何しろ読んだのは大昔だ。十代前半であろう。何が印象的といって、覚えているのは後の発明王エジソンの苦学中、貧困についての二つの逸話。食べ物を買えず水ばかり飲んで腹を膨らませたこと。そして。ドイツ語の家庭教師の仕事を「ドイツ語ができます」と嘘をついて引き受けてしまうところ。彼は翌日教える内容を徹夜で勉強して家庭教師をする。この姿は、私のような付け焼き刃勉強派の遅筆劇作家にとって、身につまされると同時に深く励まされる。
朝十時半から夜十時までほぼぶっ通し稽古。城田・清水という強力な助手に甘えて休憩時間もあまり取らず進む。午後には音楽協力のPANTAさんも現れる。二十歳前後に私はどれだけ「PANTA&HAL」を聴いていたことか。しかし長い歳月の間に多くの共通の知人がいる。ご縁のありがたさ。まだ手の内を見せぬが音響の天才島猛も気合いが入っている。隣の稽古場で矢内原美邦たちが稽古している。帰りしなに立ち話。退出時が賑やかな森下スタジオであった。
歌舞伎座がビルになるそうだ。どうかしている。松竹さんもテナントを入れ建て直すなら向かいの東劇ビルでいいではないか。歌舞伎座はあの形だからいいのだ。マッカーサーの副官の座を蹴って「歌舞伎を救ったアメリカ人」となったフォービアン・パワーズさんは、戦前ふらりと歩いた銀座で寺と勘違いして歌舞伎座に入り思いがけず出し物を見て興奮し、歌舞伎マニアとなったのだ。私は十年前彼からその話を聞いて心から感動した。ビル? そりゃ駄目だ。石原都知事はこういうことにこそ金を出して歌舞伎座を守るべきだ。永山前会長がご存命ならこんな暴挙は許さないだろう。
考えてみればもう公演の十日前なのだ。いやはや。時間の経つのは早い。さっきまで電話とFAXで舞台図面の部分調整をしていた森下紀彦舞台監督とも二十年の付き合い。梅ヶ丘で彼と共同の事務所を借りたのが十五年近く前。今回久々一緒にやる美術家の加藤ちか、編集者豊田勇二、四人の共同事務所としてスタートした。えっ、そんなに昔だったのか!?
ずいぶん長い間通わせて貰っているセゾン文化財団さん運営の稽古場である。今回は最後の二週間、一番広い稽古場Cをお借りしている。ここは公演もできる広いスペースだ。広いということじたいの贅沢がある。ありがたいことだ。『戦争と市民』、台本が上がって駆け足の稽古となっているが、この広さに助けられている面も大きい。
台本を書くとき情報量が多いとたいへんである。今回はとくにそうであった。たんに情報が多いのではなく、それぞれの情報の多義的な方向性をなるべく狭めず開いた形でのみこもうとすると、ハードなのである。今回は、選挙の事も空襲の事も、知らないものは知らないのであるから、遠回りに思えても、向き合うしかなかったのである。
気合いを入れるため鯨肉を買う。コーヒーを買いに行ったスーパーの鮮魚部門。解凍刺身用、小さなブロックで五百円。生姜醤油で食べる。『戦争と市民』は、昔から捕鯨をしている土地、「鯨丸市」が舞台。副題は「鯨丸市年代記」と付けても構わないと思ったが、そう一筋縄ではいかないことを自分が考えているとやがて気づく。とはいえ、「年代記」という言い方じたいも、一つの仕掛けとして登場。
亡くなられた。肺ガンだという。縁のある何人かの人が、私のところにまで「残念である」「ショックです」と伝えてくる。筑紫さんは私の芝居を何度か観てくれた。新国立劇場にはご自分のゼミの学生さんを連れてきてくださり、終演後長くロビーでお話しした。『だるまさんがころんだ』の中には「筑紫哲也さんも言ってたさ」というフレーズが出てくる。ご本人が観劇中そのシーンで他の観客と一緒に笑っておられたのを覚えている。
もろもろの仕事がなかなか進まない。しかし意地になってこのブログを一日一回更新することを続けている。一種の験担ぎであろう。他の仕事をさぼってまで、という事ではない。歯を磨いたり、用を足したりするのと同じだと勝手に考えている。土田英生君が言っていたように一種の依存症というか現実逃避なのかもしれない。さあ今日のぶんは書いたぞ。とにかく、進め、進め、である。
オバマ氏だそうだ。この場ではあまり床屋談義風にマスコミの事をあれこれ言うのはやめたいと思っているのだが、何だか暗殺の恐れがあるようなことをヘンに喧伝する報道というか想像上の言説には、それをあおったり期待しているように聞こえるところがあり、かなり違和感がある。ところで『戦争と市民』では、「大統領」に言及している場面がある。選挙の話も出てくるが大統領選ではない。
1『ハシムラ東郷』宇沢美子(東京大学出版会)
2『東北を歩く』結城登美雄(新宿書房)
3『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー(早川書房)
4『生きるための緩和医療 有床診療所からのメッセージ』伊藤真美+土本亜理子編(医学書院)
5『失敗の愛国心』 鈴木 邦男(理論社)
11月21日から年内、ジュンク堂書店・新宿店で開催されるブックフェアに推薦したもの。一応関係者なので前宣伝に協力。『東北を歩く』で知った「カロウト」は『戦争と市民』に登場する。
2『東北を歩く』結城登美雄(新宿書房)
3『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー(早川書房)
4『生きるための緩和医療 有床診療所からのメッセージ』伊藤真美+土本亜理子編(医学書院)
5『失敗の愛国心』 鈴木 邦男(理論社)
11月21日から年内、ジュンク堂書店・新宿店で開催されるブックフェアに推薦したもの。一応関係者なので前宣伝に協力。『東北を歩く』で知った「カロウト」は『戦争と市民』に登場する。
現在稽古中の燐光群新作である。詳細は燐光群HP(http://www.alles.or.jp/~rinkogun)で見てください。HPは最近、英語バージョンの記事も増やしているので、身近な方に英語圏の方がいらっしゃったら、ぜひお薦めください。日本語部分は黒バック、英語部分は白バックで、スタイルも違います。
じつは困った問題も出ているらしい。英国等に拠点を置く反捕鯨団体が潤沢な資金をバックに7月ラマレラに乗り込み、漁民への経済支援策を提示、引換えに「脱捕鯨」文書に署名を迫った。貨幣は存在せず村全体でクジラを分かち合い、干肉を「山の民」の穀物と物々交換する島社会の仕組み、伝統捕鯨に対する理解と敬意は、微塵も感じられなかったという。誇り高き漁民たちは、もちろん反発している。
沖縄在住の小島曠太郎さんと電話で話す。今秋も3週間インドネシア・レンバダ島の伝統捕鯨村ラマレラにいたという。珍しく不漁、その間クジラがまったく捕れなかったという。私が行った一回目もそうだった。マンタはいっぱい捕れたけど。二回目は浜にマッコウが一度に三頭並ぶ大漁だった。世話になったランベル家のアニ少年がラマファ(銛手)を継ぎ、結婚してもうすぐ子供が産まれるという。歳月。
先日、【Book Japan】に依頼された件。ジュンク堂書店・新宿店において開催される展示イベント。書評メンバーが、昨年11月から今年10月までに刊行された本を対象にベストファイヴを選び、それがディスプレイされる。11月半ばすぎから年内いっぱい開催予定。今年の春に立ち上げたばかりの書評サイトだが、アクティヴにやっている。