『週刊将棋』をめぐる冒険

2012年12月12日 | 将棋・雑談

 「生まれてすいません」。

 という名言を残したのは、日本が誇る作家であり、かつ文壇最強の自虐ギャガー太宰治である。

 太宰はそのあふれくる自己愛が逆流して、いたたまれなくなり、ついには自らの存在自体を謝罪してしまったが、私にも、そんな気持ちになってしまうことはある。

 それは、コンビニで買い物するときのこと。

 コンビニで買うものといえば様々であり、お弁当やお茶、カップ麺にお菓子、文房具なんかもたいがいそろっているが、そこで私が買うのが『週刊将棋』。

 この『週刊将棋』は将棋専門新聞なので、もちろんのこと、中身は将棋だらけである。

 世の中には、あまり聞かない業界誌なるものが多数存在し、こないだも書いたけど『月刊廃棄物』みたいな雑誌など、

 「マニアックやなー」

 つっこみのひとつも入れたくなるところであるが、『週刊将棋』も間違いなくその仲間だ。

 さっとめくっても、



 「王位戦一次予選、日浦、佐々木らが突破」

 「今週の詰将棋」

 「高校竜王戦速報」

 「四コマ漫画 オレたち将棋ん族」



 などなど、一般人にはなんのこっちゃな記事がズラリ。

 これまで、買っている人を見たことがないという、超ピンポイント新聞なのだ。

 そんな『週刊将棋』、一応駅のキオスクには置いてあるが、コンビニだとそのネームバリューのなさゆえに、なかなか売っていない。

 なので、ほしいときには見つけるのに苦労するのだが、最近できた駅前のコンビニに置いてくれていることを発見。

 ありがたい話で、毎水曜日もうでさせていただいている。

 が、ここでネックになるのが、『週刊将棋』のマイナーさである。

 普通、おにぎりやプリンなどを買うためにレジに持っていくと、すでに機械に商品が登録されており、バーコードをピッとやると、レジに商品名と値段が出る。

 ところが、『週刊将棋』はその無名さゆえにか、なぜかレジの機械に登録されていない

 持っていくと店員さんが

 「あれ? これバーコードないじゃん。どういうこと?」

 多くの場合、困惑したような顔をするのだ。

 これが、店長とか、ベテランのアルバイト店員なんかだとなれたもので、バーコードを使わず直接レジに打ちこんで精算してくれる。

 けどだ、新米の若い子だと、そのやりかたを知らないようで、目をハテナにして困ってしまうのだ。

 こういうとき、こちらも困るのである。

 もちろん、私としてはだいたいの事情はわかっているので、落ち着いてやっていただければいいのだが、店員さんの方は軽くパニックである。

 特にお昼休みの時間帯など、迅速さが求められるのに、そこで、勝手のわからない商品で冷や汗をかく。

 なんだ、この聞いたこともないような新聞は。

 てゆうか、これウチの商品か? 見たことないってば。バーコードも読み取らないし。

 なんて、あわてふためき、

 「申しわけございません、少々お待ちください」

 平身低頭しながら、あれこれレジスターをいじくって事態を打開しようとする。

 おそらくは高校生くらいのアルバイトさんであるが、機械はウンともスンともいわず、

 「へ、そんな斜陽産業の業界紙なんぞ、知ったこっちゃないね」

 とばかりに、沈黙を続ける。

 このあたりで、もうこの光景になれっこになっている私はよほど、

 「あのーバーコード通さずに、直接レジで打てばいいと思いますよ」

 とか助言してあげようと思うけど、よけいなお世話かもしれないし、間違ってたら悪いし。

 なにより私は人見知りなので、そんなふうに声をかけるなんてできるはずもない。

 そのうち、後ろで並んでいるオジサンなんかが

 「おい、早くしてくれるかな」

 なんて急かして、女の子が半泣きになりながら

 「もう少々お待ちください」

 頭を下げているのを見せられると、嗚呼、もうお兄さんいたたまれなくて思わず

 「ごめんよお、こんな誰も知らん新聞なんて買う客で。キミのせいじゃない。こっちがマイノリティーなんが罪なんです。そんな困らせるつもりはなかったんだよー」。

 レジの前で胸が痛くなり、太宰治のごとく

 「嗚呼、オレってなんてマイナー野郎なんだ、生まれてすいません

 心の中で、頭をかかえることとなる。

 いかにマニアックな新聞とはいえ、ことあるごとに、こういうことが続くと私もつらい。

 店員さんのスムーズな業務遂行と、私の恥辱プレイ回避のため、『週刊将棋』がバーコードの「ピ」ひとつで精算できるよう、日本将棋連盟には将棋の普及事業を、頑張ってほしいものである。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

地獄の底まで受けまくれ! 永瀬拓矢劇場へようこそ その3

2012年12月04日 | 将棋・名局
 前回の続き。
 
 塚田泰明九段はかつて「攻め100%」と怖れられたが、その反対に
 
 
 「受け100%」
 
 
 を標榜するのが、永瀬拓矢五段
 
 ところが、プロの世界では受けだけでは苦しく、攻めにシフトを変えると、これが大当たり。
 
 永瀬は連勝街道を、ひた走ることとなる。
 
 これには「受け将棋萌え」として、ちょっとさみしいところもあったわけだが、どっこい永瀬は受けの心を忘れたわけではなかったのである。
 
 それが見られたのは、またしても『将棋世界』誌の企画。
 
 トップアマからA級棋士まで、5チームがタッグを組んでリーグを戦う「双龍戦」における、対菅井竜也戦であった。
 
 非公式戦ながら、東西若手の俊英がぶつかるということで、プロからも注目を集めたこの一番。
 
 その対抗意識も、
 
 

 永瀬「びんびんに意識している」

  菅井「こちらも意識しているが、むこうも気に食わない奴だと思っていることでしょう」

 
 
 バチバチのやりあいで好勝負が期待された一番は、永瀬の先手石田流でスタート。
 
 すかさず穴熊にもぐった菅井は、中盤でペースをつかみ大きくリード。
 
 

 「もう必勝ですよ」

 

 
 というくらいに、自信を持って戦いを進めていたが、たしかに、素人目にも菅井の攻めが炸裂しているように見えた。
 
 
 完全に喰いつかれている永瀬陣。後手はどこかで△64飛(!)が必殺手になる。
 
 
 
 深く囲って、あとは自陣を見ずに攻めまくるという、穴熊の理想的な展開で、
 
 
 「固い、攻めてる、切れない」
 
 
 の必勝態勢だ。
 
 おまけに、残り時間も菅井が20分あるのに対し、永瀬は1分の秒読み。
 
 これには、永瀬のアニキ分である鈴木大介八段も、断言せざるを得なかった。
 
 

 「この攻めは切れません。残念ながら後手勝ちです」

 
 
 
 
 
 たしかに受ける形がないように見えるが……
 
 
 
 だが、決着がついたに見えたこの将棋が、ここから、おかしなことになりだす。
 
 あとは仕上げにはいるだけ、という菅井は「もう勝ったぞ」とばかりに、ノータイムでビシビシ指し進めるが、これが危ない橋だったようだ。
 
 どう指しても勝てそうながら、そこで菅井は細かいミスを続けてしまう。ちょっとずつちょっとずつ、歯車が狂いはじめる。
 
 一方永瀬は陥落寸前の玉を、あれやこれやと耐えている。
 
 を自陣に利かし、歩の手筋を駆使して相手をあせらせる。
 
 あきらかに、菅井は攻めあぐねていた。
 
 依然、局面は必勝だが、なにやらあやしいムードがただよいはじめる。 
 
 そう、これこそが「受けの永瀬」の真骨頂だ。流れは永瀬ペースになりつつあった。
 
 
 
 受けになっているのか怪しい手のようだが……。
 
 
 
 
 歩を突いて、馬を下段まで利かしてねばる  
 
 
 
 
 
  いかにもタダで取られそうな合駒
 
 
 
 
 
 
 メッタ打ちにしか見えないのに……
 
 
 
 いつ終わるかという大熱戦は、なんと菅井の攻めが切れてしまうという衝撃の結末を見せた。
 
 仕掛けから150手近く、菅井はあらんかぎりの力をもって攻撃を続行したが、永瀬のディフェンスを、最後まで打ち崩すことができなかったのだ。
 
 次々繰り出される、ねばりの手に幻惑され、ついに最後まで、急所にパンチを届かせることができなかった。
 
 213手目で菅井が、ついに刀折れ矢尽き投了
 
 なんということか。あの大必勝の将棋が、まさか逆転してしまうとは。
 
 
 
 後手に指す手がまったくない最終図
 
 
 
 投了図、最初右サイドの銀冠で、上下左右あらゆる方角から猛爆を受けていたはずの永瀬玉は、いつのまにかスルスルと逆の▲88の地点に遷都をすませ、涼しい顔をしている。
 
 一方、菅井の攻め駒は、盤上に残された銀一枚と、駒台の飛車一本。
 
 見事な完切れ
 
 菅井玉の穴熊は手つかずだが、もはやどうしようもない。哀しいほどの「姿焼き」だ。
 
 すべての弾薬を撃ち尽くし、呆然と焼け野原で立ち尽くしているような、菅井の姿が痛々しいではないか。
 
 あきれかえるような、すさまじい受けきり勝ち。
 
 だれがあのド必敗の将棋を、こんな風にひっくり返せるというのか。
 
 しかも、相手は関西若手最強とも言われている菅井竜也だ。
 
 そして、なによりおそろしいことに、この将棋で永瀬が攻めた手というのは、猛攻の間隙をぬって王手した、▲71飛たった一手のみ。
 
 それ以外は、すべて受けの手。
 
 いや、その飛車の王手すら相手に合駒を打たせて(菅井は虎の子の飛車を自陣に手放すしかなかった)戦力をそぐ受けの手ともいえたし、最後は竜にして成りかえって、しっかりと守備として活躍させた。
 
 つまり永瀬は実質、一手も攻めずに勝ってしまったことになる。
 
 これは、すごすぎる将棋の作りである。
 
 もちろん、厳密には菅井のミスが敗因なのだが、私としてはそれを誘発した、永瀬の強靭すぎるねばりを評価したい。
 
 この勝ち方は、本当にとんでもない。強すぎる。
 
 棋譜だけ見たら、それこそ大山二上戦とか、大山加藤一二三戦といわれても、納得してしまいそう。
 
 このように、永瀬拓矢の受けの魂は、消えてはいなかった。
 
 辛いプロに対応するために、攻めのレバーも取り入れはしたが、やはりその強さは守備力にあった。
 
 もう一度、里見戦と菅井戦の投了図を見てみよう。
 
 大山将棋もそうだが、受けきって勝つって、なんてかっこいいんだろう。受け好きの私は、もうウットリ。
 
 やはり永瀬拓矢は要チェックである。
 
 関西推しの私としては、同時にやっかいなやつが東にいるもんだという気持ちもあるが、豊島将之糸谷哲郎稲葉陽といった精鋭たちが、そう簡単に受けつぶされると思えないし、菅井も次はきっとリベンジすることであろう。
 
 これからも新世代の将棋は、興味が尽きないのである。
 
 
 
 
 ★永瀬拓矢がデビュー時に苦戦していた将棋は→こちら
 
 ★永瀬拓矢がタイトル戦で見せた超人的ねばりは→こちら
 
 ☆元祖「受けつぶし」大山康晴十五世名人の「全駒」は→こちら
 
 
 
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

地獄の底まで受けまくれ! 永瀬拓矢劇場へようこそ その2

2012年12月02日 | 将棋・名局
 前回の続き。
 
 「受け将棋萌え」の私が注目する、永瀬拓矢五段新人王戦加古川清流戦で優勝してブレイクした。
 
 この永瀬の受けというのがすごい。
 
 同じ受けにしても山崎隆之のように、形が乱れてから剛腕を発揮するタイプや、木村一基のように、相手の攻め駒を責めるなど様々だが、永瀬のそれは恐怖の受けつぶし
 
 かつて無敵の王者として棋界に君臨した大山康晴名人は、その受けの力で戦力を根こそぎにして、相手のをへし折る勝ち方を披露していたが、永瀬はまちがいなく大山の後継者。
 
 勝又清和六段
 
 

 「怪物」
 
 「とにかく異質の将棋」

 

 
 と語り深浦康市九段
 
 

 「彼の受けの壁を突破するのは大変」

 
 
 被害報告もあがっており、ある若手棋士も、
 
 

 「三段リーグで指したけど、受けまくられて完封された。竜を二枚自陣に引きつけて、駒を全部取られそうになって、盤をひっくり返そうかと思うくらい腹が立った」

 
 
 どうであろう、この言葉。
 
 うっかり差をつけられると、そこに待っているのは恐怖の「根絶やし」である。
 
 その「永瀬の受け」の恐ろしさを世にしらしめたのが、『将棋世界』誌における、ある企画。
 
 
 「里見香奈 試練の三番勝負」
 
 
 女流トップの里見香奈二冠と強豪棋士を戦わせるというもので、そこに一番手として登場した永瀬拓矢。
 
 そこでのこの男の指し回しが、とんでもないものだったのだ。
 
 戦型は、里見得意の石田流。
 
 ちょっと気づきにくい手筋を見せて、突破口を開いた里見が、序盤で少しリードを奪う。
 
 
     機敏な里見の仕掛け
 
 
 
 
 ここは里見がさすがのセンスを見せたが、そこで離されないのが、プロの腕力。
 
 差を広げるチャンスボールをひとつ逃すと、すかさずとがめた永瀬が盛り返し、形勢は逆転模様となる。
 
 で、いったんリードを奪ってからの、永瀬の指し手が問題である。
 
 再逆転をねらって、あの手この手とアヤをつける里見に、永瀬は受ける、受ける、受ける
 
 と金を寄ってあせらせる。ジリ貧を怖れて動いてきたところ、自陣にを打つ、を打つ、下段を打つ。
 
 受ける、受ける、受けまくる。
 
 
 
 
   この香打ちから地獄の始まり
 
 
 
 
   受け将棋といえば自陣飛車
 
 
 
 
 
 
    しっかりと面倒を見る
 
 
 
 
 
    友達をなくす金打ち
 
 
 
 気がつけば永瀬陣は、金銀6枚で守られた堅陣と化していた。
 
 一方、里見は飛車の大駒三枚を持ちながら、まったく敵陣を突き崩すことができない。
 
 そこからも永瀬は、端を攻められれば丁寧に対処していく。
 
 敵の攻め駒を責める、自陣にもぐりこんだを追い払う、と金を中段にじりじりと引く。
 
 里見陣には目もくれず、ひたすらに攻めを切れさせようとする。
 
 そうして、すべての手段を封じられ、まったく動かす駒がなくなった里見は、投了するしかなくなった。
 
 最終の図面は、ひどい大差になっていた。
 
 
 
   めまいを起こす投了図
 
 
 
 まだ里見には手つかずの美濃囲いと、3枚の大駒が健在で、指し手だけならあと数十手は続けられそうだが、やってもみじめになるだけである。
 
 まさに「全駒」(全部の駒を取られて完封負けすること)。いくらなんでも、こりゃあんまりだ。
 
 何度見ても、血も涙もない、冷たい投了図である。これが永瀬流の「かわいがり」か。
 
 こんなペンペン草も生えない「根絶やし」を目指してくる永瀬将棋が、果たしてプロの世界でも通用するのかというのは、大きな注目だった。
 
 その答えはといえば、
 
 「プロはそんなに甘くはない」。
 
 永瀬の将棋は強かったが、本番になると相手も名うてのくせ者ぞろいであり、あの手この手で守備の網をかいくぐり、永瀬玉に襲いかかる。
 
 デビューして数ヶ月、永瀬は思うようには勝てない日々が続いた。
 
 ところが、プロの洗礼を受けたはずの永瀬が、突如勝ち始める。
 
 きっかけは、棋風のシフトチェンジ
 
 これまで受け一辺倒だったのを、柔軟に攻撃型に変えたのだ。
 
 ふつうは、棋風の改造というのは難しく、完成するまではけっこうな「授業料」を払うはめになるものだが、若者というのは伸びしろがあり、それに試さなかっただけで、もともと攻めも強かったのだろう。
 
 このあっさりとの路線変更は見事に当たり、永瀬は18連勝の「連勝賞」を受賞。
 
 加えて、新人王戦と加古川清流戦でダブルの栄冠に輝くこととなり、強豪ひしめく若手の中で、大きな存在感を示すことになった。
 
 こうして一皮むけた永瀬であったが、私としては少々さみしいところもあった。
 
 なんといっても受け好きの私は、永瀬のその鬼のディフェンスに注目していたのである。
 
 それを勝てるとはいえ、攻め将棋になってしまうとは、それでは他の若手棋士と変わらないではないか。
 
 ところがどっこい、永瀬の受けの血は攻めによって、単純に上書きされたわけではなかったのである。
 
 
 
 
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする