wattan 先に拘束されている日本人三人のことを知っているか。
覆面の男 (制し)待て、今は我々が質問している。
Wattan ……。

         別な覆面の男は安田のビデオカメラを手に指示する。
         「動かしてみせろ」という身振り。
         「撮った映像を見せろ」という身振り。

安田 ここを、こうするんだ。
男B 「アル・ジャジーラ」(カメラを構える)
Wattan どうやら彼らは私たちを拘束した証拠画像を撮るつもりのようです。しかしカメラを持つ手がぎこちなさそうで録画ボタンの使い方も知らないようでした。

         覆面たちはカメラに向かってアラビア語で何か喋っていたが、その場で思いついたような数秒程度の短い言葉である。
         彼らはWattanと安田の姿を撮る。
         座らされた二人の後ろに銃を構えた三人の覆面の男たちが立つ。

安田 名前を言わせてもらうふりをして日本語で「まったく問題ありません」って言えば、人質映像にならずにすむんじゃない?
Wattan 笑わないように。
男B これで日本は大騒ぎだな。

         小さな子供がWattanと安田に紅茶を持ってくる。
         男たちは押収物(撮影機材、ノート、手帳、財布、パスポート、上着等)をバッグごと持ってゆく。

覆面の男 あとで必ず返却する。
安田 (お茶をもらい)女性や子供のいる生活の場で乱暴なことはしないだろう。
男A (『パレスチナ・ストール』を鷲掴みに引ったくり、広げ)何だこれは?(そこに書かれているアラビア語の言葉を指差して読み上げてから)知ってるか(英語)?
Wattan 「血と大地」だ。
男A (黙って頷き)日本人がこんなもの持ちやがって!(ストールを両手で丸めて投げ返す)
Wattan (ムカッときて相手の眼を睨み返す)
男A なんだお前、こうしたいのか?(自分の頬をこぶしで叩くしぐさで挑発)
Wattan ノー。
男A (呆れたように笑い、寝転がる)
安田 覆面もせず顔をさらしているところを見ると、地域ぐるみの行動だろう。住民による検問か、自警団か。

         Wattan、男Aに歩み寄って静かに話し掛ける。

Wattan あなた、あのストールは私がパレスチナの友達からもらった物だ。私の大切な物。私の友達だ。
男A (すまなそうな顔をして大きく頷く)あんたムスリムか?
Wattan コミュニスト(共産主義者)だ。
男A ……。
安田 夕方からは、この家の人たちばかりでした。

         家主、「くつろげ」と身振りで示す。
         安田、家の人たちと打ち解けようと、身振り手振りでコミュニケションを図る。
         自分で持ってきたハッタを使って覆面男たちに真似をして顔をぐるぐると隠してふざける。
         それを見た家の若者の一人が「いや、そうじゃないこうやるんだ」と巻き付け方を教える。
         また別の一人が「そうじゃなくて、こういうのもある」という具合に巻きなおして別の方法を教える。
         何度も巻き付け方を練習する。

Wattan 安田さんのコミュニケーション術がなかったらこの先も私たちは生き残れたかどうか危ういところでした。
子供 ジュンペイ、やってやって!

         安田、ささっとハッタを顔に巻きつけて覆面姿になり、みんな喜んで見ている。
         やってきた男Aがそれを直してやったりする。
         一同、食事を囲む様子。

男A ソーリー。我々はあなた方をあくまでも客人として招いている。食事を同席するのがその証拠だ。
Wattan ライスを山盛りにしてその上に鳥の丸焼きをのせたものとトマトとレタスのサラダ、トマトの煮込みスープ、そしてホブスという平べったいパンという典型的なイラクの家庭料理。遠慮なくいただきましたが特にトマトの煮込みスープは美味しくて、
安田 これうまいね。
Wattan 美味い、美味い。
家主 (喜ぶ)こいつら、うちのトマトスープが美味いって言っているぞ!
Wattan・安田 ……。(食べる)
家主 実を言うとな、うちのクルマはトヨタだ。

         一同、食後に外にでる様子。

Wattan ……夜、外には満天の星が輝いています。
家主 これまでイラクと日本が争ったことはなかった。だがアメリカに従って軍隊を送った以上は敵だ。
安田 言いたいことはわかります。でも人質にされた女性はイラクの子どもたちを助けていました。
家主 民間人を傷つけることはしないよ。今に解放される。あんたたちも明日か明後日か、十年後には解放されるよ。
安田 十年後……。なら嫁を見つけてくれ。

         一同、笑う。
         皆、寝ころぶ。

Wattan 夜は大広間に家族の男たち全員と寝ることになりました。十五人くらいいるでしょうか。二人づつ交代で不寝番を立てています。やっぱり見張られていることには変わりありませんでした。

         遠くで爆撃の音。
         G、出てくる。

G バグダッド郊外アブグレイブでまた日本人二人が拉致されたんだって。「ヤスダジャンベ」さんと「ワタナベ」さん。先に誘拐された三人は解放されたの。「サラヤ・ムジャヒディン」の声明は日本の市民が行ったデモを評価していた。イラク駐留自衛隊の撤退を求める日本人がいたから解放された。「イラクの人を嫌いになれない」って泣いてた高遠菜穂子さん。この人たちがいなかったら日本人全員がアメリカと一緒にイラクを占領したがってるみたいに思われてたのね。……けど政府・与党内からは相変わらず三人の自己責任を問う声が相次いで、公明党冬柴幹事長なんか「損害賠償請求するかどうかは別として、政府は事件への対応にかかった費用を国民に明らかにすべき」だって。安倍幹事長曰く「山の遭難では救助費用は遭難者・家族に請求することもあるとの意見もあった」。北海道出身の中川経産相は「人質の家族が東京での拠点に使った北海道東京事務所の費用負担をどうするか、知事は頭を痛めている」。なんだそれ。

         人々、集まってテレビを見ている。

Wattan 翌日、テレビ放送を観ました。先に拘束されていた三人が解放されたニュースに一安心しました。
家主 あんたたちも明日には解放だ。
Wattan ……いよいよ私たちのニュースです。しかし撮影されたはずの証拠のビデオ画像はなくて、日本メディアが配信したと思われる安田さんの画像のみが映されています。
男A 使われなかったんだなあ……。
安田 ほんとに「アル・ジャジーラ」に送った?
Wattan やはり私たちは「誘拐」されたのではなくチェックポイントに引っかかった「不審人物」でしかなかったのです。
安田 荷物を返してくれるという話はどうなった。
男A 荷物はない。
安田 えー?
男A 解放は明後日になると思う。
安田 ……こいつらただのアリババじゃないのかな。

         人々、引き上げてゆく。
         子供が走ってきてWattanに英語の教科書を渡す。

Wattan 私のアラビア語は片言でもレバノン訛りで、いまひとつ通じません。子供に英語の教科書を持って来てもらい、基本的な疑問詞や単語を読んでもらって、それを覚えるようにしました。
家主 こらっ、お前ら何やってる。(手に持った短い棒で子供たちの尻を叩いて追い払う)英語じゃなくてアラビア語を勉強なさい。
Wattan そのつもりです。
家主 本当はどこまで喋れるんだ?
Wattan ……じつは私のレバノン訛りこそ、疑惑の対象だったのです。

         男たちが入ってきて、Wattan・安田は目隠しをされ、連れてゆかれる。

Wattan 夕方近く。また移動することになりました。もう何回目でしょうか。行く先々で周りの雰囲気が変わるので、まるで「不思議の国のアリス」です。

         Wattan・安田、また座らされる。
         目隠しを取ってみる。
         覆面の男と農民、子供たち。

覆面の男 君たちは明日の朝、解放される。
安田 じゃあ取材できるね。
安田 どうせ明日解放してくれるなら、カメラも返却してもらって後でファルージャ市内を取材する許可をもらいたい。
覆面の男 (一瞬驚くが、相手の顔色が曇ってくる)取材には応じられないだろう。
安田 バグダッドに戻る前、病院と爆撃跡に寄れると言ってたぞ。
覆面の男 ……。
安田 カメラだけでも返して欲しい。
覆面の男 明日だ。心配するな!
安田 あなたたちは日本政府に何も要求を出しませんでしたね。なぜ私たちを拘束したのですか?
覆面の男 ん~と、日本人だから。
Wattan えっ、日本人だから?それだけ!(大笑い)
安田 俺はイラクに住みたい。バグダッドは高いからアブグレイブがいいな。
覆面の男 いい部屋を紹介してやるよ。いつ来る。
安田 二ヶ月か三ヶ月後。
覆面の男 ……その頃じゃ、もうこの辺りはイラク人はいなくなってるだろうな。
安田 え?
覆面の男 アメリカに殺されて、イラク人はすっかりいなくなってるってことさ。

         覆面の男、去る。
         また男たちが入ってきて、Wattan・安田は目隠しをされ、連れてゆかれる。
         外では車が近づいてくる音。

Wattan 翌朝、私と安田さんは多少浮かれた気持ちでいました。「さあ、お迎えが来た。いよいよ帰れるぞ」!
男A 頭を下げろ。

         Wattan・安田、後部座席に横になる。
         クルマが走り出すが、揺れが激しい。

運転の男 大丈夫か。
Wattan 一時間後。

         クルマが止まる。
         Wattan・安田、車酔いで気持ちが悪くなったかんじでようやく体を起こす。
         五、六人の覆面の男たちが近づいてくる。
         突然、ガタッとドアが開けられ、銃口を二人の胸に押しつける。

覆面の男 (流暢な英語で乱暴に)外に出ろ。お前はアメリカと一緒に働いているのか?ファック・ユー・アメリカ!

         びっくりしているWattan・安田、そのまま胸元を鷲掴みにされ引っ張り出される。
         そのままズンズンと引き回されて歩く。

覆面の男 ストップ。   

         立ち止まると目隠しを外される。

安田 目隠しを外されると、目の前に黒板があった。どこかの小学校のようだった。
覆面の男 端っこに座れ。
安田 解放じゃないのか……。

         覆面の男、銃のセフティー・レバーを外し、ボルトをスライドさせてから銃口を向け構える。
         Wattan・安田、黙って指示に従い席に着く。
         遠くに、飛行機の飛んでいる音……。

覆面の男 アー、ユー、(低く)FBI? CIA?
安田 アー、ユー……?
覆面の男 (怒り叫ぶ)FBI? 
安田 (低く)違う。 
覆面の男 (怒り叫ぶ)CIA?
安田 (低く)違う。
Wattan 我々は刑務所の近くにいたから、米軍の工作員と思われたのかもしれません。
覆面の男 役者だなあ! たいしたもんだ。おまえたちは全てを知っている。アラビア語を理解していることもわかってる。(トーンを上げ)農民や子供は騙せても我々には通用せん!
Wattan そういうことか。我々の動向は全てこの査問のため報告されていたのです。
別な覆面の男 一人ずつ質問に答えろ。何時間かしたら解放する。
覆面の男 (激しく)逃げようとしたら撃ち殺す。

         安田、別室に連れ出されてゆく。
         Wattan、数人の覆面男に囲まれて取調べを受ける。
         若い別の覆面男、鉄パイプを触って「カラカランッ」と、わざと音をさせてプレッシャーをかける。

覆面の男 パスポートにレバノンのビザがたくさん押してある。
Wattan 友人に会いに行っただけだ。
年配の覆面 あっそう。
Wattan 私はコミュニストだ。
年配の覆面 コミュニスト。
Wattan イラクでもコミュニストといえばサダム時代からずっと反体制派の代名詞のはずでした。
覆面の男 どんな活動をしてる? 
Wattan 本の出版とWebサイトだけ!
覆面の男 それだけか!
年配の覆面 日本政府は君が拉致されたと知ったらどんな対応をすると思う?
Wattan 殺そうと思っているなら、どうぞ殺してください。しかしそれは日本政府を喜ばせるだけでしょう。なぜなら私は反政府・反体制派だからです。
年配の覆面 ……サマワには行ったか。
Wattan 私はサマワでの活動内容を教えました。
別な覆面の男 アメリカのために働いてるんじゃないんだな。
Wattan (頷く)
覆面の男 俺はあいつらに捕まったことがある。チェックポイントで車を停められた。「お前たちは不審者だから逮捕する」。理由なんて言いやしない。
別な覆面の男 (怒りに満ち)やつらは俺たちをコンクリートの狭い部屋に閉じ込め、何日もかけて拷問する。番号で呼ばれ、毎日毎日、殴る蹴る。トイレに行かせない。
覆面の男 家族に連絡は行かない。みんな眠れず心配したさ。俺たちも眠らせてもらえない。七時間立たされ七時間しゃがむの繰り返し。糞も小便も垂れ流し。
別な覆面の男 ある時、個室に入れられて、服を脱がされた……。
覆面の男 裸に剥かれて水をぶっ掛けられた。獣みたいに。(無表情のままで)いいか。やつら尻の穴にホースで水を突っ込みやがった……。
別な覆面の男 何をされたか想像してみろ。俺の人生は終わった。復讐するしかない。
Wattan ……そうだ。彼らはアメリカ兵にやられたことのごく一部を我々にも味わさせようとしたのだ。幾つかの「アブグレイブ流」が行なわれた。目隠し。罵倒。「明日解放する」と言って期待させ、失望させる。アメリカの手口だ。

         安田、他の覆面の男に押されて戻ってくる。

安田 あなた方は米軍がイラク市民を殺しているという。ならばなぜその事実を知らせようとしない。アメリカは兵士しか殺してないと言い張ってる。それを覆す事実を俺たち外国のメディアに公開してくれ。
別な覆面の男 上の連中に言ってくれ。
Wattan (安田に)そういう交渉をするからスパイ容疑が晴れないんじゃないですか。
安田 (別な覆面の男に)これは交渉じゃない。あなたの意見を聞きたいのだ。

         覆面の男たちがマットレスと毛布を持ってくる。

年配の覆面 くつろぎたければ好きにしろ。
Wattan 食事も含め、待遇は丁重なものだった。
覆面の男 状況が変わった。荷物は帰ってこない。最初におまえたちを捕まえた連中が、実はアリババだったんだ。やつらが持って行ってしまった。
安田 道具がないと商売あがったりだ。俺だって貧乏なんだぞ……。
年配の覆面 (Wattanに向けて声を荒げ)俺の前でまばたきするな! 今度やったら撃ち殺す。(拳を握りしめ、ポキポキ鳴らす)
安田 そいつは「ムジャヒニン」の中堅リーダーだ。
Wattan ……ひょっとしたらここから出られないのではないかという恐れが湧いてきました。

         夕闇に包まれている。
         覆面の男たち、いったん出て行く。
         Wattan・安田、敷かれたマットの上に転がっている。
Wattan まいったなあ……。

         覆面の男たちがぞろぞろとやって来る。

年配の覆面 とてもシンプルな問題だ。我々の中の何人かは、お前たちをスパイだと思っている。
別な覆面の男 おまえは空手ができるそうだな。
安田 ……できる。
別な覆面の男 やはりおまえはデンジャラスだ。
Wattan 正直言って落胆しました。死にたくなるような気持ちです。あれほど説明したにもかかわらず、真意が伝わらなかったのでしょうか。いくら敵意がないと言っても、それを証明する情報が外から伝わってこなかったら、まったく意味を成さないのでしょう。テレビを観て確認できたのは安田さんの映像だけだったので、このとき私は、日本では安田さんの救援しか動いていないのだと思っていました。
若い覆面 ムスリムは死ぬと天国に行くが、仏教はどこに行く。
Wattan ……まるで死刑執行を待つ囚人のようです。

         年配の覆面たちは廊下に出て他の連中とボソボソと話し合っている。         
         Wattan・安田、黙って頭を垂れながらマットに座って待つ。
         再度、覆面たちが何人か部屋に入ってくる。

若い覆面 あんた空手マンなんだって。ブルース・リー? ジャッキー・チェン?
安田 技を教えよう。

         安田、Eに少林寺拳法の急所を教えようとにじり寄り、肘間接内側近くの急所を押素組み技をしかけたが効かず、跳ね返される。
         隣りにいたもう一人の覆面が「何ごとか!」と思ってとっさに銃口を向ける。
         すぐに冗談だということが互いに判り、顔にも笑みが浮かぶ。

若い覆面 俺はストロングなのだ。
安田 最近からだがなまってる。次に会ったとき勝負だ。
若い覆面 なんでおまえはムスリムにならないのだ。
安田 ビールが好きだからだ。
若い覆面 ビールなんか飲んでも、酔っぱらって頭がおかしくなるだけだろう。
安田 でも気持ちいいよ。飲んだことあるのか。
若い覆面 ないさ。でもムスリムになるだけで、ビールなんか飲むよりずっと幸せな気分になれる。

         安田と若い覆面、すっかりうち解けて、腕相撲をやり始める。 

別な覆面の男 ジュンペイ、お前は明日解放する。
安田 ……。
別な覆面の男 ジュンペイ、荷物は明日返す。
安田 ……。
Wattan 聞き間違いかと思いましたが、二回続けて私の名前が出てきません。頭の中が真っ白になりました。
覆面の男 どうした、ワタナベ。今日は元気がないな。
Wattan ……自分の人生はなんだったのか。十四年前、自衛隊を除隊してすぐ右翼団体のルートで、ビルマで抵抗闘争を続けていた『カレン民族解放戦線』に義勇兵として参加しました。本物の戦場で死んでいく兵士たちの命の虚しさを思い知らされ、それでもなお、自由を求め闘う人々の姿に共感を覚えました。マラリアを患い半年、発熱を繰り返しリタイヤ。……国の命令ではなく、自分の意志で闘いに参加する『義勇兵』になりたかった。湾岸戦争が始まると、ブッシュ来日反対闘争で首相官邸に赤ペンキを撒き、逮捕された。フセイン政権下のイラクにも渡った。やがてマイノリティーを視座に入れない「民族統一化」に嫌気がさし、右翼から転向。死刑囚の救援に関わり、NGOから生活支援スタッフとして一年間、レバノンに派遣された。帰国後は次第に反戦運動を現場とするようになった。そんな私の人生も、一瞬にして白紙に変わるのであればそれもまた一興でしょう。しかしまだ遣り残したことがあります。

         G、現れている。

G 私が言いたいのは、沖縄の辺野古のこと。海上基地建設がどう考えたって無理なのは明らかなのに、日本政府は建設を既定方針としてボーリング調査を強行しようとしてる。そんなことしたら珊瑚礁はいっぺんに死んでしまう。少しも報道されないけど、沖縄から派遣された海兵隊が、ファルージャ住民虐殺の主役なの。三分の二が沖縄から出撃してるの。オジィ・オバァが海岸で、海上基地建設を阻止する座り込み闘争を始めてる。……日本でファルージャに一番近いのは辺野古のオジィ・オバァたちだと私は思う。

         G、去る。
         覆面の男たち、あらためてWattan・安田を囲む。


年配の覆面  日本に帰ったら伝えて欲しいことがある。
覆面の男 「我々は、今後もアメリカ・イギリスと戦闘を続ける。我々は自衛隊の撤退を望む。日本人は私たちの友人なので、傷つけたくないからこれ以上イラクに来ないで欲しい」……。
覆面の男 これから、ジュンペイとワタナベを解放するが、お前たちのカメラは我々にとっても必要なので頂くことにする。おまえは欲しければ日本で買えるんだろう。ワタナベの所持金も必要経費として頂戴することにした。
安田 返してくれる約束だ。
覆面の男 カメラと命のどちらが大切だ?
安田 ……家の鍵と自転車の鍵だけは返してください。持ってても仕方ないでしょう。
別な覆面の男 ……。(頷いて取り出す)
Wattan パスポートがないとチェックポイントで捕ってしまう。どうしてくれる?
覆面の男 後でちゃんと返すから心配しなくてもいい。アパートまで持ってってやる。
年配の覆面 一つ提案がある。
Wattan・安田 ……。
年配の覆面 日本企業はファルージャでコンピュータを作ったらどうだ。

         Wattan・安田、また目隠しされ、クルマに乗せられ、移動する。
         G、立ち上がる。

G 夜中だったけど、私は出掛けた。いても立ってもいられないって、ああいうことを言うのね。(スプレーを取り出す)私は落書きをすることにした。どこにしたかは内緒。落書きなんかだいっ嫌いな私がする落書き。だからこそ価値がある。……なんて勝手かな。(スプレーする)……「戦争反対」。……「反戦」。……(身構えて止まる)そしてなんて書いたか、それは見つけてもらいたいの。この街のどこかで。

         G、スプレーする。

         Wattan・安田、またクルマに乗せられ、上半身を下げて椅子に寝込むような姿勢を取らされて移動する。
         車外からたくさんの車が行き交う騒音やクラクション、人のざわめき。

若い覆面 あっヤバー!
運転の男 アメリカだ、アメリカ。気をつけろ。ファック・アメリカ!

         途中、何かのチェックポイントらしい場所に差し掛かる。
         一旦停車してなにやら外の人と話している声が聞こえててくる。
         無事に通過できた様子。
         ……やがて静かな場所にさしかかった。
         車が停まる。

若い覆面  降りろ。

         Wattan・安田、降りる。

若い覆面  座れ!

         Wattan・安田、その場にしゃがんで待つ。
         何人かの走る足音、車のドアが閉まる音、三台ほどの車が発進するエンジン音。
         そして、静寂。
         「チュン、チュンチュン」、雀のような鳥の声、聞こえてくる。
         Wattan、恐る恐る、自分の手で目隠しを外す。

Wattan なんか、目隠し取っても大丈夫みたいだよ。
安田 ……。(顔に巻き付けた布を取って周囲を見渡す)
Wattan そこは広いサッカーグラウンドのような場所でした。人の気配がしたのでふり返ると、そこには民家があって、門の上から男性が顔を出し、こちらを窺っていました。あらかじめその家に電話で「行方不明になっている日本人を二人、届けに行くからウラマー協会まで連れて行って欲しい」と連絡があったのです。……イラクでもレバノンでも親しい人達は私を「Wattan」と呼びます。その度、私は自分が彼らに応えられているのかどうか考えます。Wattanとはどの国でもアラビア語で祖国を意味するのです。

         Wattan、ガッツポーズをとる。
         安田、架空のカメラでそれを撮影する。

         溶暗。
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戯曲 戦場イラクからのメール(上)

2015-07-29 | Weblog
         ※ 戦場イラクからのメール ※

         『パレスチナ・ストール』を首にかけたWattan(渡辺修孝)、登場。

Wattan ……三月一日。報告が遅れてしまったことをお詫びします。国際電話を掛けようと試みたのですが、回線が混み合っていてなかなか通じなかったので結局、コンタクトはイラクに着いて、このメールからとなりました。アンマンから国境まではその日正午近くに着いたのですが、バクダッドに行くバスはないというので、仕方なくタクシーを拾って行くことにしました。

         Wattan、運転手のカシームと握手する。

カシーム (無表情に)私はイラク人、名前はカシーム。正直者。ボッタくらない。
Wattan ドライバーは英語がまったく話せず、私も片言のアラビア語で何とかコミュニケーションを図ってようやく意思の疎通ができました。

         車上の二人。
         上空をヘリコプターが何機も通過する。

Wattan (指さし)アメリカ?
カシーム アメリカ。
Wattan あんなの撃ち落してやりたい。
カシーム (初めて顔に満面の笑みを浮かべる)……。バグダッドまで40キロ。(無愛想に戻り)この先アメリカのチェックポイントがある。暗くなると連中は、走ってくる車のライトめがけて見境なく撃ってくる。危ない。ラマディに弟の家がある。そこに泊ろう。

         二人、弟の家に入る。

Wattan 弟の家に着いて驚いたのは、タクシードライバーの弟の家にしてはずいぶんと立派な造りの家だったからです。ちゃんとした庭付きの一軒家で玄関を入ると絨毯敷きのロビーがあってソファーが並んでいます。
カシーム 頭が痛い。(ソファーにうずくまってしまう)
Wattan カシームは一日中働き詰めでへとへとに疲れ切っているようでした。アスピリンを常用しています。

         弟の子供たち、小さな女の子二人が部屋の奥のドアからちょこっと顔を出し、覗いて話に聞き入っている。

カシーム 大人の話だ。子供はあっちに行ってなさい。

         外から突然、くぐもったような爆発音が数発。
         すぐに短い自動小銃の発射音。
         子どもたちは平然としていいる。

Wattan (驚いて外を気にする)
カシーム (笑いながら平然と)毎度のことだ、問題ない。

         米軍のヘリが飛び交う音が引っ切り無しに続く。
         二人、再び車上に。

Wattan 翌朝、旧イラク軍駐屯地の前を通りました。荒れ果てた建物と鉄くずが敷地内に散らばっているだけのさんさんたる状態です。表に掲げられている部隊章は、彼のキーホルダーについている楯型のマークと同じでした。(カシームに)ここは君がいた部隊だろ?
カシーム (苦笑い)そうだね。
Wattan 暮らしぶりはどう。
カシーム どいつもこいつもお金の話ばっかりさ。今じゃ元軍人だからってなんにもなんない。(どこに不満をぶつけたら良いのか解らない様子で)赤の他人に右へ行け、左へ行けと言われるまま、ロバのように従う毎日だ。お祈りだけは忘れないようにしている。君の無事も祈るよ。

         二人、別れる。

Wattan 無事入国しました。私が泊まっているのは、テレビ局跡地前の安ホテル。テレビ局は戦争中バンカーバスター弾の攻撃を受け、劣化ウランの被害が噂されていますが、毎日何人もの人が平気で出入りしています。

         若い係員が行く手を遮ろうとする。

Wattan 劣化ウラン弾使用の問題を調査中なので写真をとらせて欲しい。広島、長崎と同じ問題だ!
若い係員 お前は日本人だから入れてやる。アメリキーヤ(白人)は入れない。フセイン・グッド。アメリカ・ノーグッド。
Wattan 最近、まわりによく咳をする人はいないか?
若い係員 いるよ。(咳をする)
Wattan (見て)屋上から地下室までミサイルが突き抜けています。一番下の穴はもう既にかなり時間がたっているので水が溜まっています。すぐ隣には民家があり、住民が家畜を飼って生活しています。かく言う私も、向かいのホテルに宿泊していたのでチョット心配です。日本に帰ったら尿検査を受ける必要があるかも知れません。

         遠い爆発音。
         Wattan、歩いて、

Wattan 三月三日。イスラム教シーア派「アシュラ」の犠牲祭。朝早くに聖地カルバラとカドミーヤのモスクでかなり大きな爆発がありました。

         緊張感ある巡礼の人々の群れ。
         神経を逆なでするように騒々しい爆音を響かせつつ米軍ヘリコプターが警戒のために何度も上空を旋回する。

Wattan ティグリス河の向こう岸には米軍の戦車2台が砲身をこちらに向けていました。 
  (写真を撮ろうとする)
巡礼者1 ちょっと。
巡礼者2 (小声で)この先は、カメラを持った外国人は立ち入るととても危険だ。みんな気が立ってるから米軍と一緒にイラクを占領している日本人が来ていると知られたら、例えジャーナリストでも何をされるか判らない。
Wattan 印象的だったのは、シーア派もスンニ派もおたがいイスラムの兄弟として労わり合っていたことです。一部メディアで報じられているような宗派間のいがみ合いなど、「爆弾テロ」が起きた直後の非常事態だというのに、微塵も感じることはありませんでした。
巡礼者1 テロリストたちはイランから来た。この国の人間じゃない。
巡礼者2 やったのはパキスタン人。『アル・ジャジーラ』もそう言ってる。

         Wattan、人々から離れて、

Wattan 私はここに何をしに来たのだろう。私は「米兵・自衛官人権ホットラインから派遣され、「在イラク自衛隊監視センター」のメンバーとしてこの国に来た。フセイン時代から、米英軍が行っているイラク空爆に疑問を持っていた。そこへ自衛隊も行ってしまった。行ってしまったからしようがないではなく、なんとか引っ張り戻すようなことに関わりたいと思った。少しはカンパもあったが、働いて貯金を貯め、アパートを引き払った。……三月七日早朝、バグダッドを出発。南下してサマワ市内に入った。

         Wattan、新しい場所で、

Wattan そこは地図を見て考えていたよりも、ずっと大きな街でした。住民のほとんどはシーア派で、フセイン政権時にはほとんどその恩恵にあずかれない人々でした。商店街のメインストリートは占領軍景気なのか物資が数多く並び、一見活気にあふれているかに見えます。でも実はごく限られた大地主・族長たちが儲けているだけなのです。喫茶店のパーラーでは、毎日何人ものいい年をした男たちが椅子に座り、チャイを飲みながら駄弁っています。彼らは失業者なのです。

         Wattan、到着した感じ。

Wattan 自衛隊の駐屯する『マァスカリ・ジェシー・ヤバニーエ(日本軍駐屯地)』は市外地から思ったより遠く、クルマで三、四十分かかるところにあります。自衛隊は土の表面を掘り返し整地しているようでした。記者会見は毎日午後四時頃から一時間くらい行われます。第一次先遣隊長の佐藤一佐にインタビューしました。

         佐藤一佐、自衛隊員、現れる。

Wattan サマワ市内に住んでいるイラク人を雇っているんですか。
佐藤一佐 サマワ在住のイラク人かクウェート人を雇っています。
Wattan 自衛隊駐屯地の地主との交渉は進みましたか。土地を追われた小作人や失業者の問題は?
佐藤一佐 ……。
Wattan 大本営発表を鵜呑みにしても仕方がないので警備についている陸曹クラスの隊員に質問しました。……どこから来たの。ご家族は。
自衛隊員 旭川の部隊です。家族は、妻と5歳と2歳の子供二人。
Wattan 奥さんはイラク行きに賛成してくれた?
自衛隊員 ええ。「それが仕事だから」って。
Wattan 宿営地の浄水設備で給水できる水の量はどのくらい?
自衛隊員 よく分からないけど、ほとんど自分たち(宿営地)で使い切ってしまう量しか出来ないんじゃないですか。
Wattan そうだよね。サマワにもともとある浄水場(を)見学したんだけど、白くて真新しいタンクローリーに日の丸が付いてて驚いたんだ。日本が提供した給水車なんだね。市内じゃみんな自衛隊が浄水してくれたものだと勘違いして感謝してたよ。
自衛隊員 ……。
Wattan 劣化ウランは心配じゃない?
自衛隊員 (一瞬心配そうに表情を曇らせながらすぐに笑顔を作りなおして)いいえ、まったく気にしていません。
Wattan そりゃ私だってあと数ヶ月いるつもりですから条件としては同じか! あっ、こっちの方がいろんなところに取材に行ってるからヤバイかも。
佐藤一佐 宿営地での暮らしに問題はありません。
自衛隊員 飯も悪くないですよ。初めはコンバットレーションばかりでしたが、今はご飯も炊いて食べてます。
Wattan 刺身なんか恋しいでしょう。
自衛隊員 いやー、そりゃあもう食べたいですよ。
Wattan お酒は飲んでますか。
佐藤一佐 いえ、アルコールは禁止です。
Wattan なぜです。
佐藤一佐 イスラム教国だから飲酒は禁止です。
Wattan 皆さん日本人だし勤務終了後宿舎内での飲酒なら問題ないんじゃない。
佐藤一佐 ……。
Wattan 酔っ払って本音を言ったりケンカになったりするとまずいわけですか。
佐藤一佐 ……。
Wattan 『サマワ母子病院』では、自衛隊が納品した医療機材を見ましたよ。
佐藤一佐 ええ。
Wattan 赤ちゃんの保育器に日の丸のステッカー貼ることないんじゃないですか。
自衛隊員 ……。
Wattan 抗生物質、あんな分量じゃ全然足りないでしょ。一週間で使い切っちゃいますよ。
佐藤一佐 他にも色々支給の必要な物資がありますから。
Wattan 文房具配ってましたけど、この国の子どもたち、もともと文房具買ったことなんてないんです。今まではフセインが全児童に鉛筆を与えてました。
佐藤一佐 ……。
Wattan (自衛隊員に)何かおみやげは手に入れましたか。
自衛隊員 ……まだです。
Wattan これなんかどうです。現在廃止されているサダム紙幣。二五〇ディナール。
自衛隊員 へえ。(珍しそうに見る)
Wattan この国のお金、見たことないんですか?
自衛隊員 ……。
Wattan イラクに来ても任務以外のことは出来ないし、部隊内には情報統制が敷かれてて、外部と遮断された生活なんですね。
自衛隊員 我々は仕事に来ていますので、ほかのことは知る必要がありません。
Wattan ……報道陣の前に出てくる幹部・陸曹たちは、一定の広報教育を受けていると思いました。必ずしもすべての隊員たちがこのように笑顔で受け応えの出来る者たちではないことを元自衛官である私は知っています。ただ、例え「教育」された対応であっても彼らの笑顔は、まだ「殺人」を犯していない人間の素顔そのままでした。イラクに来て私がそれまで見たアメリカ・イギリス・オランダ軍の兵士たちとの決定的な違いはそこにあったのです。

         自衛隊員たち、去る。

Wattan 私はサマワで、攻撃の被害を受けた家族を取材しました。

         サマワの一家、家の主が語る。

家の主 百名くらいのオランダ兵が夜中に、まったく関係ない私らをバース党のパルチザンと決めつけ、自動小銃を乱射しながら押し入り、抗議する男たちを殴り、地面に伏せさせ制圧した。泣き続ける子供たちを放り投げ、助けを求めようとしたこの子(女性)は足を撃ち抜かれた。オランダ兵は家の中をしらみつぶしに探索し破壊した。米軍は戦闘ヘリ三台で応援に来ていたよ。
Wattan 家の跡地には手榴弾やロケットランチャーが使われた跡も残っていました。死者がでなかったことを幸運と言っていいのでしょうか。……この「事件」は、マスメディアに報道されていません。
家の主 兄弟はみんな逮捕されて、どこの刑務所にいるかわからない。こんな事は国際法に違反しているんじゃないか。アメリカの占領政策は間違ってる。
Wattan あなたがたは、日本の軍隊に出て行って欲しいですか?

         一同それぞれ「ラー」、「ラー」、「ラー」(いいえ)と答える。

家の主 「ナーム」(はい)。

         一家、去る。

Wattan ……市内に戻ってみると、自衛隊の給水タンクの塔がまるで『サマワを支配する巨大なモンスター』のように、不気味にそびえ立っていました。

         Wattan、失業者たちに囲まれる。

Wattan 三月一七日。サマワ警察署前で失業者によるデモがあると聞いたので行ってみました。イラク統治委員会はCPA・連合国暫定当局の指示を受け、旧バース党関係者を公職追放しました。そのため多くの役人や軍人が職を失うことになったのです。
失業者A 数日前も二千人でデモをやったが、市役所は二十ドルくれただけだ。
失業者B 日本政府は約束したのに自衛隊は仕事をくれない。日本企業はまだか。いつ来るんだ?
失業者C 四日前、自衛隊の宿営地に子供を連れて仕事を貰いに行ったが、将校が出て来て『ここには仕事はない』と言って追い返された。どうしてくれる!

         周囲の雰囲気が段々とエスカレートしてくる。

失業者D 私は元フェダイーン・サダムで勤務していたアリ・ベクドーシュです。何でもしますから雇ってください。
失業者E ジュベイユ・ムクタール。七人家族で娘が三人います。末の娘が病気で治療費が必要なんです。貿易省に勤めていました。日本の企業に紹介してください。

         周囲に集まっている人々が、さらに自己アピールを続ける。

失業者A 何をしている。どんどん書け! ノートに名前を書け。
Wattan 『約束を守らない日本』から来た人間が目の前にいるのですから、当然不満の矛先は私に向けられます。
失業者B 日本人、イラクから出て行け!
失業者C 出て行け!
失業者D マネー、マネー、マネーを出せばいいんだよ!

         Wattan、逃げるように去る。

Wattan 三月二十日。サマワ市内ティグリス川北岸、劣化ウラン汚染地域とされている旧イラク  軍高射砲陣地跡に行ってみました。市街地からわずか十五分。大きな高射砲が二基、青空に  向けて砲身を突き立てたまま朽ち果てようとしています。すぐ近くには民家が何軒も建ち並  んでいます。

         Wattan、しゃがんでみる。
         サッカーボールを持ったり自転車に乗ったりした近所の子供たちが遊びに来る。

Wattan そこはイラクで見慣れた、ごく普通の瓦礫の山に見えました。子どもたちには格好の遊び場です。(子どもたちに)「ここから離れて」「よそで遊びなさい」

         子供たち、去る。

Wattan ……近くの雑草を見たら案の定でした。植物の生態に異常が見られました。多くの雑草  は、茎がまっすぐにならないで、横にグニャッと波型にのびています。明らかに土壌が汚染  されている証拠です。

         子供たちは遊ぶために戻ってくる。

Wattan ここは駄目だって。
子どもたち ……。
Wattan 私は、自分が子供の頃、何度大人に注意されても旧い工場跡を遊び場にしていたことを思い出しました。子供には大人のようなしがらみも拘りもありません。アメリカ兵とも笑顔で話します。この子たちは幾ら追い払ってもどうせまたこの場所で遊んでいるでしょう。

         Wattan、歩く。
         五人の地主たちが迎える。

Wattan 三月二三日。自衛隊宿営地の地主さんたちに会いました。
地主1 ……。(握手する)
Wattan 日本の報道では、「サマワ宿営地の土地契約問題は既に地主との交渉で年間土地使用料二八〇〇万円を支払うことで話がまとまっている」そうですが。
地主2 契約は交わしてない。
地主3 口約束。
Wattan 契約を交わしたマルサード・ハーシム・モハメッド氏は確かに地主の一人ですが、その他にまだ地主は五人存在します。……金額は合意に達しましたか。
地主1 ……。(かぶりを振る)
地主2 交渉中だ。
地主4 日本政府は支払い金額に応じない。
地主5 けち。
地主3 自衛隊の幹部は言っていた。「土地を収用したら宿営地を造るが、いつまでもこの土地にいる訳ではない。その跡にはサマワ市民が働ける商店や娯楽施設、道路なども造るつもりだ」
地主4 だから工事を許した……。
地主2 信用できない。
地主5 嘘つき。

         地主たち、去る。
         自衛官がWattanの行く手を遮る。

Wattan 私は再三宿営地に通っているにもかかわらず、防衛庁発行の「記者証」が無いという理由で、この日から第1ゲートより中に入れてもらえなくなりました。

         Wattan、歩く。

Wattan 三月二五日。バグダッドに帰ってメールを書いています。ここしばらくCPA本部やメディアの駐在するホテルに爆弾テロが行われるなど、緊迫した状況が続いていました。しかし今は平静を取り戻しています。

         G、新聞片手に来る。

G 三月二十六日、小泉首相は新年度予算の成立を受け記者会見。日本を標的にしたテロの可能性についてこんなこと言ってます。「どの地域でもテロは起こる可能性はある。国民の皆さんも日頃から外出する際にも心構えというか、ご自身の注意はもちろん、社会全体を自分たちで守るという認識を持ってほしい。地域住民のボランティア的な活動が犯罪を抑止している面がある。不審な物を見て見ぬふりをせずに、おかしい点があれば注意する対応が必要だ」ってこれ、「何かあっても国民のせい。せいぜい隣組を復活しろ」ってことじゃない。イラク派遣の自衛隊にテロが起きた場合の総理としての責任については「その時考える」 んだって。

         G、英字新聞を引っ張り出し、

G あのね、みんなイラクのことばかり目がいってるみたいだけど、ちょうどこの日、米国政府は沖縄県宜野湾市の米海兵隊普天間飛行場の移設問題で、名護市辺野古沖での代替施設建設計画の見直しを日本政府に非公式に打診してるって明らかになったの。なのに日本政府は見直しに消極的なんだって。去年の十一月、ラムズフェルドが沖縄訪問したでしょ。
ラムズフェルドらしき人 (出現し)上空から基地を視察したが、市街地の中心にある普天間飛行場の安全面、移設計画の遅れに懸念を表明する。辺野古沖への移設を急いでほしい。
日本政府高官らしき人 (出現し)環境影響調査などがあり、すぐに動かすことはできない。
ラムズフェルド 下地島空港への移転や嘉手納基地への統合って無理なの。
日本政府高官 辺野古沖の話を進めながら、別な可能性の検討はあり得ない。
ラムズフェルド そもそも県や名護市は移設条件に「十五年だけ」って使用期限切ってるじゃない。困るよ。代替施設完成に十年かかるし。九六年のSACO最終報告は「五年から七年以内に普天間飛行場返還」のはずでしょ。もう過ぎちゃったよ。
日本政府高官 枠組みの見直しはしません。
G 日本政府はそんなに辺野古沖のサンゴ礁潰して空港つくりたいわけ?アメリカの方が柔軟に見えるのって、どうよ?

          Gと入替わりにカウンター越しに椅子に座る若い娘、スージー。

Wattan 4月1日。「好きです……」だってさ! 行きつけのインターネットカフェに勤めている女の子に告白されてしまいました! 春先になると、生き物はどうしてこうも異性を意識  しはじめるのでしょうか? いつものようにお店に入ると受付オペレーターの女の子スージーが、片言の英語とアラビア語で尋ねてきます。
スージー はい、ワッタン、スィーエースィー、ヤァニー、How to say I love you エヒキヤバン?
Wattan 私は正直に、それは「好きです」って言うことを教えてあげました。
スージー ……。

         スージー、カウンター越しにすくっと立ち上がり、Wattanの目をじっと見詰め、照れたようにはにかむ。

スージー ワッタン……。
Wattan はい。
スージー スキデス……。
Wattan サ、サンキュ!

         軽く握手した後、Wattan、ボーッとしたままパソコンに向かって座り、しばらくその余韻に浸っている。

Wattan 思いがけず告白されてしまった余韻に浸った後、はっと我に返って、あることに気がつきました。「今日は、四月一日だ」「どうせまた、エイプリル・フールでからかってんだろ!」  じつのところ、私は四月一日ともなると、毎年ひとに騙されています。私はこのインターネットカフェには毎日通っていて、店長とも懇意にしています。そうだ、きっとスージーは店長とグルに違いない。

         Wattan、帰り間際のかんじで支払いに立つ。
         大いに照れるスージー。

Wattan わかってるよ! エイプリル・フールだろ。
スージー 何、それ?
Wattan ……あ、しまった!

         店長、来る。

Wattan 「エイプリル・フール」って知らないの。
店長 「エイプリル・フール」
スージー 「エイプリル・フール」
Wattan (頷く)
店長 知らない。
スージー 知らない。
店長 (店内を見回して)みんな知らないよね?
Wattan えっ、イラクではエイプリル・フールを誰も知らない。……というか、そういった習慣すらなかったのです。
スージー ワッタン……。
Wattan 『バレンタインデー』知ってる?
店長 知らない。
スージー 知らない。
Wattan 『ホワイトデー』は?
店長 知らない。
スージー 知らない。
Wattan (頷く)
スージー ……。(微笑む)
Wattan (微笑むしかない)これも二十年以上続いたサダム政権の功罪のひとつでしょうか? 西側諸国の文化から切り離された閉鎖環境にあっては、社会的に公然と認められた『遊び感覚』といったものすら無かったのでしょう。などと、まるで他人事のようなコメントを書いているけど、「私はこの先どうすればいいのでしょうか?」困ったものです。ファルージャでは、アメリカ兵や傭兵たちが火焙りになって惨殺されているというのに、こんな浮かれた報告で皆さんどうもすみません。……とりあえず、『ホワイトデー』には彼女に何かプレゼントをしようかな?
G (再び現れ新聞広げている)つけあがってるんじゃない。
Wattan ……。
G アメリカ。農務長官が 「BSE問題で建設的な対話をしない日本の反応に失望」だって。ちゃんと検査してない牛肉、送ろうとしてるほうがヘンだって、なんでわかんないのよ。

         G、去る。

Wattan 四月七日。にわかに慌ただしくなってきました。幾つもの都市で掃討作戦が行なわれています。ファルージャなどで四百人以上の住民が殺され、モスクも破壊されたようです。シーア派組織ムクタダール派による反米抗議デモは一気に激しさを増し、全国的な反米闘争に発展しました。ムクタダール派の拠点サドル・シティー、米軍からはゲリラの隠れ家といわれていた場所です。

         Wattan、歩く。
         周囲に人々が増えてくる。

Wattan 周辺は米軍に包囲されています。戦車の数が圧倒的に増えました。イラク警察も道路に検問を敷いています。いつでも街を封鎖できる態勢が整いつつあるようです。……スラムに近いところで住民たちの反米集会に出くわしました。皆、手に手に銃やナイフを持って気勢を挙げているではありませんか。

         彼らの矛先は、今度はWattanに。

ある人 おまえは誰だ。
Wattan 日本の大衆運動から取材に来た。
別な人 よし、写真を撮れ。話を聞け。
        
         ある青年が壇上に立つ。

ある青年 我々はイラクの何処においても米兵を殺すことができる。なぜならイラク全土に、我々の同志と軍隊が存在する。ここはムスリムの国だ。
また別な青年 我々は強靭だ! 我が軍は二日前、九人の米兵を殺し、車を奪い破壊した。見ろ、あれがその車だ! 燃えているだろう!
ある青年 二日前、米軍は二人の子供を撃ち殺した。
駆けつけた青年 (着くや否や)たった今、ナジャフでシスターニ師が、我々ムクタダール派と共闘する声明を出したぞぉー。

         みんな一斉に「おぉー」とすごい勢いの歓声が広がる。

Wattan 穏健派のシスターニ派と徹底したゲリラ戦による反米闘争を叫ぶムクタダール派との共闘はありえるのでしょうか。
ある青年 米軍がファルージャから撤退したぞ!

         再び、「おぉー」という歓声。

Wattan こうした情報は主催者側が住民を鼓舞し集会を盛り上げるため流した、実際の状況とかけ離れた架空の『優勢情報』でした。まるで旧日本軍の「大本営発表」ミニチュア版です。
また別な青年 サドル・シティーはパレスチナ・キャンプとは違う。我々は米軍に包囲されているが孤立していない。我々には三千万イラク人民の味方がいる!
別な人 (Wattanを引っ張り出し)おまえは日本のメディアだろう。なんで日本はこの国に軍隊を送ってくるんだ! ヒロシマ、ナガサキを忘れたか。アメリカは日本の敵だろう。
Wattan 敵対する以外の方法もあると思うんです。これ以上犠牲を増やさないために考えを広げる必要がある……。
別な人 何を言っているのかさっぱりわからん。
Wattan 落ち着いて話しましょう。できれば英語の方がありがたいのですが。……can you speak English?
ある人 英語を喋るな! 
ある青年 ここはアラブだ、アラビア語で喋れ!(激しい勢いで捲くし立てる)
また別な青年 喋れないならとっとと帰れ!(捲くし立てる)
ある青年 「日本人帰れ」
別な人 「日本人帰れ」
また別な青年 「日本人帰れ」

         「日本人帰れ」コールの中でショックを受け、しゃがむWattan。

Wattan ショックでした。イラクの人たちは基本的には親日だったはずです。サマワでも日本人への絶望を感じましたが、ここまでの敵意は初めてです。

         Wattan、ゆっくりと起きあがる。
         銃声の単発音、機関砲と思われる連射音が聴こえてくる。
         戦車が走る重低音と金属音……。

Wattan 四月八日。バグダッド市内では夕方以降、米軍の動きが慌ただしくなっています。……報道によると、サマワの自衛隊宿営地に『手製と思われる迫撃弾』が撃ち込まれたそうです。その翌日、4月9日、とんでもないニュースが入ってきました。日本人ボランティアの高遠菜穂子さんと日本人ジャーナリストら計3名が誘拐されたと『アル・ジャジーラ』から報じられたのです。

         安田純平、現れる。

安田 三人が拉致されたのは、ヨルダンからタクシーでバグダッドに向かう途中のファルージャ付近。「スンニ三角地帯」でも特に反米意識の強いところだ。
Wattan 犯行声明は出ている?
安田 犯行グループは三日以内の自衛隊撤退を要求、従わなければ殺害するって。
G (現れ)「三人の無事救出に全力を挙げる。日本でできることは最大限する」って小泉は言うけど、「撤退する理由がない」「テロリストの卑劣な脅しに乗ってはいけない」って、これ、つまり見殺しにしても仕方がないってことでしょ。チェイニー副大統領曰く「自衛隊はイラクから撤退すべきでない」。大きなお世話。福田官房長官のお父さんはダッカ事件で「人命は地球より重い」って超法規的措置で赤軍派を釈放したけど、今は「時代が違う」んだって。
安田 三人はいったん別のグループに拘束されたあと、その先のガルアで武装組織『サラーヤ・ムジャヒディン』に引き渡された。
Wattan ニュースだけでは不明な点があるので、私は、日本から来ているジャーナリストで現在アパートに同居している安田純平さんと、できる限り調査してみることにしました。安田さんは元新聞記者、イラク戦争開戦時には「人間の盾」となりバグダッド南部の浄水場に滞在、戦局をレポートした人です。……サドル・シティーに行くと、金曜礼拝のためモスクに二万人近くが集まっていました。

         人々に囲まれ、ムハンメッドに身体検査を受けるWattan、安田。

安田 ムハンメッド・アリ・アブダッラー。マフディ軍兵士。
ムハンメッド 我々はムスリムであり、武器を持たない民間人を誘拐したり殺したりはしない。
Wattan 誰がやったと思います?
ムハンメッド スンニの仕業だろう。
Wattan スンニ派の拠点の一つアザミーヤ。前に来たときに比べると、私たち日本人を見る眼が一様に不審者を見るようなものに変わっていました。

         別な人々の群れの中からアルベル、出てくる。

アルベル 日本と我々は、今まで良いフレンドシップを結んでいた。しかし、日本の軍隊がイラクに来て復興支援するといっても、結局アメリカの旗の下でしかなかった。日本では大騒ぎをしているようだが、いまファルージャでは四百の命が失われ、六百人が負傷している。日  本人三人の命は大勢のイラクの命よりもエクペンスィブなのか?
Wattan 誘拐した犯人の見当はつきますか?
アルベル ムスリムではない。イスラエルかアメリカの情報機関だろう。『サラーヤ・ムジャヒディン』などという組織は聞いたこともない。

         Wattan、安田、歩く。
         少年たちの姿。

安田 ……ここはチグリス河沿いのアブ・ノアース通り。ストリート・チルドレンの多い地域だ。
Wattan 道端にたむろしていた少年たちがティッシュ・ボックスを売っていた。
         
         売り子の少年たちの中にはペットボトルを手にした者もいる。

少年A ……ナオコが誘拐されたんだって。
少年B ナオコ・キーフ?
Wattan ナオコ、マーク・ムシケラ。
安田 ナオコを知ってるの?
少年A ナオコは食べ物や靴をくれたりして面倒を見てくれた。事件を聞いて驚いたけど、この問題はもう終わったんだろ?
安田 それはシンナーか。ナオコが戻ってきたら、怒るぞ。
少年A 違う。
安田 怒っても知らないぞ。
少年 (ペットボトルを投げ捨てる)

         少年たち、駆け去る。
         響いていた爆破音が段々と近くで聞こえるようになってくる。
         銃声も時々近くで「タァーン」「ズドンッ」などと激しく響く。
         歩いてきて、疲れ切った様子で地べたに座り込む若者、男。

安田 ファルージャから来たんですか。
若者 (力無く)アメリカは戦闘機の攻撃を再開した。七百人以上が殺された。家族はどこに行ったかわからない。モスクに行ってみるしかない。
男 バグダッドに向かい歩き出したとたん銃撃を受けた。目の前で若い夫婦と赤ん坊が撃たれた。(怒り)十時間かけて歩いてきた。アメリカ兵は道を歩いてると狙撃してくる。家に隠れると爆撃する。わかるか。家がなくなったから来たんだ。俺たちは子供から老人までみんなアメリカと闘う用意がある。

         蹲っている、G。

G 死んだお祖父ちゃんに訊いたことがある。「戦争はどうして悪いことなの?」。「おまえは どう思う?」。……「たくさんの人が命をなくしてしまうから」。私がそう言うとお祖父ちゃんは頷き、しばらく黙りこんだ。そして言った。「そうだね。だけど命の他に、もっと大事なものをなくしてしまうんだ」と言った。……命よりも大事なもの、それはなんだろう。
Wattan バグダッドの日本大使館に行っても居留守を使っているのかイラクの警備スタッフしか応答しない。日本政府は情報収集をイラクやアメリカに「丸投げしている」という印象を持ちました。
G 高遠さんのホームページの掲示板には、批判や中傷の書き込みが圧倒的に多く、連絡用に機能できなくなったため、閉鎖したという。
書き込みA 「こんな時期に民間人がイラク行ったらいかんよ」
書き込みB 「自業自得。リスクは承知の上で行ったんでしょ」
G 十一月に日本人外交官が殺されたときとずいぶん違うと思わない?
安田 日本政府は「退避勧告を出しているのを無視して行ったのだから自己責任だ」と言ってるんだって。 自衛隊の撤退を求めた三人の家族に対するバッシングも激しいみたい。
Wattan ……行こうか。
安田 ……ええ。
Wattan 四月十四日。私たちは馴染みの通訳に連絡しました。

         通訳、来る。

通訳 危険すぎる。街にはとても入れない。
Wattan もちろん中には入らない。手前の道路上でも良いから、避難してくる住民のコメントがとれればいい。
安田 アブグレイブまでならどう?
通訳 ……。(頷く)
安田 ファルージャには行きたいと思っていました。現地人スタッフ以外、市内にはほとんど入れていないからです。戦闘の激しさそのものより、現地住民に受け入れられないことが問題です。これまでにアジア系も含めて十六ヶ国・五十人が拘束されています。

         運転手も加わり、四人は車上の人となる。
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安田純平さんの11年前の「拘束」について。

2015-07-29 | Weblog
現在行方不明となっている安田純平さんは今年6月、ツイッターで以下のように発言した。

「いつ帰ってこれるか分からなくてもいいなら行けるよ」と言われたときに、1カ月、2カ月程度で帰らなければならない日程組んでる時点で現場なめきってるってことだなと思った。

つまり、今回は、相当覚悟していったということがうかがえる、発言だ。

6月23日にトルコから友人への電話で、シリアに入国する計画だと語ったのが、共有されている最後の消息だ。
イスラム過激派によって身柄を拘束された可能性が高いとの見方を示す人もいる。

安田さんのツイッターへの投稿じたい、6月20日以降途絶えている。最後の投稿で、

これまでの取材では場所は伏せつつ現場からブログやツイッターで現状を書いていたが、取材への妨害が本当に洒落にならないレベルになってきているので、今後は難しいかなと思っている。

としている。

岸田外相は2015年7月10日、外務大臣会見にて安田さんについてシリアで拘束の疑い事案として質問を受けたが、「少なくとも今現在邦人が拘束されたという情報には接してはおりません。」と回答している。

安田さんは埼玉県出身。一橋大学社会学部卒。(私の息子の学部の大先輩に当たる)
1997年信濃毎日新聞入社、松本本社配属。2002年3月、休暇をとりアフガニスタン取材、同年4月、文化部に異動、同年12月に休暇をとりイラク取材、2003年1月に信濃毎日新聞社を退社、フリーに。同年2月からイラクに滞在しナジャフ県、バグダード、サマーワなどを取材。この間イラク軍やイラク警察に数度拘束されていたらしい。

2004年4月14日、先に拘束された高遠菜穗子さんら日本人3名の消息と米軍による虐殺の真相を掴むため、ファルージャに向かう途中、地元にあった武装集団の検問に引っかかり、渡辺修孝さんとともに拘束された。当時はイラクを米軍が包囲している状況。ジャーナリストの取材だとわかり、スパイ容疑が晴れ、3日後には解放された。
拘束したのは、渡辺さんによれば、武装集団といっても「地元のコミュニティ」に近く、会話が通じる相手。見張り役も「農家のおじさん」といった感じで、近所からはたくさんの子どもが見物に来ていたという。

同時に拘束されたその渡辺修孝さんは当時37才。元陸上自衛官(習志野第1空挺団特科部隊に所属、一任期2年で退職し、「反戦自衛官」となっていた。「米兵・自衛官人権ホットライン」のメンバーであり、その渡航については、私も支援していた。

渡辺さんは、拘束した人たちから「日本人はイラクに来ないでほしい。自衛隊にはイラクから出ていってほしい」とのメッセージを受けけている。関係者によると、犯行グループは、服装などからイスラム教スンニ派の中で最も戒律が厳しいワッハーブ派とみられる。当初は2人を米軍のスパイと疑っていたらしい。

東京で安田さん・渡辺さんらの帰国報告集会を、ジャーナリストの広川隆一さんらと開催した。

安田さんはその後、2005年1月、スマトラ島沖地震で被災したアチェを取材。同年、ヨルダン、シリア、イラクを取材。内戦状態で取材が困難となったイラクに入国して取材するため、2007年、基地建設現場や民間軍事会社事務所などイラク軍関連施設で料理人として働きながら取材をし、『ルポ 戦場出稼ぎ労働者』を記す。2012年及び2013年にはシリア内戦を取材。
ジャーナリストとして、本当にしっかりと、独自の地位を築いていた。

2004年、渡辺さんが拘束されるまでの間、イラクからメールで送り続けた現地レポートと、帰国後の報告をもとに、私は「戦場イラクからのメール」という短篇戯曲を書き、2004年の夏期、燐光群で、『私たちの戦争』というタイトルのアンソロジー集の一篇として、『だるまさんがころんだ』と二本立てで、全国で上演した。
愛知県などで公共の立場から「共催取り消し」などの対応を受けたりもした。

安田さんの行方不明状態が続く今。
もう11年前になる、安田さん・渡辺さんが拘束された、あの時のことを、もう一度人々にわかってほしい。

そんなわけで、戯曲「戦場イラクからのメール」を、ブログで公開することにした。

戯曲 戦場イラクからのメール(上)
http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/bd0127b9a06a997db8c33ffa872471dc
戯曲 戦場イラクからのメール(下)
http://blog.goo.ne.jp/sakate2008/e/350b77c2de2123d58e6f0d8bff7accd7

安田さんの安否を気遣う人たちと、思いを共有したい。
本当に、一刻も早く、帰ってきてもらいたいのだ。
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