前回(→こちら)に続いて、高野秀行『放っておいても明日は来る 就職しないで生きる9つの方法』の話。
ミャンマーで、ふらりと入った空手道場で大立ち回りを演じたK社長は、ボコった道場生たちを並べると、
「お前たちは根性がある」
そう激励し、やにわにこう告げたのだった。
「よし、お前らをオレの会社の社員にしてやる」
まさかの勝手に採用宣言。
なぜ百人組手から、いきなりヘッドハンティング。
この振り幅のグレイトさが、理屈抜きの男の世界である。
また、この3人の空手使いも、普通なら
「ユーはなにを言ってるんですか?」
となるはずのところを、なぜか気合十分に、グッと拳を握りしめ、
「押忍! よろしくお願いします!」
即座に入社決定。意味不明だ。
このあたり、まさにルール無用の体育会系の世界であり、文化系の私からするとスピルバーグも裸足で逃げ出す未知との遭遇である。
というか、1回目は20人以上、2回目ですら3人がかりで1人をボコろうとするあたり、とても「根性がある」男たちとは思えないのだが、そこをつっこむのは野暮というものであろう。
こうして戦う男のノリで部下を手に入れたK氏だが、暴走はこれで止まらない。
K氏はその後、会社に空手道場を作ることにするのだ。
まあ、昨今は会社の中にジムやプールがあるなんてのもめずらしくないが、空手道場というのはアツい。
おまけに、社員は全員そこに強制入会。
旅行会社なのに、入ってみたら選択の余地なしで極真生に。
おそろしい会社である。きっと片眉を剃られたり、カマキリ拳法と戦わされたり、殺しありのアメリカの地下プロレスに売られたりするのだ。
きわめつけが、この会社の給料査定方。
それは勤務態度でも、売り上げの高さでもなく、すべてが、
「道場での練習に、いかに打ちこんでいるか」
つまり、どんだけ仕事のできないボンクラ社員でも、空手さえ一所懸命やれば、どんどん給料が上がり出世していくのである。どんな会社や。
学歴も業績も関係なく、空手オンリーで末は幹部候補。アメリカンならぬ、まさに体育会系ドリームといえよう。
バカでも、瓦が割れればキミも明日から専務。結局のところ、
「ケンカが強いヤツが一番えらい」
実にグラップラー的というか、男の原点の思想であるといえなくもない。
こんな素敵すぎる人たちが、自らの破天荒な生き方を大いに語るこの本は、読めば読むほど悶絶爆笑の一冊。
まあ、世の中にはいろんな人がいるもんだ。
また、この本の感心するところは、高野さんによるあとがき。
こういう本にありがちな
「自由に生きることはすばらしい」
みたいな安易な結論に行き着いていないところが、よくわかっておられるなあと。
それは、同じように「自由」に生きている高野さんが、自由の良さと同時に、その息苦しさも知っているからだろう。
サルトルの言うことは一理ある。
「人間は自由という刑に処せられている」
これを読んだ若い人からは
「なんだか、元気が出ました」
という意見が多いらしい。なんでも、
「就職できなくても、いろんな生き方があると思えるようになったから」
けど、彼ら彼女らはきっと、何があってもその「いろんな生き方」は決して選ばないことだろう。
高野さんのあとがきは、
「日本社会以外の可能性」
「とらわれない生き方のすばらしさ」
なやてものよりも、どちらかといえば自分と同じく、
「自由にしか生きられない人」
に対する、ため息まじりのシンパシーようなものが強く感じられる気がするのであった。