振り飛車の左金活用マニュアル 大山康晴vs中原誠 1971年 第12期王位戦

2023年08月04日 | 将棋・名局

 「こういう将棋は、左側の金が遊んでしまいがちなんですよね」

 

 というのは中飛車の将棋を観戦していて、よく聞くセリフである。

 ふつうの振り飛車は玉を美濃に囲った後、▲69▲58に上がって、次に▲47金高美濃に組むのがセオリー。

 ところが、中飛車は飛車を中央の▲58に置くから▲58金左とできず、また▲56にくり出すのが理想形になるところから、6筋7筋が弱く、それをカバーするためにも▲78金とこっちに使うことが多いのだ。

 

 

 このの使い方が、なかなかに悩ましい。

 戦いになったとき遊び駒になりやすく、負けるときは置いてけぼりになったり、下手すると質駒になって、いいときに取られてしまうと最悪なのである。

 

2022年第12期リコー杯女流王座戦五番勝負の第2局。

里見香奈女流王座と加藤桃子女流三段の一戦。

すでに加藤の必勝形で、里見陣の3筋に取り残された金銀が哀しい。

 

 

 なので、振り飛車のうまい人はこの左金の活用がうまいことが多いのだが、その代表といえばやはり大山康晴十五世名人

 1971年の第12期王位戦

 大山康晴王位王将中原誠十段棋聖の一局。

 大山の2勝1敗でむかえた第4局は、後手の中原が三間飛車相手に△85歩を決めず、あえて石田流に組ませる趣向。

 むかえたこの局面。

 

 

 

 後手は棒金からの押さえこみをねらっている。

 形は▲65歩だが、△33歩と銀取りで止められて、うまくさばけない。

 このままだと大駒が圧迫されてしまうが、ここから大山はうまく局面をほぐしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▲79金と、こちらに使うのが大山流の金使い。

 ふつうの感覚では金は王様の近くに置いておきたいものだが、あえてこちらに使うのが達人の技で、大山も「うまい手だった」とほくそえんだとか。

 これが決戦の後、△89飛成とダイレクトに成られる手を防いでおり、後手の速い攻めを封じている。

 中原は△76歩と押さえるが、そこで▲65歩が絶好のタイミング。

 

 

 

 

 この手をなくして、振り飛車のさばきはあり得ないというくらいの突き出しだ。

 今度は△33に打つ一歩がないし、△88角成には▲同飛と取って、▲79金の存在が大きく後手からもう一押しがない。

 そこで中原は△65同金と黙って取るが、▲22角成△同玉▲66歩と打って先手好調。

 △同金▲55角だから△55金と寄るが、さらに▲56歩と追及していく。

 

 

 

 

 △同金▲45角金取り▲23銀成を見てシビれる。

 △54金と引いても、もうひとつ▲55歩が気持ちよい突き出しで、△44金▲56角がきれいに決まる。

 

 

 

 

 かといって△同金▲58飛と回られ、あとは好きなようにされてしまう。

 そうはさせじと、中原は△67角と反撃するが、一回▲23銀成とここで捨てるのが好判断で、玉を危険地帯におびき出してから▲55歩を取る。

 後手はを打ったからには△78角成飛車を取りたいが、この角がいなくなると、やはり▲56角王手銀取りが痛打。

 そこで△86飛と走って、この局面。

 

 

 後手は△23玉△41金△74銀がどれも▲56角ラインに入っており、いかにも危ない形。

 そこをかろうじて△67角が、後ろ足でカバーしているのだが、次の一手がそれを寸断する絶妙手だった。

 

 

 

  

 

 

 ▲58飛とここに回るのが、大山門下で、やはり振り飛車の達人でもある中田功八段も絶賛した、すばらしい一着。

 △同角成▲同金で、やはり▲56角が激痛。

 後手はせっかく飛車を活用しても△89飛成とできず、かといって持ち駒の飛車も打ちこむ場所もなく、先手の2枚が「より怖い二枚飛車」を完全に封じこめている。

 中原は△32玉と泣きの辛抱をするが、ここで▲56角と打って、△同角成▲同飛と邪魔なを除去。

 △33銀と血を吐くようなガマンに、口笛でも吹きながら▲54歩と突いて気分はド必勝

 

 

 

 

 あの押さえこまれそうだった飛車が、あざやかにさばけ、逆に後手の飛車は▲79金たった1枚によって、完全にブロックされている。

 その後大山にミスがあって少しもつれたが、中原がそれを生かせず大山が逃げ切る。

 シリーズもフルセットまでもつれこんだが、最後は大山が勝ち、第1期から続いている王位12連覇を決めたのだった。

 


 

 (「受けの大山」の神業的妙技はこちら

 (渡辺明「次の一手」問題と思いこんだほどの絶妙手はこちら

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

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熱戦「藤井システム」対「緻密流」 佐藤康光vs藤井猛 2002年 第50期王座戦 挑戦者決定戦

2023年07月21日 | 将棋・名局

 前回の渡辺明との竜王戦に続いて、今回も佐藤康光の剛腕特集。

 

 「助からないと思っても助かっている」

 

 というのは、大山康晴十五世名人が、好んで扇子などに揮毫した言葉である。

 「受けの達人」と呼ばれた大山名人らしいが、これが攻め方からすれば、

 

 「寄ったと思っても、まだまだねばられている」

 

 ということになり、こういうときは勝てるという期待があるぶん、よけいに「届いてないか……」とガックリくるものだ。

 

 2002年の第50期王座戦

 羽生善治王座(竜王・棋王)への挑戦権は、佐藤康光棋聖藤井猛九段との間で争われた。

 先手になった藤井が「藤井システム」を登板させると、佐藤もそれを正面から迎え撃つ。

 端から戦いがはじまり、「ガジガジ流」の特攻を居飛車側もギリギリの眉間で受けるという、きわどい戦いに。

 むかえたこの局面。

 先手が、▲14香と打ったところ。

 

 

 

 後手の金銀4枚が手つかずなのに、早くも詰めろがかかっている。

 この手を見て

 「あれ? これって受けあるの?」

 と思った方も多いのではないか。

 そう、後手玉は逃げる場所がないというか、▲12と、や▲23と、というシンプルな詰み筋が受けにくい。

 こうなると、後手陣の金銀が逃走経路や、飛車横利きをさえぎる無用の長物。

 これが「システム」の破壊力でアマ級位者クラスの将棋なら、あと数手で投了となっても、おかしくないのではあるまいか。

 どっこい、強い人の将棋は、そんな簡単には終わらないのである。

 

 

 

 

 

 

 △22金と寄って、まだ先手の攻めは決まっていない。

 これが唯一無二のしのぎで、こうなると飛車やカナ駒の援軍がない先手側が、むしろ頼りなく見えてくるから不思議なものだ。

 以下、▲23と△12歩▲13歩△同歩▲同香成△同金▲同と△12歩

 

 

 

 ギリギリすぎるという受けで、とても生きた心地はしないが、攻め手からすると、あと一伸びがないようにも見える。

 足が止まったらおしまいの藤井は、▲23桂と「ハンマー猛」の打撃力を駆使するが、△21玉▲31桂成△同玉▲23と△15角

 

 

 

 この角出が、なかなかの手で、飛車横利きを開通させながら、△37角成をねらう好感触。

 一方の先手側は、切っ先をかわされているというか、

 

 「4枚の攻めは切れないが、3枚の攻めは切れる」

 

 との格言を地で行く形に見え、この後、後手玉を左辺に逃がすと、まったく手段がなくなってしまう。

 なら先手が負けかといえば手はあるもので、ここで振り飛車の手筋がある。

 

 

 

 

 

 

 ▲64歩と突き捨てるのが、きわどく攻めを継続する軽手。

 相居飛車なら▲24歩▲35歩▲15歩などを、いいタイミングで突くのが相手を迷わせるように、振り飛車もどこで、このを発動させるかが腕の見せ所。

 △同銀▲44歩が激痛だから△同歩と取るしかないが、▲62歩がまた手筋の軽妙手。

 

 

 

 

 これも△同飛しかないが、▲63銀とたたきこんで、左右挟撃の形ができた。

 取れば頭金で詰みだから、△82飛だが、▲62歩とガッチリ錠をおろして、左辺を封鎖する。

 

 

 さあ、ここである。

 先手はそのまま、教科書に載せたくなるような筋の良い攻めで、なんとか切れ筋をしのぐことができた。

 いやそれどころか、と金で、左右を押さえられた後手玉に逃げ場がなくなっている。

 次に、▲32金の頭金を防ぐのが困難なうえに、△37角成と飛びこんでも先手玉に詰みはない。

 では、後手玉に、しのぎはあるのか。

 私など自分で指すと「受け将棋」(というか策なく駒組しているうちに先行されるだけなんだけどね)なので、初めて並べたときは、

 

 「こんなん△41角でピッタリでしょ!」

 

 

 

 

 なんて「オレつえー」な気分に一瞬なったものだが、これには▲52銀不成と飛びこんでくる手があって、△同角頭金で詰み。

 銀不成に△23角と金を払うのは。▲43銀成と金を取られる。

 ならばと▲52銀不成に△42玉とムリクリ頭金を受けても▲41銀成を取られて、まだまだ攻めが続くのだ。

 いやホントに、受けは大変というか、

 

 「助からないと思っても助かっている……と思いきや、なんなりと手はあるもので、結局はゴチャゴチャ喰いつかれているうちに寄せられてしまう」

 

 いざ実戦となるとこれが現実で、こんなもん、もうやってられるかという話だ。

 では後手が負けなのかといえば、実はこれまたそうではないから、話はややこしい。

 絶体絶命にしか見えないが、信じられないことに、ここでは後手が受け切りなのだ。

 

 

 

 

 △41玉と寄るのが、ふたたび唯一無二の好手。

 以下、▲32金には△51玉。

 

 

 ▲52金には△31玉とかわして、それ以上の攻めがない。

 

 

 

 なんだか、サーカスの玉乗りみたいな身のこなしだが、これで文字通り紙一重で受かっているという佐藤棋聖の読みが、すばらしい。

 以下、▲61歩成△21香と打って、とうとう先手の攻めは切れ筋に。

 

 

 

 

 本当に、あと一押しに見えるだけに、藤井にとっては無念だったろう。

 ▲32金△同飛▲51と△31玉▲32金△同玉以下、後手勝ちで王座への挑戦権を獲得。

 タイトロープ上で、つま先立ちをするような、本当にギリのギリで特攻をいなし、これぞまさに大山流の

 

 「助からないと思っても助かっている」

 

 見事なものだが、いくら読み筋だとはいえ毎回こんな将棋ばかりだと、なんだか寿命が縮まりそうだなあ。

 


 (2002年、王座戦5番勝負の第1局の模様はこちら

 (羽生善治を粉砕した佐藤の踏みこみはこちら

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

 

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ミスター・レッスルボール 佐藤康光vs渡辺明 2007年 第20期竜王戦 第5局

2023年07月15日 | 将棋・名局

 「いや、やっぱり苦労が多かったような。ははは」
 
 
 そう言って笑ったのは、控室で検討していた佐藤康光九段であった。
 
 舞台は先日行われた、棋聖戦第3局でのこと。
 
 藤井聡太棋聖(竜王・名人・王位・叡王・王座・棋王・王将)が挑戦者である佐々木大地七段にお見舞いした、顔面受けが話題となった。
 
 
 
 
 
 
 ガツンと体当たりの後は、一転相手にゆだねる一手パスで、これで佐々木大地の暴発を誘い中押し勝ち。
 
 これを受けて、私は
 
 
 「佐藤康光九段っぽいなー」
 
 
 と感じたわけだが、思うのは皆同じらしく、深浦康市九段も「苦労が多そう」という佐藤の感想に、
 
 


 「でも、佐藤さんもこういう感じの将棋をよく指してませんでした?」 



 
 そこで前回は王将時代に見せた佐藤康光の顔面受けを紹介したが、今回も「そういう感じの将棋」を見てもらいたい。


 
 2007年の第20期竜王戦
 
 渡辺明竜王佐藤康光棋王棋聖の七番勝負は渡辺の3勝1敗第5局に突入。
 
 
 
 
 
 
 相矢倉から両者穴熊にもぐるという、平成の将棋らしい陣形に組み上がったが、次の手がすごかった。
 
 
 
 
 
 
 ▲96歩と、ここから仕掛けて行くのが意表の手。
 
 本譜のように△同歩なら▲95歩が取れるけど、後手が「スズメ刺し」をねらっているのに、そこからこじ開けていくという発想が思いつかない。

 その無茶が、佐藤康光にはよく似合う。
 
 以下、△同歩▲95歩△同香▲同角△85桂と跳ねて激しい戦いに。
 
 そこから、端を主戦場に渡辺が猛攻をかけ、佐藤がそれを受けるという展開が続いて、この局面。
 
 
 


 
 渡辺が△85銀とからんだところ。
 
 ▲同歩△95角成を取られるからダメとして、このままだと△94香やら△86銀(角成)とか△97歩とか。
 
 このあたりをガリガリやられると、好機に△37角成の補充もあって後手の攻めは止まりそうもない。
 
 こういう攻めをつなげることにかけては渡辺は一級品だが、こういったピンチを腕力でなんとかするのも、また佐藤康光の十八番でもある。
 

 


 
 
 
 
 ▲84竜△97歩▲87玉(!)
 
 を逃げるのはわかるけど、▲84に逃げると9筋の守りがうすくなるし、8筋が切れるのも後手からすれば、ありがたく感じるところ。
 
 そこで早速△97歩とビンタをカマすが、それには▲87玉がまた強情な受け。
 
 △86銀なら▲同竜から後手の攻め駒を全部取ってしまおうということなのだろうが、ホンマに大丈夫なんかいな。
 
 渡辺は銀を取られないよう△86角成とするが、そこで▲88玉と落ちて、しのいでいると。
 
 
 
 
 
 と言われても「いやいや、おたわむれを」と両手をあげたくなるが、これでダイレクトに△37角成飛車取り先手を取られる手が消えているから、なんとかなるということか。
 
 △98歩成▲79玉△59馬と突っこまれて息苦しいことこの上ないが、▲48銀と引いて、かろうじて守っていると主張。

 

 

 生きた心地はしないし、後手陣が鉄の要塞なので先手はこの攻めを切らして勝つしかないが、「やったろうやん」と気合で戦う。

 この人って言動は紳士でしかないんだけど、将棋の方は「ヤンキー魂」というか「喧嘩屋」稼業というか、ハッキリ言ってただの「ヤカラ」です。

 もうね、こんなん見せられたら、こっちはこんな感じになるわけですね。

 

 

 

 

 

 

 将棋界で一番このセリフが似合うのは、藤井聡太でも羽生善治でもなく、間違いなく佐藤康光でしょう。

 ▲48銀、△49馬▲85竜と取って、△26香▲同飛△48馬▲68玉△84歩▲同竜△65桂▲59香

 

 


 
 攻守ともにギリギリだが、佐藤はなんとかここを踏ん張って、▲57▲66と玉の大遊泳で逃げ出す。
 
 渡辺も懸命な追撃を続行するが、最後は佐藤が入玉を果たして大熱戦に終止符を打った。
 
 それにしても、他に冴えた受けがないとはいえ、▲87玉と仁王立ちする姿は、いかにも佐藤らしい。
 
 この2007年と前年の2006年竜王戦七番勝負は、渡辺と佐藤の持ち味が出たいいシリーズなので、機会があればぜひ観賞してみてください。

 

 

 (2006年竜王戦の激闘はこちら

 (2007年竜王戦の熱戦はこちらから)

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ) 

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80ヤード独走 佐藤康光vs渡辺明 2013年 第62期王将戦 第3局

2023年07月09日 | 将棋・名局

 「いや、やっぱり苦労が多かったような。ははは」
 
 
 そう言って笑ったのは、控室で検討していた佐藤康光九段であった。
 
 舞台は先日行われた、棋聖戦第3局でのこと。
 
 藤井聡太棋聖(竜王・名人・王位・叡王・王座・棋王・王将)が挑戦者である佐々木大地七段にお見舞いした、顔面受けが話題となった。
 
 
 
 
 
 ガツンと体当たりの後は、一転相手にゆだねる一手パスで、これで佐々木大地の暴発を誘い中押し勝ち。
 
 これを受けて、私は
 
 
 「佐藤康光九段っぽいなー」
 
 
 と感じたわけだが、思うのは皆同じらしく、これを受けて行方尚史九段も
 
 


 「やばいっすね。これは分かるわけないっすよ。将棋史上でない手じゃないですか? 康光さんなら浮かぶのかもしれないけど」



 

 そこで今回は佐藤康光による「康光さんなら浮かぶのかもしれない」特殊な将棋を見てもらいたい。
 
 
 
 2013年の第62期王将戦
 
 佐藤康光王将渡辺明竜王による七番勝負は、挑戦者の2連勝で第3局に突入。
 
 苦しい出だしの佐藤王将としては、もう負けるわけにはいかないわけだが、そこは強気で渡辺得意の横歩取りを堂々受けて立つ。
 
 むかえたこの局面。

 


  
 
 渡辺が玉頭から襲いかかって、を食い破ろうというところ。
 
 後手の攻めも細いが、こういう蜘蛛の糸をなんのかのと繋げて攻め切ってしまうのは、渡辺のお家芸ともいえるワザ。

 後手が2筋をガッチリとロックしているため、先手の飛車がまだ使えず、攻め合いは見こめないところ。

 ゆえに先手はしばらく守勢にまわらないといけないのだが、そこでひるむような佐藤康光ではないのだ。

 

 


 
 


 
 ▲87玉と大将自ら突っこんでいくのが、なにも恐れない受けっぷり。
 
 こうやって上部に勢力を足し、後手の桂香を取っ払ってしまえば、あとは▲56▲66飛車をいじめて自然に勝てるという寸法。
 
 それはたまらんと、渡辺は△98歩成から攻めを続行。
 
 ▲同香△同香成からバリバリ攻められそうだから、▲85歩とこちらを取り、渡辺は△94飛とかわす。
 
 


 
 
 
 目障りな桂馬こそ除去できたものの、これでが完全に破れている。
 
 ▲83角成が利けばいいが、その瞬間に△97香成とされて後手の攻めが早い。
 
 うまい受けがないと一気に突破されそうだが、やはり佐藤はここで引く男ではないのだ。

 

 

 
 


 
 
 ▲95歩△同飛▲86玉がパワフルすぎる特攻。
 
 この強情ともいえるショルダータックルで、後手にうまい攻めがない。
 
 いやまあ、強気というかなんというか、ほとんどムリヤリ肩をぶつけて因縁をつけるヤンキーみたいである。どんだけオラオラなんや。
 
 後手はたまらず△91飛と逃げるが、ここで押し戻されては切れ筋に陥った。
 
 すかさず▲84歩と突きだして、△99歩成▲92歩△81飛▲83歩成と、こんなところにと金ができては勝負あった。

 

 


 
 以下、佐藤は玉をどんどん前進させて、入玉模様で不敗の体制を築き快勝。
 
 もう見ただけで「佐藤の将棋やなー」とゴキゲンになれる、カッコイイ受けであった。

 

  (佐藤康光の魅力的すぎる将棋はまだ続く)

  (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)
 

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佐藤康光×大山康晴×羽生善治=「顔面受けの手渡し」 藤井聡太vs佐々木大地 2023年 第94期ヒューリック杯棋聖戦 第3局

2023年07月03日 | 将棋・名局

 「いや、やっぱり苦労が多かったような。ははは」
 
 
 そう言って笑ったのは、控室で検討していた佐藤康光九段であった。
 
 「夏の12番勝負」として、猛暑よりも熱い戦いが期待されている藤井聡太七冠佐々木大地七段のダブルタイトル戦。
 
 その緒戦である棋聖戦では、藤井が先勝するも、第2局では相手の読んでなかった▲55角のカウンター一発で、佐々木がお返ししてタイ

 勝った方が王手という第3局は、藤井が先手で角換わりになったが、この将棋の中盤戦が見ものであった。
 
 まず、いきなり端に▲97桂と跳ねるのが、見たこともない手。
  
  
 
  
 ただでさえ、▲77ではなくこっちにを使うのは違筋なうえに、△95歩からの攻めも警戒しなければならない。

 相居飛車の将棋ではまず見られない珍型だ。
 
 これには私のみならず多くの将棋ファンが、
 
 
 「これ佐藤康光のやり口やん!」
 
 
 思わず、つっこんでしまったことだろう。

 こんなもん、あの人しかやりまへんやん。
 
 考えることは皆同じで、一緒に検討していた行方尚史九段は 
 
 


 「やばいっすね。これは分かるわけないっすよ。将棋史上でない手じゃないですか? 康光さんなら浮かぶのかもしれないけど」



 
 
 これに対して会長……て思わずまだ言っちゃうな、佐藤九段は
 
 


 「いやいや、私、浮かばないです」



 
 
 こちらもあきれていたくらいだから、よほどスゴイ手なのだ。
 
 まさに古い格言で言う「名人に定跡なし」。
 
 しかも、驚愕の手順はここで終わらず、このあと8筋から逆襲していった先手は、玉を▲67▲76▲86と繰り出して行く。


 
 


 これまた規格外な玉さばきで、これ棋譜だけ見てだれが指してるかクイズにしたら、「佐藤康光か木村一基」って答える人めちゃ多いでしょ。

 ここからは深浦康市九段も加わって、
 
 


 佐藤「先手は玉が露出していて何かと流れ弾に当たりやすいので、苦労が多そうですけどね」
 
 深浦「でも、佐藤さんもこういう感じの将棋をよく指してませんでした?」

 佐藤「いや、やっぱり苦労が多かったような。ははは。次の一手は見ものですね」



 
 
 あのレジェンドですら「苦労が多い」という玉形で、涼しい顔をしているのだから、ホントこの七冠王を倒すのは大変である。
 
 というと、なんだかこの指しわましが見た目だけ派手な、ともすれば相手の意表を突くだけのような印象を受ける方もおられるかもしれないが、そうではない。

 これは実は、あの村田戦で見せた△64銀似た思想を持つ手なのだ。

 

 
 
王座戦決勝トーナメント2回戦。村田顕弘六段との一戦。
必敗の局面から、ひねり出した△64銀がすさまじい勝負手。
これで一気に盤上が異空間になり、秒読みでは対処しきれず、大金星を目前にしながら村田は敗れた。


 
   
 先日も書いたが、あのタダに見える銀出はいわゆる「逆転妙手」ではない。
 
 そうではなく指された瞬間に
 
 
 「どうやっても勝ち」
 
 
 という局面が、
 
 
 「勝ちだけど、正解1個以外の指し手を選んだ瞬間、すべてがアウト」
 
 
 というデスゲームに変貌を遂げるという怖ろしすぎる一着だったのだ。
 
 「動」と「静」のちがいこそあるが、この▲86玉手渡しも同じ。
 
 即物的な意味だけなら、△54角△95歩、▲同歩、△98歩、▲同香、△54角の筋を防いだ手だが、本当のねらいはそこではない。
 
 あの△64銀と同じく、
 
 
 「こんなのプロだって正解手は指せないよ!」
 
 
 という「悪手」に巧妙に誘いこんだうえで、あえてターンを渡すという超高等戦術
 
 まさにかつて、昭和に大山康晴十五世名人が発見し「熟成」させ、平成に羽生善治九段が「言語化」した相手を惑わせる「手渡しの技術」
 
 よく将棋の形勢を見るのに、
 
 
 「駒の損得」

 「玉の固さ」

 「駒の働き」

 「手番」
 
 
 を確認するという作業があるが、これに関して、たしかなにかの折に藤井猛九段が言っていたことが、
 
 
 


 「この4つの中では、手番が一番大事だと思う」


 

 

 序盤で積極的にリードを奪いに行き、また「ガジガジ流」のパワー攻めで「自分から」局面を作って行きたいタイプの藤井猛らしい意見だ。 
 
 だが大山と羽生、そしてこの将棋における藤井聡太だった。
 
 人によっては「一番大事」という手番をヒョイとあげてしまう。

 突然のノーガード戦法。ピンチの場面なのに、平気な顔でハーフスピードのストレートをど真ん中に投げこんでくる。
 
 だがそれは単なるパスではなく、特に大山に顕著だが明確な「」なのだ。
 
 
 「はい、手番あげるから、いい手指してみなさいよ」
 
 
 そしてその手には、こういうセリフが続いている。
 
 
 「でも、正解出さないと、アンタ死ぬけどね」
 
 
 「最強」の座に君臨する者から、こんな宣告をされて「いつも通り」のプレーができる者が果たして何人いるだろうか。

 

 

 

1960年の第10期九段戦(今の竜王戦)第7局。大山康晴九段と二上達也八段の一戦。
中盤のねじり合いのさなか、ここで△26歩とじっと突いたのが、『現代に生きる大山振り飛車』という本の中で藤井猛九段も「自分には絶対に指せない」と驚愕した手。
△27歩成の突破なんて遅すぎて、ゆるしてもらえるわけないが、大山曰く、
「ここでは△26歩か、△94歩で、敵の攻めを急がせるよりない」
事実、ここから二上が決め手を逃して混戦になり、最後は大山の逆転勝ち。

 

 

1993年の第34期王位戦の第4局。郷田真隆王位と羽生善治四冠の一戦。
後手の大駒3枚に対して先手は銀の厚みで対抗。
どう指すか難しい局面だが、なんと羽生は△94歩。▲67金直と形を整えたところに、さらに悠然と△95歩(!)
まさかの端歩2連発だが、この緩急でペースが狂ったか▲46銀と出たのが疑問で、好機に△28角と打つ筋ができ先手がいそがしくなった。
以下、羽生が勝って初の王位獲得。

 


 
 実際、佐々木大地ほどの落ち着きと、ねばり強さを持った棋士が、ここから暴発し、あっという間に将棋は終わってしまった。
 
 これこそが大山&羽生が必殺とした手渡し。まさに「の一手パス」なのだ。
 
 だから私は急転直下で終わったあの一局を見て、佐々木大地に「なにやってんの」という気にはなれない。
 
 イエス・キリストも言っていたではないか。
 
 
 「あの局面で正解手を指せるものだけが、この男に石を投げよ」
 
 
 ホントねえ、こういう将棋を見ると、いつも思い出すのが『カイジ』の「鉄骨渡り」だ。

 

 

 


 


 そうなんだ、ただ「まっすぐ歩く」だけでいい。
 
 でも、いったん「下を見ると」いや「見せられる」と、それができないのが人間というもの。
 
 落ちちゃうんだよ、あるいはすくんじゃうんだ。人は不完全で、なんと将棋はおもしろい。
 
 あー、やべえ。早くご飯食べたいのに、つい熱くなって書いてしまった。
  
 以上、今回私が言いたかったのは、この▲86玉という手は単なる「おもしろ局面」ではないということ。
 
 そこには大山康晴が生み出し、羽生善治が完成させ、さらにそこに佐藤康光狂気も内包した、まさにスーパーハイブリッド将棋。
 
 その「読み」「度胸」「勝負術」「見切り」「心理戦」「精神力」「創造力」。
 
 将棋に、いやあらゆる「勝負」に必要なすべてをそそぎこんだ、昭和、平成、令和と歴史の奔流こそが組みこまれた一着なのだ。

 とかいう妄想が間欠泉のようにブワッと湧き上がってきて、なんかもう、これちょっと究極だよなあ。

 そう、そうなんだよ。

 きっと、たぶん、知らんけどさ。

 

 (佐藤康光の顔面受けに続く)

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対馬から来た男 佐々木大地vs藤井聡太 第94期ヒューリック杯棋聖戦 第2局

2023年06月25日 | 将棋・名局

 「これまた、メチャおもろい将棋を見たなあ」


 
 そんな、うれしい悲鳴をあげることになったのは前回の王座戦、鬼手「△64銀」で盛り上がった藤井聡太七冠村田顕弘六段に続く、棋聖戦第2局を見終えた後のことであった。
 
 今年の夏は棋聖戦王位戦で、佐々木大地七段がダブル挑戦を決め、藤井聡太七冠との「12番勝負」が話題となっている。
 
 佐々木と言えば、順位戦こそなぜかC級2組に停滞しているが(次点続きで運がない、というかなぜC2の昇級枠は増えないのか?)その実力からいえばタイトル戦に出ても遜色ないことは、将棋ファンなら周知のところである。
 
 いや、それどころか藤井聡太に大舞台で徹底的にタタかれ、今のところ勝つイメージを失っている感のある、永瀬拓矢王座渡辺明九段豊島将之九段といった面々とくらべて、フレッシュな佐々木なら

 

 「勢いで一発入れる」
 
 
 ことすら十分期待できるところだ。
 
 タイトルホルダーと、将来の若手タイトル候補による注目のシリーズは、まず棋聖戦から幕を開けた。
 
 藤井が先勝して、むかえた第2局
 
 佐々木大地は必勝を期して、躍進の原動力ともいえる相掛かりを選択し、藤井もそれに追随。

 
 
 


 
 図は中盤戦での戦い。
 
 銀2枚桂香と、飛車の交換という、なかなかな駒得にくわえて▲73も手厚く、やや先手が指せる局面。
 
 だが先手玉はいかにも薄く、飛角の飛び道具3枚がどこから飛んでくるかわからないという、怖いところでもある。
 
 実際、△27角とか△38角とか打たれたら、もう受け切るのは大変そうに見えるが、後手はそんなもんでは満足できんと、より過激な手を披露する。 
 
 
 

 

 


 
 
 △39飛打がインパクト充分の鮮烈な手。
 
 △28飛が効いているし、△38角のような手には▲37桂がうまい受けで、なかなかパンチは入らない。
 
 そこでガツンと、ゼロ距離からの大砲発射。
 
 違筋で、かなり強引な1手ではあるが、これが解説の上村亘五段も、
 
 


 「これで流れが変わった」



 
 
 賞賛する一撃だったようだ。

 ただ佐々木大地は、師匠の深浦康市九段も言うように、こういう手を喰らってからが強い
 
 ▲同金△同飛成▲65桂と跳ねるのが、桂馬をさばきながら逃げ道を作る一石二鳥の、ぜひ指におぼえさせておきたい攻防手。
 
 
 
 
 
 
 
 パッと見は、この桂がピッタリに見えるため先手が気持ちいいのだが(もし悪手でも、ついつい指してしまいそうだ)、これが詰めろになってないのは不安材料でもある。
 
 △49角▲57玉△38竜に、一回▲48歩と受けたが、これが疑問だったよう。 
 



 
 
 
 ここは▲48銀と、あえて高い駒で受けるのが正解だった。

 

 

 

 本譜△47金には▲同銀で、△58角成がなく受かっている。
 
 また△58金など他の手でせまるのは、銀こそタダで取られるが(そのために安い歩で受けたのだ)それこそ▲67玉▲77玉と桂跳ねでできたスペースに逃げこんで、このしぶとさは、いかにも佐々木ペースであろう。
 
 ▲48歩には△47金と打たれ、▲68玉△76角成で先手玉に受けがなく見える。 


 
 
 
 
 △48竜詰みがどうにも防ぎようがないが、将棋とは手があるもので、ここで▲51馬と捨てる終盤手筋がある。

 


 
 △同金▲72飛から▲76飛成が抜ける。これで、しのいでいるという寸法だ。
 
 なるほど、これをねらっての▲48歩か。手が見えてるなあ。大地キレキレやん!
 
 なんて感心したのも束の間。アベマ解説の山崎隆之八段高田明浩四段によると、▲51馬△同金と取られても、また△31玉(!)と逃げても、これがなかなか先手が難局だというのだ。
 
 実際、佐々木の手がここで止まる。なにか誤算があったのかもしれない。
 
 たしかに今の佐々木大地は絶好調だ。手が見えている。いや、見えすぎていた。
 
 なまじ切れ味があっただけに、▲51馬のタダ捨てが視野に入ってしまい、その筋に溺れてしまったのではと言うのは山崎の推理。
 
 まあ、山ちゃんも「見えすぎて」なタイプだから、このあたりは想像できてしまうのかもなあ。
 
 時間は刻々と減っていくが、まだ手が出ない。
  
 やはり、なにかおかしいのか。大地ヤバイじゃん! ドキドキするが、ここは開き直って▲53桂成とダイブ。△同金に▲72飛△52歩
 
 佐々木は残り2分まで考えて▲51銀と追う。以下、せまるだけせまって▲76飛成と引き上げる。

 まだ形勢はハッキリしないが、ターンが藤井に回り反撃に出る。佐々木はなんとか左辺に逃げこむ。

 

 
 
 
 
 クライマックスはこの場面だった。
 
 先手は▲25桂と後手の逃げ道を防いでいるが、まだ詰めろではない
 
 つまり、後手はこの瞬間にラッシュをかけて、詰めろ連続でせまれば勝ち。
 
 寄せの得意な藤井にとっては、完全に「勝ちパターン」であり事実ここは本人も
 
 


 「ここだけは勝ちになったかと」


 
 
 とはいえ、局面自体は超難解で、「詰めろの連続でせまれば勝ち」と言われても、具体的な手となるとこれが見えない。
 
 ましてや相手が、
 

 「死んだ玉すらよみがえる」
 
 
 と恐れられる佐々木大地だ。下手なことをすると、ヌルヌル逃げられそうな形でもあるのだ。

 どないすんねやろと盤面をのぞきこむが、次の手がこの熱戦の命運を分けることとなった。
 


 
 
 
 
 
 
 最後の勝負所で、藤井は△78竜とスッパリ決めに行った。
 
 ▲同銀なら△75銀打から詰み。
 
 先日の王座戦と同じく、またもや最後であざやかな竜切りが決まるのか! 

 興奮は最高潮に達しそうなところだが、信じがたいことに藤井の敷いた勝利のレールは、その思惑より少しばかり軌道がズレていたのだ。

 

 


 
 
 
 
 
 
 ▲55角と打つのが、盤上この1手の見事な切り返し
 
 △同銀と取らせて、△75への利きを消してから▲78銀と取れば、先手玉に詰みはないのだ!
 
 藤井はこの手を見落としていたのだろう。ここで時間を使い切り、あわてた手つきで△55同銀と取る。
 
 ここで勝負は決まった。
 
 いや、評価値を見る限りでは、まだ後手不利ながらもまだまだ戦えたようだが、詰んでいると思ったところから、こんな勝負手を食らって「延長戦突入」では、いかな藤井といえどもを整えなおすのは至難だった。
 
 △24歩、以下すこしねばったものの逆転に導くオーラはなく、彼が負けを悟ったときに時折見せるグッタリした姿勢を披露するにおよんでは、もはや勝負あった。

 評価値はまだでも、闘志を刈り取られては戦いようもない。

 言い古された言葉だが、将棋はメンタルのゲームなのだ。
 
 これで1勝1敗のタイスコアに。
 
 佐々木にとってはタイトル戦初勝利で、これでストレート負けもなくなり、スコア的も精神的にも大きな1勝となったろう。

 いやあ、盛り上がってまいりました。

 今回、初のタイトル戦にも関わらず

 「佐々木大地なら、やってくれるんでね?」

 期待していたファンは、結構多いのではあるまいか。

 その通り、彼は藤井の終盤力にも臆さない力強い指しまわしで、見事に白星をもぎ取った。

 なにかもうワクワクが止まらない展開で、第3局以降が今から楽しみでならない。
 
 
 (またも熱局の棋聖戦第3局に続く) 
 
 

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「八冠王」への△64銀 藤井聡太vs村田顕弘 2023年 第71期王座戦 その2

2023年06月23日 | 将棋・名局

 前回の続き。
 
 「八冠王」をかけた王座戦決勝トーナメントで、村田顕弘六段の「村田システム」の前に大敗寸前の藤井聡太七冠
 
 


 
 こうなればもう村田のミスを頼むしか勝機がないが、最終盤、勝勢の局面で1時間以上を投入し指した手▲46角が「最善手」とあっては、後手の命脈も尽きた。

 以下、△58香成▲同玉△18竜▲48香△38金▲75香△48金▲69玉
 
 

 


 
 
 
 後手も懸命にせまるが先手玉に詰みはなく、後手陣は▲42銀からの詰めろが受けにくい。
 
 なんとか、ねばる手を見つけられないかだが、△78歩成と成り捨ててから△74歩とか、△72香とかあっても、おそらくそれらの平凡な手は、あの1時間の大長考でつぶされているはず。
 
 じゃあ、指す手ないじゃん。どうすんのよ?
 
 なんのアイデアもなく見守るしかない私だったが、次の手にイスから転げ落ちそうになった。

 

 

 


 
 
 
 
  
 △64銀
 
 なんじゃこりゃ。
 
 タダだよ。いや、そりゃ△52から△63逃げ道を開けて、▲64同角△59金から△56香詰みなのはわかるけど、それでもどういうことよ?
 
 解説の千葉ちゃん同様パニックになったが、次の瞬間、私は盤面を見ながら笑いそうになってしまった。
 
 「いや、これスゴイ手じゃん!」
 
 同時に、こうも思ったわけだ。
 
 「これ逆転するわ」
 
 とかとか言っていると、

 

 「そりゃ結果を知った今だから、そんなこと言えるだけでしょ」

 「後づけ評論おつ〜」

 

 なんてバカにされるかもしれないけど、これが本当にそう感じたわけなのだ。
 
 いやこれは私だけでなく、なんだろうなあ、結構、長めに将棋というものを見てきた人とかなら、

 「あー、うん。ちょっとね、わかるよ」

 とか言ってくれるんじゃないかなあ。
 
 理屈じゃないよ。けど、なんだろう、この感覚は。
 
 とにかくこれは、実に「雰囲気の出た」手なのだ。

 それこそ、かつての名棋士たちが、崖っぷちの土壇場でひねり出してきた様々な「魔術」のごとき。
 
 この銀出は、おそらく多くの動画やコラムのサムネになるような

 

 「歴史的絶妙手」
 
 「神の一手」
 
 「AI越え」


 
 といったものではない(たぶん)。
 
 実際、その後に村田が▲68銀▲79玉と、すべり落ちない指し手を続けると、評価値は微動だにしなかった。
 
 つまり、△64銀は決して「逆転の妙手」ではないのだ。
 
 ただ、これも評価値の便利なところで、言葉になりにくい「雰囲気」を数値化してくれているのだが、ここまで局面は先手勝ちであり、しかも


 
 「逆転しなさそう」


 
 と感じたのは、AIの言う「最善手」以外の手を仮に村田が選んでいても、パーセンテージはほとんど変わらないはずだったから。
 
 仮に次善手や、それ以下の手を指したとて落ちるのは3%とか、せいぜい7%で「焼け石に水」に過ぎなかったのだ。
 
 ところがどうだろう。この△64銀からはそれが一変
 
 いや、もちろんそこから村田が最善手を続ければ、問題なく圧勝だったが、見るべきは2番手以降の手だ。
 
 そう、この△64銀以降、最善手以外、その瞬間に評価値がマイナス20%とか30%とか降下するような手しか出てこなくなったのだ!
 
 つまり、△64銀までの村田は文字通り、
 
 「どうやっても勝ち」
 
 だった。多少ミスはあっても、それこそ大駒をタダで取られるようなポカでもない限り、「70点くらいの手」だけでも勝てるはずだった。
 
 だが、この銀出からは


 
 「最善手は勝ち、でもそれ以外はすべての手が地獄行き」


 
 という手探りのジャングル戦に、放り投げられたようなものなのだ。
 
 秒読みの中「最善手オンリー」の勝勢など、あまりに儚いカラ手形に過ぎない。
 
 地雷原の真ん中で、突然地図照明を取り上げられて、

 

 「暗くて道が見えなくても大丈夫でしょ。正確に歩いて、踏まなきゃ死なないからですから」

 

 とか言われたようなもんである。そんな無茶な!
 
 それでも村田はしばらく「最善手」でねばったが(変な言い方だけとホントそんな感じ)、1分将棋の闇の中でパーフェクトを続けるのは至難である。

 それこそ、「先手藤井聡太」でだってこの局面で、そんなことができるのかどうか。

 △64銀に、▲68銀△56香▲79玉△59金

 

 

 

 
 ここで▲59同銀と取ったのが、ついに「踏み抜いた」敗着となり、△75銀と取って完全に逆転

 先手はどこかで▲42金とすれば勝ちだったようだが、「王手は追う手」のような形で相当に指しづらい。

 △75銀▲77桂△88竜(!)とスッパリ切るのが決め手で、先手玉には詰みがある。

 これも、ちょっと盲点になる筋などがあって決して簡単ではないが、それでもしっかりと踏みこんでいった。勇者である。

 ▲88同玉△77桂成▲同玉

 

 

 

 

 次の一手が、この熱戦を締めくくるにふさわしいカッコイイ1手だ。

 

 

 

 

 

 △87飛成と2枚目の飛車も捨ててのあざやかな即詰み

 ▲同玉△85香と打って、▲77玉(▲78玉も△77歩が利いて同じ)、△86銀▲68玉△57金

 

 

 


 聞き手の本田小百合女流三段も感嘆してましたが、このとどめの△57金が、また思いつきにくい手。


 △57の地点は、がどいた後に△57桂成(香成)とするのが形に見えるところ。
 
 あるいは19にいたときには△57でばらして△59竜とかせまるとかイメージするから、こんな重い形は排除してしまうのだ。
 
 それをしっかりと見えているのだから、もう脱帽です。村田も、このあたりに誤算があったのかもしれない。
 
 なら1時間も長考せず、少し時間を残しておけばよかったのにとも思ったけど、たしか藤井猛九段がどこかで、
 
 


 「終盤で、勝ちを読み切った瞬間に時間が無くなって、1分将棋に突入というのが理想的な時間の使い方」



 
 
 とおっしゃっていたんだから、これはしょうがないのかなーという気もする。
 
 そこに△64銀なんて言うカオスをぶちこんでくる、この青年がイカれているだけなのだ。

 あの訳のわからないところから、1分将棋で最善手を最後まで続けられなかったと言って「村田がヘボい」と責めるのは、あまりに酷というものだろう。

 将棋の終盤戦とはそういうものであり、まさにそれこそが「不完全」な人間の戦いの醍醐味でもあるのだ。 
 
 とにかくこれで、藤井七冠がまさかのベスト4に進出。「八冠王」の夢は、ここにつながった。
 
 それにしても、すさまじいのはやはり△64銀だ。
 
 再三言うが、この手はいわゆる「最善手」「妙手」の類ではない。

 ハッキリ言って苦し紛れで、藤井も負けを覚悟していたはずだが、同時に、
 
 
 「相手が間違いやすい局面で手を渡す」
  
 
 という将棋の終盤戦における「逆転のテクニック」の典型ともいえる形でもある。
 
 古くは大山康晴十五世名人が得意とし、その技術の継承者ともいえるのが羽生善治九段の「羽生マジック」。

 

 

1991年の第49期A級順位戦。大山康晴十五世名人と青野照市八段の一戦
負ければ降級して「引退」となる大山は、受けがないように見えるこの局面で▲69銀と打った。
ただの悪あがきにしか見えず、実際に後手が勝ちだったが、青野は「連続王手の千日手で時間を稼ぐ」というワザに溺れ、混乱して寄せを逃してしまう。
「将棋史上もっとも相手に悪手を指させた男」と言われた大山渾身の大イリュージョンであった。

 

 

2001年の第26期棋王戦。羽生善治棋王と久保利明七段の一戦。
羽生の2勝1敗で迎えた第4局は、久保があざやかな指しまわしで優位を築く。
図は振り飛車必勝の局面に見えるが、指し手に窮した羽生はなんと▲24歩の一手パスを披露。
この追い詰められた局面で、ただ手番だけを渡すなど狂気の沙汰にしか思えないが、久保の猛攻を伝説的妙手「▲79金」でしのぎ逆転勝利で防衛。
今並べなおしても、久保が負けた理由が不明という熱戦だった。


 
 最近は洗練度が上がり、「藤井曲線」のような綺麗な勝ち方が多い藤井七冠だが、追い詰められればこういう「切り札」も切れるところが強すぎる。

 すげえ。これには大興奮だ。

 単に大逆転の余韻だけではない。そもそも私は、いやさ「将棋ファン」は、こういう終盤戦での「化かし合い」が大好物なのだ。
 
 うーん、もっとこんな将棋がオレは観たいぞ。
 
 そういう意味では、やはりまだ見ぬ「藤井聡太の地位を脅かすライバル」の出現は必須であり、それこそ「藤井ファン」こそが待望するべきなのかもしれない。
 
 今では、いつも80%の力でスマートに勝つこの男が、ついに追い詰められ、120%の力で「ひねり出す」ことを余儀なくされるとき。
 
 そのときはきっと、今の何倍もまたおもしろい藤井将棋が見られるはずであり、私は「八冠王」と同じくらいそれを熱望するのだ。


 

 (棋聖戦第2局の佐々木大地戦に続く)

 


 

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「村田システム」炸裂 藤井聡太vs村田顕弘 2023年 第71期王座戦

2023年06月22日 | 将棋・名局

 「いやー、おもしろい将棋見たなー」


 
 なんて感嘆のため息をもらしたのは、将棋ファン全員の総意だったろう。
 
 そう、言うまでもなく藤井聡太七冠村田顕弘六段で争われた、王座戦挑戦者決定トーナメントの一局だ。
 
 前人未到の「八冠王」へと驀進する藤井七冠の最後の関門が、この王座戦。
 
 頂上で待ち受ける永瀬拓矢の存在もさることながら、ファンの多くはこの決勝トーナメントにこそ極上のドキドキ感を味わっているのではあるまいか。
 
 番勝負と違って、こちらには「一発勝負」という怖さがあり、まさかというポカや、疲れ体調不良による拙戦があったり。
 
 また「ねらい撃ち」による研究ハメや、 「一回だけは通じる」奇襲みたいな手が飛んでくるかもしれないとか、不安要素が意外と大きかったりするのだ。
 
 実際、ここで村田はこの一番に「村田システム」なる秘策を用意してきた。
 
 ふつうならAI全盛の現代、個人で考えた新たな戦法が、そう簡単には通用しないとしたもの。
 
 それに正直、右側の山でベスト8に残った


 渡辺明九段
 
 豊島将之九段
 
 斎藤慎太郎八段
 
   
 といったA級棋士らとくらべれば、まあ失礼ながら村田は比較的組みやすい相手でもあり、ここは問題ないかと思いきや、あにはからんや。
 
 まさにこの一戦に「オールイン」してきた村田の指し回しの前に、藤井聡太はこれまで見せたこともないような大苦戦を強いられるのだ。


 
 
 
 
 
 
 図は中盤の入口。
 
 角道を開けないまま5筋も取って、角交換横歩を取られる乱戦を封じながら、自分の土俵へと持っていく。
 
 ここから▲76歩と突いて戦端を開くのだが、この仕掛けがずっぱまりして、あっという間に村田優勢
 
 いや勝勢ともいえる将棋となるのだから、ふたたび村田には失礼ながら、勝負というのはフタを開けてみないとわからないものではないか。
 
 


 
 
 
 私が仕事から帰ってきて、観戦をはじめたのがこの局面だが、解説の千葉幸生七段上村亘五段らも、
 
 
 「先手が一手勝ちできそう」
 
 
 意見の一致するところ。
 
 AI的にも、人間的にも、村田顕弘がハッキリと押しているのだ。
 
 思い出したのは、2009年のテニス、ローランギャロス4回戦
 
 この試合で、スウェーデンの伏兵ロビンセーデリングが、初出場で優勝してから4連覇中(ちなみに現在まで14勝)だったラファエルナダルを破るという超大大大ウルトラ大金星を挙げたのだ。
 
 ここまでパリで負けなし、しかも4回の優勝の内3回は「無敵」ロジャーフェデラーをボコってのものという圧倒的な強さのラファに勝つなんて、だれもが、おそらくはロビン本人も思いもしなかった。
 
 あのマルチナナブラチロワをして、
 
 
 
 「テニス史上最大の大番狂わせ」
 
 
 と言わしめた大アップセットだが、それと同じくらいのインパクトではないか。
 
 一直線な切り合いは、どの変化も先手が残しているようで、かつては豊島将之糸谷哲郎稲葉陽と並んで

 
 「関西若手四天王」


 
 と呼ばれた男が、とんでもない大仕事をやってのけそう。
 
 アッキー、すげー、やるう!
 
 もちろん、まだ勝負は終わったわけではないが、検討を聞いているかぎりでは相当に逆転しにくいような局面に見える。
 
 しかも、村田にはまだ1時間半ほど時間が残っている。
 
 勝勢の局面でこれだけあれば、指し手的にも精神的にも盤石ではないか。

 

 

 とどめに、ここで腰を落とし、なんと1時間以上かけて検算した村田は▲46角と落ち着いた手、それも最善手を指したのだから、
 
 「マジかー、こんなこともあるんやなー」
 
 茫然としてしまった。
 
 まあ、私は能天気なタチなので、
 

 「そういや、羽生さんも【あと1勝で七冠王】を逃してから、そのあと六冠全部防衛&王将再挑戦からの奪取を決めたんだよなあ」
 
 
 なんて昔のことを思い出し、まあ藤井七冠も
 
 
 「じゃあ、こっちも七冠全部防衛からの来年の王座戦で八冠ということで、まあいいでしょ」
 
 
 ムチャクチャにテキトーなこと(と言っても出来るでしょ、彼なら)を考えていたところで、あにはからんや。
 
 ここからとんでもないドラマが起こることになるのだから、藤井聡太の怖ろしさ、そして将棋の終盤戦のおもしろさには、今さらながら恐れ入るしかないのであった。
 
 
 (続く
 

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多々良島ふたたび 井上慶太vs久保利明 2009年 第67期B級1組順位戦 その2

2023年05月30日 | 将棋・名局

 前回の続き。

 A級から落ちて10年目の2009年

 第67期B級1組順位戦で、昇級のチャンスをむかえた45歳井上慶太八段

 ここまで、ラストの2局で1つでも勝てばA級復帰というパターンを2度も逃がし、今回も2敗をキープしながらラス前で、勝てば昇級という一番を森下卓九段相手に勝ちきれない。

 正直「またか……」とファンは、いやだれより本人こそがそう思ったことだろうが、最終戦が久保利明棋王という超難敵であったことがかえって良かったというのだから、勝負というのはわからない。

 タイトルホルダーが相手とあって、なかば「あきらめていた」という気楽さから、先日紹介した米長邦雄九段のように、井上はかえって内容のいい将棋を見せることになる。

  
 
 
 

 ▲72とと引いたのに△63角と打ったのが、井上自慢の切り返し。

 と金に当てながら、△41にもヒモをつけ、攻めては△27角成から△49馬のねらいもあるという、まさに八方にらみだ。

 将棋はこれで井上が優勢、いや勝勢といっていい流れに。

  
 

 

 しかし、ここから「勝ち切る」となると、これまた大変なのは皆様もご存じの通り。

 しかも相手は、ねばり強さに定評のある、いや、ありすぎる久保利明である。
 
 


 「正直ここで投了されるか……」



 
 
 などという甘すぎる期待なんかに、応えてくれるはずもないのだ。

 

 


 
 
 
 
 
 
 
 ▲79銀打が「ねばりもアーティスト」な久保利明、根性の受け。
 
 銀取りを受けただけで、しかも貴重な持駒も投入しているという、夢も希望もないがんばりだが、こういう大差の将棋が次第にアヤシクなるというのは、よく見る光景。
 
 


 「どう指しても勝ちなのでかえって迷ってしまった」



 
 
 井上も反省するように、ここから苦労を強いられるのだが、「どう指しても勝ち」という局面が結構危ないというのは、本当にその通りなのだ。
 
 井上もこれといった悪手を指しているわけでもないのに、いくつか決定機を逃しただけで、もうわけがわからない。
 
 それでも、なんとか先手玉に迫り、△57歩成となったところで、ようやっと後手は勝ちを確信
 
 
 

 
 ▲29銀を取っても、△58とから詰みで受けもない。
 
 ホッとしたところだが、井上は次の手が見えていなかった。

 

 

 


 
 
 
 
 ▲45飛と打つのが、しぶとい攻防手。
 
 受けなしはずの先手玉だったが、王手しながら飛車4筋に利かしたことで、必至がほどけてしまった。
 
 そこからさらに、玉の逃げ方を間違えたせいで盤上は泥仕合の様相を呈する。
 
 それでもまだ後手優勢だろうが、大差でむかえた9回2死ツーストライクから、どんどん点差を縮められては、気分的にはもう余裕など吹っ飛んでいる。
 
 現に井上も、対局前は「よい将棋をさせれば」と殊勝な面持ちで盤に向かっていたが、このあたりでは
 
 
 


 「どんな内容でもいいから勝たせてください」



 
 
 泣きたくなっていたというから、本当に人の心はままならず、将棋はおもしろい。


 
 
 
  
 最終盤、▲96角が入ったところでは、双方1分将棋ということもあって、もうなにが起こってもおかしくないが、ここから△65玉とかわしたのが冷静な手だった。
 
 ▲69香の食いつきに、△37とと補充して、▲同玉△67桂と止めたのが最後の決め手。

 

 駒がゴチャゴチャしてわかりにくいが、これで後手玉に寄りはない(らしい)。

 以下、久保も▲78桂から死に物狂いの食いつきを見せるが、最後は盤上の駒がすべて働くピッタリした詰みがあって、かろうじて井上が逃げ切った。
 
 これで井上は日程の関係で、一足早く8勝4敗でフィニッシュ。
 
 同時に3敗首位を走っていた杉本昌隆七段が敗れたため、ここで井上の昇級が決まった。
 
 このとき稲葉陽四段菅井竜也三段船江恒平三段井上門下生が応援に来ており昇級を一緒に喜んだそうだが、このあたり好人物井上の人柄がしのばれるところ。

 

 

 


 
 もっとも、最終盤では師匠の乱れっぷりに、みなパニックに陥っていたそうですが(笑)。
 
 こうして井上は10年ぶりのA級復帰を決めた。
 
 45歳にして、タイトルホルダーの久保利明や渡辺明、上り調子の山崎隆之などをおさえての昇級となれば、これはなかなかの快挙と言えるのではあるまいか。

 

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

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故郷はA級 井上慶太vs久保利明 2009年 第67期B級1組順位戦

2023年05月29日 | 将棋・名局

 井上慶太のA級での戦いぶりは、実にドラマチックであった。
 
 ということで、前回はA級で見事な戦いぶりを見せた、若き日の井上慶太九段の将棋を紹介した。
 
 特にラス前の米長邦雄九段と、最終戦の島朗八段は結果だけでなく、負ければお終いという恐怖の中ひるむことなく、のびのびとした将棋を見せたことも評価されるべきだろう。
 
 こうして一躍名をあげた井上だったが、A級のはなかなかきびしく、翌期には2勝6敗の成績で降級してしまう。
 
 ここからも試練が続き、出直しとなったB1では7勝2敗の好成績でトップを走るも、残り2局のうち、どちらかを勝てば1期でのA級復帰というところから2連敗
 
 4期目にもやはり7勝2敗で、残り2局のどちらかを勝てばいいところを、またも2連敗してしまう。
 
 この時期の井上は妙に勝負弱く、本人もふがいなく思っていたそうだが、その後は平凡な成績が続くことになる。

 このままB1に定着してしまうのかと思いきや、陥落10年目の2009年にみたびのチャンスがおとずれるのだから、腐らずにがんばってみるものである。
 
 といっても、これは井上にとって思いもよらなかったことらしく、45歳という年齢にくわえ、この年は開幕前の成績が3勝15敗という絶不調におちいっていたからだ。
 
 それが不思議と順位戦には星が集まり、7勝3敗で残り2戦
 
 ここで首位に立って自力昇級の権利を手に入れるが、ラス前で森下卓九段に敗れ、またも土壇場で勝負弱さを発揮してしまう。

 それでもまだ昇級の可能性は残していたが、最終戦が久保利明棋王という大強敵とあって、本人的にはほとんどあきらめていたのだそうだ。
 
 ただ、その気楽さがかえってよかったか、井上はここでいい将棋を見せることになる。
 
 3敗4敗直接対決の大一番は、久保が先手で石田流に。
 
 
 
 
 
 ▲76歩△34歩▲75歩△85歩に、早速▲74歩と突くのが、このころ流行っていた形。
 
 △同歩▲同飛△88角成▲同銀△65角▲56角と打ち返すのが「升田幸三賞」も受賞した鈴木大介九段の新手
 
 
 
 
 

 なにやらすごい形だが、ここから△74角▲同角と進んで、先手は▲55角から2枚角でゆさぶり、後手は自陣飛車を打って2枚飛車でそれを押さえるという、むずかしい戦いに。
 
 そこからゴチャゴチャやり合って、この局面。

 

 

 形勢はわからないが、久保が優勢にする手を逃したという評判で、井上自身も自分がやれるのではと感じていた。
 
 とここで、久保が軽妙な手を発する。
 

 

 


 
 
 
 
 
 ▲73歩成△同金▲72歩が好手順。
 
 久保の左手が舞う光景が見えるような、きれいな攻め筋だが、これが井上の意表を突いた。

 飛車角が、それぞれの位置から後手玉をスナイプしており、金でも銀でも取れないのだ。
 
 まったく見えてなかったことから、ガックリきてしまったそうだが、ここで35分とまとまった時間を投入してを落ち着けられたのは幸運だったよう。
 
 あらためて読み直してみると、いかにも決まっているような歩打ちだが、意外に耐えているのではと△84飛と取る。
 
 先手は当然▲71歩成。一回△42玉と逃げだすが、▲72とと追撃されて困っているように見える。
 
 
 
 
 
 
 △同金▲53歩成△同玉▲41飛成で先手が優勢。
 
 決まったようだが、ここで井上も会心の切り返しを見せる。

 

 

 


 
 
 
 
 
 
 △63角が「私好み」と自賛するピッタリの受け。
 
 と金取りにしながら△41にもヒモをつけ、またどこかで△27角成と飛び込めれば、△57と連動して、すこぶるきびしい手になる。
 
 先手は飛車を渡すと△69飛の一撃で即死するので、も取れないのだ。
 
 見事なしのぎで、将棋はそのまま井上の必勝形に。

   
 

 

 しかも持ち時間も久保が5分なのに、自分は30分以上も残している。
 
 「勝てる……」と、ここでようやっと優勢を意識した井上だが、その瞬間にヨレ出すというのは将棋のお約束でもある。


 (続く) 

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勇気ある戦い 井上慶太vs島朗 1998年 第56期A級順位戦

2023年05月23日 | 将棋・名局

 前回の続き。

 1998年の第56期A級順位戦

 ラス前で、米長邦雄九段との3勝同士の血戦を制したのは井上慶太八段だった。

 これで4勝目を挙げると同時に井上は、最終戦を自力残留の権利を持って戦えることになった。

 ここで残留できるか、それとも降級して「日帰り、お疲れ様でした」となるかは後の井上のキャリアにとって、とてつもなく大きなとなる。

 最後の試練に待ち受けるのは、竜王のタイトルも経験している島朗八段
 
 ここに勝てば文句なしでA級残留となるが、敗れると米長が勝って4勝で並ばれた場合、順位の差で降級となってしまう。
 
 井上からすれば、自身の勝負もさることながら、人気棋士で名人経験もある米長が陥落となれば「現役引退」もあり得るところから、


 
 「米長がんばれ!」


 
 という世論の声とも戦わなければならず、そのプレッシャーは大変なものだったろう。

 そんな井上が決戦に用意してきた作戦は、得意の矢倉ではなく、横歩取りだった。
 
 前年、中座真四段がはじめて披露し、野月浩貴四段がその優秀性に気づいた「△85飛車戦法」だ。

 
 
 

 


 井上自身、なんと公式戦で指すのははじめてだったそうで、そもそもこの「中座飛車」自体、まださほど市民権を得るほどには知られていなかった。
 
 そこをこのシビれる一番にぶつけてきたということで、この選択は当時話題になったが、未知の新戦法を井上は見事に乗りこなして戦う。

 とその前に、ちょっと競争相手である米長の将棋も見てみたい。

 順位戦というもののおもしろいところは、こういう「勝てば残留(もしくは昇級)」というケースに加えて、星や順位の差によって

 

 「自分が負けても、ライバルが負ければ残留(昇級)」

 

 また逆に自分が勝っても、相手にも勝たれたら報われないなどあり、この場合は前者井上後者米長だが、こういうところに心理のアヤがある。

 今回の場合、米長は勝たないとどうしようもないが「他力」であるため、なかば覚悟を決めているところもあるだろう。

 ただそれが、かえって開き直りを生んで、手が伸びて戦えるということもあり、実際この将棋の米長はそんな感じだったのだ。

 

 

 

 「他力」で戦う米長は、加藤一二三九段と対決。

 両者おなじみの相矢倉から、米長が前局に続き果敢な踏みこみを見せる。

 

 

 

 

 

 ▲75銀と出るのが、勢いのいいぶつけ。

 △同銀でタダに見えるが、そこで▲76歩と打って取り返せる。

 そこから、△34歩▲75歩△54金▲74歩△72歩と、あやまらせて好調子。

 さらに▲55歩△45金として、角取りにかまわず▲54歩が勢いある手で、米長の優勢がハッキリしてきた。

 

 

 

 加藤も再度△52歩と辛抱しチャンスを待つが、▲53歩成が軽妙な手で、△同歩角筋を2重に止めてから▲57角と転進。

 △65歩▲37桂と気持ちよく活用し、△55金▲84角と角までさばいて、△63飛▲25桂と華麗な跳躍。

 

 

 

 見事な手順というか、こんなので勝てたら将棋はやめられないのではという、気持ちよすぎる攻め方なのだった。

 この棋譜を並べながら、しみじみと思ったものだ。

 ラス前の「決戦」では暴発となった積極性が、「他力」の将棋だとこんなにも、うまくハマるのだから、まことプレッシャーというものが指し手にあたえる影響のすさまじさよ。

 これで井上は勝つしかなくなった。

 もちろん、井上はそんなこと知るよしもなく、もともと

 「負けて助かるなんて、虫のいいことは考えないぞ」

 とは腹をくくっていたろうが、「もしかしたらワンチャン……」という気も、なかったとはいえないだろう。

 とはいえ、このときの井上は、そんなことを微塵も感じさせない戦いぶりを見せたのだから、立派なものだ。

  
  
 
 

 

 難解なねじり合いから島に一矢あり、井上優勢となっている。

 図は△38歩とタタいたところに、島が▲55角に当てたところだが、ここから井上が怒涛の寄り身を見せる。

 

 


 
 
 
 
 
 
 △46桂と打つのが、うまい切り返し。
 
 ▲同歩角道を遮断して、飛車取りを解除してから△39歩成と取る。
 
 受けのなくなった島は▲23歩成と攻め合うが、△49と▲29歩△48と▲同玉△75飛▲33歩成△18竜▲28金

 


 
 
 後手玉も相当に危険だが「中原囲い」は、こういう場面から意外と耐久力があるもの。
 
 ここが決め所で、△55飛を取る。
 
 先手は▲43とと詰めろをかけるが、そこで一回△42金と受けるのが落ち着いた手。
 
 これで先手から後続がない。▲同と△同玉▲18金△69角と打って決まった。


  
 
 
 
 先手玉は必至で、後手玉は▲32飛から追っても詰みはない。
 
 以下、いくばくもなく島が投了。井上が初のA級で見事に残留。しかも勝ち越しで決めたのだった。

 降級した米長は、ちょっとめんどくさいやり取り(新聞社の偉い人が頼んでくれば引退しない、みたいな)があった末にフリークラスを宣言。事実上、引退をすることとなる。

 こうして波乱のリーグは終わったが、それにしても井上の戦いぶりは見事だった。
 
 負ければお終いという2局を、下を見る戦いとは思えないほど積極的に戦っていた。
 
 全体的に手が伸びていた。見ていて気持ちの良い棋譜だ。
 
 最高峰のリーグ戦、しかも最大級にプレッシャーがかかる状況でこれだけの将棋が指せたのだから、この2局は井上の棋士人生における、語られるべき傑作と言ってもいいのではあるまいか。
 

 

 (10年後、井上のA級復帰への戦いへ続く)

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

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怪獣無法地帯 井上慶太vs米長邦雄 1998年 第56期A級順位戦

2023年05月17日 | 将棋・名局

 井上慶太のA級での戦いぶりは、実にドラマチックであった。
 
 前回は井上がC2時代に昇級の一番で、まさかの大ポカをしてしまった将棋を紹介したが、そこで苦労したものの、一回抜けてしまえばあとは一気だった。

 C1こそ9勝1敗の頭ハネ(9割勝って上がれないって、どんなリーグだよ)などで4期かかったもののB22期B11期抜けで34歳にしてついにA級に到達したのだ。
 
 棋士のだれもがあこがれる舞台に立ち、「夢と希望に胸をふくらませていた」という井上は初戦で、中原誠永世十段を破るという好スタートを切る。
 
 2回戦こそ加藤一二三九段(58歳!)に敗れるも、3回戦では前期まで名人だった羽生善治四冠を撃破。
 
 続く高橋道雄九段戦も制して3勝1敗と快走し、羽生や森下卓八段佐藤康光八段らと並んでトップを走ることに。

 ここまではまさに「夢と希望」の展開だが、A級はそんな甘いところではなく、ここからが地獄のはじまりだった。
 
 続く5回戦の森下戦を落とすと、そこから佐藤康光戦、森内俊之八段戦と3連敗
 
 これで井上はトップグループから、一気に9位の成績に転落。
 
 それどころか、次の米長邦雄九段との3勝同士の直接対決に敗れると、最終戦に仮に勝っても、同じ3勝の森内と加藤の2人ともが2連敗してくれないと落ちてしまうのだ。
 
 双方、負ければほぼお終いの鬼勝負は、後手番の米長が意表の陽動振り飛車に。
 
 井上は5筋の位を取ると、4筋から金銀を盛り上げて仕掛けて行く。

 
 
 図は▲46歩、△同歩、▲同銀と進撃したところだが、ここで米長の見せた手が激しかった。
 
 
 
 
 
 △55銀(!)、▲同銀△49飛成
 
 なんと、銀損で飛車を侵入させるという猛攻を仕掛けてきたのだ。
 
 先手の玉形が不安定なところをついてのことだろうが、一回▲59歩底歩が効くのが強味で、一気には決まらない。
 
 首のかかった一番にもかかわらずというか、だからこそというべきか、米長のみならず井上もこの将棋は積極的で、△49飛成▲59歩△54歩▲45桂とダイブ。
 
 
 たしかに、銀を逃げる手は指せないが、それにしても激しい。
 
 順位戦の大勝負はどちらもが慎重になりすぎて、まったく局面が動かないことも多いが、
 
 「フルえてはイカン!」
 
 とばかりに意識しすぎて単調な攻め合いになったり、過剰なたたき合いになったりすることもあり、この一局もそうなのかもしれない。
 
 ▲45桂には△55歩と取って、▲53銀、△72玉、▲33桂不成△56歩▲41桂成と、足を止めての打ち合い。いや、激しい。

 


 形勢は大きな駒得となった井上優勢と見られていたが、まだ、むずかしいところもあるという声も。
 
 米長としてはどこかで一回、△54金のように受けに回っておけば戦えたようだが、一度走り出した列車は止まらない。

 一気の攻め合いに持って行き、それが結果的には敗着となる。
 
 

 △67歩がきびしい一打のようだが、この将棋の井上はどこまでも前向きだった。


 
 
 
 ▲55角と出るのが、この激戦を制した勇者の一手。
 
 △68歩成とボロッとを取られるが、▲同飛と手順に、飛車を急所の位置に設置できるのがピッタリの返し技。

 これで後手玉に受けはなく、井上が大一番を制す。

 4勝目を挙げた井上は最終戦を勝てば、文句なしの残留という権利を獲得。

 一方の米長は勝っても、井上の結果次第で26年連続(名人1期ふくむ)で守ったA級の地位を失うという、崖っぷちに立たされることとなったのだ。
 

 (続く
 
 

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怪獣レインボー作戦 先崎学vs小倉久史 1990年 C級2組順位戦 その2

2023年04月27日 | 将棋・名局
 前回の続き。
 
 1990年C級2組順位戦
 
 先崎学五段小倉久史四段の一戦は、三間飛車穴熊の大激戦となった。
 
 この将棋は特に、小倉の独特な指しまわしが印象的で、振り飛車党特有の
 
 「なんやかやで崩れない」
 
 という不思議な腕力が見どころのひとつだ。
 
 
 
 
 
 
 ▲32銀飛車を責めたところに、△22金の受けが力強い。
 
 ▲21銀成には△33金で、▲21の成銀が遊ぶのが不本意だが、ここで▲44角成と捨てるのが先崎のひねり出した好手
 
 ▲44角成△32金▲53馬
 
 △44同銀▲21銀成△同金▲44角とさばいて先手優勢だから、小倉は▲44角成△同銀▲21銀成に銀を取らずに△33金とこっちのを支えて踏んばる。
 
 固さを頼りに食いつこうとする先手に対し、後手も自陣飛車を打って頑強に抵抗する。
 
 
 
 
 
 このあたりの攻防も、めったやたらにおもしろいのだが、やはり玉形の差で、少しずつ振り飛車が押され気味のように見える。
 
 むかえた、この局面。
 
 
 
 
 先手の攻めは、かなりうるさい感じ。こうなると、を詰められている形も痛い。
 
 穴熊ペースの終盤戦かと思いきや、ここでの3手1組の好手順でまだまだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 △77竜▲同銀△35角が、小倉の腕力を見せた手順。
 
 接近戦では働きにくいを捨ててからの、攻防の打ち。
 
 ▲68歩△53銀と取って、まだまだ戦える。穴熊のを一枚上ずらせたのも大きい。
 
 序盤定跡書や今ならAIで、終盤力詰将棋などできたえられるが、こういう手はなかなか机上の知識では身につけにくく、やはり強い人の実戦を参考にするのがいいのだろう。
 
 さらにもみあって、再度の自陣飛車
 
 
 
 
 
 このねばり強さには感嘆するしかない。負けてたまるかという執念を感じる。
 
 ▲33馬と逃げたところに△79金と置いておくのも、実戦的好手。
 
 とにかく王手をかかる、いわゆる「見える」形にしておくのが穴熊攻略のコツである。いやあ、熱いですわ。
 
 若手同士が、才能と勝利への執着をむき出しにした、順位戦らしいねじり合いだが、最後に抜け出したのは先崎だった。
 
 
 
 
 
 後手が△61銀打と埋めたところだが、この局面で決め手がある。
 
 ここで取るべき駒は、「あれ」ではなく……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲69飛とこちらのを取るのが好手。
 
 タダでを取れるのに、飛車銀交換に甘んじるなど損しかないところだが、△同金と攻め駒を遠ざける方が急務なのだ。
 
 現に▲43飛成を取ると、△78角と強引にへばりつく筋で、先手玉は受けがむずかしい。
 
 
 
 
 
 
 △79金と「見える」形にする効果が、ここであらわれており、振り飛車の常套手段である△84も光り輝いている。
 
 こういう喰いつかれ方をすると、せまくて逃げ道がなく、を埋めるスペースも失って、穴熊の負けパターンだ。
 
 後手は最悪、千日手に逃げられそうで、まったく油断ならない。
 
 ところが、一回△79をずらされると、先手玉に王手も来ないどころか、たとえば次に△79角と打って、△88角成などしても、▲同銀の形が、やはりトン死筋どころか王手もかからない。
 
 穴熊の深さを存分に活かした戦いぶりで、とうとう先手勝ちがハッキリしてきた。
 
 △69同金以下、▲52歩△同金寄▲53歩△同金左▲65桂と自然に寄せて試合終了。
 
 ……といいたいところだが、敗勢になってからの小倉の根性もまたすさまじく、先崎は「いいかげんにしろ!」とばかりに自陣に金銀をはり付け穴熊をリフォームするが、それでも投げずに徹底抗戦
 
 
 
 
 
 この△22銀というのも、なにやらすごい手で、ただの侵入を防いだだけだが、投げきれない小倉の無念が伝わってきて胸をつかれる。
 
 それにしても先手の穴熊玉の、なんと遠いことよ。
 
 
 すでに大勢は決していたが、
 
 
 「若手棋士はこうでなくっちゃな!」
 
 
 そう思わせる迫力は十二分に感じられる一手。
 
 原田康夫九段なら、
 
 
 「すばらしい戦いを見せた両者に拍手、拍手」
 
 
 賛辞を送ったことだろう。
 
 若手同士のライバル心、中終盤のねじり合い、切れ味鋭い決め手と、私の好物がすべて詰まったこの一局は、『先ちゃんの順位戦泣き笑い熱局集』という本に棋譜とくわしい解説が載っています。
 
 敗れたとはいえ、小倉久史のしぶとい指しまわし。振り飛車党には一見の価値アリです。
 
 
 
 (先崎のうますぎる穴熊の戦い方はこちら
 
 (三間飛車といえばこの人、中田功の神業的さばきはこちら
 
 (その他の将棋記事はこちらから)
 
 
 
 
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下町流三間飛車 先崎学vs小倉久史 1990年 C級2組順位戦

2023年04月26日 | 将棋・名局
 三間飛車が、いつの間にか復権している。
 
 もともと、軽いさばきを得意とする振り飛車党には人気の戦法だが、平成のころというのは居飛車穴熊に組まれやすいということで、いわゆる「勝ちにくい」戦い方を余儀なくされるイメージがあった。
 
 そのため「スペシャリスト」である中田功八段の「コーヤン流」が孤軍奮闘しているような時代が長かったが、その後
 
 
 
 「三間飛車藤井システム」
 
 「トマホーク」
 
 「阪田流三間飛車」
 
 
 などなど様々な試行錯誤や新アイデアがあり、今ではメジャー戦法に見事昇格。
 
 ということで、今回はそんな三間飛車の熱局をお届けしたい。
 
 
 舞台は1990年C級2組順位戦、2回戦。
 
 先崎学五段小倉久史四段の一戦。
 
 小倉と言えばコーヤンと並ぶ三間飛車のスペシャリストで、こちらは「下町流」の愛称で人気である。
 
 当然のごとく三間飛車に振ると、先崎はこちらも得意の居飛車穴熊
 
 序盤でちょっかいを出した先崎だが、小倉の対応が巧みでゆさぶりに失敗する。
 
 むかえたこの局面。
 
 
 
 
 
 
 飛車がさばけそうなうえに、△58にいると金も大きく、振り飛車が指しやすそうに見える。
 
 実際、先崎も苦戦を意識していたようだが、ここですごい勝負手をくり出す。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲96歩と突くのが、ちょっと思いつかない反撃の筋。
 
 を取られたはずのから逆襲していくのを、俗に「地獄突き」なんていうけど、穴熊からのそれなど見たこともない形。
 
 △同歩なら、▲93歩と打って、△同香▲66角とのぞく筋で反撃。
 
 
 
 
 
 本人も成算はなかったというか、なかばヤケクソのような心境だったようだが、
 
 
 「△96同歩とは取りにくいはず」
 
 
 という目論見もあった。
 
 なんといっても相手は穴熊だ。いくら無理攻めといっても、固さにまかせてどんな乱暴をしてくるかわからない。
 
 そこまでしなくても指せそうだし、ましてや負けられない順位戦では、ますます取りにくいだろう。
 
 小倉は放置して△46角とするが、先崎もあれこれ手をつくして端を取りこみ、以下▲94歩△92歩とあやまらせることに成功。
 
 
 
 
 
 これで優勢になったわけではないが、将棋はよく、
 
 
 「たとえ不利でも、どこかで主張点を作っておくことが大事」
 
 
 なんて解説されるもので、この端歩を詰めた形などがその例だろう。
 
 9筋のかけ引きが一段落したところで、まずはオードブルが終了。
 
 ここからはお待たせ、メインディッシュのねじり合いに突入するのだ。
 
 
 (続く
 
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神狩り 丸山忠久vs天野高志 1990年 第2期竜王戦

2023年03月03日 | 将棋・名局

 前回の続き。
 
 「小山怜央四段」誕生を記念して、かつてのアマチュア棋士の活躍を取り上げている。

 そこで前回は、アマチュア棋士である天野高志さん(当時アマ名人)が、1990年の第2期竜王戦6組予選の1回戦で、佐藤秀司四段を破るという快挙を達成したことを紹介したが、実を言うと天野さんの活躍はここで終わらなかった。

 なんとその後、2回戦で木下浩一四段、準々決勝で沼春雄五段に勝利し、準決勝進出。
 
 次を勝てば5組昇級のみならず、決勝トーナメント進出の可能性も出てくる(もし勝てば決勝の相手は藤原直哉四段郷田真隆四段)という大一番となった。
 
 対するのは、これも佐藤秀司と同じく新四段になったばかりの丸山忠久
 
 のちに名人にまで上り詰めるマルちゃんだが、このころからすでに「強い」と評判で、郷田と並んでこの期の6組最強の刺客と言えた。
 
 だが、ここでも天野さんは、すばらしい将棋を披露する。
 
 おたがいガッチリ組み合う本格派の相矢倉から、先手の天野さんが4筋から戦端を開いて行く。


 
 
 
 
 
 
 中盤戦、▲52歩とタラしたのが、いかにも筋のよい手で、自陣は堅陣で攻めのもさばけて先手ペース。
 
 丸山も金銀の厚みで押さえこもうとするが、天野さんはを巧みに駆使して手をつないでいく。
 
 
 


 
 図は▲45銀と打ったところだが、ここでは見事に攻めが決まって先手が優勢、いや勝勢と言っていいほどの局面かもしれない。
 
 すわ! 天野さん、またも大金星か!
 
 しかも、ここで若手バリバリで、将来のタイトル候補である丸山まで吹っ飛ばしたとなると、これは決勝トーナメント進出も夢ではない。
 
 いやそれどころか、本戦でも活躍が見込めるし、まさかの「アマ竜王」もあるんでねーの?
 
 なんて、まさしく「竜王戦ドリーム」の未来が広がったが、ここから丸山の、そうはさせじのねばりがすさまじかった。
 
 必敗の局面から、じっと△27歩と受ける。
 
 ▲54銀△37馬▲63角成と窮屈だったにまで活躍されるが、△28歩成▲64馬△73歩▲59飛△47歩成と、懸命に上部を開拓。
 
 
 
 
 
 
 
 ねらいはもちろん、このころ丸山が得意としていた入玉だ。
 
 それでも、▲24に上部を押さえられ、先手の飛車も生きている中、入れるかは微妙だが、ここからなりふりかまわず、もがいていくのはまさにプロの意地。
 
 ▲31銀△12玉▲55馬からの攻めにも必死の防戦で、とにかく上に昇ろうとする。


 
 


 
 
 
 なんとかそれが実って△34玉と、ついに包囲網を突破する道が見えてきた。
 
 それでも▲71角が痛打で、相変わらず後手が苦しいが、とにかくはいずってトライを目指す。
 
 そうして喰いついているうちに、天野さんに悪手が出たわけでもないのに、少しずつ局面がアヤシクなってくる。
 
 流れ的に、寄せに行くか、それとも相入玉を目指すかも判断がむずかしかったのかもしれない。
 
 そうしてついには、双方の玉に寄せがなくなり持将棋に。
 
 天野さんからすれば、勝てた将棋をドローに逃げられた形だが、ここはマルちゃんの執念をほめるべきだろう。
 
 あらためて、指し直し局
 
 こうなると、さすがに勢いはマルちゃんにあるということで、得意の角換わり腰掛銀から仕掛けの斥候でリードを奪う。 
 
 だが、天野さんもここで引き下がるわけにはいかない。
 
 プロにはプロの意地があろうが、アマチュアにはアマチュアの矜持があるのだ。


 
 
 
 
 
 △49角と好位置に放って、なんとか喰らいつく天野さんだが、次の手が「ザッツ丸山忠久」という手だった。

 

 


 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲77金打が、当然とはいえしっかりとした受け。
 
 今では「負けない将棋永瀬拓矢王座が指しそうだが、その元祖である「激辛流」といえば丸山忠久である。
 
 その後も、なんとか手をつなげようとする後手の駒を、と金で責めていき先手陣に寄りはない。
 
 


 
 
 最後はまたも入玉模様に持ちこんで、天野さんを「完切れ」に持ちこみ勝利。

 後手が放った4枚金銀を完全に空振らせた、見事な脱出劇だった。

 ここにアマチュアによる5組昇級という快挙は阻止されたが、天野さんの強さは疑いようがなく、ただただ拍手。

 もともと私はプロがアマに負けても、さほど「情けない」とか思わないタイプだけど、これ以降ますます、その考えは強いものとなった。

 むしろ「アマなんかに」みたいな考え方って、失礼なんでねーのとか。

 仕事勉強に追われながら、ここまでやれるって逆にスゴくね?
 
 一方の丸山も、いつもの「ニコニコ流」だけでなく、陰に秘めた「根性」も、また大きな武器であることを示した。
 
 とても熱い戦いで、このころはまさかアマチュアからプロになる人が出るなんて想像もつかなかったが、長くファンをやっていると、色々と楽しいものが見られるもんだなあ。

 

 (丸山が見せた「根性」の一局はこちら) 
 
 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

 

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