羽生善治と佐藤康光の対戦は、とにかくハズレがない。
前回、オールスター勝ち抜き戦での対戦を紹介したが(→こちら)、今回は若手時代のタイトル戦から。
1993年から95年までの竜王戦は、3年連続で羽生善治と佐藤康光で、戦われることとなった。
緒戦は佐藤康光七段が、4勝2敗で羽生竜王から自身初となるタイトルを奪取するが、翌年はリベンジマッチを挑んできた羽生が4勝2敗で奪い返して復位に成功。
復讐に燃える佐藤康光は、またも次の年に、すぐさま挑戦者として名乗りを上げる。
この熱すぎるライバル対決は、このころ羽生が一度は「あと1勝」まで、せまりながら果たせなかった七冠ロードを再び走っていたこともあって、その注目度も大いに上がっていた。
佐藤からすれば「七冠ゆるすまじ」と闘志をたぎらせたことだろう。
1995年、第8期竜王戦七番勝負の第4局。
佐藤の2勝1敗リードでむかえたこの一番は、両者得意の相矢倉になった。
先手の羽生が、▲46銀&▲37桂型に組めば、佐藤も早めに桂をくり出し端攻めを見せて牽制する。
むかえたのが、この局面。
先手は桂得だが、6筋の拠点と端にもアヤがついているのが、実戦的には嫌なところ。
次、△46角、▲同歩に△84飛と駒損を回復する筋もあり、どうまとめるかむずかしそうだが、ここで羽生が異筋の手を放つ。
▲73桂とこんなところに打つのが、おどろきの一着。
相手の角筋を止めたいのはわかるけど、あまりにも筋が悪く、思いついても指せない類の手だ。
それこそ、将棋教室なら先生から「こういう手はやってはいけませんね」と、たしなめられることだろう。
いい手かどうかは微妙だが、形にとらわれないという意味では、羽生らしい手でもある。
△71飛に▲85桂と、そこで責められそうだった桂を使っていく。
以下、△96歩に▲95歩と守って、△83歩、▲57角、△62銀に▲35歩と突いて激戦。
こうなると、2枚の桂が後手の攻め駒を封じて、なかなかの効果のようにも見える。
少し進んで、この図。
後手からの△66桂もかなりの迫力だが、先手も▲33歩が、ぜひ指におぼえさせておきたい「一本、筋」という手。
△同金寄は玉のフトコロがせまくなるし、△同金上は、今度は横腹がすずしくなっていけない。
どちらにしても、のちの端攻めが怖い形。
そこで佐藤は、思い切って△同玉と取る。
以下、▲83銀と大駒を責める「羽生ゾーン」を発動させると、△73銀と取って、▲同桂成、△同角、▲同角成、△同飛。
大きな振り代わりとなったが、そこで▲51角と打つのが、目から火が出る王手飛車。
もちろん、これは佐藤の読み筋で、相手に攻めさせて、駒を補充してからの反撃がねらい。
△22玉、▲73角成に△78銀が、ロープに振られた反動で、逆に相手をKOしようという、強烈なカウンターラリアットだ。
△45の桂馬がいい位置で、△65の歩を拠点に、何度も△66桂のおかわりが利く。
後手が攻め倒しているようにも見えるが、高橋道雄九段の解説によると、ここでは銀ではなく、△35角と攻防に打つのが正解だったらしい。
ここからの羽生のしのぎが、うまかった。
まず▲66金と、要の桂馬を取り払う。
後手は△79角と打ち、▲78玉に△68角成と切る。
▲同玉に△66歩と、金を取り返して寄り形に見えるが、そこで▲59桂と受けて、ギリギリ耐えている。
先手陣は裸にひんむかれて、これで本当に大丈夫なのかとハラハラするが、△65桂の追撃に、▲14歩と待望の端攻め。
△57桂左成、▲79玉に後手が一回、△14歩と手を戻したところ、▲61飛、△31歩、▲46馬、△21桂。
利かすだけ利かしてから、▲65飛成と桂馬を取り払って、これで受け切り。
「3枚の攻めは切れるが、4枚の攻めは切れない」
という格言通り、金2枚に成桂の佐藤の攻めは、いかにも細い。
△67歩成、▲同桂に、△68金、▲88玉、△78金打、▲98玉と追いつめるも、あと一歩足りていない。
△67成桂と取るが、これが一手スキになっていなくては勝負あった。
ここでは、先手がハッキリ勝ちになっている。
さあ、カッコよく決めてください。
▲14飛が、気持ちよすぎる決め手。
△同香と取るしかないが、▲13銀で佐藤が投了。
以下、バラして▲14香で、▲65竜の威力が絶大で詰み。
△78銀と打たれた局面は、実戦的にも受け切るのはむずかしそうに見えたが、気がつけばあっという間に体を入れ替えてしまうのは、さすがの一言だ。
これでスコアをタイに戻した羽生は、その後一気の連勝で、2期連続防衛を飾るのだった。
(三浦弘行と久保利明の順位戦編に続く→こちら)