「負けない将棋」の大逆転劇(仮) 藤井聡太vs永瀬拓矢 2023年 第71期王座戦 第3局

2023年09月28日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 「なんかもー、すごいことになってるやん!」
 
 
 パソコンの前で、そんな悲鳴をあげそうになったのは、言うまでもなかろう王座戦第3局のことである。
 
 永瀬拓矢王座が「名誉王座」を、そして藤井聡太七冠が「八冠王」をかけて戦う今期五番勝負は1勝1敗第3局に突入したが、ここまで観て感じたことは、永瀬のガチ度だ。
 
 藤井聡太といえば、デビュー当時の劇的な詰み絶妙手など、瞬発力の目立った勝ち方を経て、タイトルを取ってからは「横綱相撲」のような戦い方が主となった。
 
 序盤で作戦勝ちし、中盤でジリジリ差を広げ、終盤はその読みの精度で危なげなく逃げ切る。
 
 評価値グラフの形から「藤井曲線」と呼ばれる、おなじみの必勝パターンだが、第1局、第2局ともに藤井からそれが見られないのだ。
 
 おそらくは人生最大級の大勝負で、永瀬はまず最初の関門である序盤でリードさせない。
 
 それどころか、むしろ自分の方が模様の良い局面を作りあげたりして、その研究の深さに驚嘆させられたものだ。
 
 しかも第1局では、無敵を誇る藤井の先手番をブレークして先勝

 

 

第1局の終盤戦。むずかしい戦いだが、藤井が▲92桂成と飛車を取ったのに、△14銀と上がるのが絶妙の受けで永瀬勝ち。

 

 

 これまでの勝ちっぷりから「藤井有利」と思われていたところを、この将棋でちょっとこちらも、すわり直すことに。

 いやいや、そんな決めつけるのは早いぞ、と。

 第2局も激戦だったが、終盤で永瀬がチャンスを生かせず、藤井が貴重な後手番の勝利をものにしてタイに押し戻す。

 

 

激しい競り合いの中、▲41金と寄せに行ったのが永瀬の判断ミスで、△62銀、▲31金に△43玉と上部に泳ぎだされて、一気に勝ちにくくなった。
ここは▲44馬、△33金、▲54馬、△43銀に▲45馬と、ゆっくり指しながら後手の攻め駒にプレッシャーをかけて先手が有利だった。
いかにも永瀬好みの手順に見えたが、1分将棋で決断できなかったようだ。

 

 

 ここでずるずる行かないのは、さすがの強さで、針はまたも藤井側に振れる。
 
 そうして迎えた第3局は、もうご存じの通り衝撃の結末であった。

 

 


 
 永瀬勝勢から、藤井が▲21飛と形づくりというか「思い出王手」をしたのに、平凡に△31歩と「金底」を打てば勝ちだった。
 
 これはごく自然な手というか、文字通り「オレでも指せるわ」という一着というか、むしろこれ以外の選択肢が思いつかないところ。
 
 それを△41飛と打ったばかりに、▲65角と打たれて大事件。

 

 

 


 これで△56をはずされると、先手玉にまったく寄り付きがなくなるのだ。

 これ以降、永瀬は明らかに雰囲気がおかしくなり、すかさずカメラが両対局者のアップをとらえていたが、が泳ぎ動揺を隠せない。

 おそらく、背中や脇からはが噴出していたことだろう。
 
 感想戦によれば、△31歩以下▲43銀△同金▲31飛成からの特攻をしのぐ手順を読み切れなかったようなのだが、それでも、いや、だとしたらなおさら△31歩に手が行きそうなものではないか。

 とこれだけ見れば、「永瀬がやらかしたか」で終わりであり、特に今は評価値があるから、なおさらそう感じるところ。

 ところがどっこい、感想戦を参照すると、それがそう簡単ではないのがわかるから、将棋というのは奥が深い。

 終局後すぐにこの局面が口頭で検討され、△31歩には、とりあえず▲43銀と打つと。

 

 

 

 永瀬が▲21飛△41飛と合駒したのは、この手を警戒してのもの。

 これが▲42銀打からの詰めろだが、△同金と取って、▲31飛成△41歩などなら▲32銀とかで怖い思いをするが、△41飛とここで飛車を合駒すれば、これ以上攻めが続かず後手が勝ち。

 

 

 

 

 だが、ここで△43同金▲31飛成と取らずに、▲32銀とする最後の勝負手がある。

 

 

 

 たとえば、△42金▲31飛成△41歩とふつうに受けると、そこで▲42竜から、▲34角と打てるから後手玉は詰み

 これがまた油断ならぬという、いやそれどころではない超難解な手で、実際、アベマの解説を担当していた深浦康市九段村田顕弘六段も、

 

 「これ、どうやって受けるの?」

 

 終局後も、しのぎを発見するのに四苦八苦していたようなのだ。

 謎は村田顕弘が解き明かし(すげえ!)、▲32銀には一発△39飛王手するのが正解。

 

 

 

 

 これが絶妙手で、意味としては3筋守備に利かしながら、王手で「合駒請求」をしている。

 を持駒から削れる。ここがポイントだった。

 ▲59香なら、そこで△42金と引いて、▲31飛成△41歩

 

 

 

 

 ここで▲42竜、△同歩、▲41金△52玉に、▲34角と打てれば後手玉は詰むが、それを△同飛成と取る手を用意したのが△39飛の効果。

 また、があれば▲44香でこれも先手が勝つが、哀しいことにそれは今、駒台には乗っていないのだ。

 ならばと香車を残して▲59角と合駒しても、今度はそこで△52玉と上がるのがギリギリのしのぎ。

 

 

 

 

 持駒にがないと、ここで後続がなく、先手の攻めは切れている。

 ▲31飛成とするしかないが、そこで△51金とすれば、しか持ってない先手にはもう指す手はないのだ。

 

 

 

 藤井はこれで負けと読んでいたが、永瀬はどうもこの変化が読み切れなかったようだ。

 「受けの永瀬」なら数分でも時間があれば射程圏内だったろうが、▲21飛と打たれたところで1分将棋に突入するなど、結果論的に言えばツイてなかったとも言える。

 てか、しれっと「読み切れなかった」とか言ってるけど、これメッチャむずかしいって!

 こうして見ると、将棋の終盤戦は超難解で、とんでもなくおもしろいことが、よくわかる。

 たしかに△41飛は永瀬の大ポカだが、それにはこういう激ムズ変化が水面下に流れてのものなのだ。

 その意味では「永瀬、ダセーなー」みたいな気持ちにはなれない。

 よく佐藤天彦九段をはじめ、棋士アマ強豪などの「リアルガチ勢」が、評価値だけを見てファンが「やらかした」「溶かした」とか言うことに違和感を訴えているが、それはこういうこと。

 そんな簡単な話じゃ、ないんだろうなあ。

 と言っても、普通はこんなもんワシら素人は読めないから、そうなるのもしゃーないけどね。

 これが、まさに「指運」というやつである。
 
 いつも思うんだけど、これは本当によくできた言葉だ。
 
 プレッシャーに追われながら、読み切れないところでとっさに指がいく場所。
 
 極限状態で選んだそれが、正解かハズレかは実力であり、同時にどこまで行っても「」でしかないものだ。
 
 強いものは当然、「正解」に行く確率が高いわけだが、それだって決して100%ではない。
 
 将棋の大勝負は最終盤での一瞬のひらめきと、あと所詮は「たまたま」で決まる。
 
 その意味では極論を言えば、あとに残る結果なんか決して絶対的なものでなく、半分「おまけ」みたいなものとも言えるのだ。

 とはいえ、勝負の世界は「結果がすべて」でもある。

 将棋に大逆転はつきものだが、それがよりにもよってこんなところで出てしまうあたり、なんかもうスゴすぎて言葉もないッス。
 
 もしこれで、このまま「八冠王」が達成されたら、この大逆転劇はまさに、将棋界の歴史を大きく変えるかもしれない。
 
 それこそ、昭和の将棋史を根こそぎ塗り替えた可能性すらあった、あの「高野山の決戦」に匹敵する歴史的事件になるかもしれないのと思うと、その興奮は深夜になっても収まらないのだった。
 


 (またも大逆転で「八冠王」誕生となった第4局はこちら
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

影との闘い 島朗vs米長邦雄 1988年 第1期竜王戦 その2

2023年09月25日 | 将棋・雑談

 「永瀬王座が、和服を着てるやん」

 

 ということで、前回に続いてタイトル戦ドレスコードのお話。

 1988年の第1期竜王戦決勝七番勝負で顔を合わせた米長邦雄九段島朗六段

 4連勝初タイトルを獲得したのもさることながら、このときの島は全局に、和服でなく高級スーツという出で立ちで登場し、周囲をおどろかせる。

 

 

 

 

 

 

 さらには空き時間にプールで泳ぎ、プレッシャーのかかるはずの1日目にはナンパした女子アナとデートなど、従来の「古風」な将棋界では考えられない行動を披露。

 今のようにSNSがあったら賛否両論かまびすしかったろうが、当時はあまりに悪びれず、あっけらかんとした島の様子に関係者やファンも戸惑ったのではあるまいか。

 シリーズが偏ったスコアで終わったのは、もちろん島の実力と若さの勢い(当時24歳)もあるだろうが、それと同時にこの新しいスタイルに、ベテラン米長がフォームをくずしてしまったことも敗因として挙げられた。

 その乱れは「伝統」を無視したような、しかも若輩者であるはずの島の行動をおもしろくなく思い、かといって別にルール違反でもないし、島自体に落ち度もないから文句はつけられない。

 けど、やっぱり「なんか、ちょっと違う気がする……」というモヤモヤした思いはあって、その微妙なメンタルの加減が将棋にも直結してしまう。

 こういうかみ合わなさをどう対処するかは、盤上だけでない、もうひとつの戦いだろう。

 米長に鬱屈があったのは、こちらもまたアルマーニのスーツを用意していたことからも見てとれる。

 相振り飛車を指す振り飛車党のキメ台詞に

 

 「アイツが振るならオレも振る」

 

 というのがあるが、これもまさに、オレもセビルロー。思いもかけないところで、Mee too運動だ。

 島がいつものようにスーツ姿で出てきたところ、自分もそれに負けない「さりげない大人の着こなし」で対抗。

 

 「島君、本当の高級スーツはこう着るんだ。キミはまだ【着られてる】段階だね」

 

 若造にガツンとカマし、相手がおどろいたり、ひるんだりしたところに

 

 「さあ、対局を開始しようじゃないか」

 

 余裕とをふくんだ笑顔で場の空気感を変え、主導権を奪い返す。それくらいの心づもりだったのだろう。

 

 「この勝負の主役はお前じゃなく、このオレ、米長邦雄なんだぞ」

 

 こうなれば、盤上盤外ともに大いに盛り上がったはずで、ぜひその一触即発な様子は見てみたかったが、米長は結局それには袖を通さず和服で戦った。
 
 一見、豪快に見えてその実、周囲の空気に敏感なタイプの米長は、意外とそういう「反逆」的なことはできないタイプなのだ。
 
 ある意味「気合い負け」をしていたとも言えるわけで、米長とも仲の良かった河口俊彦八段が好んだ書き方を借りれば、
 
 
 「ここでスーツを着て登場できなかった時点で、米長の負けは決まっていたのだ」
 
 
 この島の行動には批判もあった。
 
 島の書くところによると、大盤解説を担当した中堅棋士が、
 
 
 


 「みなさん、両者の服装を見ましたか。羽織袴の正装の米長九段。さずがベテランらしい、堂々の着こなしです。
 
 それに引きかえ島六段の、たいして高そうもない、コール天のよれよれに、あの変わった靴。ふだん着そのもので……」


 

 結構、ヒドイこと言うてはります。

 まあこの棋士も、「伝統」に従わないことによっぽど腹が立ったのだろうが、あんまりな言い草ではある。今なら間違いなく炎上であろう。

 もっとも逆に言えば、米長自身がこの棋士のように心の底から島のいで立ちを「コール天のよれよれ」に見えていたとしたら、あんな大差で負けることはなかったのかもしれない。

 そういった逆風があっても、我が道を行った島は実に図太かった。

 と言うと、なんだか島がチャラチャラした遊び人か、空気を読まない困った男のようだが、そういうことではない。

 島と仲が良く、兄貴分と慕う先崎学九段による『週刊文春』のエッセイでは、それは多分にマスコミによって作られたイメージであると。

 実際のところの島は、むしろ古風で、周囲に気遣いを欠かさない繊細なタイプであると(ついでに言えば麻雀牌を河に流したり土に埋めたりする、かなりの「変人」らしい)。

 また将棋に関しても、A級順位戦で何度も降級のピンチをしのぎ、しぶとく残留する島から、戦いのさなかに泣き言グチを一切聞いたことがないことを取り上げて、

 

 「プロ中のプロ」

 

 そう賞賛した。

 なんとなくではあるが、悪気なく「天然」で内藤國雄中原誠を困惑させた、高橋道雄中村修とは違い、おそらく島はかなり「意図的」に衣装を選んでいたように思える。

 ただ、当時からいろいろ書かれたり、本人もあれこれ語ったりしてるけど、この「スーツ事件」は結局のところ、七番勝負にのぞむにあたって、
 
 
 
 ベストの将棋を指すために、自分のスタイルを絶対にくずさない。
 
 
 というシンプルな、島の立場からすれば、当たり前の上にも当たり前な意思表示にすぎなかったのだろう。

 その意味では、今回の永瀬王座も、もし本当にスーツがいいなら、それを押し通すべきだったかもしれない。

 ルールで決めたかなんか知らんが、今の王座がだれか皆わかってるの? オレやで、と。
 
 人によっては
 
 
 「わがまま」
 
 「空気を読まない」
 
 「人間が小さい」
 
 
 と取られるかもしれないが、ここで変に飲みこんで憤懣をためてしまうのは、間違いなくマイナスである。あのころの米長邦雄のように。
 
 温厚なイメージのある深浦康市九段藤井猛九段といった人たちも、大きな勝負で「言いたいこと」があるときは強くを通すシーンもあったと、インタビューなどで語ったりしている。
 
 だから、もし今期の王座戦がフルセットにもつれこみ、そこで永瀬が、
 
 
 「やはり和服では力が出せない。最終局は自分の着たい服で指させてくれ」
 
 
 なんて主張したら、今回は「八冠王待ち」な私でも、そこに関しては永瀬を支持したいと思っている。

 

 


 (竜王時代の島と羽生の大熱戦はこちら

 (島が羽生相手の防衛戦で見せた名局はこちら

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

和服アルマーニ狂騒曲 島朗vs米長邦雄 1988年 第1期竜王戦

2023年09月24日 | 将棋・雑談

 「永瀬王座が、和服を着てるやん」

 

 なんて少しおどろいたのは、今期王座戦のことである。
 
 現在行われている第71期王座戦五番勝負は、永瀬拓矢王座が「名誉王座」を、挑戦者の藤井聡太七冠が「八冠王」をかけて戦う大勝負。
 
 そこで、ふだんはタイトル戦でもスーツで通す永瀬が和服で対局しているのが話題になっているが、この手の話で忘れてはいけないのが、島朗九段であろう。

 島は1980年(昭和55年)に17歳で四段デビュー。
 
 同期に、早くからタイトルを取り活躍した高橋道雄中村修南芳一塚田泰明などがいる「花の55年組」の一員だ。
 
 C1時代に23歳王位を獲得した高橋や、やはり23歳の若さで王将を獲得した中村王座になった塚田といった早熟な面々とくらべると、やや出遅れていた感があった島が爆発したのが、1988年のこと。
 
 「十段戦」を発展的に解消して生まれた新棋戦「竜王戦」で、
 
 
 羽生善治

 桐山清澄

 大山康晴

 中原誠
 

 という、今見てもオソロシイ重量打線を次々に打ち取って、決勝七番勝負1回目の大会で竜王がいないため「決勝戦」あつかい)に進出したのだ。
 
 これまでのうっぷんを晴らすような大躍進だが、島はここでも勢いが衰えない。
 
 本番の七番勝負では、なんと大豪米長邦雄九段4連勝で吹っ飛ばし、初タイトルを獲得してしまうのだ。
 
 これにはマジでブッたまげたもので、戦前の予想では経験実績で上回る「米長有利」が圧倒的だったからだ。
 
 そりゃ島だって強いから、勝ったこと自体はおかしくないけど、それにしたってスコアが4タテというのは、さすがにだれも予想できまい。
 
 それくらいの衝撃だったわけだが、このときの島が4局とも高級スーツを着て登場したことは、この結果と同じくらい、いや下手するとそれ以上に話題を呼んだのだ。

 

 

 

 


 


 将棋のタイトル戦といえば「和服」がお約束の中、堂々ブランド物のスーツ。
 
 それだけでも異質なのに、島は他のところでも、今までとは違う言動を見せていた。
 
 すすめられてもアルコールは一切口にせず、終始ソフトドリンクだけを手にし、対局やイベントの合間にホテルのプールでひと泳ぎ。
 
 1日目指しかけの夜には、前夜祭で出逢った女子アナナンパしてスポーツクラブのやはりプールで一緒に泳いだりと、これまでの棋士のイメージを覆すような、型破りな行動が目立ったのだ。

 ふつう、タイトル戦の1日目の後は、封じ手や2日目の展開を考えたりして悶々とするもので、中原誠十六世名人をはじめとした一流棋士でも眠れない夜を過ごすものだという。

 そこをナンパにスポーツクラブとは、自由が過ぎるというものだ。若大将か。
 
 これにはマスコミも
 
 
 「新人類」(「ゆとり世代」みたいなニュアンスの流行語)
 
 「トレンディ棋士」
 
 
 などと記事にして紙面を盛り上げたもの。

 これには、そのワードセンスと「2周くらい遅れてる」感に、まだヤングだった私は今でいう「共感性羞恥」にいたたまれなくなったが(将棋はオジサンの文化なのですね。「Z世代」とか言ってるのも聞いてられないッス)、これが米長のペースを乱したことも結果に響いたようだった。
 
 こういう、お互いの年代将棋観が違うことによって起こるズレに、どちらかがイライラしてしまい(多くは年長者の方が)、力を発揮できないことがあるのは将棋の世界の「あるある」。
 
 かつては、内藤國雄高橋道雄王位戦中原誠中村修王将戦森内俊之渡辺明竜王戦

 などなど、双方が意図しないところから生じる齟齬が、勝負を左右するケースはいくつかあげられ、将棋はメンタルのゲームというのが伝わってくる結果となっている。

 当時の記事とか読むと、たとえば内藤などは無口な高橋が、感想戦でも一言もしゃべらないのに苦労しており、しょうがなく立会人である中原誠名人と、ずーっと話していたりとかしてたらしい。

 情景を想像するだけで気まずくてしゃーないが、もちろん高橋に悪意はなく、こういう価値観や性格のしっくりこなさが(内藤はおしゃべりでサービス精神旺盛なタイプ)、内藤へのボディーブローになっていた。

 なんとなくムッとするけど、物言いつけたら「器の小さい人間」とか思われそうだし、とはいってもこのモヤモヤは無視はできない感じもするし、でも、そもそもこの子も悪い子じゃないしなあ……。

 じゃあ盤上で格の違いを見せつけたるわと言えば、それはそれで相手もメチャクチャ強いし、負かすのは大変で、ほなどないせえちゅうねん!

 てな感じで、まあ自滅とまでは行かないが、ムダなフラストレーションをかかえたハンディは負うことになってしまう。

 アスリートなんかが待遇にゴチャゴチャ言ったり、芸能人が「オレの名前を一番にしろ」とかいうのは、もちろん単なるワガママのこともあるんだろうけど、中にはこういう

 

 「意図はしてないけど、天然で発揮されてしまう盤外戦術」

 

 これにやられないよう、警戒しているケースもあるのかもしれない。

 
 (続く

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

タイトル戦にはスーツか和服か 永瀬拓矢vs藤井聡太 2023年 第71期王座戦

2023年09月21日 | 将棋・雑談

 「あれ? 永瀬王座、いつもと違いますやん」


 
 なんてモニターの前で、すっとんきょうな声をあげたのは、王座戦を観戦しているときであった。
 
 今期の王座戦では挑戦者である藤井聡太七冠が、空前絶後の大記録「八冠王」をかけて戦っているのは、各所でニュースになっている。
 
 その一方で、迎え撃つ永瀬拓矢王座もまた、王座獲得連続5期の「名誉王座」をねらっており、その話題性からして「藤井ブーム」の、いやさもっといえば、令和初期の将棋史的にも、ひとつの大きな山場を迎えているのであった。
 
 その期待通り、第1局、第2局とも熱戦ですばらしく、できたらフルセットまで行ってほしいなあと、今からワクワクしている次第。
 
 そんな中、どちらかが長考中、対局場の風景をボーっと見ているときに、フト違和感を感じたわけなのだ。
 
 なんだか、「間違い探し」の問題を見せられているような、不思議な感じだったが、しばらくして「あー」となった。
 
 そう、永瀬王座がこのシリーズは、和服で対局しているのである。
 
 永瀬と言えば、個性派の多い棋士の中でも、また飛びぬけてキャラの立った人。
 
 「受けつぶし」を得意としたSっ気丸出しの棋風に、同業者が腰を抜かすストイックな勉強量など、その例は枚挙にいとまがないが、中でも、
 
 
 「タイトル戦でも和服でなくスーツ姿で通す」
 
 
 というのが話題を呼んでいたのだ。
 
 というと将棋を知らない人からは、
 
 
 「え? 将棋って和服着用が普通じゃないの?」
 
 
 という声もあるかもしれないが、棋士は普段の対局はほぼスーツである。
 
 デビュー当時の藤井七冠や中村太地八段学生服や、阿部隆九段が一時期好んでいた作務衣、また気合いの入った順位戦などでは和服を着るベテランもいるが、これは例外中の例外
 
 タイトル戦でも基本的には服装は自由であり、かつては「ひふみん」こと加藤一二三九段も和服を好まず、スーツで対局していた。
 
 42歳で悲願の名人を獲得したときも、和服の中原誠名人とちがい、やはりスーツで通していたから、その徹底ぶりはいかにも加藤一二三っぽいではないか。

 

 

 「加藤名人」誕生のときもスーツ姿。


 
 永瀬王座もまたその系譜にあり、たぶん最初の方は和服を着てたと思うんだけど(途中で着替えたりとかした時期もあったかな)、最近ではすっかり洋装がトレードマークになっていたものだった。
 
 ただ、やはり将棋のタイトル戦では、ほとんどの人が和服を着るために、そこに違和感を感じる人はいるよう。
 
 これに関しては、私はどっちでもいいというか、別に和服だろうが、スーツだろうがドラッケンフュアー・シュヴァルベンストライクだろうが、なんでもいい派である。
 
 もともと「○○は△△でなければならない」みたいな決めつけは好きでないし、そもそも、そういったものの起源をたどると、案外その根拠もいい加減だったりする。
 
 なんで「別にいいじゃん」って感じで、囲碁なんかもみんなスーツだし、そんなに気にならないのだ。
 
 ルールで決まってるならまだしも(今回の王座戦はそうしたみたいですね)、「同調圧力」でってのは、なんかヤだしなあ。
 
 こんなもん、なんでもOK。ポロシャツ短パンジーンズサイケコスプレ全身タトゥーでも好きにやればいい。

 そういえば昔、竜王戦挑戦者決定戦で盤外戦術(?)なのかどうなのか、若き日の先崎学六段がチノパンや、Tシャツにジーパンという姿で対局に挑んだことがあった。

 対して佐藤康光七段が1勝1敗の第3局では堂々の和服で受けて立つとか、バチバチにやり合っていたこともあったっけ。

 私は結構歴の長い「ガチ勢」にもかかわらず、
 
 
 「2日制とか、もう時代に合ってないし、やめてもいいんでね?」

 
 
 とか、かなりテキトーなタイプなので、この手のテーマでは「リアルガチ勢」の人には怒られがちですが、ハイ。
 
 ただ、ネット中継の充実した今、海外へのアピールという意味では、和服はかなりの武器にはなりそう。
 
 なのでまあ、原則としては自由を選んでいいとして、本人が「どうしてもイヤ」という以外は、基本的には和服でいいとも思う。

 このあたり、永瀬王座の「イヤ度」はどれくらいだったんだろう。
 
 気にしてないならいいけど、「ホントはスゴイ嫌」なのに着さされているんだったら、大きな記録もかかってるのに、ちょっと気の毒かもなーとか思ったり。
 

 

 (島朗の「アルマーニで竜王戦」編に続く)

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

祝・阪神タイガース優勝で歌おう! 感電するほどの「六甲おろし」を 藤林温子 トーマス・オマリー 登場

2023年09月18日 | スポーツ

 阪神タイガースが優勝した。
 
 私は今では野球をまったくと言っていいほど見ないし、そもそも子供のころは近鉄ファンであった(岡本仰木監督時代)。
 
 でもまあ、大阪に住んでいて、しかも銭湯やサウナが好きとなると、なんとなく阪神の情報というのは入ってくるもの。

 「今年は行く」という空気感くらいは伝わっていて、そのまま問題なく優勝。

 これが18年ぶりというのだから、月並みながら、時の流れるのは早いものだ。
 
 世代的に、あの真弓バース掛布岡田が打ちまくった1985年の優勝は見ていて、このときはサンテレビ

 

 「雨天中止の場合は『燃えよデブゴン』放送」

 

 という表記は、なぜか今でもおぼえている。

 やっぱり、ガンガンにヒットやホームランが飛び出して爽快だったわけで、バックスクリーン3連発とか。何十年かぶりに見たけど、すごいね、コレ。

 今でもやってる「道頓堀ダイブ」はこのときに生まれたもの(たぶん)。あの異様な熱狂は、今思えばバブルとかの影響もあったのだろう。
 
 2003年2005年はたまたま周囲に野球ファンが多く居て、話のうまい彼らの野球トークにまぜてほしくて、これも見ていた。
 
 ついでに言えば、あの北川選手による代打逆転満塁サヨナラ優勝ホームランで、バファローズがペナントを制した試合も見てたり。
 
 なんのかの言いながら、さすが地元ということで、野球に縁遠くなっても、そういうところは、なんとなく接点があったりしたわけなのだ。
 
 ということで、今回は阪神優勝おめでとう特集。
 
 そりゃタイガースといえば、とにもかくにも『六甲おろし』でしょうということで、みんなで歌いましょう。
 
 まずは、かわいいやつから。
 
 MBSの人気アナウンサー、藤林温子さんの六甲おろし
 
 「藤林虎子」という名前でタイガースが出る番組にたくさん出演したりと、毎日放送で阪神と言えば藤林アナのイメージである。
 
 藤林アナは福井出身で、たぶんそんなに阪神に思い入れとかなかったんだろうなあとか、アカペラでフルコーラスを歌わされる恥辱プレイといい、この「やらされてる感」の共感性羞恥が見どころの一曲である。

 ライムスター宇多丸さんと、コンバットRECさん言うところの「ほつれと、やらされてる感」という「アイドルの条件」を満たしており、大変かわいらしく、あとラジオでコンプライアンスなど無視してイジられるのもキュート。
 
 また、六甲おろしといえば定番なのがこれで、元タイガースの中心プレーヤーであったトーマスオマリー氏の一品
 
 『ドラえもん』に出てくるジャイアンや、江戸川コナン平山ヒラメなど音痴キャラはアニメなどの定番だが、このトーマスの歌はそれに並ぶクオリティーの高さ。
 
 思わず脳内に石坂浩二の声で

 

 「ここは、すべてのバランスがくずれた、恐るべき世界なのです」

 

 ってナレーションが流れてくるほど。
  
 それくらい、なにか軸がブレている。 
 
 いやマジで、聞いた後しばらく、まっすぐ歩くことができなくなるもんなあ。モノが二重に見えたりさ。
 
 こうして、歌で祝福したい阪神タイガースの良き日だが、ここまでくれば目指すは日本一であろう。
 
 過去を思えば、ロッテに大敗したのも悔しいが、ここは一番ホークスと戦いたいところ。 
 
 「あと1勝」からまくられたというのが、まさに痛恨事で、ぜひこのときのリベンジを果たしてもらいたい。
 
 あのときはスタンカにやられてしまったが、今回はそうはいかないぞと、ホークスファンには今から言っておこうではないか。
 
 
 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドリル・ア・ホール・スパーク歯医者戦記4 地底への挑戦

2023年09月15日 | 日記

 前回の続き。

 歯医者で名前を呼ばれ、いよいよ絶体絶命となった歯が痛い私。

 もうここまでくれば腹をくくるしかないが、まずは歯科衛生士さんと軽く質疑応答。
 
 次に放射能を浴びながらレントゲン写真をパシャリと撮って、次は口を大きく開けて、カメラで直接カシャリ。
 
 一通り終わったところで、先生がやってくる。
 
 年のころなら30代後半のまだ若い先生。これまたマイルドな雰囲気で、圧のようなものがまったくない。

 昔は歯医者にかぎらず、いろんな施設の人が横柄だったりして不愉快だったが、時代が変わってありがたいことだなーとか思いながら診てもらうと、やはり歯茎炎症を起こしているようだ。
 
 虫歯がなかったのは幸いで、とりあえずブラッシングの指導を受け、歯茎にいい歯磨き粉の話など聞いた後は歯石取りをやってもらう。
 
 作業は丁寧で痛みもなく、リラックスしてクリーニングしてもらう。なんて楽ちんなんだ。
 
 ここまでやって、他の個所については少し様子を見ようということになったが、先生が言うに、ひとつ気になったのが左上中央部の歯。
 
 以前、虫歯の治療をしたところだが、かぶせ物の調子が悪いらしく、メンテナンスをした方がいいと。

 その際、少し削ることになるが大丈夫かという。
 
 削るが大丈夫かと訊かれれば、そんなものは全力で大丈夫ではないに決まっているが、なにかこう、そこには全体的に先生の


 
 「治療しますよね?」


 
 というが感じられて遺憾である。
 
 好感度大な先生にそう言われては、うんと言わざるを得ない。
 
 嗚呼、げに悲しきはNOと言えない日本人である。
 
 もちろん、詰め物が弱っているなら、そこを治してもらうのは正義である。
 
 しかしなあ、それでもなあ……。
 
 とか逡巡しているうちに問答無用で治療椅子が、オーストリアの首都のような音を立てて下がっていく。
 
 手際よく治療用の道具が並べられる。なにがどうということはないが、ふとコーネルウールリッチのサスペンス短編『死の治療椅子』が思い浮かぶ。
 
 先生はさわやかな笑顔で「はい、口を開けてくださーい」と伝えてくるところでは、
 
 
 『マラソンマン
 
 『キラー・デンティスト
 
 『リトルショップ・オブ・ホラーズ
 
 
 といったマッド歯医者の大活躍する映画の映像が、脳内を断片的にグルグルと回り始める。

 『ウルトラマンA』に出てきた、世界一行きたくない歯医者であるQ歯科のお姉さんとか。
 
 なにやら自分が、とんでもないに陥っているような気持ちになってきた。
 
 一体、なぜこんなことになってしまったのか。刑事さん、そんなつもりはなかったんです。真珠湾なんか奇襲するつもりはなかった。

 そんな思いもかまわず先生は「ヤツ」のスイッチをオンにした。
 
 耳をつんざくような回転音
 
 ちなみに、こういうとき島田紳助兄さんは
 
 


 「病院で胃カメラとか、しんどそうな治療をするときには、《そういうプレイ》やと思って受けるのがええんや」



 
 
 その必勝法を語っておられて、はじめて聞いたときは、
 
 
 「天才あらわる!」
 
 
 感動に身を震わせたものだが、残念なことに私はっ気がまったくない人間なので、この手管は使えないのだった。
 
 嗚呼、神さま。もし運よく次も人間に生まれ変われることがあったら、ぜひとも生粋のドMに仕上げてください。
 
 もちろん、この一連の態度はビビっているわけではない。
 
 私の強靭な精神力をもってすれば、歯の治療などいかほどのものでもないのだ。
 
 だが、そこは『るろうに剣心』世代の人間として、を人に向けるなどもってのほかという《不殺》の信念へのリスペクトであって、あのやっぱり今日は……。
 
 
 NONONONONONONO!
 
 
 ……ふう、たいしたことはなかった。
 
 私のような幾度も修羅場をくぐってきた猛者にかかれば、この程度の責め苦など、たいしたものではな……。 
 
 
 POPOPOPOPOPOPO!
 
 
 これにて治療は終了。
 
 やはり、たいしたことではなかった。これをお読みの読者諸兄の中には、


 
 「いや、メッチャ声出てましたやん」


 
 などとツッコミを入れてくる人もいるかもしれないが、


 
 「痛かったら手をあげてくださいね」


 
 との指示に固ま……クールで微動だにしなかった男に嫉妬する、みじめな人生の敗北者なのであろう。
 
 これで、とりあえずやっておくべきことは、やってもらった。
 
 ひとまずは安心で、危機にも雄々しく臨む私の態度に、きっと女性ファンも感動しているに違いない。
 
 これにてミッション終了であり、私は帰りに渡された「お客様アンケート」の用紙に、
  
 
 「今日はこれくらいにしといたるわ」


 そう書き残すと、そのまま風のように消えたのであった。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジェットモグラ歯医者戦記3 モーターライズでパワー3倍

2023年09月14日 | 日記

 ついに歯医者に行くこととなった。
 
 そんなもん、違和感あった時点ではよ行けよという話だが、こう見えて私も多忙な身。

 仕事や雑用、あとフィジェットキューブをカチャカチャするのに忙しく、なかなか時間も取れないのだ。
 
 そこで前回は歯痛に対して、


 
 量子力学のコペンハーゲン解釈


 
 で対抗し、まさに木村一基九段佐々木大地七段かという怒涛のねばり腰を見せるも敗北。

 こうなるともう、さすがに打つ手はないか。
 
 よし決めた。全国1千万のファンのためにも、ここはしっかりと歯を治すことにした。
 
 私はここに歯痛撲滅計画、その名も「ベルシダー作戦」を始動。
 
 嗚呼、なんという決断力、驚嘆すべき勇気
 
 時は来た。皇国の興廃この一戦にあり。おお、天気晴朗なれども猫ひろし。
 
 必ず勝ちます、一人一殺、さらばラバウルよ。諸君は総力戦を望むか! よ起きよ!

 ということで、しっかり歯磨きをしたうえで、駅前にある平安京歯科(仮名)に出かける。
 
 いろいろ聞いてみたところ、昨今の歯医者はどこもきれいなところも多く、また歯科医も親切で、痛い治療もなるたけ避ける傾向があるという。
 
 なるほど、それなら安心であり、実際この平安京歯科も普通のの歯医者にもかかわらず、オシャレなカフェのような清潔さであった。
 
 待合室にはリラックスできるヴァイオリン曲が流れており、受付の歯科助手さんも温和で、非常に快適である。
 
 なーんや、こんなことなら、もっと早く来ればよかったやん。
 
 すっかりくつろいだ気分で、ハンヌライアニエミ量子怪盗』など読みながら待っていたのだが、その平和な静寂はすぐさま破られることとなったのだ。
 
 みんな大好き、「アレ」の音である。


 きゅおうおつえおうえおいるえいjklgjlk!!


 その瞬間、待合室の電球がうっすらと暗くなったように思えた。
 
 特にどうということはないのだが、なにやらカーテンの奥で


 
 「あってはならないことが起こっている」


 
 という気にさせられるのだ。
 
 さらにそこから、カエルをひきつぶしたような
 

  ぐおごげぐごげええれえええjごいてゅfgry!!!!
 
  
 などといった声にならない声が聞こえてくるにあたっては、頭の中で「退くことも勇気」という言葉がこだまする。
 
 また、さらに場の空気を重くするのが子供の存在だ。
 
 待合室にはお母さんと一緒に来た、小学校低学年の男の子がいたのだが、これがもう実に悲痛な表情でイスに座っているのだ。
 
 そもそも私もかつてそうだったが、ガキ歯医者というのはウナギ梅干してんぷらかき氷のごとく、食い合わせは最悪
 
 ドリル音がするたびに、ビクッと小さく反応し、こぶしを握り締め、ときおり身も世もないというため息をつくにおよんでは、


 
 「え? 明日、この世界は終わるん?」


 
 とでも訊きたくなるほどに悲壮な雰囲気で、やっとられんのである。ハンガリーのシャンソン『暗い日曜日』でも流したろうかしらん。

 もう、気分は完全にこんな感じである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 そんな精神攻撃の嵐を喰らって、もうよっぽど


 
 「今日は水着美女たちが車を洗ってくれる映画『ビキニ・カー・ウォッシュ』を観ないといけないんで帰ります」


 
 とバックれたかったが、ちょうどそのタイミングで名前を呼ばれてチャンスを逸した。
 
 いよいよである。なにかもう「赤紙が来た」といった空気感だが、行くしかない。
 
 今から醤油の一気飲みをしても遅かろうと、丹田に力を入れ、「押忍!」と一声かけて堂々と治療椅子に座った。
 

 (続く

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大巨人のさばき 大山康晴vs中原誠 1972年 第11期十段戦 第4局

2023年09月11日 | 将棋・名局

 「さばく」という感覚は振り飛車の醍醐味である。

 振り飛車という戦法は、いにしえの時代には長く、

 

 「相手が攻めてくるのをただ待っているだけの、消極的な戦法である」

 

 というネガティブなイメージを持たれていたが、指していて楽しいことはアマチュアに人気があることから、よくわかるところ。

 なべても、押さえこまれそうになったところ、あれこれと手をつくして包囲網を突破したときのスカッと感は病みつきになるほどだ。

 そこで今回は、そんな「さばき」の極意を見ていただきたい。

 主人公になるのは、振り飛車党だが案外と「さばき」のイメージがないあのお方で……。


 1972年の第11期十段戦(今の竜王戦)。

 中原誠十段(名人・棋聖)と大山康晴王将の七番勝負。

 大名人と、次代の大名人になるこの2人だが、このシリーズの大山は49歳で中原は25歳

 ちょうど立場が入れ替わりはじめたころで、少し前の名人戦で中原が勝利したことが大きく、そのころは大山三冠中原二冠だったのが、今では中原三冠大山一冠に。

 大山としてはなんとかして押し戻したいところだが、ここまで中原が開幕から3連勝と一方的にリードを奪う。

 このまま引き下がっては、本当に世代交代をゆるしてしまうことになるが、この将棋の大山は強かった。

 大山の中飛車に、中原は中央に厚みを築いて対抗。

 むかえたこの局面。

 

 

 


 後手の中原が△99角成と成りこんだところ。

 後手からは次に△89馬を取るとか、△77歩成など様々な手があり、先手は急がされているが、ここからの手順が「さばき」の極意。

 

 

 

 

 

 


 ▲55歩と突くのが、軽い好手。

 △同馬と取られて、急所に馬を引かせて、しかも王手になるのだが、そこで▲37角とぶつけるのが好感触。

 

 

 

 △同馬▲同金と取るのが、この際の形。

 ふつうは▲同桂だが、この場面ではうすく、△46歩のタタキ(▲同金△57角)も気になる。

 ▲37同金に中原は△77歩成とするが、▲48飛が▲37金型を生かして幸便な転換。

 

 

 次に▲44歩が気持ちよすぎるので、後手は△46歩と止めるが、そこで一発▲73歩が手筋の好打。

 

 

 

 

 △同飛▲44歩と突いて、△同金に▲62角と流れるような手順で飛車金両取り

 飛車には一応ヒモがついてるから、△33銀と守るも、▲73角成△同桂▲77桂と取って、きれいなさばけ形。

 

 

 

 

 「さばき」の定義はむずかしいが、イメージとしてはとっちらかった部屋をササッと整理してしまう「片づけ名人」みたいな感じ。

 突破されそうだった7筋に憂いはないどころか、左桂も使えて、他の駒はすべて右辺でコンパクトにまとまっており、並べるだけでさわやかな気分になれる。

 以下、中原も△64角と攻防に据えるが、そこで▲55歩がまた軽打。

 

 

 

 △同金と重くさせてから▲51飛と打ちこんで好調子だ。

 そこから中原も懸命の追い上げを見せるが、終盤で▲82竜としたのが落ち着いた好手。

 

 

 

 

 ここで中原は△48金と攻め合ったが、△52金と取って△39角をねらうほうがアヤがあった。以下、先手が押し切ることに。

 会心のさばきで1勝を返した大山だったが、第5局には敗れ挑戦失敗

 その後、最後に残った王将位も失い、「巨人」大山は無冠に転落してしまうのである。

 


(大山の愛弟子コーヤンこと中田功の芸術的さばきはこちら

(その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

猫のゆりかご歯医者戦記2 コペンハーゲンより愛をこめて

2023年09月08日 | 日記

 は痛いけど、なかなか歯医者に行くことができない。
 
 それは決してドリルにビビっているわけではなく、不正を憎む正義の心ゆえのことであることは前回、私の見事な論理により証明された。
 
 ということで、残念ながら今回もスルーであるかとホッ……傷心に打ちひしがれながらも、とりあえず今日も歯が痛い。
 
 というと、
 
 
 「だからぁ、とっとと歯医者行けばいいじゃん」
 
 
 などと、あきれられる向きもあるかもしれないが、前回も言ったように私は休みの日でも多忙を極めるのだ。
 
 最近では仕事や雑用の合間をぬって、グラビアアイドルがサウナ汗まみれになっている動画を見るのにいそがしく、そこまで手が回らないのが現状だ。
 
 いわば、いにしえのモーレツ社員ワーカホリック状態であり、「働き方改革」はどうなっているのかと政府に問いたいほどだ。
 
 さらにいえば、歯が痛いからと言って、安易に歯医者に行ってもいいものだろうかという問題もある。
 
 そんな反射のような行動にはクリエイティビティが感じられず、そういうにハマった発想こそが、今の日本経済の停滞を招いているのではないか。
 
 そこで社会派を自認する私も
 
 「まず歯医者」
 
 という思考停止を疑ってかかり、の手段を模索したいということで、様々に頭をひねってみた。
 
 そこで、今回採用してみるのが量子論だ。
 
 参考にしたのはレイヴクサヴィッチ月の部屋で会いましょうに収録された「彗星なし」(原題『ノー・コメット』)という短編。
 
 小説の冒頭で主人公ティムは家族に対して、から紙袋をかぶるように言う。
 
 なんでそんなことをするのかと皆がいぶかしがる中、彼が説明することには、もうすぐ謎の彗星が地球に衝突し、この世界は滅亡するという。
 
 突然の破滅に対して、ティムが対抗策として持ち出したのが、
 
 
 「量子力学のコペンハーゲン解釈」
 
 
 「シュレディンガーの猫」で有名なこの仮説。むずかしいことは私もよくわからないから、ここにムチャクチャにザックリと説明すると、
 
 
 「見ていないもの、というのは存在しない」
 
 
 ということらしくて、だったら頭から紙袋をかぶって彗星を見なければ、


 
 「そんなものはハナから存在しないんだよーだ、やーいバーカ!」


 
 ということになるのだ。
 
 彗星が存在しないなら、衝突からの滅亡もないわけで、世界は救われる
 
 これで、わざわざ南極に地球移動ロケットエンジンも作らなくてよければ、なんと安上がりなことか!
 
 まさに天才的な発想であり、さっそく私もこれを取り入れようと、いつもお世話になっているしまむらの紙袋を用意してクライシスに備えた。
 
 今回のターゲットは固いものを噛むと少し痛む右下奥歯と、熱いものをふくむとピリッとする左上犬歯である。
 
 特に熱いものに反応するのは、相当に悪くなっているとグーグル先生Chatgpt師匠に諭されているため、これをドリルなしで切り抜けられるのはありがたい。
 
 ニュートン力学、敗れたり!
 
 ということで、目隠しした状態でとりあえず好物の塩せんべいと、揚げたてのチキンナゲットをいただくことに。
 
 もちろん、ふだんなら患部に激しく触れないよう警戒しなければならないが、敵の存在を丸ごと消し去ってしまうこの「リルル作戦」の発動により、そのような恐れはなくなった。
 
 ということで、鼻歌でも歌いながらバリッ、もぎゅっと口に放り込んで、


 
 POU!


 
 ……とりあえず、痛かった。

 
 おかしい。量子論的には目隠しをしたことによって、虫歯知覚過敏はあのシュレディンガーの猫のごとく、


 
 「存在する状態であり、しない状態でもある」


 
 ということになっていたはずなのだ。
 
 ところが、どっこい生きてるシャツの中ではないが、虫歯だか歯周病だか知らないが、痛みはどうしても去ってくれないらしい。
 
 猫、死んどるがな。フォンノイマン敗れたり!
 
 これにはさすが、受験生のころは私立文系だった私もガックリきた。
 
 人類科学の敗北。どうやら自力突破はここが限界のようだ。
 
 口惜しいがポツダム宣言を受諾し、とりあえず歯医者に出かけたいと思う……。
 
 て、いやもうマジで、はよ行けやオマエ。

 

 (続く

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャスティス歯医者戦記 保険証は忘却の船に流れは光

2023年09月07日 | 日記

 歯医者に行かねばならなくなった。
 
 もともとかなり前から、いろいろと歯に違和感を感じていたのだが、なかなか行く機会がなかったのである。
 
 というと、なにやら私がドリルの音を恐れるチキン野郎であるとか、どこかから
 
 
 「ピッチャーびびってる、ヘイヘイヘイ!」
 
 
 という声も聞こえてきそうだが、誤解されては困る。
 
 私も社会人として忙しい身でもあり、なかなか時間も取れない。
 
 実際、今週も仕事がいそがしかったり雑用に追われたり、あとはトム・クルーズが新作映画のPRで「あつあつおでん」に挑戦する動画を見たりと多忙を極めるのだ。
 
 それでも先月、なんとか時間をやりくりしてクリニックの目の前まではたどりついたのだが、こんなときにまた保険証を忘れていたことに気づき愕然としたりした。
 
 なんとマヌケなと、ほくそえ……悄然としながら受付のお姉さんにその旨伝えると、
 
 
 「大丈夫ですよ、次の診察に持ってきてくだされば」
 
 
 とのことであったが、もちろんそんなわけにはいかない
 
 保険治療を受けるのに、保険証がないというのはこれ一種の不正である。
 
 私もたいした人間ではないが、人生でズルだけはしたことがないという自負があり、これは親の強い教えでもあるのだ。

 中古車販売会社の闇が暴かれ糾弾されている昨今、私もまた同じようなに身を投じてもいいのか。

 否! 断じて否である!
 
 なので、
 
 
 「本当に大丈夫ですよ。先生もすぐに来られますので」
 
 
 そう伝えてくれるお姉さんの笑顔を断固と振り切って、結局その日も帰ることとなったのだ。
 
 これには我ながら、胸にくるものがあった。
 
 なんという気高き男なのか。
 
 保険証なしでもいいという甘言をものともせず、正義を貫くために、その日の治療を泣く泣くあきらめる。
 
 まさに男の中の男であり、現代の獅子心王蒼き狼鉄血宰相マレーの虎革命大天使
 
 このように常に多忙で、またジャスティスをつらぬく心を持った私は、どうしても歯医者に行く時間が取れないのだ。
 
 などと丁寧に説明していると、なんだそれは、やはりただビビっているだけではないか、という意見があがってくるかもしれないが、これぞまさに完全なる誹謗中傷である。
 
 昨今はネット上でのネガティブコメントが問題になっており、識者も対策にいそしんでいるという。
 
 私もまたそういう悪意には決して負けない男であり、とりあえずデントヘルスRを山盛り歯茎にぬりながら、悪には断固として、法的処置を……あいててて(泣)……取る所存である。


 

 (続く

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

王の帰還 羽生善治vs渡辺明 2012年 第60期王座戦 その5

2023年09月01日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回の続き。

 渡辺明王座竜王羽生善治王位・棋聖が挑戦した、2012年度の第60期王座戦

 挑戦者の2勝1敗リードで迎えた第4局は、難解な終盤戦で羽生から△66銀という伝説的な一手が飛び出す

 

 

 

 

 これが渡辺の意表をつき、千日手が成立。

 指し直し局は、22時39分開始。

 両者疲れているだろうが、あぶないところを逃げた羽生の方が、元気が出るところだろうか。

 先手番というのも大きく、今度はオーソドックスな相矢倉を志向。渡辺も、それに追随する。

 

 

 相居飛車らしく、先手が仕掛けて後手受けに回る展開だが、この次の手が、それっぽい。

 

 

 


 ▲34銀と捨てるのが、このころ流行していた「銀損定跡」という形。

 大きな駒損になるが、後手の矢倉は△21がないため薄く、や3筋から突入されると、見た目以上にモロいのだ。

 

 「矢倉は先に攻めたほうが有利」

 

 とはよくいわれるが、まさにそんな形。

 後手が横歩取りとか、矢倉急戦とか右四間飛車とか、いろいろと戦型を工夫するのは、こういう流れで一方的にたたかれるのに、コリゴリしているからなのだ。

 △34同金▲55歩と突いて、△44金までが定跡手順の範囲。

 

 

 

 ここで次の手が、また感心させられる一手。

 

 

 

 ▲35歩とじっと伸ばすのが、佐藤天彦八段が披露したという構想。

 すでに銀を丸々1枚損しているのに、そこをあせらず、歩を進めておく。

 なんとも格調高い手で、たしかに「貴族」天彦らしく見える。

 さらには、△55金の進出に▲34歩(!)。

 

 

 


 先手陣も、そろそろ火がついてきそうなのに、これまた悠々と歩を進める。

 しかも、先手から▲34桂と打てるところなだけに、二重の意味でビックリ。

 これで先手が主導権を握って、指せるというのだから、相矢倉の後手番というのは大変であるなあ。

 以下、羽生は▲18飛と「スズメ刺し」に組んでを突破し、後手の陣形を破壊にかかる。

 渡辺は手に乗って左辺に逃げ出し、必死の逃亡劇だが羽生の攻めも的確で、難解ながら先手が押しているよう。

 

 

 

 後手はなんとか1手しのいで、△78銀成から△67金千日手で逃げたいが、ここからの羽生の勝ち方がド迫力

 

 

 

 ▲59銀と、自陣に手を入れる。

 飛車に当てて、これで後手の攻めは継続が難しい。

 △78銀成、▲同金に△46飛成と逃げるが、▲77銀とガッチリ入れる。

 

 

 

 △56角と必死の喰いつきにも、▲67銀ではじきかえす。

 

 

 

 ありあまる金銀を、おしげもなく自陣に投入し力ずくでの防戦。

 あのいつも泰然とした羽生善治が、こんなにも必死になるのだ。

 なんだか、古い戦争映画だったか、アニメのセリフを思い出しちゃったよ。

 

 「落ちろ! 落ちろ! 蚊トンボめ!」

 

 ここまでされては、さしもの渡辺もなすすべがなく、△45角と逃げるしかないが、▲44金から羽生が制勝

 これで羽生は、3勝1敗のスコアで、前年取られたばかりの王座に返り咲き

 と同時に渡辺の「一強時代」突入に待ったをかけ、戦国時代の継続を決定づけた。

 その後、羽生と渡辺はタイトル戦で何度も出会うが、勝ったり負けたりの、ほぼ五分の戦いに。

 渡辺が三冠王名人になり、棋界の本当の頂点に立つのは、もう少し先の話となるのだ。

 


 ■おまけ

 (羽生と中村太地による王座戦の大激戦はこちら

 (羽生が渡辺と「永世七冠」をかけて戦った「100年に1度の大勝負」はこちら

 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする