前回の続き。
山崎隆之七段が、羽生善治王座(名人・棋聖・王将)に挑戦した2009年、第57期王座戦五番勝負。
羽生の2連勝でむかえた第3局は、後手になった羽生が横歩を取らせ、山崎は自身が考案した「新山崎流」でむかえうつ。
後のない山崎は自分の土俵でなんとか一番返したいところだが、得意戦法をあえて受け、それを打ち破ることで相手の心を破壊するのは、何度も見てきた羽生の勝負術でもある。
山崎からすれば、いろんな角度からもプレッシャーがかかるところだが、そのせいでもないだろうが、中盤で早くも敗着を指してしまう。
△29飛の打ちこみに、▲16歩と角取りに突いたのが、最悪のタイミングでの催促。
すかさず△48角成と切り飛ばして、▲同玉、△37銀、▲59玉、△49飛成、▲68玉、△19竜と大暴れされて後手のペース。
後手は△48角成と切る気満々なのに、これでは実質1手パスになってしまっている。
▲16歩を悔やんだ山崎だが、それでも△19竜に▲81飛成と飛びこんで、△28竜には▲38歩が手筋の中合(△同竜は△25竜と取る手が消える)。
△25竜に▲22歩成、△同竜と成り捨てて、▲85桂とボンヤリ打つのが、「ちょいワル逆転術」のアヤシイ手。
ふつうは▲37歩と銀を取りたいところだが、そういうシンプルな手は相手の読みをわかりやすくしてしまう。
それより、善悪は不明でも局面をゴチャゴチャさせておく方がいいという判断で、それこそ羽生が得意とする「手渡し」も彷彿させる。
先手の切り札は、手に乗って▲77玉から脱出することだが、次の手が山崎の希望を打ち砕く決め手となった。
△29竜と深く入るのが、立合人の藤井猛九段も、
「気付きにくい好手」
ふつうは銀を取らせないよう△28竜としたいが、それには▲77玉の早逃げがピッタリ。
いわゆる、
「黙ってても指そうと思ってたので、ありがたかったです」
なんてニヤニヤされる形だ。
そこを△29竜だと竜の横利きが残ったままで、▲73桂左成と攻め合うと、△同銀、▲同桂成に△65桂で逃げられない。
かといって、今さら▲37歩と銀を取る時代ではなく、本譜はやはり▲77玉と逃げる。
そこで竜の利きが通ったまま、手番が後手なのがマジックで、△84歩と打てる。
△28竜だと、竜を活用するのに、ここで一回△38竜と各駅停車しないといけないわけで、まるまる1手違ってくるのだ。
▲84同竜に△74金と上部を押さえて、ふだんは慎重な羽生も、ここで優勢を確信したそうだ。
以下、十数手指して山崎が投了。
初のタイトル戦は3連敗と、苦い結果になった。
正直なところ、当時の印象ではまだ山崎よりも羽生の方が「手厚い」という印象があった。
若島正さんも指摘するように、棋力に差があるわけではない。
それよりもやはり、経験値のようなもので、第2局に象徴されるような「余裕」「自信」「遊び心」のあるなしではなかったか。
その意味では、これから山崎はどんどんタイトル戦に出るし、A級にもなって成長するだろうから、2、3年もすれば……。
とか思っていたら、あにはからんや。
なんとそこから、15年も待たされることになってしまうとは!
長い、長いよ! お医者さんの話か!
A級も13年待ったし、2012年の第25期竜王戦では挑戦者決定戦に進出するも、丸山忠久九段に1勝2敗で敗れてしまう。
このときは、
「オラ、来たで! 渡辺-山崎の新世代タイトル戦や!」
意気込んだものだが、結果は脱力だった。
そんなあれこれあって、若き「王子」も今では40代。
A級もキープできなかったし、もう下り坂なのか、残念だなと思ったら、ここに劇的な復活劇で、久しぶりのガッツポーズ。
山崎隆之は、まだ終わっていないのだ。
挑決の結果を受けて、いさましいちびのトースターな気分だったが、今のところ結果は2連敗。
しかも、内容的にも見せ場を作れてない感じで、このままだと、きびしい言い方をすれば、
「思い出挑戦」
「予想通りの3連敗」
となってしまう。
それをくつがえすには、もはや「3連勝で大逆転奪取」しかない。
「いい将棋を指したい」
「まずは1勝」
みたいな悠長なことを言うとる場合やないんや!
もちろん、今のままでは苦しいが、昨日の叡王戦ではついに山が動いた。
これまで、だれもタイトル戦で勝つイメージのなかった「八冠王」についに穴が開いたのだ。
カド番でのこのニュースは、山崎にとって千載一遇の大チャンスになるかもしれない。
いや、するしかない。
「山崎棋聖」誕生を願って第3局を、いや「残り3つ」の戦いを見守りたい。
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