将棋 端角の鬼手と不思議流 中村修vs先崎学 B級1組順位戦

2019年04月29日 | 将棋・好手 妙手

 「この手をマネしたい!」

 そう心を揺さぶられる手というのがある。

 前回の加來博洋アマによる詰将棋のようにトリッキーな返し技や(→こちら藤井聡太の見せるアッという詰み筋。

 郷田真隆の豪胆な踏みこみに、菅井竜也のアイデア満載の振り飛車などなど枚挙に暇がないが、私の場合はこれだ。

 「大駒を捨てる豪快な寄せ」

 私はめったに自分で指すことはない、なまけた将棋ファンだが、たまに遊ぶと

 「ねばりまくって逆転勝ち」

 これしか、勝ちパターンがないことを自覚させられる。

 要するにセンスがないのだろうが、自陣に駒を埋めて

 「投げない根性」

 をトモダチにひたすらクソねばりに身をやつしていると、そのしつこさと未練がましさを悪友たちはイジりまくりで、



 「靴底のガム」

 「インドの物乞い」
 
 「捨てられかけてるヒモ男」


 あまつさえ米長「泥沼流」ならぬ、

 

 《スターリングラード流》

 

 などという、ありがたくもないニックネームを、つけられたりしたものだった。

 そんな塹壕戦で勝負するタイプには、「豪快さ」はあこがれの対象で、たとえばこんな手を指してみたい。

 


 1999年、第58期B級1組順位戦の4回戦。

 中村修八段先崎学七段の一戦。

 後手の先崎が低い陣形から仕掛け、「受ける青春」中村修がそれを迎え撃つ。

  
 

 

 中盤戦。手番の後手は、△96同飛と取りたいが、それには▲97香がおなじみの形で、飛車がお亡くなりに。

 飛車がさばけないなら、▲73と金の存在が大きく、先手が受け切れそうだが、ここで先崎にねらっていた手があった。

 

 

 

 



 △97角と、タダのところにいきなり投げこむのが、「天才先崎」が魅せた一着。

 ▲97の空間を埋めつぶす意味で、▲同桂には△96飛と取って、▲97への打ちがない。

 

 

 △96飛▲98歩と受ければ、△76歩△75香で攻めが続く形だ。

 あざやかな一撃で、クリティカルヒットが入ったかに見えたが、どっこい、これに対する中村の応手もすごかったのだ。

 

 

 


 

 

 ▲69玉と逃げたのが、これまた腰を抜かす一手。

 取れるを無視して、「あばよ」と王様を寄る。

 そんな手が、あるんでっか。いや、あっても普通は指さないよ。

 これこそが「不思議流」中村修の将棋である。

 中村からすれば、取ればつぶされるから逃げるだけで、別におかしいともなんとも思わなかったろう(事実、先崎はこう指されると思っていたそうだ)。

 「取る一手」しかないように見えるところを、涼しい顔でこういう手が指せる。

 これが、かつて王者中原誠を破り、王将位を獲得した異能感覚である。

 以下、△96飛▲99香△79角成、▲同玉、△99飛成と敵陣突破を果たすが、そこで▲88角とまたも受けて激戦。

 

 

    

 

 そこからも、順位戦らしいゴチャゴチャした攻防が続いたが、最後は後手勝ち。

 これで1敗をキープした先崎はその後、8勝3敗の好成績で、見事A級昇級を決めるのだ。 

 先崎はその実力にもかかわらず、C級2組8年も停滞していたが、その後はC1で一度だけ頭ハネを食らった後、B2、B1を1期で駆け抜けた。

 ちなみに、その間の成績も、8-27-38-28-26-49-17-39-1(C1昇級)、8-29-1(B2昇級)、9-1(B1昇級)、8-3(A級昇級)で7割9分3厘という、すさまじい高勝率だった。

 8割ペースで勝ち続けて、一番上に行くまで12年もかかってしまう。

 当時の先崎の強さと、Cクラスが肥大化した順位戦のひずみが、実によく現れた結果であると言えよう。

 

 (羽生善治の初タイトル獲得編に続く→こちら

 (先崎学のC2時代の苦戦ぶりは→こちら

 

  

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まるで大道詰将棋 西川和宏vs加來博洋 新人王戦の終盤

2019年04月25日 | 将棋・好手 妙手
 大道詰将棋という言葉は、ほとんど死語と化しているかもしれない。
 
 前回は「デビル中田」こと中田宏樹八段の王位獲得を阻止した、谷川浩司九段の絶妙手を紹介したが(→こちら)、今回は終盤のアクロバティックな手を。
 
 
 舞台となるのは、第41期新人王戦の準決勝、西川和宏六段加來博洋アマ戦。
 
 若手中心の棋戦では、ときおり奨励会三段アマチュア参加者が活躍して、大会を盛り上げることがある。
 
 都成竜馬五段(奨励会時代に新人王戦優勝)や、稲葉聡アマ(加古川清流戦優勝)が代表だが、その中に加來博洋さんの新人王戦決勝進出というのも、これまた賞賛されるべき戦績であろう。
 
 このとき話題になったのが準決勝の対西川戦で、この終盤戦がまさに「作ったよう」な形になり、加來さんの快挙に彩りをそえることに。
 
 西川先手で、角道を止めるオールドタイプの中飛車にすると、加來アマは変則的な形の相振り飛車にかまえる。
 
 仕掛けから、西川がうまく指して優勢に。
 
 加來アマもそこから、あやしいねばりを連発し容易には負けないものの、西川もくずれず、リードを保ったまま終盤戦をむかえる。
 
 それが、この場面。
 
 先手には勝ち方がいくつかあったようだが、寄せありと見た西川は、一気のスパートをかける。
 
 
 
 
 
 ▲71角の王手に、後手が△53歩と合駒したところ。
 
 先手の玉は風前の灯火だが、後手玉はそれ以上に危ない。というか、これって終わってない
 
 その通り。スルドイ人なら一目だろう。▲42竜と王手すれば、後手玉は詰んでいる
 
 以下、△43に合駒して、▲53角成まで。
 
 ところが、西川はその手を指さなかった。
 
 ここを加來アマがねらっていたのか、それともいわゆる
 
 「いい手が落ちていた
 
 という幸運なのかはわからないが、とんでもない手がある。
 
 ちょっとした、次の一手問題として考えてみてください。先手が王手したときに、まるで大道詰将棋のような……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲42竜の王手には、△43角と引くのが必殺の切り返し。
 
 なんとこれが逆王手で(これが逆王手の正しい使い方。野球の日本シリーズなどで言われる使い方は厳密には間違いなのですね)、先手は▲53角成とできない!
 
 詰んでるはずの局面から、まさかのクロスカウンター。ビクトリーロードを走っていたはずが、最後の最後に、とんでもない大穴が空いていた。
 
 こんなすごい手が、決勝進出をかけたこの大一番で出るのだから、西川にはツキがなかったとしかいいようがない。
 
 西川は土壇場でそれを察知し、▲42竜ではなく▲53同角成と取る。
 
 △同玉に、▲51竜と逆ルートの竜を使うが、△44玉と逃げられて、きわどくあましている。
 
 
 
 
 
 ナナメ駒があれば、▲53に打って簡単に詰むが、持ち駒は
 
 ふつうは銀より、の方が詰ましやすいはずだが、ここでは銀一択だった。これまた運がない。
 
 そして、ここでも▲42竜左と、▲82の竜で王手したら、やはり△43角(打)! 
 
 他の合駒なら簡単に詰むのに、まあなんたることか。
 
 二枚のを鎖鎌のように駆使して、あと一歩まで追いつめているのに、この逆王手が呪いのようにのしかかり、どうしても先手が勝てない。
 
 ほとんど、運命的ともいえる局面なのだった。
 
 秒読みの中、その手が見えたときの、両者の心境はいかばかりか。
 
 以下、▲54竜△同銀まで指して西川は投げた。
 
 
 
 
 やはりここでも、竜の王手は「の持駒」があるから無効。あまりに無情な投了図だ。
 
 こうして、加來アマの歴史的快挙が実現したが、それにふさわしい熱闘だったと言えよう。
 
 
 
 (先崎学の鬼手編に続く→こちら
 
 
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将棋 「デビル中田」こと中田宏樹を粉砕した谷川浩司の妙手 第32期王位戦

2019年04月24日 | 将棋・好手 妙手

 将棋の絶妙手は美しい。

 前回は広瀬章人竜王の、鮮烈な寄せの数々を紹介したが(→こちら)、今回もそんな妙手を。

 テニスの錦織圭選手は、その多彩で才能あふれるプレースタイルから、海外では「ショットメイカー」と呼ばれているが、将棋界でその名がふさわしいのは谷川浩司九段であろう。



 1991年の第32期王位戦

 谷川浩司王位に対する挑戦者は、そのクールな風貌と、悪魔的な強さから「デビル中田」と恐れられる中田宏樹五段

 どの世界にも、才能と地位や名誉が、あまり釣り合っていない人というのがいて、屋敷伸之深浦康市のタイトル3期は少なすぎるとか。

 阿久津主税のA級順位戦17連敗なんてありえんやろとか、竜王に挑戦した真田圭一が、いまだC1のままとか数あるけど、その中に

 「中田宏樹にA級タイトルの経験がない」

 というのも、あげれらるのではあるまいか。

 デビュー初年度にいきなり最高勝率賞を獲得(羽生善治と同時受賞)し、その後も安定した好成績で、プロ間でも力を認められているのに、その実績はかなり物足りないものがある。

 その才能にもかかわらず、中田が上位に君臨できていない理由は、戦績の面だけでいえば、まず順位戦で苦労したこと。

 C級2組で10年、C級1組で9年も停滞するなど、その実力からは考えられないことで、よほど相性が悪かったのだろうか。

 それともうひとつ、初登場したタイトル戦で、いい将棋を指しながらも奪取できなかったことがあるだろう。

 それを阻止したのが、谷川浩司の放ったある一手なのだ。

 中田の2連勝でむかえた第3局、戦型は谷川得意の角換わり腰掛銀になる。

 





 △37角と打たれて、飛車を逃げるのでは△46角成と取った形が、 が手厚く先手が大変そう。

 形は「両取り逃げるべからず」で、▲61銀など後手玉に迫りたいところだが、「妙手メイカー」谷川の思考はその上を行くのだ。

 

 

 




 ▲35金と出るのが、当時話題になった絶妙手

 意味はむずかしいというか、子供のころ見たときサッパリわからなかったが、正直今でもむずかしすぎて、よくわからない(苦笑)。

 手順を追って解説すると、後手は△35同金と取るが、そこで▲61銀、△92飛と利かしたあと、▲24飛と出られるのが自慢。

 以下、△23歩▲29飛と引いたところで、金出のもうひとつの効果がハッキリする。

 後手は△35の金が取りになって、△34金と逃げなければならない。

 これが、その図。

 


 



 最初の局面で、普通に▲61銀、△92飛、▲29飛△46角成、とした場合とくらべていただきたい。

 


▲35金、△同金の交換をしないで同じように進めた図

 


 金捨てがなければ、後手は△34金と金を逃げる代わりに、△46角成と金を取っていることになるから、馬ができて手厚いし、歩切れの先手は手が作りにくい。

 だが本譜の順だと同じ形でも、△37角が、まだほったらかしで働いておらず、さらに先手は▲24飛と取ってるから、一歩多いことになる。

 つまり▲35金は、どうせ取られるから無意味に見えて、実はそれで1歩と1手を稼ぐ超絶トリックなのだ。

 以下、その得を生かしてあっという間に谷川勝ちに。

 ……とまあ、全然自信のない解説で、強い人がいたら補完していただきたいですが、ともかくもこの▲35金は「光速の寄せ」にふさわしい一着。

 「ダンスの歩」ならぬ「ダンスの金」とでもいった、才能あふれる手なのである。

 これで流れが変わったシリーズは、2勝2敗でむかえた第5局で、終盤必勝になりながら、中田がさして難しくない詰みを逃して敗れ、決定的に。

 

 

 

 谷川が▲43銀と打ったところだが、これは形作りで、先手玉は△85歩と打って、▲97玉に△86金からの簡単な詰み。

 ところが、なぜか中田宏樹は△43同金と取ってしまい、▲32銀、△51玉、▲73角成とされ、これが王手金取りで、先手玉の上が抜けてしまい大逆転。

 

 

 もしここで「中田王位」が誕生していたら、彼はそのポテンシャルと評価からして、久保利明深浦康市クラスの戦績を残していた可能性は高い。

 それを打ち砕いたこの▲35金というのは、ただの妙手というだけでなく、一人の棋士の人生を大きく変えた、将棋史的にも波紋を呼んだ手だったのかもしれない。

 

 (大道詰将棋のような加來博洋アマの妙手編に続く→こちら

 

 

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広瀬章人竜王の振り飛車穴熊と「振り穴王子」こと広瀬王位の時代 その4

2019年04月22日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編
 前回(→こちら)の続き。
 
 善戦むなしく、羽生善治に虎の子の王位をうばわれてしまった広瀬章人
 
 敗れたこともさることながら、広瀬を悩ませたのは、その看板ともいえる振り飛車穴熊のことだ。
 
 これまでは、経験値と得意の終盤力で、当たるを幸い勝ちまくっていたが、上位になるにつれ研究され、なかなかスッキリ勝てなくなっていった。
 
 いわゆる「目がなれきた」という状態だ。
 
 広瀬によると壁を感じたのは、まず棋王戦の対渡辺明竜王戦。
 
 
 
 
 
 この局面。広瀬は▲32角成と切って、▲43金と打ちこめば攻めがつながると考えていた。
 
 だが、それには△31銀左と、△22を使うのが妙防で、先手は最高でも千日手にしかならない。
 
 
 
 穴熊のハッチを開いて、あえてこちらの銀を引くのが好着想。
 以下、▲32金(▲42金も同じ)、△同銀、▲43金の突貫に、△41金で、千日手は後手大歓迎。 
 
 
 
 やむをえず、▲63歩とするも、完全に攻めを見切られ完敗
 
 渡辺の正確な速度計算の前に、広瀬は持ち味を、完全に封じられてしまった。
 
 続いては2012年、第5回朝日杯将棋オープン戦の決勝
 
 ここで再び羽生と相まみえた広瀬は、王位戦最終局と同じ相穴熊を選択。
 
 
 
 
 
 広瀬自身の解説では、この局面では▲45飛とかわし、△53金▲64歩△66歩▲44歩△同金
 
 そこで穴熊らしく▲同飛とぶったぎって、△同歩に▲54銀成としておけば、先手が指せる将棋だったと。
 
 
 
 
 
 だが広瀬が選んだのは▲76同飛で、△同銀成、▲95角と逃げたところ、△56歩が味の良い突き出し。
 
 
 
 
 ▲82飛の反撃に、ここで羽生が、いかにも「らしい」一手で局面を決めてしまう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 フワッと途中下車の△66角が、やわらかい決め手。
 
 香を取らずに、△57の地点をねらうのが、間接的に▲39もにらんだ、急所の位置になる。
 
 ▲56歩に、△88飛から△57歩と金攻めで、先手の穴熊はあっという間に崩壊。
 
 「相穴熊は、一度優劣がつくと大差になりやすい」
 
 といわれるが、その典型のような形となった。
 
 
 
 
 
 この将棋は、単に負けただけでなく、広瀬自身の精神状態にも影響を及ぼしたらしい。
 
 『将棋世界』のインタビューでも、▲45飛は見えていたが、羽生相手に攻めを切らされるかもという恐怖心から、ためらってしまい、
 
 

 「この敗戦で、もう穴熊は指せなくなってしまったのかなと思いました」

 

 
 とまで語っているのだから、相当にきびしい敗戦だったのだろう。
 
 羽生に負かされた者は、その後も意識しすぎ、敗戦の残像に苦しめられるという。
 
 当初は結果が出ていたおかげで、そうならなかった広瀬にも、ボディーブローのように、効いてきたのかもしれない。
 
 『将棋世界スペシャル』と銘打った、羽生善治を特集したムック本でも、
 
 
 よく「羽生さんの対戦相手はよく間違える」という話を聞くが、盤を挟んでみると何となくその悪手を指してしまった諸先輩方の気持ちがわかったような気がする。

 
 
 2015年王位戦で羽生への挑戦権を得たときも、
 
 

 「振り飛車穴熊はやはりなかなか……主に羽生さんにやられすぎていて(笑)」

  「だんだん自分の将棋の弱点というか、隙を突かれていったような感じです」

 

 
 など、苦戦を自覚しているようなコメントが散見される。
 
 シリーズも、1勝4敗でタイトル復位はならなかった。
 
 こうして、一度は羽生相手に洗礼を受けることとなった広瀬だが、彼ほどの才能がこのままやられっぱなしであるはずはない。
 
 タイトルはお預けになったが、その間に順位戦では好成績をあげ、20代でA級八段になる。
 
 また勝率も安定して高く、銀河戦朝日杯でも決勝に進出し存在をアピールした。
 
 棋風も「困ったら振り穴」から居飛車党への転向を試みるなど、試行錯誤の時期でもあったようだ。
 
 最初はなかなか慣れなかったようだが、いまではすっかり本格派の将棋である。
 
 そしてついに、その成果が実るときが来た。
 
 2018年の第31期竜王戦で、羽生善治竜王を破り、ついに棋界の頂点に立つのだ。
 
 
 (谷川浩司の光速の寄せ編に続く→こちら
 
 
 
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広瀬章人竜王の振り飛車穴熊と「振り穴王子」こと広瀬王位の時代 その3

2019年04月21日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編
 前回(→こちら)の続き。
 
 難敵である深浦康市4勝2敗のスコアで破り、王位のタイトルを獲得した広瀬章人
 
 23歳での戴冠には
 
 
 「いよいよ世代交代か」
 
 
 という声も上がるほどだが、二冠をねらって挑戦者決定戦まで上がった棋王戦では、渡辺明竜王に敗れ、ちょっと一休みといったところ。
 
 明けてむかえた防衛戦。広瀬はその真価を試されることになる。
 
 そう、挑戦権として名乗りを上げたのが羽生善治棋聖王座だからだ。
 
 羽生善治という男のおそろしいところは、単に強いだけでなく、負かされても、すぐに立ち上がってくる、常人ばなれしたしぶとさにある。
 
 羽生からタイトルを奪い、次の年リターンマッチを制し、ようやっととどめを刺したと思ったら、さらに次の年もあらわれて、「またか」と疲れ切ったところでやられてしまう。
 
 そのノーライフキングのような「殺しても死なない」生命力が、まさに羽生の本当の強さであり、ここでも日の出の勢いの広瀬を、つぶしにかかるように勝ち上がってきたのだ。
 
 ただ、戦前の予想では、どうなるかわからないところもあった。
 
 広瀬の実力もさることながら、この年、羽生は森内俊之名人位をうばわれており、勢いではややおとるところもあったからだ。
 
 果たしてシリーズは、広瀬の2連勝でスタートする。
 
 第1、2局とも熱戦であったが、終盤の競り合いでは広瀬がリードして抜け出した。
 
 内容的にもスキがなく、広瀬の充実ぶりがうかがえたものだった。
 
 だが、ここで簡単に引き下がる羽生ではない。
 
 第3局で、広瀬必殺の振り飛車穴熊粉砕すると、第4局は最終盤の場面まで同一手順局があるという、めずらしい形に。
 
 分岐点で広瀬に見落としがあって、羽生がタイに戻す。
 
 流れが悪くなった広瀬だが、第5局では得意の終盤で切れ味を見せる。
 
 
 
 
 
 相穴熊のさばきあいで、まだ双方に穴熊が残って、これからに見える。
 
 だが、なんと広瀬はここから、わずか9手で羽生を投了に追いこんでしまう。
 
 
 
 
 
 
 △95桂と打つのが、穴熊崩しの手筋。
 
 受ける形にとぼしい先手は、▲78金とするが、そこで悠々△19竜と駒を補充。
 
 やはりピッタリした受けがない先手は▲52とと攻め合うが、底歩が固い後手はかまわず、△84香と攻め駒をシンプルに足していく。
 
 ▲62とに、△87桂不成から、▲同銀に△79金と打つのが、簡明で先手玉は必至。
 
 
 
 
 
 あっというまの寄せであり、これを見た私は「今期は広瀬か」と思わされたもの。
 
 実際3勝2敗と王手をかけた第6局、広瀬が序盤で、見事な駒組勝ちを披露。
 
 
 
 
 
 
 羽生が△45銀と出たところで、▲64歩と突くのが機敏な一着。
 
 銀取りだから△33桂と受けるが、▲65銀と進軍し、△36歩、▲38金、△64歩
 
 そこで▲74銀と出て、△73歩と打たせると、後手の角が完全に封印されてしまっている。
 
 
 
 
 
 △82がヒドイ形で、これで決まったかに見えたが、△94歩から△93角と、羽生も巧みな手順で包囲網を突破し、ねじり合いに持ちこんで逆転に成功。
 
 このあたりは、さすがというほかない精神力だ(第6局についてはこちら)。
 
 これで3勝3敗タイスコアに。
 
 流れが二転三転し、どこまでも展開が読めない勝負は、ついに最終局へ。
 
 そうなると、もう戦型はこれしかあるまいの、相穴熊になった。
 
 
 
 
 お互いを作り合って、まだまだこれからに見えるが、ここで羽生が指した手が、いかにも味のいい好手だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △42飛と、眠っていた大砲を使うのが、指がしなる手。
 
 飛車による、タテ突破が受からない形で、が近く目標になりやすいのも、先手の泣き所。
 
 羽生はこの飛車香を起点に、先手の金銀を次々はがしていき、広瀬の穴熊をあっという間に破壊してしまう。
 
 
 
 
 
 2連敗スタートが、終わってみれば、「振り穴王子」の穴熊を見事に完封しての王位復帰。
 
 これが羽生善治という男の、えげつないところといえる。
 
 一発入れたら、倍どころか、相手が足腰立たなくなるまで、やり返してくる過剰防衛男。
 
 幾多の棋士が、このダメージを払拭するのに、相当な労力を費やす羽目になるのだが、広瀬もまたその罠に、徐々に足を取られつつあったのだ。
 
 
 (続く→こちら
 
 
 
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広瀬章人竜王の振り飛車穴熊と「振り穴王子」こと広瀬王位の時代 その2

2019年04月20日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回(→こちら)の続き。

 プロでは指す者も減った振り飛車穴熊を自在に乗りこなし、着実にトップへの階段を昇りつつあった、若手時代の広瀬章人

 「神の子」と呼ばれた男が、ついにブレイクを果たしたのが、2010年度、第51期王位戦だ。

 予選リーグで、木村一基佐藤康光渡辺明松尾歩大石直嗣といった強敵相手に、4勝1敗の成績をあげ、挑戦者決定プレーオフに駒を進める。

 もう一方の組から上がってきたのは、羽生善治名人

 いうまでもなく大強敵で、正直なところ羽生が順当に勝つのだろうと思っていたが、ここで広瀬はすばらしい将棋を披露する。

 いや、それどころか、この大舞台で羽生相手に、圧倒的な勝ち方を見せて、周囲を驚愕させるのだ。

 話題になったのは、この局面。

 相穴熊戦から、広瀬が中盤うまい指しまわしで、リードを奪う。






 まだ双方穴熊の堅陣が残っており、もたもたしてると、後手から△36桂など迫る手がある。

 さあ、ここから終盤の寄せ合いだぞ、と座り直すのかと思いきや、なんとここで広瀬は強烈なアッパーカットをお見舞いし、将棋を終わらせてしまう。









 

 ▲22馬とバッサリ切るのが、当時絶賛された見事なKOパンチ。

 △同金と取るが、▲31銀と割り打ちして後手玉は寄り形。

 △22同玉と取るのもそうだが、▲34にいるが首筋に突きつけられたナイフのように後手玉を押さえており、▲55角の筋を受ける形がないのだ。

 どこにも合駒できないわけで、羽生は

 

 「敵の打ちたいところに打て」

 

 とばかりに△55角と先着するが、自然に▲51飛とおろして先手勝ち。

 

 



 以下、△36桂と打つも、▲55飛成と取って、△28桂成▲同金となったところが、やはり典型的な「穴熊のゼット」。

 

 自玉に詰みどころか、王手すらかからず、後手玉はほぼ受けなしで、これ以上なくわかりやすい一手勝ち。

 △39銀くらいしかないが、そこで▲22銀成、△同玉に▲33歩成がさわやかな軽手。

 

 

 

 △同玉に、▲11角と打って詰みになる。

 すばらしい内容の将棋で、広瀬がタイトル戦に初登場

 あの羽生善治を、一撃でマットに沈めての檜舞台登場だから、それはそれは衝撃的だった。

 広瀬の振り穴は本物だった。

 これは長らく続いた「羽生世代」+渡辺明深浦久保木村といったタイトル戦の常連に、ついに若手が一発入れる時代が来たのではと、衆目を集めることとなった。

 むかえた本番でも、広瀬は初の大舞台とは思えない、堂々たる指しまわしを見せる。

 4期目の戴冠をねらう深浦康市王位相手に、千日手もはさんで3勝2敗とリード。

 決着となった第6局でも、必殺の振り飛車穴熊を発動させ、実力者深浦と、力くらべのようなねじり合いを披露する。

 


 

 2枚の飛車や△15の玉など、駒の配置がいかにもな熱戦を感じさせるが、先手玉は詰めろ、一方後手玉は

 

 「桂先の玉寄せにくし」

 

 を地で行くような形。

 ふつうの受けではしのぎきれなさそうで、なにか返し技が必要な場面だが、ここで広瀬は「振り穴王子」の真骨頂を見せる。

 

 



 

 ▲37角と、ここに打つのが穴熊独特の、空間を埋めるすごい手。

 まさかの王手だから取るしかないが、△同と、では先手の上部が厚くなり勝ち目がないとみて、後手は△同角成とこっちから行く。

 そこででなく、▲同竜と取るのが、穴熊のスペシャリストが見せた、大駒捨て第2弾。

 

 

 

 

 玉頭の接近戦では、飛車や角より、と金の価値が高いのだ。

 今度こそ△同と、しかないが、▲同銀と取って先手玉の脅威は大幅に軽減され、一方後手玉は▲26銀打からの詰めろ

 このあたり、広瀬は「はっきり悪い」と感じていたそうだが、指し手はド迫力だ。

 ここで後手から△26銀と打てば、▲28銀打しかなく、千日手になった可能性が高いが、深浦は△26桂

 やはり空間を埋める手でせまるが、▲28銀打と埋めるのが穴熊流のリフォーム。

 以下、△55角▲26歩と桂馬を取り、△37角成、▲同桂、△38金と迫るも、▲27桂、△26玉、▲29香

 

 

 

 どこまでも、スキマを作らないまま攻防手を連発し、ついに深浦の猛攻をしのぎ切ってしまった。

 こういうゴチャゴチャした戦いは深浦の土俵かと思いきや、広瀬の腕力も並ではなかった。

 4勝2敗のスコアで、広瀬が初タイトル獲得。

 この将棋はその年の「名局賞」も受賞し、結果のみならず、内容の面でも魅せる棋士であることを実証したのである。

 こうして23歳の「広瀬王位」が誕生した。

 学生でのタイトルホルダーというのも話題になり、ついに新時代の幕開けかと棋界は色めきだった。

 ただ、当時の将棋界を知る者にはわかっていた。

 いかな広瀬が、銀の匙をくわえて登場した男とはいえ、そんな簡単にことが運ぶことなどないことを。
 
 そう、栄冠を手にし、洋々と広がる前途に胸躍らせる棋士たちの前に立ちはだかり、幾度も容赦ないカウンターパンチで、絶望の底にたたき落としてきた「あの男」が、このまま黙ってなどいなかったのだ。


 (続く→こちら

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広瀬章人竜王の振り飛車穴熊と「振り穴王子」こと広瀬王位の時代

2019年04月19日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 広瀬章人といえば振り飛車穴熊、という時代があった。

 前回は「女王」のタイトルも持つ西山朋佳三段の剛腕を紹介したが(→こちら)、今回もパワフルな振り飛車を。

 広瀬といえば、今でも堂々のA級棋士として、安定した好成績をあげているが、多くのトップ棋士と同様、奨励会時代からすでに大器の誉れが高かった。

 今はなき『週刊将棋』で「平成のチャイルドブランド」という特集が組まれたとき、当然のごとく名前があがり、その期待の高さをうかがわせたもの。

 このとき取りあげられた、佐藤天彦金井恒太戸辺誠高崎一生中村亮介村田顕弘長岡裕也など多くの若者たちが、その後プロになり活躍しているが、広瀬はその中でも、筆頭ともいえる存在だったのだ。

 18歳でプロデビュー後も、順位戦で昇級、新人王戦中村太地四段を破って優勝など、期待にたがわぬ躍進を見せる。

 早稲田大学に在籍し、学生棋士としても話題を呼んでいたのもこのころだ。

 また、若手時代の広瀬が話題になったといえば、ある強烈な寄せのことがある。

 村山慈明五段との順位戦で、むかえたこの局面。

 ▲31馬と切ってを取り、△同銀となったところ。

 




 この馬切り自体は穴熊戦でよくある形で、相手のをはがしてしまうのが、この際のコツ。

 先手玉は王手すらかからず、絶対に詰まない「」とか「ゼット」と呼ばれる形だから、この瞬間にラッシュをかけられれば先手勝ちだ。

 ここで広瀬は本人も会心と自賛する、すごい手を用意していた。








 

 ▲33角と放りこんだのが、次の一手問題のような、あざやかな一撃。

 △同桂と取るが、▲32歩が継続手で、△同銀に、▲42金とはりついて先手の攻めは切れない。

 

 



 以下、△21銀打、▲51飛、△22飛、▲31金打、△54角、▲32金、△同飛、▲同金、△同角。

 村山も飛車角を自陣に投入し、懸命の防戦に努めるが、広瀬の寄せは正確で、次に▲22金と打って決まっている。

 




 

 △同玉しかなく、▲31銀、△11玉、▲22飛で、ちょっと変わった形だが後手玉に受けはない。

 あまりのパンチ力に、この将棋は雑誌等の「妙手」「寄せ」「穴熊」といった特集で、かならずといっていいほど、取り上げられるほどなのだ。

 この将棋は、終盤の切れ味もさることながら、広瀬の穴熊の戦い方のうまさも光っている。

 最後の場面、自玉を絶対詰まないどころか、王手すらかからない形にして、大駒捨てからの一気の寄り身。

 われわれアマチュアが見てもわかりやすく、また参考にしたくなる作りではないか。

 そう、広瀬にはその才能や終盤力とともに、「振り飛車穴熊の使い手」という強烈な個性があった。

 私が子供のころといえば、大内延介九段西村一義九段福崎文吾九段といった振り穴党が現役で指していたが、その後は居飛車穴熊の勃興とともに、徐々に勢力を減らしていき、今ではすっかりマイナー戦法になっていた。

 それを見事に復活させたのが、広瀬章人だった。

 絶滅危惧種の武器をひっさげての連勝街道は、それはそれはインパクト充分で、これでタイトルでも取ったら、さぞおもしろいことになるのではと、大いに期待された。

 ついたあだ名が、当時のブームを受けての「振り穴王子」。そして、その才能に惚れこんだだれかが、こうも呼んだのである。

 「神の子広瀬」と。 

 
 (続く→こちら

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テニス 地味……もとい「いぶし銀」プレーヤー列伝 マーク・ウッドフォード編

2019年04月18日 | テニス

 テニス地味な選手を見ると、つい応援したくなる癖がある。

 ロジャーフェデラーラファエルナダルといったスター選手の活躍もいいが、やはり玄人のテニスファンとしては、それ以外の選手も大いに語りたいもの。

 なので、グランドスラム大会などで、そういった渋い選手が上位進出して皆をガッカリ……もとい大会を盛り上げたりすると、たいそう印象に残るのである。

 たとえば、1996年オーストラリアンオープンマークウッドフォード

 テニスの世界には「ダブルススペシャリスト」という選手が存在する。

 テニスにはご存知のようにシングルスとダブルスがあるが、メインははっきりいってシングルス

 正直なところダブルスはあまりクローズアップされず、ドロー的にもルール的にも縮小されがち。ダブルス観戦も好きな私には残念なことだ。

 かつてはジョンマッケンローマルチナナブラチロワのような、単複両方でトップに立つ選手もいたものだが、昨今のタイトなスケジュールが問題化されているテニス界では、なかなか両立も大変である。

 ゆえにシングルスとダブルスは分業化がいちじるしいわけだけど、ときに



 「ダブルスのトップを張って、シングルスでもそこそこ上位につけている」



 そういった選手が存在するわけだ。

 今ならニコラマユとか、ジャックソックイワンドディグあたりが思い浮かぶが(彼らも地味だなあ)、一昔前だとトッドウッドブリッジマークウッドフォードによる「ウッディーズ」も、そんな選手たちだった。

 トッドとマークのふたりは、とにかくダブルスで強かった。

 通算67勝グランドスラム大会優勝12回。マークはミックスダブルスでも、グランドスラムを5度優勝している。

 アトランタ五輪でも金メダル。「ダブルスが命」といわれるデ杯でも大活躍した、強すぎる二人。

 これらはのちにブライアン兄弟があらわれるまで、テニス界に燦然と輝く大記録だったのだ。

 そんな無敵のウッディーズだが、シングルスでも魅せる機会があったのが、この1996年の全豪。

 ここでウッドフォードが、すばらしい進撃を披露したのだ。

 準々決勝では、優勝候補の一人だったトーマスエンクヴィスト(彼もまた相当地味な実力者であった)をストレートで沈めて、堂々のベスト4
 
 準決勝では優勝したボリスベッカーに完敗したが、地元オーストラリア勢の大活躍に会場は大いに沸いたものだった。

 この2試合で見せたウッドフォードのテニスというのが、ずいぶんとおとなしいテニスだったのが意外だった。

 サウスポーでダブルスのエキスパートとなれば、それこそジョン・マッケンローのごとく切れるサービスを打ちこんで、どんどんネットダッシュを見せるのかと思いきや、彼はベースラインでねばるスタイルも多く見せていたのだ。

 特にバックハンドは丁寧なスライスでつないで、相手との間合いをはかっていくテニス。

 ビッグサーバー全盛の時代にずいぶんと優雅というか、なんだかオーストラリアの大先輩であるケンローズウォールロッドレーバーといった雰囲気だ。

 こういう「大人のテニス」が見られるのが、ダブルスのスペシャリストの味なのかもしれない。

 ちなみに、相棒のトッド1997年ウィンブルドンではベスト4に入る大躍進を見せている。

 ダブルス最強で、シングルスでも魅せたウッディーズ。

 特にマークの活躍は、彼のいかにも人のよさそうな風貌も相まって、たいそう印象に残っている。

 私は地味な選手とともに

 

 「シングルスでたまに活躍するダブルスのスペシャリスト萌え」

 

 でもあるので、96年の全豪はその意味でも、大いに盛り上がったのであった。

 

 

 (続く→こちら



 ★おまけ ウッドフォードの渋いテニスは→こちらから



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将棋 西山朋佳三段(女王)の剛腕 初の「女性棋士」誕生を大いに期待 その2

2019年04月17日 | 女流棋士
 「女王」のタイトルを持ち、奨励会でも戦う西山朋佳三段のファンである。
 
 前回は2014年のリコー杯女流王座戦で加藤桃子女王に見せた、ねばり強い順を紹介したが(→こちら)、 西山将棋は受けだけでなく攻めもパワフルである。
 
 それがこよなく発揮されたのが、2018年の第11期マイナビ女子オープン。

 加藤桃子女王に挑戦した西山三段は、第1局を落としたものの、続く第2局で、すばらしい将棋を披露する。

 話題になったのは、この局面。
 
 先手の加藤が、▲45桂と跳ねたところ。





 △同桂は飛車を取られるからダメとして、ちょっとうまい受けが見当たらない形。

 形は△44歩だけど、あいにくの歩切れ
 
 どうやるのか注目だったが、ここで西山が選んだのが並みいるプロも当てられなかった、すごい手だった。








 △45同桂が、ちょっと信じられない、目を疑う強手。

 さっき「ない」っていったとこなのに、飛車タダであげますと。
 
 ▲22角成には△37桂成と、プラズマ・ダイブして指せるというのが西山の主張だが、ホンマかいな。
 
 
 
 

 ところが、一見ムチャのようなこの攻めが、意外と振りほどくのは大変なよう。

 ▲29飛△47成桂、▲同金、△38角の飛車金両取りが決まる。
 
 ▲26飛と逃げるしかないが、△76銀と進撃し、加藤も「馬は自陣に」で▲66馬と引いて対抗するも、△65銀打の浴びせ倒しが手厚い攻め。

 ▲11馬と香を取りながら逃げるが、そこで△54金とくり出すのが、これぞ振り飛車という手。
 
 
 
 
 
 形勢はわからないが、駒の勢いは明らかに後手にある。

 このあたりの指しまわしは、△45同桂大内延介九段
 
 △54金と上がる形は、鈴木大介九段森安秀光九段のようであり、全体的に、

 「昭和の振り飛車党」

 といった雰囲気が感じられる。

 無頼派のようで実にシブい。思わずオリラジ藤森君のように、「トモちゃん、カッコイイ!」と決めたくなるではないか。

 ▲79桂の受けに、△55桂と上部を押さえて圧倒。以下、先手のねばりを振り切って勝利。
 
 ここから一気の3連勝で、初のタイトル獲得してしまうのだ。

 いかがであろうか、この西山将棋の力強さ。

 丸顔のかわいらしい、理知的な女性が、こんな往年の「怒涛流」のような将棋を展開するのだから、それはもう、惚れるなという方が無理な注文である。

 こないだのNHK杯の出場者決定戦は、里見香奈さんに敗れたものの、そこかしこに西山流の勝負術を見せつけた内容だった。

 解説の高見泰地叡王も、思わず「この2人と指してみたい」と、うなるほどの。

 あれだけの将棋を指せれば、これからもチャンスはあるだろうし、間違いなく人気も出るはず。

 それには、やはりなんとか三段リーグを突破してほしいもの。
 
 里見さんは残念だったけど、こういうのはひとり前例ができれば、案外パタパタと続く者が出るかもしれない。

 先駆者になるのは大変だろうし(里見さんですら体を壊してしまった)、加藤桃子初段もきびしかったが、関西の中七海初段もふくめて、みんながんばってほしいものだ。
 

 (広瀬章人の振り飛車穴熊編に続く→こちら
 
 (西山と里見香奈の熱戦は→こちら
 
 
 
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将棋 西山朋佳三段(女王)の剛腕 初の「女性棋士」誕生を大いに期待

2019年04月16日 | 女流棋士
西山朋佳三段のファンである。
 
 前回は藤井猛九段の「華麗な」終盤戦を紹介したが(→こちら)今回は力強い中盤戦を。
 
 「女王」のタイトルも持つ西山三段は私と同じ大阪出身。
 
 その強さは噂には聞いていたが、実際にその将棋を観ると想像以上に好みの棋風で、いっぺんにファンになってしまった。
 
実戦で鍛えたその力強い将棋は、女流棋士などには、なかなかいないタイプ。
 
 どちらかといえば、町の将棋道場にいる、メチャクチャ強いオッチャンみたいなのだ。
 
 一目ぼれした将棋というのが、2014年のリコー杯女流王座戦五番勝負第1局
 
 加藤桃子女王との一戦。
 
角交換型の中飛車左美濃の対抗形で、加藤女王が中央から仕掛けてこの局面。
 
 
 
 
飛車が総交換になる大さばきとなったが、後手はができて、玉型もしっかりしている。
 
 一方の先手はが働いておらず、▲57も守りから離れて、▲38をねらわれている形もイヤらしい。
 
 少し後手が指しやすそうにも見えるが、ここからが「西山流」の腕の見せ所であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
▲69飛と打つのが西山も、



 「これで盛り返したと思った」



 手ごたえを感じた手。

 振り飛車党らしい、ねばり強い一着で、自陣への飛車の打ちこみを緩和しながら、にプレッシャーをかける。
 
 攻め合いでは分が悪いと見て、局面のスピードダウンを図る実戦的な戦い方だ。
 
 後手は△75馬とかわすが、すかさず▲66金とアタックをかけて、勝負勝負とせまる。
 
△53馬▲55桂と打ったところで、△88飛と加藤も待望の反撃。
 
 そこで西山は▲67飛と浮く。
 
 
 
 
 一見、ねらいの見えにくい飛車浮きだが、これが西山流の勝負術だった。
 
 ここからの手順が、すばらしい。
 
△24桂▲56金、△35歩と筋よく攻めたてられたところで、▲68歩(!)。
 
 
 
 
 飛車の横利きを止めて、これですぐには寄らない。
 
△36桂にも、▲18玉銀冠の強みを生かした形で(端攻めに強く、▲38が浮き駒にならない)、これで結構耐えている。
 
 後手は△89飛成と攻め筋を変えるが、これには▲59歩でまだまだ。
 
 
 
 
 いやあ、この一連の手順には感嘆させられた。
 
 ▲69飛から▲67飛、そして2枚のの壁。
 
 いわゆる「鍛えの入った手」であり、こういうのはやはり実戦経験が豊富で、力のある人じゃないと指せない。
 
 これぞまさに、玄人の将棋や。トモちゃん、シビれるで!
 
 将棋自体は、まだこれでも後手に分があったようで、終盤は加藤一手勝ちをおさめたが、その存在感は大いにアピールできたことだろう。
 
 この力強い将棋に、私はすっかり虜になってしまったのだった。
 
 
 (続く→こちら
 
 
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六冬和生『みずは無間』はSFでホラーで怪獣ものでイヤミスでコメディ

2019年04月13日 | 

 六冬和生『みずは無間』を読む。

 第1回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作ということで、今の若手が書く最新SFってどんなんかいなあと期待して読んだら、これが思った以上に賛否両論分かれそうなインパクトある話であったため、ここに紹介したい。

 ネタバレをふくみますので、未読の方は気をつけてください。

 まずはあらすじ、


 土星探査というミッションを終えた俺は、やがて太陽系を後にした―――

 予期せぬ事故に対処するため無人探査機のAIに転写された雨野透の人格は、目的のない旅路に倦み、自らの機体改造と情報知性体の育成で暇を潰していた。

 夢とも記憶ともつかぬ透の意識に立ち現われるのは、地球に残してきた恋人みずはの姿だった。

 法事で帰省する透を責めるみずは、就活の失敗を正当化しようとするみずは、リバウンドを繰り返すみずは、そしてバイト先で憑かれたようにパンの耳を貪るみずは……。

  あまりにも無益であまりにも切実な絶対零度の回想とともに悠久の銀河を彷徨う透が、みずはから逃れるために取った選択とは?


 

 デジタル化した人格というと、

 「自我とはなにか」

 「コピーされた人格というのはどこまでが『本人』なのか」

 といった、なんとなくグレッグ・イーガンっぽい話かなあと思いきや、壮大なスケールの宇宙旅行に、なぜかえらいこと、ちんまい恋愛劇が交差するように語られていく。

 この構成の妙が、この小説の大きなキモ。

 途中、自分が作り出した生命体とややこしい会話をしたり、別環境で生きた「コピーされた自分」と出会ったり、相互理解不能の知的生命体との大バトルがあったり。

 一応こういう起伏のようなものはあるのだが、その実主人公の思索はどこまでも、地球に残してきた恋人みずはへと行きついてしまう。

 などと書くと、

 「時と距離を超えた悠久のロマンス」

 みたいなものを期待される方がおられるかもしれないが、それがとんでもない。

 「不治の病」を持っているということで、なんとなく、かよわく可憐な女性を連想させるが(表紙もそんな感じでミスリードしてるしね)、いやいや、なかなか。

 なんといっても、このみずはという女の子が、男からすると、すんごい「ウザい」のだ。

 あんまり頭が良くなくて、流行りものに弱く、我慢が足らず、自らの実力不足を棚に上げて人生がうまくいかないのを他人のせいにする。

 自分大好きで、悲劇のヒロイン願望もあり、とにかく依存度が高く、ひっきりなしに電話やメールを求め、理解してほしいと熱望しながら他者を理解することには興味がない。

 主人公の言葉を借りれば、あたえるものが少ないわりに、「飢餓」感だけがすごいわけだ。

 まあ、よくいるといえば、いそうな(病気以外は)「めんどくさい」女の子でもあり、そのあたりの生ぐさいリアリティーも読みどころ。

 主人公と彼女のやりとりは、もうページをくりながら、

 「あー、こんなんが彼女やったら、しんどいよなあ」

 うんざりすることしきりだが、この正直言ってヒロインとしての魅力に欠けるガールフレンドこそが、最後に圧倒的な存在感となって押しあらわれる。

 以下はネタバレですけど、ついには物語的にも字義的にも「悠久の宇宙」を飲みこんでしまうのだから、読み終えて、「ひえええ!!」となるのだ。

 いやいや、まったく油断がならないッス。

 結論から言うと、この小説はイーガン的インターフェイスで手に取らせて、その中身は、

 「ハードSF+ご近所ロマンス=大宇宙的ホラー」

 という方程式であらわされることになる。

 タイトルになっているみずはとは、単なるヒロインではなく、

 「よくいるウザい女」
     ↓
 「宇宙ですら逃げられないストーカー」
     ↓
 「バルンガ」

 と華麗なるクラスチェンジを遂げる化け物なんですね、これが。

 恋人と見せかけて、というかまあ恋人なんだけど、同時になんと倒すべき(なのかな?)「ラスボス」でもある。

 前半では、なんでこの女の子の名前がタイトルになってるんだろうと不思議だったもの。

 こりゃきっとクライマックスに、すごい感動的な大逆転が待っているのだろうと思いきや、思いっきり逆回転の逆転だったから、ビックリすると同時に感心。

 なーるほど、そうきたかと。

 宇宙ロードムービーに小さな恋をからめるとなると、なんとなく一時期流行った「セカイ系」を思わせるが、そう見せかけての、あのラストですか。

 こりゃまた人を、いやいや宇宙を食った話だね、これは。

 キーワードのように出てくる「飢餓」や、なぜみずはの病気が「白血病」とかじゃなくアレなのかとか、そういうことですか。

 こっちはうかつにも、

 「なんや、ヒロインが死ぬ話か。しかも、ふつうに結核とかやと『ありがち』ってつっこまれそうやから、ちょっとハズしてとか、なんちゅうしゃらくさいやっちゃ」

 なんて思いながら読んでいたので、もうすんませんと。

 そんなあさはかな読者の先読みなんか、完全に想定内。おみそれしました。

 バカ話と髪一重で賛否両論わかれそうだけど、ともかくもSF的ハッタリ(もちろんほめ言葉です)は存分に味わえました。

 ストレートなハードSFっぽいのを期待する方は、途中からホラーというか、ほとんど「イヤミス」みたいな展開になって、

 「思てたのとちゃう……」

 となるかもしれないが、私はこの

 「スケールがでかいのか、こまいのか、ようわからんわ!」
 
 な、みずはの存在感にシビれました。いやいや、とにかくコワイと同時にズッコケ(ほめ言葉です)ですわ、このラストは。

 というわけで、『みずは無間』はハードSFであり、ホラーであり、ワイドショー的でもあり、イヤミスであり、そしておそらくは怪獣モノで、コメディーですらある物語。
 
 「ハヤカワSFコンテスト」という面からも、いろいろ意見があると思いますけど、

 「SFのキモはバカとハッタリ」

 を旨とする私は賛のほう。

 作者は「それ、ちがうよ!」というかもしれませんが、ホントこれ「怪獣コメディー」としても読めちゃって、そこがいいんですよねえ。

 

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藤井猛九段による終盤のファンタスティックな〇〇 2001年 第14期竜王戦

2019年04月09日 | 将棋・好手 妙手

 藤井猛九段の将棋は、なにかとネタにされやすい。

 前回は鈴木大介九段による終盤の魔術的勝負術を紹介したが(→こちら)、今回も「振り飛車御三家」つながりで藤井猛九段の話題を。

 藤井猛といえば、

 

 「藤井システム」

 「藤井矢倉」

 「角交換四間飛車」

 

 など、序盤戦術とともに取り上げられるのが終盤のポカ

 

 「信じられないような芸術的逆転負け」

 

 そう本人も自虐するような、たしかにとんでもないウッカリもあるが、そこがクローズアップされすぎると、ちょっとと感じることもあるものだ。

 たしかに「羽生世代」の中では、スプリント勝負を得意としているタイプではないが、それはあくまで、「あのバケモノ集団」とくらべての話。

 まあ、ふつうに考えれば終盤が弱い人がA級八段タイトルホルダーになれるわけもないし、われわれファンもわかっておもしろがっているわけだけど、あらぬ誤解が広がっても、それはそれで困りもの。

 論より証拠と、今回は藤井猛九段のいい手を見ていただくことにしたい。



 2001年の第14期竜王戦

 「一歩竜王」の防衛劇(それについての詳細は→こちら)に続いて、羽生善治四冠(王位・王座・棋王・王将)を挑戦者にむかえている。







第2局の最終盤、飛車の王手で先手が負けに見える。

 ▲38になにを合駒しても、△同飛成で詰んでいるからだ。

 投了しかないかと思われる局面だが、ここで「次の一手」のようなしのぎがある。

 

 

 






▲48歩が軽妙な一手で、先手玉に詰みはない。

△同飛成▲17玉で、になって△39角成がなくなっている。

 なんとも、センスのいい手ではないか。 

 

 

 

 

 きれいなワザだが、このあたりでは藤井も読み切りだったのだろう。

 数手進んで、この図。







 先手玉は一目受けなしで、後手玉はまだ詰まない。

▲22金打、△同角、▲同金、△同玉、▲41成桂△42歩で、遠く△42の地点を守っているのだ。

 この綱渡りの終盤が「羽生マジック」かと思われたが、ここで先手に決め手がある。

 

 

 





▲39銀と打ったのが、実にさわやかな一手。

一段目に引きずり降ろして、威力を半減させる手筋だ。

 △同竜タテの利きが消え、上記の手順で△42合駒できないから詰む。

 本譜は△同金で詰めろが解除され、▲53成桂まで藤井勝ち。

 美濃囲いの特性を知りつくしたような、華麗な手筋の2連発。

 振り飛車党の方には、ぜひ盤に並べて観賞してほしい終盤術だ。

 

 (西山朋佳の剛腕編に続く→こちら

 

 

 

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サンドラ・ヘフェリン&流水りんこ『満員電車は観光地!?』で、外から日本を見てみよう

2019年04月06日 | 

 サンドラヘフェリン流水りんこ『満員電車は観光地!?』を読む。

 日本とは違う外国の風習や考え方、はたまた日本人が自分たちでごく普通にやっていることが、いかによそさんからは「不思議」と思われているかなどを、楽しく紹介するというもの。

 著書『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』で、我々がついつい、おちいりがちである

 

 《ハーフは美人》

 《ハーフは金持ち》

 《ハーフは英語がペラペラ》

 

 といった「安易なハーフ像」に警鐘を鳴らしておられる、自身もドイツ人とのハーフであるサンドラさん。

 また、元バックパッカーインド人。『インドな日々』などの著書もあるマンガ家、流水りんこさん。

 おふたりとも、その背景から異文化や自文化に対して、いい感じに相対化されており、そこに絶妙な「つっこみ力」が生まれる。

 そんなコンビの作品なので、まあこれがなんとも楽しいのである。

 「和製英語は日本のものだけ」と思われがちだが、ドイツにも和製じゃないけど「独製英語」が存在する、とか。

 日本のCMは「お母さん、お風邪だいじょうぶ?」みたいな、「母娘」ものが多いが、ヨーロッパはとにかくカップルが登場。



 「その割には、ヨーロッパ人はパートナーをコロコロ代えたりしますからねー」


 
 なんて、サンドラさんのミもフタもないツッコミが入ったり。

 他にも、

 「日本はエロコンテンツが充実してるのに、ニュースサイトなどはエロNGなのはなぜ?」

 「日本人はツイッターやフェイスブックに食べ物の写真を載せたがるが、ヨーロッパ人には意味不明。でも、アジアは意外とどこでも日本と同じ傾向がある」



 なんて、「そうなんかー」と思わされるネタが満載。

 個人的にツボだったのは、「外国人が好む日本の曲」というテーマ。

 答えは「演歌」で、サンドラさん曰く、

 「演歌の良さがわかって感情移入できる文化圏」



 というのがあるらしく、中国韓国ベトナムなどアジア全般とイスラム圏(これは高橋由佳利さんの『トルコで私も考えた』にもあった話。ただし歌詞に「酒」がある曲はダメらしい)などがそうだが、反対にサッパリなのが北ヨーロッパ


 「えー、寒い港町で戻らない男を待ってセーターを編むって生産性ないよね」

  「彼女は暖かい場所に引っ越すべき。毛糸ムダになるけど」

  「海鳴りがひどいと不眠症になって体壊すよ」


 いやいや、聴くとこそこやない! と。

 まあ、私も昭和の日本の演歌(あと一部のアイドルソング)にある



 「男の作家が自分のイメージする勝手な女性像を歌詞にして、それを女に歌わせる」



 というオジサンっぽい(かつ、なんとなしにSMっぽい)ノリは苦手ですけど。

 あと、ちょっとほっこりしたのが、パキスタンの女性の話。

 とある曇り空の日。彼女は今にも降り出しそうな空を見ながら、こう言ったそうだ。


 「素敵な日ね。すごくロマンチックな空……」


 カンカン照りの日が多いパキスタンでは、日本の曇天が、ものすごくロマンチックに映るそうです。

 まさに、所変われば品変わる。ホント、同じものを見ても、文化圏が違うと、こうも受け取り方も違うのだ。

 だから、自国や他国の文化を知るのはおもしろい。

 雨の日のお出かけや仕事というのは、どうしても気鬱になりがちだが、そういうときは、



 「でも、パキスタンの女の子は、これを見てウットリしてるのかもしれへんのやなー」



 なんて考えてみると、ちょっとばかり楽しくなったりするではないですか。

 

 

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鈴木大介六段が藤井猛竜王におみまいした「珍しい」手 1999年 第12期竜王戦

2019年04月02日 | 将棋・好手 妙手

 鈴木大介の逆転術は見ごたえ満載である。

 前回(→こちら)は久保利明九段の妙手を紹介したが、今回は「振り飛車御三家」つながりで鈴木大介九段

 妙手というのは、もちろんのこと「いい手」なのだが、ときにそれだけとは限らないこともある。

 一見、悪手や変な手に見えても、それが相手のミスを誘発したりすことによって「好手」にクラスチェンジすることもあり、それもまた妙手の仲間ともいえる。

 羽生善治九段が得意とする、1手パスのような手渡しなどがその例だし、先日の中田宏樹八段に見せた藤井聡太七段の「△62銀」なんかもその仲間だろう。

 

 

2019年の第32期竜王戦4組予選。中田宏樹八段と藤井聡太七段の一戦。
先手が勝ちの局面で、▲54步に△62銀と引いたのが、藤井が見せたアヤシくも渾身の勝負手。
ここでは▲24金とせまれば先手勝ちだったが、時間に追われた中田は読み切れず、▲同竜と取り、△68竜、▲同玉、△67香からトン死してしまう。
ただ強いだけでなく、秒読みの中、相手の意表をつく手(好手か悪手かすらわからない!)をひねりだせるセンスも持ち合わせた、藤井七段のポテンシャルには、ため息しかない。

 

 

 また、こういう勝負手の中には、

 「いい手か悪い手かはわからないが、絶対に相手が読んでないことは間違いない」

 という妙手ならぬ「妙な手」が勝利に結びつくこともあり、むしろ逆転勝ちを得意にする人にとっては、これこそが必須の才能であったりもするのだ。

 


 1999年の第12期竜王戦は、藤井猛竜王鈴木大介六段が挑戦したシリーズとなった。

 振り飛車党同士の決戦ということで戦型が注目されたが、相振りは鈴木の土俵と見て、藤井は居飛車で戦うことを選択。

 「ゴキゲン中飛車超急戦」を誘発する「▲58金右」の新手(藤井はこれをなぜ「藤井新手」と呼んでくれないのだろうとボヤいていた)を披露するなど、得意の序盤戦術でシリーズを有利に展開する。

 

 

第2局のオープニング。
▲76歩、△34歩、▲26歩、△54歩、▲25歩、△52飛の「ゴキゲン中飛車」に▲58金右が「藤井新手」。
△55歩、▲24歩、△同歩、▲同飛、△56歩、▲同歩、△88角成、▲同銀、△33角からの超急戦にそなえ、また本譜の△32金にも、玉を囲うのにマイナスの手にならないのが工夫。

 



 初のタイトル戦に固くなったか、鈴木が力をなかなか発揮できないこともあいまって、藤井が一気に3連勝。

 「居飛車もうまい振り飛車党」藤井の指しまわしが絶品であった。

 むかえた第4局の終盤。

 居飛車穴熊に組んでからの仕掛けが機敏で、中盤は藤井自身も

 


 「将棋は終わった、竜王防衛」


 

 というほどに差がついていたが、負ければお終いの鈴木も必死に食いついて、一瞬のスキを突いて勝負手を放ち、形勢は混沌としてくる。






 それがこの局面。

 後手の切り札は△24角からのさばきだが、すぐに決行するのは▲35桂の犠打で無効化される。

 なにか一工夫が必要な場面だが、ここで鈴木大介はまさかの地点に手をやった。








 △37桂打とここに放りこむのが、見たこともない筋の、すごい勝負手。

 次△28に飛車を成られるので、▲27桂と打って止めるが、そうやって駒を使わせるのが後手のねらい。

 すぐさま△24角とぶつけて、勝負勝負とせまる。今度は▲35に打ってを封じるための持駒がない。

 以下、先手も一回▲85歩と打って、△同香に、▲24角と取り、△同飛に▲73角と打ちこむ。

 いかにもガジガジ流の強烈なパンチで、△同金左、▲同桂成、△同金に▲63金と進む。






 

 この金打ちに代わって▲63歩成は△同金、▲84歩▲63同竜△72金でハジかれる)、△72銀引▲83金△81玉でむずかしい。

 ▲63金は確実な攻め筋だが、やや重いともいえる。

 ならば形は△84金とかわして、先手の攻め駒を渋滞させたいところ。

 それでも先手が勝ちだが、手順は超難解。

 ギリギリの勝負かと思われたが、ここで後手が選んだのが、まさかの一手だった。

 ▲63金を、なんと△同金と取ったのだ。これが、すごい勝負手の第2弾

 △84金とかわすのにくらべると、これでは相手に金を渡す上に、▲63にと金もできて一見先手がありがたそうに見えるが、▲同歩成に、△84銀(!)と立つのが、いかにも「逆転のテクニック」といった応酬。






 とんでもなく危なく見える後手玉だが、これで

 

 「寄せてみろ!」

 

 とせまる、鈴木大介の実戦的な指しまわしにシビれる。

 まったく予想外の手に1分将棋の藤井はパニックにおちいり、▲64と、とするが、これが詰めろではなく敗着に。

 平凡に▲73金で残していたようだが、秒に追われて読みきれなかったようだ。

 シリーズは第5局を藤井が勝って防衛となったが、この第4局の内容がいかにも鈴木大介の将棋という感じで、私としては大いに印象に残っている。

 

 「こうやって勝つのが、振り飛車の終盤戦でしょ」

 

 とでも言いたげではないか。

 あと、これはまったくの余談だが、あの局面を見てのの予想手が「△37桂打」で、ダイチ君(鈴木の仲間内での呼び名)がそれを指したときは

 「オレもプロレベルか。玄人は玄人を知るっちゅうこっちゃな」

 なんて悦に入ったものだが、その後、『将棋世界』でこの将棋が取り上げられたとき、

 


 「歴史的大珍手」




 というキャプションがつけられていて、

 「オレの第一感は珍やったんかい!」

 なんてコケそうになったものだった。

 

 (藤井猛九段の終盤編に続く→こちら

 

 

コメント
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