前回(→こちら)の続き。
いろいろあった、ありすぎた「七冠王」をかけた1995年、谷川浩司王将と羽生善治六冠の第44期王将戦も、ついに最終局に突入(第1回は→こちらから)。
将棋ファンも騒然だが、なぜか一般のマスコミも「七冠王」に反応しまくり。
会場となった青森県の「奥入瀬渓流グランドホテル」には、総勢50社で150人近い取材陣が押し掛けたそうな。
もう、とんだ大騒動で、「藤井聡太フィーバー」での各社の出陣が50人だったというから、このときの盛り上がりは、皆どうかしていた。
泣いても笑っても、これが最後の一局。
どちらに転んでも、この将棋ですべてが決まるはずの世紀の一番は、まずここで千日手になった。
△15銀に▲25飛、△24銀引、▲26飛、△15銀で無限ループ。
おおお、マジか!
「これがラス1」と意気ごんでいたこちらは、思わずつんのめりそうになるが、即日指し直しということで、先後を入れ替えてやり直し。
この指し直し局が、40手目まで千日手局とまったく同じ形で進んで、これまた観戦者をおどろかせる。
両者とも意地を張ったのか、
「やり直しやけど、さっきと同じ将棋で決着つけようや」
「望むところッスわ。これで言い訳なし。吐いたツバ、飲まんといてくださいよ」
といったやり取りが指し手から伝わるわけで、なるほど
「棋は対話なり」
というのは、こういうことを言うのであろう。
羽生はここで▲75歩と突っかけたが、谷川は▲35歩と手を変える。
以下、中央で競り合って、この局面。
▲55銀と中央を制圧し、谷川がやれる展開だ。
羽生は△37歩とするが、▲44歩、△42金引に▲46銀。
アッサリ飛車を見捨てるのが好判断で、△38歩成に▲34角で、攻めがヒットしている。
△58飛の反撃に、▲52角成と取って、△同金に▲57銀と、と金をはずすのが、また落ち着いた手。
△同飛成に▲67金引で、自陣を引き締めながら角道を開通。
上ずっているうえに、角道を遮断していた金をこんな味よく好形に、それも先手を取りながら締れるなんて、手がしなりそうなところ。
この手を見て「あー、これは谷川が勝つなあ」とボンヤリ思ったことを今でもおぼえている。
△48竜に▲53歩が、快調なタタキ。
谷川の好打が続いているが、ここが最後の勝負所だった。
ここでは△42金右とかわして、▲43歩成、△同金左、▲11角成。
そこで△22銀と入れれば、まだ一勝負できたよう。
だが、羽生はこの順は選ばず、△53同金と取った。
これには▲51飛とおろして、先手の勝ちが決まる。
とはいえ、▲53に強力な拠点がゼロ手で残る△42金右は、あまりにもつらすぎるスーパー利かされであり、選べないのもわかるところだ。
最後の最後で、羽生がねばりを欠いたようだが、このあたりはテレビで見ていて、あまり逆転しそうな気配がなかった記憶がある。
最後はサッパリしたもので、111手目▲16桂まで、谷川浩司が王将を防衛。
夢の七冠はならなかった。
ここまで来て七冠王達成ならずとか、そんなことがあるんやなー、「現実」ってすごいなーと妙な感慨にふけったものだ。
ここで七冠王が実現しない「物語」はありえないわけで、未練もあったのだろう、なんだか現実感がとぼしかった。
こうしてすべてが終わり、
「もう、こんなすごいことは、きっと二度と起こらへんのやろうなあ」
なんて思ったものだが、あにはからんや。
羽生はこの挑戦失敗のあと、王将戦と同時進行だった棋王戦で森下卓を3-0で退ける。
そこからも、名人戦で森下卓を4-1、棋聖戦で三浦弘行を3-0。
王位戦で郷田真隆を4-2、王座戦で森雞二を3-0、竜王戦で佐藤康光を4-2(第4局の激戦は→こちら)と次々に防衛。
王将リーグでも5勝1敗の1位通過で(そこでの絶妙手は→こちら)、2年連続挑戦者に。
七番勝負も、もはや抵抗する気力も奪われたであろう谷川王将を4-0のストレートで下し、ついに七冠王が実現。
これに関しては、あまりに強すぎてボーっと見ていたら、いつの間にかなっていたという感じだった。
羽生の七冠王の価値はといえば、単になっただけでない。
このように、「あとひとつ」で逃すという虚脱感などものともせず、「1からやり直し」のミッションを、ノーミスの全クリアで達成してしまったことなのだ。
ちょっと意味のわからなすぎる、超人的なリカバリーであり、今でも人間業とは思えないが、その過程では信じられない大逆転勝ちなどもあり、実は「紙一重」でもあったりする。
それが今から、約25年前。
ずいぶん時がたち、すっかり「歴史」の一部になった感もある、この七冠王フィーバー。
私は「欲しがり」のファンなので、もちろん「もう一回」あってくれてもかまわない。
「記録なんか、どんどん塗り替えていったらええやん」派なので、八冠王など羽生さんを抜いてくれたって全然OK。
それをやってくれるとしたら、藤井聡太王位・棋聖か、もしかしたら彼のあとから出てくる別の「天才」か(新四段になった伊藤匠くんはどうかな?)。
もちろん、今は力をためている他の若手棋士でもいいし、羽生さんがまたやってくれてもいい。
時代は変われど、ファンの想いというのはひとつ。それはもう、
「オレはシビれるような将棋が、たくさん見たいんやー!」
につきるわけで、これからの将棋界にも、もっともっと「フィーバー」を期待したいところだ。
(元祖「さばきのアーティスト」大野源一の振り飛車編に続く→こちら)