「立石径ショック」と伝説の詰み 南芳一vs谷川浩司 1991年 第59期棋聖戦 第1局 その2

2024年08月27日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 「立石君が詰みがあるっていうんですわ」



 
 
 終局後に、副立会人の脇謙二七段が、そんなことを言ったのは、1991年の第59期棋聖戦五番勝負。
 
 前回に続いて、南芳一棋聖王将谷川浩司竜王王座が挑んだ、その第1局でのこと。


 
 
 
 
 
 この局面で、南は△66角▲同金△77銀から王手ラッシュをかけるも、1枚足らずに先手勝ちとなった。
 
 将棋自体はいい内容で「名局」とも称賛されたが、そこに「物言い」がついた。
 
 しかも、それはまだプロでない「記録係」の少年からだった。
 
 奨励会員だった立石径三段が、秒読みをしながら「詰みあり」と見切っていたのだ。
 
 タイトルホルダー2人が、いや検討している並みいるプロたちが「詰みなし」と結論付けた局面で、まさかの「詰む」宣言。
 
 しかも、その手順がすさまじく、世界で立石三段のみが理解できたスーパー絶妙技だったのだ。

 

 

 


 
 
 
 
 
 
 △77銀と、いきなり打ちこむのが正解
 
 ▲同桂△同歩成▲同銀左△同桂成
 
 ここで▲同玉△65桂でも、△85桂でも、やや手順は長いが、わりと自然に追う手順で詰み。
 
 なので▲同金と取るが、そこで△76桂と打つのが、立石三段の才能を見せつけた快打。

 


 
 後手の指したい手は△66角切りだが、先に△77銀から入ると、そのチャンスを失うように見える。
 
 そこを△76桂で、時間差△66角を生み出すのが絶品の組み合わせ。
 
 ▲同金△66角▲同金左は、△77銀▲同玉△85桂から。
 
 ▲同金右にも、△48飛▲78金△79銀(!)と打て、▲同玉△46馬が、指のしなる活用。
 
 
 
 

 ▲68歩△同馬▲同金△88金▲69玉△57桂

 

 

 ▲同金△68銀までピッタリだ。 
 
 ちなみに、△46馬▲88玉△79銀▲77玉△68飛成▲86玉△85金▲同金△66竜▲76合△74桂

 

 

 手順こそ長いが、ほとんど一本道でむずかしくはない。▲同金△85金まで。

 ▲78金合駒の次の△79銀(△46馬が入る前の銀打)に▲77玉でも、△68銀打▲86玉△64馬と、今度はこっちに活用すればキレイに詰むのだ。

 

 

 手順ばかりで、ややこしく申し訳ないが、の選んだ「△66角▲同金△77銀」と立石の言う「単に△77銀」のなにがちがうのか。

 当時の記事では、こまかい解説がないので(昔の将棋雑誌はコアな読者が多いので、そのあたりは「わかるでしょ」ということなのだろう)ヘボなりに解説してみると、たぶんこういうこと。

 問題となるのは、△77バラしたあと△48飛▲78合駒△79銀▲同玉△46馬王手した局面。

 ここで後手の持駒があるかないかが、天国と地獄の分かれ目なのだ。

 下の2図をくらべていただきたい。 
 

 


 
 



 本譜の進行で、立石三段の読み筋。

 ほぼ同一局面なのに、この場合、後手に1枚多い

 そう、後手が△46馬と王手して、▲88玉と逃げたときに、本譜は△79に打つ銀がないが、「立石流」は△79銀並べ詰みになるのだ。

 後手は△77に打ちこんで△48飛としたとき、2回△79銀」が必要なため、2枚駒台にないといけない。

 だが、初手△66角から入ると、▲同金△77銀▲同桂△同歩成に「▲同金」と取って、▲86にある渡さない手順で先手が逃れているのだ。

 

 

 

 

 そこを「2枚よこせ」が、単に△77銀の意味(たぶん)。

 これだと、銀を渡さないよう▲同桂△同歩成▲同金と取っても、△同桂成▲同銀左にやはり△76桂痛打

 

 

 ▲同銀△66角▲同金△48飛と打って、▲78金△79銀▲同玉

 

 

 

 今度は手拍子△46馬とすると、△79銀ないので詰まず大逆転だが(こんなもあるんかーい!)、△68金と打つのが好手

 

 

 ▲同金△88金の「送りの手筋」で、▲69玉△57桂で一丁上がり。

 なので、△77銀▲同桂△同歩成▲同銀左と取るしかないが、△同桂成として、▲同金▲同銀は△76桂でダメ)。

 

 

 まずはこれで銀1枚ゲット。

 この手順のなにがすごいと言って、さっきも言った通りがほしい後手は、とにかく1枚確実に補充するために、絶対△66角だけは切りたい
 
 ところがこの形だと角筋止まって△66角入らない

 ましてや最初△66角とすれば、マストアイテムのを取れるだけでなく、△77への利きがひとつ減るため、明らかに詰ましやすくなるはず。
 
 その先入観があるから、この局面は候補から消えてしまうのだ。

 時間のない終盤戦なら、だれだってここでは△77銀よりも、
 
 
 △66角▲同金△77銀
 
 
 から入るはずなのだ。

 そこを1回、疑ってかかったことが、まるで羽生善治九段のような、やわらかい発想力。

 2枚手に入れるため、あえて1回後手の角筋自ら止めて、その後に△76桂から△66角で、まわりくどく2枚目を手に入れるのが正解

 これなら、▲86▲66に落ちているが、両方とも後手の持駒になる仕掛け。

 なんという、すばらしい組み立てだろうか!

 まるで、伊藤看寿伊藤宗看の古典詰将棋みたいではないか。
 
 まさにこの「△77銀」は、今なら藤井聡太七冠が指しそうな絶妙手
 
 並の棋士が、いや「棋聖王将」「竜王王座」の二冠王2人すら気がつかなかった神業級のひらめきなのだ。
 
 
 「立石おそるべし」
 
 
 これにより、彼の名は将棋ファンの間でも、とどろいたわけなのである。
 
 もし彼が、そのままプロになりタイトルでも獲得すれば、このエピソードは何度も取りざたされることになったことだろう。
 
 そんな彼が、17歳で将棋界を去ったのだから、そのショックはいかほどばかりか、少しは想像できるかもしれない、「伝説詰み」なのだった。

 

 


(すごい詰みと言えば、こちらもどうぞ)

(その他の将棋記事はこちらから) 
 

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「立石君が詰んでると言ってる」と脇謙二は言った 南芳一vs谷川浩司 1991年 第59期棋聖戦 第1局

2024年08月26日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 「立石君が、詰んでると言ってます」



 
 
 というフレーズを聴いてピンとくる方は私と同世代以上の、それもかなりのディープな将棋ファンであろう。
 
 前回に続いて、元奨励会三段立石径さんについて。
 
 立石さんと言えば、当時のコアな、特に関西の将棋ファンの間で、
 
 
 「次に来るんは立石君や」
 
 
 と言われるほど期待で、あの久保利明九段が、
 
 
 「いつも、僕らの前を走っていた」
 
 
 と語るほどの逸材
 
 17歳で将棋と決別し、本当にやりたかった医学の道へと進んだが、もしそのまま続けていたらA級タイトルは間違いなかったと言われている。
 
 そんな立石さんが、鮮烈なデビュー(?)を果たしたときに、飛び出たのが冒頭のセリフ。
 
 といっても、なにか記録を作ったとか、公式戦で活躍したとかではなく、「記録係」の立場からだ。
 
 舞台は1991年、第59期棋聖戦五番勝負。
 
 南芳一棋聖王将谷川浩司竜王王座が挑んだ、その第1局でのことだ。
 
 挑戦者谷川先手で、両者得意の相矢倉から激戦になり、最終盤をむかえる。
 
 
 
 
 
 図は谷川▲43飛と打ったところ。
 
 次に▲24桂からの詰めろで、△33金などと受けても、▲44飛成と要のを取られてしまう。

 △同金▲33角くらいでも、先手陣は鉄壁で後手に勝ちはない。
 
 なので、ここはもう先手玉を詰ますしかないわけだが、果たしてどうだろう。
 
 素人目には、△76拠点も大きく、どこかで△28も使えるかもとか、△66角と王手でも取れるしで、いかにも詰みがありそう。
 
 ただ、先手陣も金銀は多いし、うまく上部に抜ける筋とかあって、「1枚足りない」とかいう可能性もある。
 
 私レベルだと、とりあえず切って△77でバラして、あとはテキトーに王手かけてれば、なんとかなるんでね?
 
 くらいなもんだが、もちろんプロが、それもタイトル戦という大舞台で、そんなわけにはいかない。
 
 詰むや詰まざるや。
 
 南は持てる力のすべてをふりしぼり、先手陣の詰み筋を探す。
 
 読み切ったかそうでないのか、ええいままよと、まずは当然の△66角から。
 
 ▲同金△77銀

 

 


 
 ▲同桂△同歩成▲同銀△同桂成で、▲同金

 
 

 そこで△48飛と打って、▲78金打△79銀▲同玉△46馬の筋で詰む。

 


 ▲88玉には△79銀でカンタン。

 ▲89玉△79金から追えば捕まる。

 この飛車打ちから引きの筋が、この将棋のポイントになるので、頭に置いておいていただきたい。

 また△77でバラして、△同桂成▲同玉も△85桂から△77金と、自然に王手していけば問題ない。
 
 そこで先手は△66角▲同金△77銀▲同桂△同歩成ではなく、▲同金と取るのが最善

 

 

 

 

 先手もまだ自陣に金銀が残っているが、やや上ずっており、後手はまだ飛車桂2枚の「詰道具一式」があるうえに、質駒もある。
 
 果たして、勝っているのはどっちか。

 後手は△58飛とおろす。
 
 ▲78歩に、△79銀▲同玉にやはり△46馬
 
 

 


 
 


 さっきと似た変化だが、少しちがうのは後手にがないこと。

 本譜の▲88玉があれば、さっきの詰み筋のように△79から打てるが、それがかなわないから、△96桂と、今度はここをこじ開けにかかる。
 
 ▲同歩に、△77桂成▲同銀△76桂▲同金△89金
 
 
 
 

 

 生きた心地はしないが、▲同玉と取って、△59飛成▲98玉
 
 そこで△97金から、△99飛成で追いすがるが、ここまでくると、ようやく結末が見えてくる。
 
 ▲98桂合に、△64馬と再度の活用だが、▲75金打で詰みはない


 
 
 


 
 ここでがあれば、△96歩から詰むのだが、やはり「1枚足りない」のだった。
 
 こうして谷川は、きわどいところを逃げ切って勝利
 
 とはいえ、もちろん読み筋ではあり、詰将棋名手である谷川浩司の面目躍如。
 
 端から見てあぶなくても、本人からすれば、「ま、これくらいは」てなもんであろう。
 
 ところがである、終局後副立会人脇謙二七段が困ったような様子で対局室に入ってきたのだ。
 
 手にこの将棋の棋譜を持ち、その隣には、ひとりの少年

 彼がこの戦いの記録係をつとめた、立石径三段
 
 そして、脇はそこにいる人たちに、こう伝えたのだ。
 
 


 「立石君が詰みがあるっていうんですわ」


 

 

 (続く

 


 

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「伝説の三段」立石径は、なぜ奨励会をやめ医者になったのか

2024年08月23日 | 将棋・雑談

 「立石君が、詰んでると言ってます」
 
 
 というフレーズを聴いてピンとくる方は私と同世代以上の、それもかなりのディープな将棋ファンであろう。
 
 私も久しぶりに思い出したのが、今期の加古川清流戦のこと。
 
 立石径アマが貫島永州三段に勝利したというニュースを見たからだが、まさか今になって、立石さんの名前が将棋関連で出てくるとはとビックリしたものだった。
 
 立石径。
 
 かつて奨励会に在籍し三段まで上がったが、17歳という若さで突然退会し、関西の棋界に衝撃をあたえた人物。
 
 立石三段といえば当時、久保利明矢倉規広と並ぶ「関西三羽烏」と言われていた俊英で、谷川浩司村山聖の次代をになう存在として、プロ入り前から注目されていたのだ。
 
 中でも、立石はその先頭を走っており、久保や矢倉も、
 
 


 「立石君の背中を常に追いかけていた」



 
 
 口をそろえ、プロ入りどころか、A級タイトルもねらえる英才だっはずなのだ。

 それが、突然の退会劇。
 
 今でいえば奨励会時代の伊藤匠叡王か、先日の竜王戦で、四段昇段が期待された山下数毅三段が、なにも言わず急に消えたようなものである。
 
 立石さんのその後は、『将棋世界』による元奨励会員を追いかける特集(今泉健司五段や、藤内忍指導棋士六段も登場していた)で、少しばかり知られるようになる。
 
 もともと勉強が好きで、人の役に立つ仕事がしたいと願っていた立石三段は、自分は「勝負師」に向かない性格だという想いもあり、悩んだ末に医学の道を志す。
 
 高校は中退していたので、1から勉学をやり直し、3年かかったものの神戸大学医学部に合格。
 
 その後は小児科医として働き、将棋とは無縁の生活を送っていたのだ。
 
 かつての決断に「後悔はない」と言い切り、お子さんも生まれ、充実した生活を送られているようだった。

 次に、立石径と言う名を思い出すのは、さらに経って、鍋倉夫先生が描く将棋マンガ『リボーンの棋士』を読んだとき。

 ここに、立石さんをモデルにした人物が出てくる。
 
 作中では、ちょっと屈折した人物のように描かれているが、『将棋世界』のインタビューを読んだかぎりでは立石さん本人に、マンガのようなヤダ味は感じられない。
 
 あれは、あくまでフィクションの登場人物と受け取るべきだろうが、1992年の出来事が、令和に連載されていた作品に登場する。

 ここからも、「立石ショック」が、いかに大きなものだったか(『リボーン』の監修に元奨励会三段の鈴木肇さんが関わっている)、わかろうというものだ。
 
 そんな立石さんによると、2人お子さんが将棋に興味を持ったのがきっかけで、将棋への想いがよみがえったという。
 
 おそらくは藤井聡太七冠の活躍と、その余波であるブームの存在があるのだろうが、そう考えると「ヒーロー」というものの存在のすごさを感じるところ。
 
 彼はただ勝つだけでなく、そのことによって間接的にひとりの「将棋指し」を復活させたのだ。
 
 人が生きる理由が、もし地位でも金でも名誉でもなく、
 
 
 「この世界に、願わくば良い影響をあたえること」
 
 
 だとすれば、やはり彼の存在は様々なところに波及し、なにかを生み出し続けている。
 
 将棋の地位向上競技人口の増加、メディアの露出に女性ファンの獲得。
 
 立石径の話題も、またそのひとつなのだ。
 
 一度は将棋界をはなれた「天才少年」が、2人の子宝に恵まれ、その子供たちが「藤井聡太たち」の戦いを見て目を輝かせる。
 
 それを見た父親が、もう一度かつての自分を思い出して駒箱を開き、ついには公式戦勝利する。
 
 おお、まさにこれこそ、リアル『リボーンの棋士』ではないですか。

 

 


 (立石径三段を「伝説」にした、タイトルホルダーを超えた詰みはこちら

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誤爆メッセージで学ぶ「核武装による抑止力」理論 その2

2024年08月21日 | 若気の至り

 前回の続き。

 友人トヨツ君が、彼女に送るはずのラブラブメールをよりにもよって誤送信

 その痛い内容に爆笑を誘われ、友人同士の飲み会で、ぜひ披露したいと勇躍出かけて行ったのであった。

 

 


 「愛してるよ。最近忙しくてゴメン。明日時間があるとき電話するね。大好きちゅきちゅき、100万回キスをチュッチュチュ~ I love you 」


 

 

 先日のフワちゃんの炎上劇も、

 

 「アカウントを乗っ取られたのでは」

 「裏アカに出すはずのを誤爆したのでは」

 

 なんて意見があったけど、どっちにしても活字として発言が残るのはコワイものだが、こんなものがウケないはずがない。

 よくパーティーグッズで「本日主役」と書かれたタスキみたいなのが売ってるけど、ホント気分はあんな感じ。

 最初の注文をするのも、もどかしく、

 

 


 「なあなあ、今日はめっちゃおもろい話があるねん」




 ふだんの会話なら、自分から「めっちゃおもろい」などと申告してトークのハードルをあげるのは自殺行為、人類最大の愚行である。

 しかし、今回だけは例外だ。なんたって愛の誤爆メッセージ。

 一介の男子が、これまですべて築き上げてきた名誉栄光を一撃のもとに葬り去るだけの破壊力を持った爆弾である。

 これにはいくらバーの高さを上げても、鳥人のごとく楽々と乗り越えることになるだろう。

 大空へはばたけ、オレたちの夢!

 皆が、いぶかしそうに「なんやねん」と視線を集めたところ、私はおっとり刀でケータイを取り出し、

 「それはな……」。

 言いかけたところで、突然そこから着信音が鳴りだした。

 おいおい、これから盛り上がるところやのに。なんやと取り出してみると、メールを受信している。

 だれやねん、タイミング悪いなあと差出人を見ると、なんとトヨツ君であった。

 なるほど、彼は自らのを暴かれることを良しとせず、今ここで悪あがき的にケータイを鳴らしたのだ。

 だが、そんなもん一時しのぎではないか。なんと往生際が悪い。

 どうせ「やめてくれ、なんなら土下座でもしましょうか?」とか書いてあるのだろう。

 まったく情けない。男ならこういうときは、潔く斬られんかい。

 やや、あきれながらメールを開いてみると、そこには、




 「こないだは長文メールいただいて、ビックリしました。詩人なんですね」




 なんじゃこりゃ。

 はて、こないだトヨツ君にメールなんて送ったっけ? しかも、詩人ってなんやいな……。

 熟考すること数秒、全身から血の気がさーっと引いていく音が、聞こえた気がした。

 将棋のプロ棋士はよく、



 「悪手を指すと、全身からが吹き出て、びっしょりになる」



 と言っていたが、私の場合はわきの下だった。

 冷たい汗がつーと滴り落ちるのがわかった。
 
 当時の私は頻繁にメールをする女の子がいたのである。

 なんとかふしだらな仲になれないかと、あれこれ模索していた段階だったので、彼女に対していろいろと軽薄なメールを送っていたらしいのだ。

 らしいというのは、たいてい酔っていて記憶にないから。

 あわててケータイをチェックすると、やはりそうであった。

 1週間ほど前の彼女へのメールが、誤爆ってトヨツ君のもとへと送信されていた。

 し、しまったあ

 私としたことが、とんだ失態である。まさか、このタイミングで自分も同じことをしてしまうとは!

 しかも、そのころ中島らもさんの影響で、なんの興味もないボードレールなど読んでおり、それを丸パクリでもしたを送っていたらしいのだ。

 ぎやあああああ!! えらいこっちゃあ!

 おそるおそる読んでみると、これがまあ、トヨツ君のことを言えないというか、それに輪をかけて、こっぱずかしい内容であった。

 さすがに、ここでさらすのは無理だが(←友達のはさらしたクセに!)、件名が「悪の華」で、書き出しが

 

 「嗚呼、巴里の憂鬱

 「あなたを見ると、マロニエの並木道を歩く切なさを感じます。like the wind

 

 ……って、おまえこんときパリ行ったことねーじゃん! てか、マロニエってなに

 「Like the wind」って、たぶんレースゲーム『パワードリフト』のBGMから取ってるよなあ。
 
  たしかにいい曲だけど、恋文にセガゲームのこと書くなよ! たぶん、英語の意味もよくわかってないし。

 顔を上げると、彼がケータイをかかげてニヤニヤしている。そこにはこう書いてあった。




 「そっちがその気なら、わかるよな?」




 われわれは凄腕ガンマンか、武道達人のごとく、ケータイを手に、おたがいに見合ったまま一歩も動けなかった。

 に動いたら、こっちも破滅である。

 まさに冷戦時代、米ソのにらみ合いと同じだ。

 キューバ危機もかくやで、こうなると、残された道はひとつしかあるまい。

 私は静かにケータイを閉じると、




 「まあ、これからはおたがい、仲良くしようじゃないか」




 ゆっくりとを差し出した。彼はそれを見て緊張を解くと、




 「ああ。人と人が争うのって、本当に苦しく、つらいよな」




 その手を強く握り返してきたのである。




 「憎しみの連鎖をここで断ち切ろう」




 決意を新たにする、われわれであった。

 それを見ていた周囲の連中は、



 「で、おもろい話って、なんやねん」



 うながしてくるのだが、すでに憎しみを乗り越え、世界平和を実現していた、われわれの耳には届かなかった。

 こうして私とトヨツ君は、歴史的和解に至ったのである。人を傷つけてまで笑いを取ろうという者は、もうここには存在しない。

 それもこれも、たがいの手にある「チュッチュチュ~」と「巴里の憂鬱」「マロニエの並木道」という、必殺の誤爆メールのおかげであった。

 これを駆使すれば、私はトヨツ君に大きなダメージをあたえることができるが、次の瞬間報復の一撃で、すべてが終了

 まさに核兵器級の威力があるからこその停戦であり、皮肉といえば皮肉であるが、強大なる破壊力の前には、人は沈黙せざるを得ないのだ。

 私も基本的には、核廃絶の方向で世界には動いてほしいが、ただ経験的に見て


 「大量破壊兵器抑止力



 というのは、哀しいかな存在はするかもなあ、と実感。

 そら、なにいわれても大国が手放さんわけやと、世界情勢をしみじみ学んだの大阪府下某駅前の鳥貴族であった。


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誤爆メッセージで学ぶ「核武装による抑止力」理論

2024年08月20日 | 若気の至り

 SNSの失敗は、おそろしいものがある。

 先日、タレントのフワちゃんが、不適切なメッセージをで発信してしまい炎上

 ラジオやCM、果ては教科書に載る予定だったのが取り消しになったり(教科書ってすごいね)、大変な事態になってしまった。

 令和に猛威を振るう「キャンセルカルチャー」のすさまじさであり、これには、

 

 「あの程度のことで、ここまで大きなものを失うのはおかしい」

 「いや、あんなヒドイ内容をネットで発信することの方が異常

 

 などなど賛否両論あろうが、「正しいこと」というのは良くも悪くもというか、残念なことに「論理」や「正義」ではなく「時代」が勝手に決めるものではある。

 その是非はともかく(そもそも「正しいこと」なんて存在しないしな)、それに乗って人気者になったフワちゃんが、同じものに足を取られたのは皮肉としか言いようがない。

 これは有名人だけでなく、われわれのような素人も他人事ではなく、今回はそういうお話。

 
 

 ヤングのころ家でテレビを見ていると、携帯にメール(まだガラケーの時代)が届いた。

 送り主は友人トヨツ君。

 こんな遅くに、なんぞ用かいなと読んでみると、その内容というのが、

 


 「愛してるよ。最近いそしくてゴメンね。明日時間があるとき電話する。大好きちゅきちゅき、100万回キスをチュッチュチュ~ I love you 」




 ………………。

 いきなりを語られてしまった。

 トヨツ君とはつきあいも長いが、まさか彼がそのような感情を持っているとは思いもしなかった。

 別に、同性同士が愛を語ることにおいては偏見はない。愛の形は千差万別である。

 だが、いかんせん私自身は完全無欠にノンケである。

 やはり、つきあうには男ではなくて、できれば元欅坂46長濱ねるさんでなくては困るのだ。

 友を傷つけるのは本意ではないが、この想いは受け入れられないか……。

 などと煩悶するまでもなかろう、これはどうみても誤爆である。

 トヨツ君といえば天下無敵の女好き、バリバリのプレイボーイ

 彼女だか、それともナンパで絶賛口説き中だか知らないが、女子に送るものを私のところに間違って送信してしまったのだ。阿呆だねえ。

 恋愛関係のやり取りというのは、たいてい正視できないような痛いものと相場が決まっているが、これもまたなかなかのものである。



 大好きちゅきちゅき、100万回キスをチュッチュチュ~ I love you 

 

 とか、ようやりまっせ、ホンマ。

 ようわからんけど、魯迅の『狂人日記』とか、こんな内容ちやうの?

 部外者のとっては燃えないゴミも同然だが、まあ送られてきたものは真摯に受けとめる所存である。

 へー、コイツ女にはこんな文体でメッセージ送ってるんや。

 ウッシッシ、こらええわ。今度みんなに見せて笑いもんにしたろ。

 悪いヤツがいたもんであるが、これぞ正真正銘の自業自得。なははは、トヨツ君敗れたり!

 友に対して思わぬ切り札を手に入れた私は、さっそく、




 「愛のこもったメールありがとう。僕も早く会いたいよ」




 そう返事してやると、にわかには意味がわからなかったのか、すぐに、




 「はあ? なにいうてるねん、頭おかしなったか?」




 間もなく、ようやっと状況が飲みこめたのであろう。おそらくは真っ青な顔をしながら返信してきた。



 


 「すまん。さっきのは、なかったことにして!」




 
 こちらは静かにうなずくと、あたかも不治の病で、余命幾ばくもない恋人の手を取って言うかのように、




 「いや、きっとキミのことは忘れない」




 おそらく友は、声にならぬ雄叫びをあげながら、ケータイをにたたきつけていたであろう。おお、ゆかいゆかい

 それからしばらく、私はすこぶる機嫌のよい日々を過ごした。

 どんなイヤなことがあっても、「チュッチュチュ~」でゲラゲラ笑えば心は日本晴れであるである。「人の不幸はの味」とはよく言ったものだ。

 と、ここで終われば、この話はハッピーエンド(?)であるが、そうはならないのが人生の妙味である。

 それから一月ほどして、ある飲み会が開かれた。

 当然、私はトヨツ君のメッセージを持参し、「平成の爆笑王」として君臨するはずだったが、なかなかどうして。

 これが、そうはうまくいかないのは、まあだいたいが、皆様のご想像通りである。

 

 (続く

 

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佐々木勇気八段が広瀬章人九段を破って、藤井聡太七冠の待つ竜王戦七番勝負へ

2024年08月15日 | 将棋・雑談

 佐々木勇気竜王戦挑戦者になった。

 挑戦者決定戦で、広瀬章人九段を破っての檜舞台であり、のタイトル戦登場。

 女子人気の高いビジュアルにくわえ、「天然」なエピソードの数々で愛嬌も抜群。

 同性にも親しみやすいという、最強の男子である。

 もちろん将棋も才気あふれる魅力があって、強さとカリスマ性をそなえたスター棋士が、ついに覚醒だ。

 などと、その期待から、まずはグッと持ち上げることを書いてみたが、私と同じく多くの将棋ファンが、同時にこうも思っているのではあるまいか。


 遅い! 長かった! いつまで待たせるねん、ゴドーか!」


 佐々木勇気といえば、


 小学4年生小学生名人
 
 「13歳で奨励会三段


 というスピード出世を考えれば、30歳ではじめて全棋士参加棋戦優勝タイトル戦登場というのは、いかにものんびりしている。

 小学生名人戦から見ている、われわれ「うるさ型」のファンからすれば、もうこの男なんてとっくにA級三冠くらいを常時、持ってるはずだったのだ。

 将棋の世界では、時の「支配者」ともいえる棋士はたいてい早熟ではある。

 昭和の名棋士、中原誠十六世名人20歳棋聖を獲得し、23歳11か月で大山康晴十五世名人から名人を奪取。

 谷川浩司十七世名人は、言うまでもなく「21歳名人

 羽生善治九段10代のころからビッグトーナメントを総ナメし、19歳竜王を獲得、25歳七冠王

 他にも、佐藤康光郷田真隆屋敷伸之といった面々も、若くしてタイトルホルダーに(屋敷など18歳だ)。

 特に「羽生善治四段」デビュー時に将棋を知った私には、この「羽生世代」や屋敷、少し上の森下卓などの爆発的な勝ちっぷりを見てきたので(マジでイナゴの大群です)、なにかこう若手棋士とは


 「そういうもの」


 という感覚がすりこみになっているのだ。

 もちろん、その後も有望な若手棋士が多く出て、結果も出しているけど、なにかこう「物足りない」感があった。

 けど、たぶんそれは「羽生世代ショック」で感覚がバグっているだけで、世の中には「遅咲き」から息長く活躍している一流棋士はいる。

 たとえば森内俊之九段

 この人はデビューしていきなり全日本プロトーナメント(今の朝日杯)で谷川浩司名人を破って優勝など、一般棋戦(と順位戦)では強かったが、なぜかタイトル戦に縁がなかった。

 初登場は25歳名人戦と「羽生世代」の中では比較的遅く、獲得も31歳だった。

 その後、羽生に先んじて「永世名人」を獲得するのはご存じの通り。

 また昭和では加藤一二三九段が、中原誠20連敗を喫したり。

 米長邦雄永世棋聖が、やはり中原にタイトル戦で初顔合わせからシリーズ7連敗を喰らったり。

 わりと結構、足腰立たなくなるくらいのヤツを喰らっているが、その後はタイトル戦など、ほぼ五分で戦い、多くの栄冠にも輝いている。

 早熟と見せかけて、実は遅咲き

 もしかしたら、スピード出世に目をくらまされ、われわれは佐々木勇気の本質を見誤っていたのかもしれない。

 なんにしても、お楽しみはこれからだ。

 彼はといえば、藤井聡太の「30連勝を止めた男」だが、その後の対決では借りを返され続けている。

 それも、順位戦NHK杯決勝アベマトーナメントと大きいところで負かされたことで、


 「そっか、佐々木より藤井の方が強いんだ」


 という空気感を完全に作られてしまった。

 だが、こないだのNHK杯でついに連敗ストップ。


 

 2年連続同カードとなったNHK杯決勝。
 熱戦から最終盤で藤井がハッキリ勝ちになったが、ここで△55角成としてしまい、すかさず▲24飛が「詰めろ逃れの詰めろ」で大逆転。
 ここでは△66角成とすれば勝ちだったが、▲13香成の王手ラッシュで危ないと見たのかもという解説もあり、深い読みに裏づけられた「超ハイレベルな頭脳ゆえのポカ」の可能性も。 

 

 

 最後は相手の一手バッタリに助けられたが、あの藤井聡太を「ミスらせた」ことがすごいともいえる。

 かつての名棋士木村義雄名人に、クソねばりからトン死を喰らわせた、神田辰之助九段の名セリフの通りだ。

 曰く、


 


 「なんで勝っても、勝ちは勝ち」


 

 

 

 

 

 


 

 またこの挑決でも、藤井猛九段も言うよう、あの終盤力の持つ広瀬章人大悪手を指させるなど、このあたり理屈を超えた「勢い」も感じるところだ。

 これを本物にするためには、この竜王戦を絶対に勝たなければならない。

 があるなんて保証は、どこにもない。生涯の大勝負だ。

 となると、決勝戦など一発勝負はいいとして、こういう勝ち方では番勝負を制することはできない。

 4勝するには力で「読み勝つ」ことが必要であり、そこは佐々木勇気も試されるところではある。

 私は八冠王獲得までは「藤井聡太推し」だったが、達成後は完全に「呂布」「ゼットン」「ティーガーI」といったラスボスか、あるいは少年マンガかプロレス的な「ヒール」として見ている。

 つまりは、「倒すべき」なのだ。

 なかなか倒れないけどね。強くて、そこがまたいいんだナ(どっちやねん)。

 八頭龍キングヒドラを相手に、まずは伊藤匠がその剣で、首をひとつ切り落とした。

 2本目を落とす役割に、佐々木勇気ほどの適任はいないと思うが、果たして七番勝負はどうなるか。

 「ヤツ」のことだ、ほうっておくと、あっと言う間に「自動回復」で8本の首に戻るはず。
 
 その前に、ふたり目の「勇者の剣」のクリティカルヒットが入るのか。期待しかない。

 

 

 

 

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「ホラー」は怖くないけど「未解決事件」がコワい人、集合!

2024年08月14日 | コラム

 「ホラーは怖くないが、未解決事件は怖い」

 

 と言えば怪談の季節である。

 この殺人的な暑さの中(なんで学校の部活とかやってんだろ)、怖い話でゾッとして、少しでもを取ろうという。

 生活の知恵というか苦肉の策だが、これが私にはあまり効果がない。

 というのも、どうも自分は「怖い話」に興味がなく、聞いてもピンとこないことが多いのだ。

 映画は好きだけど、一時期大流行した『リング』『女優霊』といった映画は、

 

 「メチャクチャ怖い!」

 「マジで夜、寝れなくなる」

 

 とか言われてたけど、そんなにピンと来なかった。

 最近でも、『エスター』とか『IT/イット “それ"が見えたら、終わり。』も友人にすすめられて、おもしろかったけど、どちらかといえば「コメディ」に近い楽しみ方であったのだ。

 
 「おいおい、エスター(ピエロ)、今日も大暴れやなー。なんか、笑けるでー」
 
 
 みたいな。

 うーん、『エスター』を日本でリメイクするなら、ぜひ大竹しのぶさんにやってほしいぞ。

 そんなホラー不感症なので、「心霊スポット」とか、事故があって家賃が安い「死に死に部屋」とかも平気である。

 都市伝説の類はおもしろいが、別にゾッとはしない。

 スプラッタ系はダメだけど、それはグロ痛いのがイヤなので、ホラーとして怖いのとは、ちと違う気もするのだ。

 これは別に、こちらが豪胆ということではない。

 ジェットコースターとか、高いビルの屋上とか、ここ1週間ずっと不機嫌彼女とかは、ふつうにというか、たぶん人よりビビってるわけで、どうも自分は

 

 「怪談」

 

 というものに、そもそも、あまり興味がわかない体質なのであった。

 落語の「皿屋敷」は好きなんだけどねえ。お菊さん萌え。

 そんな幽霊に塩対応な私であるが、どう違うのかわからないが、

 

 「未解決事件」

 

 これは怖い。

 怖い恐い、これはマジでメチャクチャにコワイ。寝れなくなる。

 たとえば、「長岡京ワラビ採り殺人事件」。

 


 京都在住の主婦二人が、近所の山にワラビ採りに行ったら、その後遺体となって発見されたという事件。

 死体は全身何十個所も殴打され、包丁が突き刺されており、体内から犯人のものと思われる体液も見つかっている。

 金品は残されていたが、被害者のポケットにレシートが入っていて、そこには、

 

 「オワレている たすけて下さい この男の人わるい人」

 

 そう書かれていた。犯人はいまだ捕まってない。


 

 レシートにこれが書いてあるの、怖すぎるやろ!


 他にも、

 

 井の頭公園のゴミ箱」

 「洋子の話は信じるな」

 「まずい女性に引っかかった

 

 とか、もうブルブルなので詳細は書きたくないけど(興味があれば検索してください)、こういうのを、夜中に見ていると、本当にビビりまくりだ。

 いい歳したオッサ……ダンディズムを身にまとった壮年の紳士が、トイレにも行けない。むっさコエー!

 ネットをしているとき、たいていお茶コーヒーをがぶ飲みしているが、震えながら必死に尿意をガマンすることになる。

 いつか膀胱炎で、救急車に運ばれそうだ。じゃあ、見るなよ。

 いやでも、見ちゃうんだよなー、コレが。

 ここで、ひとつ不思議なのは、シャワー歯みがきのとき。

 怖がりの人は、そこで、

 

 「背後に気配がする」

 

 なんて後ろを振り返ったりするが、私もそれは同じ

 未解決事件の記事や、ゆっくり動画を見た後に風呂や洗面台に行くと、やはり後ろが気になる。

 ただ、そこで浮かぶ「背後に立つ者」のイメージが、なぜか

 

 「血まみれの幽霊

 

 とか、ものすごくベタなものであり、われながら「なんでやねん」なのである。

 未解決事件にビビってるのに、思い浮かぶのは幽霊

 しかも、なぜか「うらめしや」なコントに出てきそうなヤツだ。いわゆる「貞子」みたいなのですね。

 おそらく、それこそ本能的なへの恐怖を感じながらも、未解決事件の場合は明確な「」というものが存在しない。

 なので、具体的なを思い浮かべるには「怖いという記号」的なものを選択するしかなく、そこでとりあえず

 

 「血まみれの幽霊」

 

 となるのではないか。

 なんと安易なと、あきれる思いであり、私にとってもっとも怖いのは幽霊でも、まだ見ぬ犯人でもなく、

 

 「我がの想像力の絶望的貧困さ」

 

 これではないのかと、反省する日々であった。
 

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回転木馬のデッドヒート 中村修vs田中寅彦 1998年 B級1組順位戦

2024年08月11日 | 将棋・好手 妙手

 「景色が変わる」

 

 なんて表現が、将棋を見ているとたまに出てくる。

 悪形を強いられていた駒がきれいにさばけたり、押さえこみを喰らっていた陣形がそれを見事に突破したり。

 また、単純に不利だった局面が数手のやり取りの後、有利になったりと、そういうとき使ったりするもの。

 他にも、大駒が大きく躍動したりすると、この表現が似合ったりして、今回はそういう将棋を。

 

 


 1998年B級1組順位戦

 中村修八段と、田中寅彦九段の一戦。

 矢倉模様から、後手の中村が左美濃右四間飛車の積極策で仕掛ける。

 中央で競り合って、田中も後手陣の弱点である2筋を突破し、むかえたこの局面。

 

 

 

 後手が桂得だが、歩切れでもあり、放っておくと▲25桂から駒損を回復されて困る。

 後手陣のまとめ方もむずかしいが、ここから中村が意表の勝負手を発動し、周囲をおどろかせる。

 

 

 

 

 

 

 △22桂と打つのが、独特が過ぎる指しまわし。

 に当てるのはいいとして、これでなにもなければ、この▲23歩で簡単に取られてしまうし、そもそもの丸い桂を自陣で、受けに使うという発想がない。

 さすがは、

 

 不思議流

 「受ける青春

 

 とのキャッチフレーズを持つ中村修で、一筋縄ではいかない発想だ。

 ただ、これで先手が悪くなるイメージもなく、田中寅彦は▲25竜と逃げ、△55桂の反撃には▲同角と喰いちぎって、△同金▲23歩

 

 

 

 

 があれば△24歩という受けもあるかもしれないが、ないため、の利きを止められない。

 放っておけば▲22歩成と取って、再度の▲23歩から▲22銀とバリバリ攻められて困る。

 またも受けがむずかしそうだが、中村は次の手が桂打ちからの継続手だった。

 

 

 

 

 

 

 △34銀と打つのが、驚愕の一手。

 またもにアタックをかけた手だが、これは△22土台になっているため、▲22歩成と取られると、タダで取られてしまう。

 当然、田中はを取るが、それこそが中村のねらいだった。

 ▲22歩成には、△同飛と取るのが返し技。

 ▲34竜と、ボロっとを取られるが、この2枚を犠牲にし、勇躍△29飛成と成りこんで勝負形。

 

 

 

 


 △62飛車△65歩のような反撃に、あるいは横利き受けに使うというのがふつうの考え方であろう。

 そこを、銀桂を犠牲に大転換とは、そのスケールの大きさには、いやはや恐れ入りました。

 まさに、「景色が変わる」とはこのことであろう。

 将棋の方はその後も熱戦が続き、田中が制したが、この一連の手順は中村の明るい発想力をあらわしていると言えるだろう。

 


(飛車の大転換と言えば佐藤康光のこれ

(その他の将棋記事はこちらから)

 

 

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パリ オリンピックで、4年に1度のレニ・リーフェンシュタール『オリンピア』(『民族の祭典』『美の祭典』)鑑賞会

2024年08月08日 | 映画

 レニリーフェンシュタールオリンピア』を観る。
  
 パリ オリンピックで世界は連日、盛り上がりを見せているが、4年1度のこの季節、個人的にひとつイベントというか、景気づけのようなものとして、この映画を観るのが習慣になっているのだ。
 
 それがドイツ映画の『オリンピア』。

 古い映画やドイツ史にくわしい方は、ご存じであろう。
 
 1936年に開催された、手塚治虫アドルフに告ぐ』でもおなじみ、NSDAP(ナチスの正式名称)政権下のベルリンオリンピックの記録映画。

 かの『キネマ旬報』で1940年度外国映画部門1位を取り、小林秀雄も絶賛する映像技術や、編集センスのすばらしさのみならず、

 

 「ナチのプロパガンダ作品ではないのか」

 「いや、そういう色眼鏡を通さず見るべし、ドキュメンタリー映画としては傑作なのだから」

 

 などなど、なにかと論議を呼ぶ文字通りの問題作だ。

 ちなみに『オリンピア』は通称で、正式名称は『民族の祭典』『美の祭典』の2部作。
 
 監督したレニ・リーフェンシュタールに「」「責任」があるかどうかはむずかしい問題で、私ごときがどうこう言えるものではないが、こと「映画史」的にだけしぼって見れば、レニの言う通り、
 
 


 「あの時代に生まれたのが失敗」



 
 
 なのは間違いなく、時代に生まれていたら、アルフレッドヒッチコックフランソワトリュフォーなんかにも負けない大監督として、確実に名を残していたはずなのだから。
 
 その観点から言えば、ただただ「もったいない」としか言いようがない。
 
 そんな『オリンピア』だが、そのへんのバイアスはとりあえず置いて、純粋に映画として見ると、これはもうただの大傑作です。
 
 1部、2部合わせると約3時間半の大作だけど、観ていても長さを感じない。

 馬術のシーンはちょっと冗長に感じるけど、それ以外はこんな古い映画なのに、全然退屈しない
 
 やはり「映える」のは、トリをつとめる高飛びこみ

 様々なアングルから、きたえあげられた体が宙を舞い、華麗空中回転を決めながらプールに吸いこまれていく。

 こいつが、これでもかと何度も繰り返され、なんとも美しすぎて陶然となる。

 ほとんどドラッグムービー。いつまででも見ていられる。まさに「美の祭典」。

 スポーツは好きだけど、「肉体美」のようなものに興味の薄い私がこうなるのだから、ホントにすごいもんだ。

 そら、いろいろ言われても、レニの評価自体は高いはずや。おみそれしました。

 実際、これをカラーにしてデジタルリマスターとかでキレイな画面に整理しなおして観てみたいんだよなー。

 そんなことすら感じさせるほど、レニの才能センスがほとばしっている。

 それにしても、これに影響を受けたと言われる市川崑の『東京オリンピック』は、なぜにて、あんなにつまんないんだろう。

 同じような内容のはずなのにねえ。

 


(『民族の祭典』と『美の祭典』)

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迫撃! トリプルルッツ 久保利明vs羽生善治 2010年 第59期王将戦 第6局

2024年08月05日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 前回の続き。

 羽生善治王将(名人・棋聖・王座)に久保利明棋王が挑戦する、2010年の第59期王将戦七番勝負。

 久保が3勝2敗奪取に王手をかけて、むかえた第6局も、とうとう大詰めをむかえた。

  

 

 

 羽生が▲64角と王手して、久保玉を詰ましにかかったところ。

 ふつうは△73桂の合駒だが、それには▲同角成△同玉▲13竜

 久保はそこで△53角と打って不詰と読んでいたが、それは前回言った「絶品」の手順で詰まされる。

 土壇場で読み負けていた久保は追いつめられるが、ここで心を折らせずに立て直せたのが、この男のすごさ。

 バラバラに砕け散った読み筋を拾い集めて、再度、懸命に助かる道を探し続ける。

 そこでとうとう、今度は久保にとって奇跡的な手順が見つかったのだ。

 それが、桂ではなく△73銀合駒する形。

 

 

 

 ふつうは、こういう場面ではより、桂馬のような「安い駒」を使うのがセオリー。

 実際、接近戦ではカナ駒よりも、頭の丸いを渡したほうが、詰みにくく見えるものだ。

 それが盲点だった。

 ここではを渡してはいけない。渡すなら、銀一択だったのだ。

 終わったと思ったこの局面で、なんと羽生が長考に沈む。

 なにがあったのか?

 おそらくは読み抜けだ。

 羽生はその前の▲74桂3分▲64角ノータイムで指している。

 それを、ここで手が止まってしまうのは、明らかにおかしい。

 そして、羽生の苦慮は正しかった。この局面で、なんと久保玉には詰みがないのだ!

 ともかくも、先手は▲73同角成と取るしかない。

 △同玉で、▲13竜

 

 

 

 再び、久保が選択を強いられる番。

 なにを合駒する?

 

 

 

 △53銀と打つのが、唯一無二の正解

 ここをだと、▲同竜から追って、後手玉が△94に逃げたときに、▲86桂と打って詰む。 

 △53角は、やはり▲同竜△同金▲62角△82玉に、もらったで、▲73銀から押していけばいい。

 なので、ここはまたも銀一択

 銀合に▲同竜△同金▲62飛成は、△84玉▲86香に、△85角と打つのが、絶妙手詰まないのだ!

 

 

 ▲同香△94玉とかわして、▲85銀が打てないから詰まない。

 ここで先手にがあれば、△94玉▲86桂で詰むため、「桂合」は不許可だったのだ。

 そう、この将棋は最後まで、久保が勝つようにできていた。

 だがそれは、

 

 ▲64角に△73銀

 ▲13竜に△53銀

 ▲86香に△85角

 

 という、「これ一択」な限定合のタイトロープを、落ちることなく渡り切ってのこと。

 そんな、スーパー難度のウルトラCが前提にあった「勝ち」だったのだ。

 そんなモンスター級の難事を切り抜けて、やっと勝てるというのだから、久保の読みもすばらしいが、羽生を倒すことのむずかしさも、これでもかと伝わってくる。

 しかも、この「久保勝ち」も羽生の読み抜けがあったからこそで、本当に久保からすれば、ギリギリの戦いだった。

 とはいえ、もちろんここで、すべてを正確に対応できた久保もまたバケモノであり、それはどれだけ称賛しても、しすぎるということはない。

 以上の手順を見れば、羽生が▲58香ではなくを打ったのが、なんとなく理解できる。

 羽生のイメージでは、最後▲86香と打って仕上げる算段だったのだろうが、それは詰みがない。

 ▲86桂とせまる筋も消えているし、根本的に修正が必要だったのだ。

 正解は▲58香△59金▲63桂と捨てる攻めがあったとか。

 


 △同金▲75桂が詰めろになって、以下先手のラッシュが決まっていたという。

 だがそれは、先ほども言ったがあくまで結果論で、羽生は「詰む」と見越して桂を打ったのだから、そこは言ってもしょうがない。

 むしろやはり、かすかにの開いていた羽生の構想を見破り、それを超人的美技で根底からひっくり返した、久保の強さこそを、たたえるべきであろう。
 


(久保の芸術的さばきといえばこれ

(A級降級のピンチで見せた久保の名局はこちら) 

(その他の将棋記事はこちらから) 

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タイトロープを照らせ 久保利明vs羽生善治 2010年 第59期王将戦 第6局

2024年08月04日 | 詰将棋・実戦詰将棋

 奇跡的な終盤戦、というのがある。

 激戦の中、最後の最後に詰将棋や、次の一手のような必殺手順が出ると、

 

 「将棋の醍醐味やなー」

 

 という気になるものである。

 そこで今回は、そういう一局を見ていただきたい。

 前回は谷川浩司棋王南芳一王将による、奇跡的な「詰むや詰まざるやを見ていただいたが、それに負けない熱量です。

 


 2010年の第59期王将戦七番勝負は、羽生善治王将(名人・棋聖・王座)に久保利明棋王が挑戦。

 久保はこれまでタイトル戦で羽生と4度戦っているが、すべて敗れていた。

 しかも、1勝3敗1勝3敗0勝3敗1勝4敗と、スコア的にも余され、完全に「見せつけられる」負け方ばかりであった。

 だが、佐藤康光から初タイトル棋王を奪取し、充実期をむかえていた久保は、このシリーズでは天敵相手にいい将棋を披露し、ここまで3勝2敗とリード。

 はじめて、羽生を相手に勝ち越せているチャンスとあれば、ぜひとも生かしたいところで、その通り、久保はここでも強い将棋を見せる。

 ゴキゲン中飛車から、このころ2人の間で盛んに指された超急戦になり、難解な戦いに突入。 

 

 

 当時、かなりよく見た戦型だったけど、えらいこと激しい戦い。

 とても、振り飛車の将棋とは思えません。特に久保はムキになって採用していた印象があった。

 そこから激しくつばぜり合って、最終盤のこの局面。

 

 

 

 後手から、△67金詰めろを先手は受けないといけないが、どうやるのか。

 を使って受けるのだが、ここがまず、運命の分かれ道だった。

 

 

 


 羽生は16分考えて、▲58桂と受けたが、これが敗着になった。

 ここは▲58香とすべきで、それなら先手勝ちだったのだが、羽生はこの後に読んでいた手順を見越して、桂を打ったのだから、それは結果論ということになってしまう。

 で、一体なにが違うのか。

 それは、手順を追えばわかってくる。

 ▲58桂に、久保は△59金とせまる。

 これが詰めろにならないのが、後手の泣き所で、先手はこの瞬間に詰めろ連続でせまれば勝ちが決まる。

 そこで羽生は▲65香と打つ。

 

 

 

 

 ▲58を使ったのは、こう攻めたときに、駒台にもう一本香車を残すためだ。

 久保は開き直って△69金と取る。今度は詰めろだが、後手玉は超がつく危険度。

 羽生は▲61飛とおろし、△82玉▲74桂王手して詰ましにかかる。

 後手玉はせまいうえに、どこかで▲13竜と王手されたとき、歩切れなので高い合駒しかないのも、つらいところ。

 △74同歩に、▲64角で、いよいよ終局が見えてきた。

 勝負はフルセットだ。

 

 

 


 久保は△59金と打ったとき、負けを覚悟していたそう。

 ▲64角と打った局面で、なんとか逃げる手はないかと考えたそうだが、△73桂の合駒に、▲同角成△同玉▲13竜

 そこで、当初は△53角と打って、しのいでいると読んでいたそうだ。

 

 

 だが、それには▲同竜△同金▲62角△82玉

 そこで、▲71角成△73玉▲62馬△82玉連続王手千日手で先手が負けだが、▲71角成△73玉▲63飛成とするのが、久保曰く「絶品」でピッタリ詰む。

 

 

 △63同金▲同香成△同玉に、▲64香と打って、△同玉▲65歩△73玉▲64銀以下。

 飛車成以降は平凡な詰まし方で、他にもいろいろな手がありそうだが、実はこの▲63飛成以外では、すべての手順で詰みはない。

 この▲63飛成だけはキレイに仕上がる仕組みで、「これで行ける」と感じていた手順が、運命的なほど綺麗に詰むのを発見した久保の落胆は、いかばかりだったか。

 だが、ここで折れなかった久保は、なにかないかと再度読み直す。

 超難解な局面で、蜘蛛の糸にすがるように不詰の順を追い続け、久保が言うには

 


 「いままでの将棋人生の中で、いちばん脳みそがフル回転したはずです」


 


 焼けつくほどにエンジンを回し続けた結果、なんと久保は、今度は自身に「奇跡的」となる手順を発見する。

 それは行方尚史九段が、当時話題となっていたアイススケートの技から「トリプルルッツ」と。

 あるいは、勝又清和七段が「無死満塁を切り抜けた《江夏21球》」とも呼んだ、あまりにも出来すぎた、しのぎのワザだったのだ。

 

 (続く

 

 

 

 

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パリ オリンピックで、マイナー競技を楽しもう! アーチェリー&馬術編

2024年08月02日 | スポーツ

 パリ オリンピックで世界は、連日盛り上がりを見せている。

 国名国歌を間違うという、わりとガチダメなミステイクがあったり、セーヌ川道頓堀川よりも汚くてアッチョンブリケとか。

 なかなか「自由」な大会であるが、星条旗の代わりに南軍旗を掲揚とか、「君が代」の代わりに「加藤隼戦闘隊」を流すとか、さらなるパフォーマンスを期待したいところだ。

 こういうごった煮の国際大会は、これを機会にふだん、なじみのないスポーツと接するのが楽しい。

 前回は4年1度だけ応援する「さくらジャパン」について語ったというか、「にわか」だから、たいして語れないんだけど、とにかく語った。

 格闘技に興味がないので、柔道とかレスリングと言ったメダルをねらえるところを案外見なかったりして、そのへんの話題に全然ついていけなかったりと、われながら偏ったチョイスだけど、まあいいのだ。

 他だと、見るのは馬術アーチェリーあたり。

 アーチェリーは男女ともに見て、なんでか理由はよくわかんないけど、たぶん10代のころ

 

 『ダンジョンズ&ドラゴンズ』

 『ソードワールドRPG』

 

 といった「テーブルトークRPG」で遊んでいた影響かもしれない。

 「ロングボウ」とか「エルブンボウ」とか、そういうのに、なじみあったからなあ。カッコイイ。

 馬術はもう、単純に馬がかわいい

 これには思い出があって、大学生のころ授業が休講になると、いつも図書館で本を借りてから、キャンパスのはずれにある小さなに登っていた。

 そこは馬術部の部室と馬場だけがあるという、陸の孤島ならぬキャンパスの孤島。

 静かだし、すごく落ち着く私だけの「秘密基地」だったのだ。

 テキトーに本を読んでダラダラ過ごし、飽きたら馬術部の練習をながめて、気がついたら眠っていたり、とにかく平和な時間だった。

 馬術競技を見ていると、

 

 「だれや、この人間。見たことないなー」

 

 みたいな顔で柵ごしにボーっと、こっちをながめていた馬たちのことを思い出し、なんとなくホッコリした気分になるのだった。

 ということで、落語の『馬の田楽』を聴きながら、今日も馬術ポコポコで、メダルもいただきました。

 おめでとうございます。

 まあ、実際のとここういうのは、特にこれといって決めるわけでなく、寝れない夜とかになんとなくテレビとかスマホつけてみて。
 
 そのとき、たまたまやってるのを見るってのが、一番楽しい見方ですよね。

 

 

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