今日T先生からメールをいただきました、詳しくはわからないですが、
アレルギーの患者さんだったようです。 T先生のオフィスでは今PCRTによる感情からのアレルギーのアプローチをされているのですが、患者さんがそのオフィスの環境にアレルギーが有ると言い出したようです。
当然あたらしい物は過敏物質が多く入っています。アレルギーで反応が出ているのは、当然です。
しかし全て100%その物質が原因で有ると決め付けるのも考え物です。 これらのアレルギー反応も心と体の相関関係が深いのではとおもいます。
フロイトの精神分析理論では防衛機制があります。
これらは逃避 抑圧 投射 合理化 置き換え 反動形成
が有ります。これらはフラストレーションによって引き起こされる反応の一つです。
仮にAサンが有る場所に行って急に具合が悪くなりました。たまたまアレルギーがあり、その場所にアレルゲン物質があったとすれば、それはそのせいだと考えます。 しかし世の中多くの物質があり、それだけに反応したのだとは考えにくいのです。
人は体の症状を起す原因の本質はアレルゲン物質であり、物体の仕業だと考えます・原因は自分自身の心の中で起こったアレルギー反応があることを認めようとしません。
フロイトの精神分析に出てくる投射ということばは、があります。
『投射とは自分が持っている欲求や感情を自分の物として受容することが出来ず。無意識のうちに他人に転嫁して他人の責任にしてしまう、自分が相手を嫌っていることを認めようとはせず、相手が自分を嫌っていると思い込むことをいいます。』
例えば
体がだるくなってきた。『友達は好きじゃないけれど、そんなことを言っては失礼だと考えると』その感情(抑圧)は他の問題に投影される危険性も有る。
これはミイラ取りがミイラになった状態です。
アレルギーは食品に限らず、相手のしぐさ、行動、言語もアレルギー反応が出ても不思議ではないと思います。
ただそのアレルギー的人物がとても良い人で、親密な人間で有れば有るほど心の抑圧は大きくなります。抑圧は心の奥底に有るものなのでわかりにくいようです。
自分に対しての行動やetcが受容できず、今日は頭がいたい。 たまたま病院で○○のアレルギーが有ると、脳にインプットされていたのであれば、それはまさしく条件的な反射となって体に体系図けられるのではないかとも考えられます。
全てがそうだと考えるのは危険ですが、心理学的に考えるとそう考えてもおかしくもないと思います。
全て感情は人に向けられるのでもなく、物や品物 ひょっとして空気にも投射が行われる危険性が有るのではと私は勝手に思い込んでいます。
食品だけがアレルギーでなく そのしぐさ、人の行動がいやな自分自身の本質を認めたくないために、なんらかの物や人、行動を無意識に嫌って納得している人の行動は否定出来ないと考えています。