「病葉草紙」 京極夏彦 文藝春秋
八丁堀にも程近い、八軒長屋二棟の因幡町籐左衛門長屋は25歳の藤介が差配をしている。
薬問屋だった籐左衛門が50歳を前に隠居し、その少し前に建てた長屋。
主に母親の千代が差配の仕事をしていたが、5年前に千代が逝き、その仕事を藤介が引き継いだ形だった。
治安も悪くなくその所為か店子の身持ちも悪くなく、平穏であった。
藤介は日に1度長屋を訪れて様子を見るが、1人気にしている人物がいた。
久瀬棠庵。
ほぼ1日中、書き物机に向かって座っている。
部屋の左右に棚があり、土間にまで箱だの何だのが所狭しと積み上げられて、足の踏み場もない。
訪ねると、藤介は土間に伏せてある丈夫そうな桶の上に座って話をするのが常だった。
と言っても、通常の会話が成り立つ2人ではなかったが。
藤介と棠庵は近辺で起こる不思議な事件を解決して行く事になる。
「馬癇」(うまかん)
棠庵の真向かいは善右衛門とその孫の初が住んでいたが、その初が善右衛門を殺したと言い出す。
善右衛門は確かに死んでいて、お初は「私が殺した」と言うばかり。
棠庵は、善右衛門を確かめて「殺されていませんよ」と言う。
「気癪」(きしゃく)
長屋に住む左官の巳之助が新しい仕事を始めてから様子が変だと、女房のおきんが言う。
食事も録に取らず風呂にも入らず、自分を寄せ付けないと浮気を疑っていた。
新しい仕事は、蔵前の加納屋の蔵の普請だった。
棠庵はその頃から、巳之助からある臭いがしていた事に気が付いていた。
「それは虫のせいだ」と棠庵は言う。
「脾臓虫」(ひぞうのむし)
高級料亭〈うお膳〉で一緒に食事をした番頭や親方衆4人が家に帰ってから相次いで死亡する。
そして、その後女中のおたかが首を縊って死亡する。
藤介は店子の屋根屋の幸助と同じ在所と言う事で、おたかの名を知っていた。
おたかの家は、押し込みが入り、一家皆殺しにあったが、おたかだけ助かった。
幸助は、おたかの様子をよく見に行って、女中頭の登和とも顏馴染みになり、弁当や折り詰めを貰っていた。
平次の親分、御用聞きの駿河台の伍平が棠庵のもとに毒の話を聞きに来る。
伍平は、4人は毒殺されたとみていた。
兄が石見銀山売りの登和が、挙動不審な為だった。
「蟯虫」(ぎょうちゅう)
籐左衛門の碁敵、唐傘屋の隠居、金兵衛長屋で〈庚甲講〉が盛んになって困っていると言う。
〈庚甲講〉は60日に1回集まり、夜通し起きているもの。
夜明かししないと早く死ぬ。
しかし集まるのは年寄りで、寝ないようにするのに苦しんでいるのだがやめられない。
場所は銅物屋の小津屋が提供しているが、そこの主人の杢蔵も辛そうに参加している。
〈庚甲講〉を広めたのは杢蔵の姪夫婦
棠庵は話を聞き、それは間違っているからと解決に乗りだす。
「鬼胎」(きたい)
棠庵は色々な事件や病を解決している事を、佐渡奉行から聞いたという武家の妻女が訪ねて来る。
里江と名乗り、詳しくは語れないが〈鬼胎〉は病かと聞く。
それは鍼で治せず、治ったとしても二度と子は産めなくなると医者、西田芳斎に言われたと。
棠庵は西田を知っているようで、西田が信用出来るか調べると1日の猶予を貰う。
そして平次に頼み事をする。
「脹満」(ちっょうまん)
1月前に新しく店子になった仙吉が出歩かず、寝てばかりで長屋連中も心配していた。
そして、太って来たと言う。
藤介は寝ている姿しか知らず、分からなかったが。
仙吉が井戸端で倒れてしまいその姿に愕然とする。
出会った時の倍になっていると。
しかし仙吉を見た棠庵は「飢えている」から倒れたと言う。
「肺積」(はいしゃく)
棠庵に縁談が持ち上がる。
棠庵は毎年春先と秋口に1月ほど家を空ける。
この秋口、甲州街道の宿場の犬目宿の陣屋の娘、登勢を河原で苦しんでいるのを助ける。
それが縁の話だが、登勢はその日から寝込んでしまい辛い物ばかり食べ、臭いの強い所に居ると言う。
医師に見せても悪い所はなく、それで恋煩いではと家族が考え、話を持って来た。
棠庵は縁談については自分でも分からないと言うが、登勢が寝込んだ理由を推測し長屋に呼び寄せる。
「頓死肝虫」(とんしのかんむし)
その日は藤介は忙しかった。
朝、父親の藤左衛門が転び、長屋では盗人が居たが逃げられたとみんなが騒ぎ、火事で出掛けていたとび職の源太が梯子から落ちて番屋に運ばれたと見知らぬ男が伝えに来る。
番屋に行くと源太は居らず、小津屋の杢蔵が行き倒れで死んで寝かされていた。
伍平親分は不審な死に方だから棠庵を連れて来て欲しい、と藤介に頼む。
長屋に戻ると平次の妹、志乃が攫われ、棠庵の家に投げ文があった。
それによると志乃は登勢と間違われたらしい。
そして、要求は杢蔵が死んだのは虫のせいにしろと書かれていた。
タイトルは病の名前で、昔はそれを虫になぞらえ形に表していた。
そこから物語が始まっている。
棠庵は世間知らずで人との接し方が分からないが、医学の知識も豊富な博学な人物。
相棒は若い差配人の藤介。
2人の会話や長屋の人達の会話が、時には落語の様で面白い。
「巷説」シリーズより、軽くい感じがするけれど、語られる内容は同じように深く納得させられる。
起こる事件とその解決方法も考えられていて、流石の面白さ。
虫のせいにして、丸く収まる事もある。「嘘も方便」だ。
少しずつ、棠庵や藤介、長屋の人達も事が分かってくるのも楽しい。
棠庵の会話の様子は「ワシントン・ポー」シリーズのティリーを思い出す。
言葉通りに受け取るとこういう事になるのだな、と。
京極夏彦さんの新しいシリーズになるのだろうか。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます