前回の続き。
2009年の第57期王座戦。
挑戦者決定戦で中川大輔七段を破り、初のタイトル戦登場を決めた山崎隆之七段。
王座戦18連覇(!)をねらう羽生善治王座(名人・棋聖・王将)相手に、初戦は山崎流の独創を見せるも完敗。
第2局は勝ちの局面を作りながらも、終盤で一手バッタリのような手を指してしまい惜敗。
ここでは、長期戦にそなえてテンションを上げていた羽生が、拳のおろしどころがわからなかったか、山崎に当たりが強く、
「羽生が怒っている」
と話題になった一局だった。
今期棋聖戦と同じく2連敗とカド番に追いこまれたが、もうこうなったら開き直るしかない。
先手の山崎はやはり初手▲26歩だが、羽生は初戦とちがって△34歩から横歩取りに誘導する。
羽生がこの戦型を選んだ理由は、よくわかる。
そう、対横歩取り「新山崎流」を受けて立つためだ。
山崎隆之といえば、その「独創性」が売りであり、そのなかのひとつに当時は後手番の有力戦法だった
「横歩取り 中座流△85飛車戦法」
これへの対策があった。
「新」があるということは、まずはノーマル山崎流があるわけで、それがこちら。
2000年の新人王戦。
決勝で北浜健介六段を破って優勝した山崎は、丸山忠久名人との記念対局に挑んだ。
まあ、ふつうは▲87歩で、そこで△85飛と引くのが中座真八段発案の「中座飛車」だが、ここで先手が新構想を見せる。
▲33角成、△同桂、▲88銀。
ここで早々と、角交換をするのが「山崎流」の対策。
続けて▲88銀と、歩を打たずに銀で守る。
意味としては、この後の戦いで8筋に歩を使いたいということ。
具体的には後手の飛車が横に動けば、▲82歩の桂取り。
△82飛や△84飛と引けば▲83歩、△同飛、▲84歩のタタキと▲66角の筋を組み合わせて、指し手の幅がグンと広がるというわけなのだ。
本譜は▲88銀以下、△84飛に▲58玉、△62銀、▲48銀、△51金。
そこで、▲23歩、△同金、▲82歩とねらい通りに8筋を歩で攻めて、先手が快勝する。
この「山崎流」は中座飛車に手を焼いていた居飛車等の中で大ヒットするが、流行戦法は足が速いのが宿命で、やがて指されなくなる。
だが、山崎の創作意欲はおとろえることを知らず、その数年後には「新山崎流」なる新構想を用意していたのだった。
それが、この図。
居玉のまま、銀と桂をくり出すというシンプルこの上ない形。
ふつうは相手の得意戦法に飛びこむのは怖いところだが、好奇心旺盛で、オールラウンドプレーヤーでもある羽生にとっては自然な選択だろう。
実際、谷川浩司九段もそのような予想を立てていたし、羽生からすれば大舞台で最新型を戦えることに、胸を躍らせていたのかもしれない。
以前、藤井猛九段がこんなことを言っていたことがある。
「羽生さんは、タイトル戦の防衛戦を楽しみにしてるんじゃないかな」
そのココロは、
「だって、将棋が強くなる最良の方法は自分より強い人と指すことだけど、今の羽生さんにはそれがいない」
「だから、そのとき一番調子のいい人と戦えるタイトル戦の防衛戦は、羽生さんにとって、もっとも勉強になるから、うれしいんですよ」
たしかこんな内容で、なるほどなーと思ったものだが、この「新山崎流」を正面から迎え撃つところなど、まさに藤井九段の言う通りなのかもしれない。
ここで後手は、△74歩からじっくり指すか、△86歩と合わせて、横歩をねらいに行くか。
前例は△74歩が多かったそうだが、こういうとき羽生は積極的な手を選ぶことが大半で、やはり△86歩と行った。
▲同歩、△同飛に▲35歩と、先手は飛車の横利きで横歩を守る。
そこで△85飛と引いて、今度は伸びてきた歩をねらいにいくが、それには▲77桂(!)と跳ねて、△35飛に▲25飛(!)。
ここで飛車をぶつけるのが山崎のねらいで、いやあ激しい戦いですわ。
△同飛、▲同桂、△15角に▲23歩がきびしい反撃。
ここまでは定跡手順のようなものだが、このタタキの対応は後手もむずかしい。
形は△同銀だが、そこで▲65桂と跳ねるのが、すこぶるつきに味の良い手。
空中戦で、角道を開けながらの桂跳ねは、これが指せれば負けても本望というくらいだ。
ならば△同金はどうかだが、これにも▲24歩と打って、△同角に▲65桂でやはり先手が気持ちいい。
▲23歩は金でも銀でも取りにくい。
どうするのか注目だったが、なんと羽生はわずか1分で次の手を選んだ。
△33銀と、桂の利きに逃げるのが、おもしろい手。
この手自体は研究会などで検討されていたそうだが、公式戦で登場するのは初めて。
▲33同桂不成は後で△36桂の反撃が鬼だから、▲85飛と桂にヒモをつけながら、▲81飛成を見せる。
さすが、山崎はこういう将棋のスペシャリストで、これには羽生も、
「この局面では一番いい手」
と認めたが、それに対する応手がまた感嘆を呼んだ。
(続く)